病態がみえる 検査値の本当の読み方〜ルーチン検査の見かたが変わる、病態把握と診断・治療に活かす7つの視点

病態がみえる 検査値の本当の読み方

ルーチン検査の見かたが変わる、病態把握と診断・治療に活かす7つの視点

  • 本田孝行/監,松本 剛/編
  • 2024年03月25日発行
  • B5判
  • 280ページ
  • ISBN 978-4-7581-2416-4
  • 定価:4,400円(本体4,000円+税)
  • 在庫:あり
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第3章 ケーススタディ

case2 70 代男性,吐血を主訴に救急搬送された

松本 剛
(信州大学医学部附属病院 臨床検査部)

70 代,男性

主 訴
吐血
既 往
アルコール性肝硬変,多発肝細胞がん,食道静脈瘤破裂
処方薬
  • アムロジピン 1回5 mg,1日1回朝食後
  • ラベプラゾールナトリウム 1回20 mg,1日1回朝食後
  • スピロノラクトン 1回25 mg,1日1回夕食後
  • 酪酸菌整腸剤 1回40 mg,1日3回朝・昼・夕食後
  • イソロイシン・ロイシン・バリン顆粒 1回4.15 g,1日3回朝・昼・夕食後
  • リナグリプチン 1回5 mg,1日1回朝食前
  • ミチグリニドCa・OD錠 1回10 mg,1日3回朝・昼・夕食直前
生活歴
喫煙:なし,飲酒:焼酎3~5合を毎日,刺青:なし
アレルギ−
なし
現病歴
4年前に吐血のため自宅近くの病院に救急搬送された.食道静脈瘤破裂の診断で内視鏡的止血術が行われた.大酒家であり,入院中に行われた各種肝炎スクリーニング検査は陰性であったため,アルコール性肝炎と診断された.退院後は数回外来通院をしたが,その後通院は途絶えていた.1年前に食思不振を主訴に同病院を受診,腹部CT検査で多発肝細胞がんと診断され,当院消化器内科を紹介受診した.肝細胞がんに対して,当院で化学療法を開始し,今回の受診までに6コースが施行されていた.
1病日の朝に吐血をしたため救急要請し自宅近くの前医を受診,消化管出血が疑われたが,ショックバイタルであったため当院に転院搬送された.
身体所見
  • バイタルサイン:
    血圧 93/61 mmHg,心拍数 110回/分・整,呼吸数 23回/分,
    体温 37.2℃(腋窩),SpO2 93%(室内気)
  • 胸部:呼吸音 清
    心音 整,雑音なし
  • 腹部:平坦,軟,心窩部触診で違和感あるが,圧痛なし
  • 下腿:浮腫なし

初診時のルーチン検査表1とその解釈

全身状態の経過

-30病日の時点でアルブミンが2.8 g/dLと低値である.またその日のA/G比=2.8÷(7.6-2.8)≒0.58と低値であり,慢性肝障害によるアルブミン低下とγグロブリン上昇を反映していると考えられる.血小板減少も認め,こちらも慢性肝障害を反映していると考えられる.第1病日には-30病日と比較して総タンパクとアルブミンがともに低下している.病歴をふまえると転院前から急速輸液が行われて血液が希釈されたと考えられる.

細菌感染症

-30病日の時点でCRPは軽度上昇している.これは慢性肝障害または肝細胞がんによるものと考えられる.第1病日にかけてCRPと白血球はともに著変なく,急性期の細菌感染症は否定的と考えられる.

腎臓の病態

-30病日ではクレアチニンは基準範囲内であり,糸球体濾過量の低下を認めない.第1病日でもクレアチニンは基準範囲内であるが,-30病日に比べると糸球体濾過量は低下している.血圧低下による腎前性の腎障害があったと考えられる.

肝・胆道系の病態

-30病日には肝細胞傷害を認める.AST>ALTとなっていること,ALP,γGTが高値であることからアルコール性が考慮される.アルブミンが低値であり,肝合成能の障害もあると考えられるが,凝固因子は保たれている.D-bil/T-bil比=1.0÷2.2≒0.45で肝性と考えられるビリルビン上昇もあり,肝代謝能も障害されている.肝合成能障害,肝代謝能障害が明らかにもかかわらず,肝逸脱酵素の上昇が軽度であることは肝硬変の病態で,すでに肝細胞の線維化により破壊される肝細胞が少なくなっているためと考えられる.また,ビリルビンについても間接ビリルビンがやや優位であり,グルクロン酸抱合の障害もあると考えられ,肝硬変の病態と考えられる.

細胞傷害

肝臓以外の逸脱酵素の上昇はなく,この時点では肝臓以外の細胞傷害はないと考えられる.第1病日には貧血を認めている.比較的短期間での貧血の進行であり,通常は出血または溶血を考える.LDは肝細胞傷害で説明がつく程度の上昇であり,溶血は考えにくい.出血の場合には,出血後すぐの段階では循環血液量が低下するものの,すぐには血液が希釈されないのでヘモグロビンが低下していないことがあるため注意が必要である.本症例ではすでにヘモグロビン低下がみられており,出血から時間がある程度経過していたり,補液が開始されていると考えられる.

凝固・線溶

血小板減少はあるものの,凝固の亢進は軽度であり,フィブリノゲンの低下もない.肝硬変ではあるが,凝固異常は認めてない.

電解質と血液ガス分析

軽度の低ナトリウム血症を認める.本症例は糖尿病のためか高血糖があり,そのため見かけ上は低ナトリウム血症になっていると考えられる.ただし,(血清Na-血清Cl)=31 であり,アニオンギャップの開大がないと仮定すると,高クロール性の代謝性アシドーシスが隠れている可能性も考慮しておく.血液ガス分析は測定されていない.

その他の検査

腹部造影CT

  • 食道静脈瘤を認める.胃内に血腫を認めるが,活動性出血を疑う造影剤の血管外漏出像は認めない.
  • 肝細胞がんは前回のCT検査と比べて変化なし.

上部消化管内視鏡検査

  • 食道:食道静脈瘤Ls F3 Cb RC3(RWM)
    (食道静脈瘤は上部食道まで占拠し,結節状の太い形態で青色調を呈し,発赤所見を全周性に認める)

診断と治療

来院時,血圧低下を認めたためRBC を2単位輸血してから,上部消化管内視鏡検査を行った.内視鏡では食道静脈瘤に白色栓を認めたため,今回の出血源と判断された.内視鏡的静脈瘤結紮術(endoscopic variceal ligation:EVL)で止血を行い,絶飲食および経過観察目的で入院した.

入院後検査表2とその解釈

全身状態の経過

アルブミン,血小板ともにゆっくりと改善傾向を認めるが,基準範囲内までは改善していない.ただし,肝硬変の影響もあると考えると全身状態は改善傾向であると考えられる.

細菌感染症

入院中に軽度CRPの上昇はあるが,白血球数は変化がない.血液像は検査されていないが好中球が消費される病態は否定的であり,細菌感染症も否定的である.

腎臓の病態

第1病日に認めた糸球体濾過量の低下は改善傾向である.第2病日にかけてUN/クレアチニン比は上昇しており,第1病日の消化管出血の結果と考えられる.第1病日に止血されており,UNは第3病日以降にすみやかに低下している.

肝・胆道系の病態

肝細胞傷害は入院中に大きな変化はない.ビリルビンが第4病日をピークに軽度上昇しているが,絶飲食の影響と考えられる.絶飲食の状態では胆嚢の収縮がなくなるため,胆汁うっ滞が起こり一過性にビリルビンが上昇することがある.食事再開で低下してくるようであれば経過観察のみで問題はないことがほとんどである.

細胞傷害

入院中に新規の細胞傷害を考える病態は認めない.貧血については第4病日までヘモグロビン値が低下傾向であったが,その後改善している.MCVはもともと基準範囲上限であったが,これはアルコール多飲による大球性貧血と考えられる.第1病日に輸血をしたため,いったんはMCVが低下している.その後MCVは徐々に上昇している.これは出血に対して網赤血球が増加したため(網赤血球は通常の赤血球よりも大きい)と考えられる.

凝固・線溶

血小板数を含め,凝固・線溶は入院中に明らかな変化は認めなかった.

電解質と血液ガス分析

電解質については入院中に明らかな異常は認めない.血液ガス分析は測定されていない.

ルーチン検査からの総合判断

消化管出血患者のルーチン検査結果を解釈した.定期通院の際の血液検査(- 30病日)ではA/G比の低下,ビリルビン上昇,肝逸脱酵素の軽度上昇,血小板減少を認め,肝硬変を疑うべきルーチン検査結果である.第1病日には出血による貧血を認める.急性出血の場合に,出血による循環血液量減少がまず起こり,その不足を補うために組織液が血管内に入るため,血液検査で貧血所見が現れるまで時間がかかることがある.本症例では転院時にすでにヘモグロビンの低下を認め,ショックバイタルであったことも含めRBC2単位の輸血が行われている.それにもかかわらず,第3病日以降にもヘモグロビン値は低下傾向であることから,第1病日のヘモグロビン値から推定される以上の出血があったと考えられる.その後は再出血もなく,ヘモグロビン値は改善傾向となっている.

入院後経過

第3病日に再度,上部消化管内視鏡検査を行い,出血リスクのある食道静脈瘤に対してEVLを追加で行った.第5病日より流動食から食事を開始したが,再出血を示唆する所見はなく経過した.第10病日に観察目的に上部消化管内視鏡検査を行ったが,追加治療が必要な病変はなく,第11病日に退院した.

症例をふまえた解説

消化管出血について

消化管出血により受診する患者は,明らかな吐血や下血,黒色便が主訴であることが多いが,ふらつきなどを主訴に受診する患者もいる.ルーチン検査で消化管出血の可能性を示唆できれば,追加での画像検査を検討することも可能である.ただし,消化管出血は出血量によっては出血性ショックとなるため,まずはバイタルサインの確認が重要である.一般的に出血性ショックの認知にはショック指数(shock index:SI)が知られている.

SI=心拍数(/分)/収縮期血圧(mmHg)

SI>1.0以上の場合には出血性ショックと考えられ,出血量はおおむねSIの数値にL(リットル)をつけた量と推定される.

消化管出血が疑われた際には,上部消化管内視鏡または下部消化管内視鏡検査により,診断と同時に治療を行うことになる.その際に出血源が上部(十二指腸Treitz靭帯より口側)なのか,下部なのかは重要となる.一般に上部消化管出血では吐血や黒色便が多く,下部消化管出血では潜血便が多いとされている.そのほか,腹部造影CTで出血源の推定ができることもある.ルーチン検査ではUN/クレアチニン比>30の場合には上部消化管出血である可能性は高い(特異度が高い)が,UN/クレアチニン比≦30であっても上部消化管出血を否定はできないとされている1)

急性の消化管出血により受診する患者では先に述べた通り,ルーチン検査で貧血が明らかでない場合もある.また貧血が明らかな患者については,消化管出血以外に貧血の原因がなければ,つくられている赤血球には問題がないため,正球性貧血となる.また,止血後の回復期には網赤血球の増加により,MCVは上昇傾向になる.慢性消化管出血からの貧血によって,ふらつきなどを主訴に受診する患者の場合には,ヘムのなかの鉄が再利用できないため,小球性貧血となる.

  • 急性出血の場合には,ヘモグロビン値が遅れて低下することがある
  • UN/クレアチニン>30では上部消化管出血の可能性が高い
  • 肝硬変患者では,肝合成能と肝代謝能の低下に比べて肝逸脱酵素の上昇が軽度の場合がある.γグロブリンの増加とアルブミン低下を反映してA/G比が低値となる

文献

  • Srygley FD, et al:Does this patient have a severe upper gastrointestinal bleed? JAMA, 307:1072-1079, 2012
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病態がみえる 検査値の本当の読み方

ルーチン検査の見かたが変わる、病態把握と診断・治療に活かす7つの視点

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