第1章 P波の読み方
4 無症状
症例
25歳男性.無症状
現病歴 特に症状はない.健康診断の心電図(図1)を示す.
既往歴 なし
内服薬 なし
バイタルサイン 体温36.6℃,呼吸数18回/分,脈拍58回/分,血圧112/60 mmHg,SpO2 97%(自発呼吸,room air).
現症 頭頸部:頸静脈怒張を認めない.
胸部:肺音 ラ音を聴取しない.心音 整,心雑音を聴取しない.
腹部:平坦 軟 圧痛なし.腸蠕動音正常.
四肢:両下腿浮腫なし.
胸部X線(図2)を示す.
Q1 正しい心電図所見を2つ選んでください
a 洞性不整脈
b 心房頻拍
c 陰性T波
d 上室期外収縮
e ペースメーカ移動
Q2 現時点で臨床的に最も適切な検査もしくは行動を1つ選んでください
a 経過観察
b β遮断薬の開始
c 抗凝固療法の開始
d カテーテルアブレーション
e 下肢静脈エコー
特記すべき異常所見はない
心電図所見(図3)
・前半の4心拍と後半の3心拍で調律が違ってみえますが,前半のRR間隔は5マス×4程度なので心拍数は約75 bpm,後半のRR間隔は5マス×5程度なので心拍数は約60 bpmです.
・P波とQRS波は前半も後半も規則正しいですが,P波の波形が異なります.前半ではⅡ,Ⅲ,aVF誘導いずれもP波が陽性であり,正常軸であることがわかります.一方で,後半の調律ではP波は全体的に平坦で,Ⅲ誘導でP波が陰性であることから,起源が少し異なることがわかります.このように,電気信号の発生源が洞結節とその周辺の間を移動する心電図上の変化で移動する部位が3箇所以上存在するものを移動性ペースメーカ,移動する部位が2箇所の場合はペースメーカ移動と呼びます.
・PQ間隔はおおむね一定ですが,後半の調律ではP波が平坦であるため評価は難しいです.少なくとも,房室ブロックはありません.
・QRS幅は狭く,正常です.
・ST-T部分については,V1誘導で陰性T波を認めます.aVR誘導では通常すべての極性が陰性となるため,陰性T波は正常所見です.QT間隔も大きな異常はありません.
・陽性のU波を認めます.
A1 c 陰性T波,e ペースメーカ移動
a 洞性不整脈ではP波の形やPQ時間に変化が生じず,心拍数のみ(PP間隔やRR間隔のみ)変化します.本症例ではP波の形態が異なっているため,洞性不整脈ではありません.
b 心房頻拍では「心房の心拍数>100 bpm」と定義されるため,心房頻拍ではありません.
d 上室期外収縮は洞調律中の突発的な興奮であり,本症例は規則正しい調律で出現しているため,上室期外収縮は考えにくいです.
P波の形が前半()と後半()で異なり,異所性心房調律であることがわかる
column 移動性ペースメーカとペースメーカ移動
移動部位が2箇所か3箇所かで呼び方が変わるのはここ数年の心電図検定で鉄板でもあり重要です.
臨床解説
本症例はペースメーカ移動であり,洞性不整脈と同様に無症状であれば臨床的意義は乏しいです.症候性の上室期外収縮であれば,カフェインやアルコール制限などの生活指導を行い,それでも改善が乏しい場合にはβ遮断薬を考慮しますが,ペースメーカ移動や洞性不整脈に対して薬物療法は推奨されません,特別なフォローアップは通常は不要です.
また,V1-2誘導の新規陰性T波は,右室負荷や再分極異常を示唆する所見ですが,V1誘導のみの陰性T波であれば正常variantでもしばしば認められます.急性の胸部症状を伴う新規陰性T波であれば肺血栓塞栓症などを考慮した検査を行いますが,無症候性のものや,以前からの心電図変化がないようであれば原則治療介入は不要です.
A2 a 経過観察
b 上室期外収縮であれば症状緩和目的にβ遮断薬を使用することがありますが,ペースメーカ移動に対しては原則使用しません.
c 心房細動や心房粗動であれば抗凝固療法を考慮しますが,ペースメーカ移動では心房細動を合併しやすいという報告もなく,抗凝固薬は原則使用しません.
d 不適切洞頻拍症候群であれば薬物療法に加えてカテーテルアブレーションを組み合わせた治療を行うことはありますが5),本症例はペースメーカ移動であり,カテーテルアブレーションは行いません.
e 本症例ではV1誘導のみの陰性T波であり,無症候性でもあることから,静脈血栓塞栓症に対する全身検査はこの時点では推奨されません.
実はこの心電図は私の健康診断のときのものになります.1年半後の健康診断では,V1誘導の陰性T波は変化ありませんが,ペースメーカ移動は消失していました(図4).
