これだけ!急性腹症〜診療に直結する病歴聴取・身体診察・疾患のエッセンス

これだけ!急性腹症

診療に直結する病歴聴取・身体診察・疾患のエッセンス

  • 小林健二/編,中野弘康/著
  • 2025年01月24日発行
  • A5判
  • 184ページ
  • ISBN 978-4-7581-2427-0
  • 3,960(本体3,600円+税)
  • 在庫:あり
本書を一部お読みいただけます

第1章 病歴聴取・身体診察のポイント

§1 病歴聴取のポイント
② 腹痛についてはOPQRSTを利用する

小林健二
(社会医療法人城西医療財団 城西病院 内科)

はじめに

腹痛についてのOPQRSTは,腹痛に関する情報収集に有用です(表1).

なかでも,onset(発症様式)は,緊急の介入を要する腹痛であるかを判断するうえで非常に重要です.以降に各項目を解説します.

onset(発症様式)

腹痛の発症様式については必ず聞くようにします.発症様式は突然発症,急性発症,緩徐発症の3つのパターンに分けられます.

1)突然発症

突然発症は1秒以内に痛みが発症し,30秒以内にピークに達するような腹痛で,裂ける,破れる,詰まるような病態で生じます.

突然発症の腹痛と聞いたら,緊急の介入が必要な腹痛としてred flagを立てます.血管の破裂や閉塞と消化管穿孔が原因になり,具体的には腹部大動脈瘤破裂,上腸間膜動脈塞栓症・血栓症,消化管穿孔などが鑑別にあがります.

消化管穿孔については,上部消化管の穿孔のほうが下部消化管の穿孔より発症がより急激です.それは上部消化管穿孔では,腹腔内に漏れる内容物が胃酸のように化学的刺激の強いものであるためです.また,消化性潰瘍の穿孔の多くの場合,先行する腹部症状があり,穿孔の瞬間に急激に痛みが強くなります.

突然発症の場合には,患者さんは「腹痛が起きたときに何をしていましたか?」という問いにはっきりと答えることができます.たとえ睡眠中でも突然の痛みで目を覚まします.この問いにはっきりと答えられる場合には,先にあげた疾患があるものと考えるべきです.

2)急性発症

急性発症は突然発症ほど急激ではありませんが,症状がはじまっておよそ2〜3分から長くても20〜30分程度でピークに達する腹痛です.発症から痛みのピークに達するまでの時間に明確な定義はありませんが,長くても30分以内と考えてよいでしょう.患者さんは突然発症のように痛みがはじまった瞬間に何をしていたかは明確に答えることはできません.急性膵炎,絞扼性腸閉塞,総胆管結石による胆管閉塞,卵巣茎捻転などでこのような発症様式がみられます.

突然発症と急性発症を区別することは時に難しいですが,発症様式により考える疾患が変わるため,注意しながら病歴を聴取することが肝要です.どちらかはっきりしない場合には,重症の疾患をまず否定することからはじめてください.

3)緩徐発症

緩徐な発症は上記以外となります.腹痛のはじまりから痛みのピークまでの時間が数時間から2~3日のことが多いです.突然発症と急性発症の腹痛を起こす疾患以外が原因となります.

広範な疾患で緩徐発症の様式をとるため,発症様式のみで原因となる疾患を絞り込むことは困難ですが,緩徐発症の原因としては炎症や感染が多いです.そのほかの情報を合わせて原因疾患を考える必要があります.

palliative/provocative factor(寛解/増悪因子)

腹痛を軽減する因子,あるいは増悪する因子について聞きます.

1)突然発症・急性発症の場合

突然発症や急性発症の場合には発症からそれほど時間が経過していない段階で医療機関を受診することがほとんどであり,これらの因子についてはわからないことが多いです.ただし,腹膜炎を起こしている場合には,ちょっとした振動で疼痛が増悪するため,歩行やストレッチャーの揺れ,咳やくしゃみで痛みの増悪を訴えます.また,急性膵炎の場合には強い心窩部痛,背部痛を自覚しますが,患者さんは前かがみの姿勢をとると痛みが軽減することに気づいているかもしれません.

2)緩徐発症の場合

緩徐発症の腹痛の場合には,上記の2つと比較して経過が長いため,患者さんが寛解または増悪因子に気づいていることがあります.食事,排便,姿勢,労作,月経などとの関連を確認しましょう.

たとえば胃潰瘍の場合,食事で腹痛が誘発される,あるいは増悪するのに対して,十二指腸潰瘍では食事で腹痛が軽減することが多いです.ただし,そうでない場合も少なくないことに注意が必要です.胆石発作の典型時な症状は,油ものを食べた後に出現する右上腹部〜心窩部の疼痛です.労作で上腹部痛が出現する場合には,狭心症の可能性を考えなければいけません.

quality(痛みの性状)

腹痛の性状については,「鈍痛か鋭い痛みか」「波のある痛みか持続痛か」をまず訊ねます.痛みの性状は内臓痛,体性痛,関連痛の鑑別に重要なので,これらの事項を確認するようにしましょう〔第1章-§1-3(p.28)参照〕

内臓痛は文字通り内臓由来の痛みです.消化管,胆管,尿管のような管腔臓器の閉塞で生じた場合には,波のある痛みとなります.局在性に乏しい鈍痛が特徴で多くの場合には正中線上に自覚されます.

対して体性痛は壁側腹膜や腸間膜に炎症が生じることにより起こる痛みで,鋭い持続痛で痛みの局在がはっきりしています.腹膜炎の痛みが典型例で,外科手術が必要になる場合があります.

region(部位)

腹痛の鑑別診断を考えるうえで,腹痛の部位は重要な情報です.患者さんが腹痛をどの部位に感じているのかを確認します〔解剖学的アプローチによる鑑別診断の考え方は第1章-§3-3(p.66)参照〕

腹部の領域の分け方にはいくつかあります.あまり細かく分けてもオーバーラップする場合が多いため,図1のように腹部を7つの部位に分けたうえで腹部全体を加えた8つで考えるとよいでしょう.

加えて,関連痛がある場合にはその部位も確認しましょう.関連痛は原因臓器とは離れた部位,時に腹部以外に自覚される場合があります.

severity/associated symptom(強さ・随伴症状)

1)強さ

痛みの強さと疾患の重症度はある程度相関します.ただし,痛みの訴え方は個人差が大きいため,判断に迷うことも少なくありません.

強さの指標にはNRS(numerical rating scale)を用いるとよいでしょう.痛みがない状態を0,最悪の痛みを10とした場合,0~10の間でどのくらいの痛みに相当するかを数値で表してもらいます.NRSは経時的な痛みの変化を知る際にも参考になります.

ただし,これはあくまでも主観的なものであることに留意が必要です.特にステロイド服用中の患者さんでは痛みがマスクされる傾向にあります.また,高齢者は疼痛の閾値が高く,病態の重篤度と比較して痛みの訴えが軽い傾向にあるため注意が必要です.

2)随伴症状

腹痛の発症様式,部位,性状,時間的経過などから鑑別診断を絞り込めればよいですが,それが困難な場合があります.そのような場合,随伴症状が腹痛の原因を探る手がかりとなることが少なくありません.表2のような症状があげられますが,このような随伴症状と組み合わせることで鑑別診断を絞り込みます〔第1章-§3-4(p.77)参照〕

time course(時間的経過)

時間的経過とともに腹痛がどのように変化するかも重要な情報です.多くの腹痛は時間的経過とともにあるところまでは症状が強くなり,その後しだいに軽快する経過をたどります.一方で,時間とともに増悪する腹痛の場合,外科的手術が必要になる場合が少なくありません

また,時間的経過とともに腹痛の部位が移動することがあります.よく知られたものが急性虫垂炎です〔第2章-§1-1(p.86)参照〕.症状のはじまりは心窩部〜臍周囲に局在性の乏しい鈍痛を自覚します(これが内臓痛です).その後炎症が進展し,壁側腹膜に炎症が及ぶと右下腹部に限局した腹痛を自覚するようになります(これが体性痛です).このような典型的な腹痛の移動を聞き出せれば鑑別診断を絞り込むことができます.時間的経過とともに疼痛が移動する疾患として,ほかに大動脈解離,尿管結石などがあります.

  • 腹痛に関する病歴聴取では,“OPQRST” を用いるのが有用である
  • OPQRSTのうち,onset(発症様式)とtime course(時間的経過)は重篤な疾患を見極めるうえで重要な情報である
書籍概略はこちら
これだけ!急性腹症〜診療に直結する病歴聴取・身体診察・疾患のエッセンス

これだけ!急性腹症

診療に直結する病歴聴取・身体診察・疾患のエッセンス

  • 小林健二/編,中野弘康/著
  • 3,960(本体3,600円+税)
  • 在庫:あり