第2章 気管支喘息 ◇気道管理
CQ1 気管挿管する場合の薬剤の選択と投与量,注意点は?
●ヒスタミン遊離作用の強い薬剤は避ける
●気管支拡張作用の期待できる鎮静薬を使用する
●挿管前後のauto PEEPに伴う循環動態の悪化に備える
気管支喘息は新規治療薬の開発とガイドラインによる治療の標準化により近年顕著に死亡者数が減少している疾患の1つであるが,2020年においても年間1,158人の喘息死が報告されている現状にあり1),気管挿管が必要な最重症の喘息増悪に遭遇することは,いまだに珍しいことではない.
重症喘息患者は強い吸気・呼気努力と頻呼吸でⅡ型呼吸不全を代償している状態にある.鎮静をはじめとする薬剤投与は患者の呼吸努力を抑制し,低換気による呼吸性アシドーシスを急速に助長するリスクが高いことからも,喘息患者の気管挿管における薬剤投与は,自発呼吸の消失時間を最小限にすることが望ましい.
まずは喘息患者の気管挿管の適応を下記に示すが,血液ガス分析上の数字のみでなく,患者の代償機構が今後呼吸筋疲労によって破綻するリスクがありそうかを呼吸様式から感じ取り,挿管のタイミングを無為に遅らせないことが大切である(表1)1).
1前投薬(表2)
手技に伴う喉頭刺激による血圧変動や,喉頭痙攣・咳嗽反射などの有害反射を抑制する.
フェンタニルはヒスタミン遊離作用や循環動態への影響が少なく一般的に使用されるが,モルヒネはヒスタミン遊離作用が強く避けるべきである.
リドカイン(キシロカイン®)は気管挿管に伴う反射性の気管支攣縮を抑制する効果があるとされるが2),有用性を示す強いエビデンスには乏しい.
2鎮静薬(表3)
喘息に対してどの鎮静薬を使用すべきか定まったものはないが,ケタミン(ケタラール®)・プロポフォール(ディプリバン®)は気管支拡張作用を有することから用いられることが多い.
ケタミンは鎮静作用と鎮痛作用の両方を有する解離性麻酔薬であり,中枢神経系の興奮性NMDA受容体を遮断する.NMDA受容体は肺にも存在し,ノルアドレナリン再取り込みと迷走神経抑制作用も介して,気管支攣縮に有効である.加えて呼吸抑制作用が少なく,自発呼吸を温存した鎮静・鎮痛管理が望めるため,気管挿管までの準備の段階で,NPPVなどによる前酸素化を行うための鎮静にも比較的用いやすい.
また,ケタミンとプロポフォールを併用することで,気管支拡張作用をもたらしながら血圧低下リスクや作用発現時間などを相互的に補うことも期待される.文献的にはケタミン(100 mg/10 mL)とプロポフォール(100 mg/10 mL)を1:1で配合したものを使用されているケースが多い3).
また,小児患者ではPRIS(プロポフォール注入症候群)のリスクからプロポフォールの投与は避けることが多く,ミダゾラム(ドルミカム®)やケタミンを使用することが望ましい.
チオペンタール(ラボナール®)などのバルビツール系薬剤はヒスタミン遊離作用が強いため,避けるべきである.
3筋弛緩薬(表4)
筋弛緩の使用により喉頭痙攣や咳嗽反射も抑制できる反面,高い気道抵抗からマスク換気が困難な場合も多いことと,無呼吸の許容時間も短いことから,可能であればルーチンでの筋弛緩薬は使用せず,咽頭麻酔などを併用し十分な鎮痛と最低限の鎮静で自発呼吸を温存しての挿管が可能かを検討するが,実際のところ筋弛緩が必要であることが多い.筋弛緩を使用する際も,挿管直前まで自発呼吸が消失している時間はできるだけ短くすることが望ましい.
スキサメトニウムは持続時間から短時間の自発呼吸抑制の点においてロクロニウム(エスラックス®)より優れるが,ヒスタミン遊離作用を有することと,高K血症のリスクから,アシドーシス下の喘息患者には使用を避けることが多いため,喘息患者の挿管においてもロクロニウムが広く使用される.
筋弛緩薬の拮抗についてはバックアッププランの一つとして用意しておく必要はあるが,ロクロニウム(1~1.2 mg/kg)の投与直後にスガマデクス(ブリディオン®,16 mg/kg)を投与し拮抗させても,自発呼吸が回復するまでには3~4分程度必要となるとされていることを念頭に置く必要がある4).
4挿管直後の注意点
重症喘息増悪時の陽圧換気は気道抵抗の上昇と重度の閉塞性障害による呼気延長を伴い,auto PEEPから動的過膨張が増悪する可能性があり,心血管系の虚脱や圧外傷など,呼吸循環動態に影響をもたらすことを心得る(喘息増悪患者における機械的換気における鎮静鎮痛・筋弛緩薬の投与については別途詳述する).
また,挿管のための鎮静・鎮痛から呼吸不全で賦活されていた交感神経刺激が抑制されると挿管後に低血圧を招くことが多い.前投薬と合わせてノルアドレナリン・フェニレフリン(ネオシネジン®)などの昇圧薬を準備しておくことが望ましい.
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