レジデントのための心不全治療薬 病態別のさじ加減

レジデントのための心不全治療薬 病態別のさじ加減

  • 佐藤宏行/編
  • 2026年10月09日発行
  • B5判
  • 208ページ
  • ISBN 978-4-7581-2459-1
  • 4,620円(本体4,200円+税)
  • 在庫:あり
本書を一部お読みいただけます
※実際の紙面のレイアウトとは異なります

第1章 心不全治療薬を識る

1 ACE 阻害薬,ARB,ARNI

門田宗之

 

  • HFrEF治療においてACE阻害薬は標準治療,ARBはACE阻害薬の代替,そしてARNIは現代治療の筆頭である
  • 3種のうちどれを選択すべきか,その判断材料は?
  • HFrEFに一度入れたら可能な限り増量を! そして簡単にやめないこと!

 

はじめに

心不全診療において,ACE阻害薬,ARB,ARNIといったレニン-アンジオテンシン-アルドステロン系(RAAS)阻害薬は治療の根幹をなす薬剤群です.特に左室駆出率の低下した心不全(heart failure with reduced ejection fraction:HFrEF)においては,これらの薬剤は単なる降圧薬ではなく「生命予後を改善する心保護薬」として地位が確立されました.
現在ではARNI(angiotensin receptor neprilysin inhibitor:アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬)がHFrEF治療の主軸として推奨されていますが,その背景にはACE阻害薬からはじまる長いエビデンスの積み重ねがあります(図1).本稿では「RAASを抑制すること自体が心不全予後を改善する」という概念が確立するに至った歴史を辿りつつ,ACE阻害薬,ARB,ARNIについて実臨床に即して解説します.

 

1 エビデンス

①CONSENSUS試験:ACE阻害薬時代の幕開け

現在では「HFrEFにはRAAS阻害薬を投与」という考え方はもはや常識ですが,かつて心不全治療の中心は利尿薬や強心薬によるその場限りの血行動態改善であり,長期予後を改善する薬物治療は存在しませんでした.この流れを大きく変えたのが1987年のCONSENSUS試験です.重症慢性心不全患者に対してACE阻害薬であるエナラプリルは全死亡率を有意に低下させました1).これは「神経体液性因子の抑制によって心不全予後を改善できる」ことを世界ではじめて示した歴史的な試験であり,現代心不全治療の原点ともいえます.

 

図1 ACE阻害薬,ARB,ARNIの歴史
※1 SOLVED prevention試験,※2 CHARM-Alternative試験の情報を記載NYHA:New York Heart Association(ニューヨーク心臓協会,およびここでは同協会による心不全の重症度分類)

 

②SOLVD試験:軽症例・無症候例への拡大

続くSOLVD Treatment試験では,エナラプリルはさらに幅広い症候性HFrEF患者において全死亡および心不全入院の有意な減少を示し,ACE阻害薬はHFrEF治療の標準薬として確立されました.さらにSOLVD prevention試験では,まだ心不全症状を呈していない,左室収縮機能低下患者においても,ACE阻害薬が将来的な心不全発症を抑制しました2).左室機能低下に対する心不全発症抑制,現在でいうStage B心不全への治療介入の概念が形成されました.

 

③ATLAS試験:up-titrationという概念

ATLAS試験では,ACE阻害薬リシノプリルの用量別の比較がなされ,高用量群で死亡または入院リスクがより低下しました3).実臨床では血圧低下や腎機能悪化を懸念してRAAS阻害薬が少量で維持されることも少なくないですが,「少量でも入ったら終わり」ではなく,忍容性がある限り可能な範囲で増量を試みる姿勢が重要であることを意識づけた試験です.

 

④CHARM試験/ELITEⅡ試験:代替薬としてのARBの台頭

CHARM-Alternative試験において,ARB(angiotensin receptor blocker)であるカンデサルタンは,ACE阻害薬に忍容性がなかった心不全患者を対象として,プラセボ比較で心血管死+心不全による入院を減少させました4).ただ,ELITEⅡ試験では,ロサルタン(ARB)はカプトプリル(ACE阻害薬)と比較して死亡率改善効果で非劣勢という結果であり5),他の臨床試験結果からもARBがACE阻害薬を上回る証明はされませんでした.

 

⑤PARADIGM-HF試験:ARNI時代へ

本試験では,HFrEF患者に対してARNIであるサクビトリルバルサルタンとACE阻害薬エナラプリルが直接比較され,ARNI群で心血管死亡/心不全入院およびさらに全死亡も低下しました6).このPARADIGM-HF試験をもって,過去約30年間にわたって生まれなかった「ACE阻害薬を超える薬剤」の登場となりました.いまやARNIはHFrEF治療においてβ遮断薬,MRA,SGLT2阻害薬と並んで“Fantastic Four”の中心的薬剤として位置づけられています.

 

2 薬理学的効果と適応

①ACE阻害薬

ACE阻害薬は,アンジオテンシン変換酵素(ACE)を阻害することでアンジオテンシンⅡ産生を抑制し,RAASを抑制します.これにより血管収縮,ナトリウム貯留,アルドステロン分泌などが抑制されます.さらにブラジキニン分解抑制による血管拡張作用も有し,前述のとおりHFrEFに対する予後改善効果は確立している一方で,左室駆出率の保たれた心不全(heart failure with preserved ejection fraction:HFpEF)に対する明確な予後改善効果は示されていません.

②ARB

ARBはアンジオテンシンⅡ type 1(AT1)受容体を直接阻害することでRAASを抑制する薬剤であり,後述するブラジキニン代謝への影響による乾性咳嗽(いわゆる空咳)や血管浮腫がACE阻害薬に比べて少ないのが特徴です.心不全に対する位置づけとしては,HFrEFに対するACE阻害薬の忍容性がない例に対する代替薬です.ただACE阻害薬に匹敵する予後改善効果は認められており,現在でも重要な選択肢です.

③ARNI(サクビトリルバルサルタン)

ARNIはARBであるバルサルタンに加え,ネプリライシン阻害薬サクビトリルを組み合わせた薬剤です.ネプリライシンはナトリウム利尿ペプチド(natriuretic peptide:NP)を分解する酵素であり,これを阻害することで,利尿作用,血管拡張作用,抗線維化作用を有するNP系を増強できます.すなわちARNIは,「RAAS抑制」と「NP系増強」を同時に達成する薬剤であり,これがACE阻害薬を上回る治療効果につながったと考えられています(図2).特にHFrEFで強力な予後改善効果を有し,現在はACE阻害薬/ARBに優先して使用されます.一方でHFpEFでは,PARAGON-HF試験において効果は限定的でした7).ただLVEFが比較的低いHFpEFや女性では有効性が示唆されており,実臨床ではLVEFが軽度低下した心不全(heart failure with mildly reduced ejection fraction:HFmrEF)を含め“EFが低めのHFpEF”で降圧薬の位置づけとして使用が検討されます.

 

図2 ARNIの薬理学的作用機序
サクビトリルバルサルタンは心不全進展を促進するRAASを阻害し,また同時に心不全進展を抑制するNP系の作用を増強する

 

3 国内の用法・用量・使い分け

①ACE阻害薬

本邦で心不全に保険適応を有するACE阻害薬は主としてエナラプリル,リシノプリルです.

処方例 ACE阻害薬の導入例

  • エナラプリル(レニベース®) 1回2.5 mg 1日1回(朝食後)
    ▶︎ 最大量は10 mg/日

前述のように,導入後は忍容性をみつつ数日~1週間程度の間隔で漸増し,最大用量まで到達させることが望ましいです.ただ本邦では実際の使用量は少ない傾向にあり,背景として高齢者や低血圧,腎機能低下例が多い要因があげられます.この場合,ARB, ARNIにも言えますが「最大用量に届いていない=不適切」ではなく,「忍容性の範囲で最大限の増量を行う」ことが次善の選択となります.

②ARB

本邦において慢性心不全に保険適応となるARBはカンデサルタンです.その他ロサルタン,バルサルタンなども慢性心不全に対するエビデンスがあり,使用が検討されることがあります.

処方例 ARBの導入例

  • カンデサルタン(ブロプレス®) 1回2~4 mg 1日1回(朝食後)
    ▶︎ 1日最大量は8 mg/日

ACE阻害薬による空咳や血管浮腫が問題となる場合の第二選択として使用され,高齢者ではACE阻害薬の咳嗽によって睡眠障害や食欲低下をきたすこともあり,ARBへ変更することでQOLが改善する症例も経験します.

③ARNI

心不全に対してサクビトリルバルサルタンを使用する場合,原則としてACE阻害薬/ARBからの切り替えで導入し,本邦では通常1回50 mg 1日2回から開始されます.その後,忍容性を確認しながら2週間程度の間隔で1回100 mg→200 mg 1日2回へ漸増します.特にACE阻害薬からの切り替えの際には血管浮腫の副作用が出現する可能性があるため,必ずACE阻害薬を最終内服してから36時間以上の休薬期間を設ける必要があります.現実的には,ACE阻害薬から切り替える際にはARNI導入まで丸1日の空白期間を設ける形をとります.一方でARBからARNIへ切り替える場合にはこの休薬期間は不要です(図3).

 

図3 ACE阻害薬/ARB→ARNIへの切り替えイメージ
ACE阻害とネプリライシン阻害が同時に存在すると,ブラジキニン過剰によって重篤な血管浮腫リスクが上昇するため,ACE阻害薬最終内服後36時間以上空けてからARNIを開始する必要がある.
※図は計48時間休薬のイメージで作成

 

  ACE阻害薬 ARB ARNI
RAAS抑制 ○ ○ ◎
NP系増強 × × ○
HFrEF予後改善効果 ○ ○ ◎
乾性咳嗽 注意 少ない 少ない
血管浮腫 注意 少ない 注意
血圧低下作用 少ない 少ない 注意
表 ACE阻害薬/ARB/ARNIの効能と注意すべき副作用

 

処方例 ARNIの導入例

  • サクビトリルバルサルタン(エンレスト®) 1回50 mg 1日2回(朝夕食後)
    ▶︎ 1日最大量は400 mg/日

 

4 副作用・注意点,対策(表)

ACE阻害薬/ARBおよびARNIはいずれもRAAS抑制を介してHFrEFの予後を改善しますが,低血圧,腎機能悪化,高カリウム血症には共通して注意が必要です.ただRAAS阻害薬の導入初期は輸出細動脈の拡張作用によって糸球体濾過量が減少し,一律に腎機能が軽度低下します(initial dip).これを加味しても長期的には心・腎保護効果を示すため,血清クレアチニン値やカリウム値の上昇で安易に中止せず,NSAIDsなどの併用薬の確認,不要な利尿薬の減量など,可逆的に改善しうる要因をまず確認しましょう.カリウム吸着薬の併用も検討されます.

ACE阻害薬ではブラジキニン蓄積に伴って起こる乾性咳嗽,また頻度は低いですが血管浮腫が問題となることがあり,忍容性のない例ではARBへの変更を検討します.またARNIはACE阻害薬より降圧作用が強く,立ちくらみ等の症候性ともなると投与継続が困難になります.特に収縮期血圧<100 mmHgの症例では安全性と忍容性に注意し,場合によっては少量のACE阻害薬を継続することも選択肢になります.ただ同時に,血管内が脱水状態であれば低血圧を助長させますので,特にARNI使用時にはこれを回避するため,併用する利尿薬の丁寧な用量調整を行いましょう.血圧の低めなHFrEF症例でも数カ月間使用することで“慣れ”ともいえる血圧安定がもたらされることも報告されていますので8),粘り強く使ってみる姿勢も大切です.

 

おわりに

ACE阻害薬,ARB,ARNIは予後改善の要となる薬剤のひとつです.ぜひ関連するエビデンスを理解し,そのうえで患者さん一人ひとりに合わせた「さじ加減」を身につけていただければ幸いです.

 

引用文献

1) CONSENSUS Trial Study Group:Effects of enalapril on mortality in severe congestive heart failure. Results of the Cooperative North Scandinavian Enalapril Survival Study(CONSENSUS). N Engl J Med, 316:1429-1435, 1987(PMID:2883575)

2) Yusuf S, et al:Effect of enalapril on mortality and the development of heart failure in asymptomatic patients with reduced left ventricular ejection fractions. N Engl J Med, 327:685-691, 1992(PMID:1463530)

3) Packer M, et al:Comparative effects of low and high doses of the angiotensin-converting enzyme inhibitor, lisinopril, on morbidity and mortality in chronic heart failure. ATLAS Study Group. Circulation, 100:2312-2318, 1999(PMID:10587334)

4) Granger CB, et al:Effects of candesartan in patients with chronic heart failure and reduced left-ventricular systolic function intolerant to angiotensin-converting-enzyme inhibitors:the CHARM-Alternative trial. Lancet, 362:772-776, 2003(PMID:13678870)

5) Pitt B, et al:Effect of losartan compared with captopril on mortality in patients with symptomatic heart failure:randomised trial--the Losartan Heart Failure Survival Study ELITE II. Lancet, 355:1582-1587, 2000(PMID:10821361)

6) McMurray JJ, et al:Angiotensin-neprilysin inhibition versus enalapril in heart failure. N Engl J Med, 371:993-1004, 2014(PMID:25176015)

7) Solomon SD, et al:Angiotensin-Neprilysin Inhibition in Heart Failure with Preserved Ejection Fraction. N Engl J Med, 381:1609-1620, 2019(PMID:31475794)

8) Böhm M, et al:Systolic blood pressure, cardiovascular outcomes and efficacy and safety of sacubitril/valsartan(LCZ696)in patients with chronic heart failure and reduced ejection fraction:results from PARADIGM-HF. Eur Heart J, 38:1132-1143, 2017(PMID:28158398)

書籍概略はこちら
レジデントのための心不全治療薬 病態別のさじ加減

レジデントのための心不全治療薬 病態別のさじ加減

  • 佐藤宏行/編
  • 4,620円(本体4,200円+税)
  • 在庫:あり