レジデントノート増刊:処方の「なぜ?」がわかる 臨床現場の薬理学〜蓄積した知識に新たな視点を加え、明日の診療に活かす!
レジデントノート増刊 Vol.25 No.14

処方の「なぜ?」がわかる 臨床現場の薬理学

蓄積した知識に新たな視点を加え、明日の診療に活かす!

  • 今井 靖/編
  • 2023年11月20日発行
  • B5判
  • 272ページ
  • ISBN 978-4-7581-2708-0
  • 定価:5,170円(本体4,700円+税)
  • 在庫:あり
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第2章 各論:各疾患における薬物療法を再整理する

13.血液疾患

伊豆津宏二
(国立がん研究センター中央病院 血液腫瘍科)

Point

  • 小球性低色素性貧血かつ血清フェリチン低値の場合,鉄欠乏性貧血と診断する
  • 鉄欠乏性貧血では,鉄補充療法とともに出血源の検索が必須である
  • 悪性リンパ腫のうちDLBCLには,R-CHOP療法およびPola-R-CHP療法が標準的治療として用いられる
  • イマチニブはBCR-ABL1の活性を阻害するチロシンキナーゼ阻害薬であり,BCR-ABL1融合遺伝子を生じる慢性骨髄性白血病に効果を示す

はじめに

血液内科が担当する疾患は,血液細胞の数・機能の異常から,止血・凝固異常,造血器腫瘍(いわゆる血液がん)まで多岐にわたる.このうち血液細胞の数の異常には赤血球数の異常(貧血,赤血球増加症),白血球数の異常(白血球増加症,好中球減少症など),血小板数の異常(血小板増加症,血小板減少症)が含まれ,血液固有の疾患により起こることもあれば,別の系統の異常が原因となって起こることもある.

本稿では,血液疾患に対する薬物療法として,日常診療で遭遇することの多い貧血と,造血器腫瘍のなかで最も患者数の多い悪性リンパ腫,分子標的薬が大きく患者の予後を改善させた慢性骨髄性白血病をとりあげて解説する.

症例

72歳男性.既往症・併存症として特記すべきものはない.労作時息切れを主訴に近医を受診し,Hb 4.7 g/dLと高度の貧血を認めた.MCV 120 fL,血小板数10万/μL,LD 760 IU/L,フェリチン基準値内,ビタミンB12検出感度未満.上部消化管内視鏡で萎縮性胃炎の所見を認めた.抗胃壁細胞抗体陽性(保険適用外検査)であり,悪性貧血(自己免疫性萎縮性胃炎によるビタミンB12欠乏性貧血)と診断した.

ビタミンB12の筋注を開始したところ,数日で貧血や血小板減少は改善し,LDも正常化した.今後,近医で生涯にわたりビタミンB12筋注の継続の方針としている.

1. 貧血の鑑別診断と治療

日常診療で遭遇することが最も多い血液の異常は貧血であり,最大の貧血の原因疾患は鉄欠乏性貧血であろう.ここでは,「貧血→経口鉄剤投与」という条件反射的な対応を超えて,鉄欠乏性貧血に対する対応(表1)と,鉄欠乏以外の原因による貧血が疑われる場合の初期対応(表2)を学ぼう.

1鉄欠乏性貧血

鉄欠乏性貧血では,小球性低色素性貧血となる.貧血患者で,MCV低値,MCH低値,MCHC低値であれば鉄欠乏性貧血の可能性が高い.鉄欠乏の確認は,血清フェリチン低値により行う.慢性疾患に伴う貧血でも小球性となるが,こちらは血清フェリチンが正常値~高値となる.血清フェリチン,血清鉄,総鉄結合能の評価は,経口鉄剤による鉄補充療法の開始前に行う必要がある.

鉄欠乏性貧血の患者では,よほど高度な症状(心不全症状)や急性出血がなければ,赤血球輸血は極力行わない.また,鉄補充療法とともに,出血源の検索が必須である.消化管や,女性の場合,子宮からの出血の可能性を考え,診察,便潜血検査,内視鏡検査,婦人科コンサルトなどを行う.消化性潰瘍,痔,子宮内膜症,子宮筋腫などの良性疾患から,消化器・子宮の悪性腫瘍などさまざまな疾患が出血源となっている可能性がある.鉄欠乏性貧血の患者における出血源精査は貧血の程度や鉄補充療法による貧血の改善の有無にかかわらず必須であるが,成長期には出血によらず発育に伴う鉄需要の増大による鉄欠乏性貧血が多くみられることに留意が必要である.

2鉄欠乏性貧血が除外された場合

貧血の患者で鉄欠乏性貧血が除外された場合,さまざまな疾患が原因として考えられる.貧血の機序は大きく分けて,赤血球の産生低下と破壊亢進である.前者では網赤血球比率の低下がみられるのに対して,後者では代償性の赤血球産生の亢進を反映して網赤血球比率の上昇がみられる.そのほか,鉄欠乏性貧血が考えにくい場合には,貧血の精査の第一歩として,表2に示すような検査を行うことが勧められる.2系統以上の血球減少症,末梢血への芽球出現,リンパ球増加症,血清LD高値などがみられた場合には,造血器腫瘍を含む血液疾患の可能性が高い.一方,腎機能異常に伴う貧血をはじめ,さまざまな内科的疾患により二次性貧血をおこしうることに留意が必要である(腎性貧血については第2章-4を参照).

鉄欠乏性貧血以外では,鉄補充療法は無効である.高度な貧血に対しては赤血球輸血を行うが,効果は一時的なので,原因疾患に対する治療があれば,それを行う必要がある(表3).提示症例のように,自己免疫性萎縮性胃炎や胃切除術の既往に関連したビタミンB12欠乏性貧血では,ビタミンB12製剤の筋注もしくは内服を生涯続けていく必要がある.

2. 悪性リンパ腫の治療

悪性リンパ腫は,リンパ球由来の悪性腫瘍で,由来細胞および発症に至る分子機序や,臨床像の異なる疾患の集合体である.国内での罹患数(1年間に診断される患者数)が約35,000人で,血液がんのなかでは最も多い.正常リンパ球がB細胞,T細胞,NK細胞に分類されているのに対応して,B細胞リンパ腫,T細胞リンパ腫,NK細胞リンパ腫があり,それぞれさらに細かい疾患に分類されている.例えば,びまん性大細胞型B細胞リンパ腫(diffuse large B-cell lymphoma:DLBCL)は,悪性リンパ腫のなかで最も頻度が高い疾患で,アグレッシブ(急速進行型)リンパ腫の代表例である.無治療の場合,週~月の単位で病変が増大するため,診断後すみやかに多剤併用化学療法の開始が勧められる.

1DLBCLの標準的治療

未治療DLBCLの標準的治療は,R-CHOP療法(リツキシマブ,シクロホスファミド,ドキソルビシン,ビンクリスチン,プレドニゾロン)やPola-R-CHP療法(ポラツズマブ ベドチン,リツキシマブ,シクロホスファミド,ドキソルビシン,プレドニゾロン)などの多剤併用化学療法で,これらはいずれも3週1サイクルで6サイクルくり返す.これらの治療の原型であるCHOP療法は,1970年代に開発された多剤併用化学療法で,これによってDLBCLの患者の少なくとも一部が治癒するようになった画期的な治療である.

2R-CHOP療法

R-CHOP療法図1A)は,CHOP療法にリツキシマブを併用した治療で,高齢者の未治療DLBCLを対象とした第Ⅲ相試験でR-CHOP療法の方がCHOP療法よりも無増悪生存割合だけでなく,生存割合も良好であることが示されている1)リツキシマブは,正常B細胞やB細胞リンパ腫の腫瘍細胞の細胞膜に発現する分化抗原であるCD20に対するキメラ型モノクローナル抗体で,直接アポトーシス誘導作用,抗体依存性細胞傷害作用,補体依存性細胞傷害活性などさまざまな機序でCD20陽性のB細胞に対して治療効果を発揮するため,リツキシマブ単独もしくはほかの抗がん剤と併用で用いられている.主に初回投与時にみられるインフュージョン・リアクション(発熱,悪寒,重症例では血圧低下や低酸素血症など)が代表的な有害事象で,血球減少症は一般的に軽度である.

3Pola-R-CHP療法

R-CHOP療法を構成するビンクリスチンをポラツズマブ ベドチンに置き換えた多剤併用化学療法としてPola-R-CHP療法図1B)が開発され,未治療DLBCLを対象とした第Ⅲ相試験で,Pola-R-CHP療法ではR-CHOP療法より無増悪生存割合が優れていることが示されている2)ポラツズマブ ベドチンは,CD20と同様に正常B細胞やB細胞リンパ腫の腫瘍細胞の細胞膜に発現するCD79bに対する抗体に,微小管重合阻害薬モノメチルアウリスタチンE(MMAE)を結合させた抗体薬物複合体(図2)である.CD79bに結合した後,細胞内にとり込まれ,細胞内で抗体とMMAEとの結合が切れ抗腫瘍効果が発揮される.

4悪性リンパ腫のタイプごとの治療選択肢

悪性リンパ腫では,多くの場合,殺細胞性抗腫瘍薬からなる多剤併用化学療法が治療の中心となるが,病気のタイプによって推奨される治療選択肢はさまざまである.治療薬のうち少なくとも一部は,リンパ腫の起源となる細胞を含む生物学的特徴の違いを反映している.例えば,リツキシマブやポラツズマブ ベドチンは,いずれもB細胞分化抗原に対する抗体を利用した治療の代表例である.別の疾患では異なる抗体薬〔例:ブレンツキシマブ ベドチン(抗CD30抗体薬物複合体)〕が使われたり,腫瘍細胞で活性化した細胞内シグナル伝達系を抑制する小分子化合物〔例:イブルチニブ(BTK阻害薬)〕が用いられている.

3. 慢性骨髄性白血病の治療

慢性骨髄性白血病(chronic myeloid leukemia:CML)は,成人の白血病全体の20%を占め,罹患率は10万人に1人である.造血幹細胞での染色体転座によりBCR-ABL1融合遺伝子が生じ,これによって産生されるBCR-ABL1融合タンパク質が細胞増殖シグナルを恒常的に活性化させることが,腫瘍化の機序である.

1イマチニブとBCR-ABL1遺伝子

イマチニブは,BCR-ABL1チロシンキナーゼのATP結合部位に結合し,BCR-ABL1の活性を阻害するようにデザインされた経口のチロシンキナーゼ阻害薬(tyrosine kinase inhibitor:TKI)である(図3).CML慢性期の患者を対象として行われた,当時の標準治療であったインターフェロンとの比較第Ⅲ相試験で,細胞遺伝学的寛解割合がイマチニブ群の方が優れており,無増悪割合も高かったため,イマチニブがCML慢性期の標準治療薬となった3).その後,同様のチロシンキナーゼが複数開発され,イマチニブよりもCMLに対する効果が優れているとされている.イマチニブ抵抗性の患者では,BCR-ABL1遺伝子の変異がみられることが多く,変異によりBCR-ABL1融合タンパク質のキナーゼ領域の構造が変化し,イマチニブとの結合が低下していることが治療抵抗性の機序となっている.ダサチニブ,ニロチニブ,ボスチニブ,ポナチニブなどの新しいTKIは,イマチニブ抵抗性となるBCR-ABL1遺伝子の変異に対して有効なことがあるが,TKIの種類によって有効な変異の種類が異なる.また,TKIでは種類によりさまざまな有害事象が知られているが,その一部はBCR-ABL1以外のチロシンキナーゼに対する阻害作用(オフターゲット効果)によるものである.

2CML治療の変遷

2000年代以前は同種移植でしか長期生存ができなかったCMLの治療がTKIの登場によって大きく変わり,患者の予後も生活の質も改善した.それと同時に,CMLの患者では疾患制御のためにはTKIを生涯継続する必要があると長らく考えられており,患者にとって大きな心理的・経済的な負担となっていた.しかし最近,TKIを数年間継続した後に,血液中のBCR-ABL1融合遺伝子量が一定の基準以下に低下した状態が維持された患者の少なくとも一部では,TKIを中止しても再発しないことがわかってきた4).ただし,TKI中止後,頻回にBCR-ABL1融合遺伝子量をモニタリングして,再上昇があった際にはすぐにTKIを再開できる体制で行う必要があることなどがガイドラインとして示されている4)

おわりに

血液内科は,疾患の種類が非常に多く,かつ治療法も多岐にわたるため,苦手意識をもつ研修医も多いのではないかと想像される.しかし,白血病や悪性リンパ腫などの造血器腫瘍は,悪性腫瘍(がん)のなかでも早くから分子病態の解明が進み,それが治療の進歩につながってきた.本稿でもその代表例としてDLBCLに対する抗体薬と,CMLに対するTKIを紹介したが,興味をもつ契機になれば幸いである.血液領域には,分子病態が未解明の疾患や,治療が不十分な疾患は数多く残っており,今後の進歩にかかっている.

引用文献

  • Coiffier B, et al:CHOP chemotherapy plus rituximab compared with CHOP alone in elderly patients with diffuse large-B-cell lymphoma. N Engl J Med, 346:235-242, 2002(PMID:11807147)
  • Tilly H, et al:Polatuzumab Vedotin in Previously Untreated Diffuse Large B-Cell Lymphoma. N Engl J Med, 386:351-363, 2022(PMID:34904799)
  • O’Brien SG, et al:Imatinib compared with interferon and low-dose cytarabine for newly diagnosed chronic-phase chronic myeloid leukemia. N Engl J Med, 348:994-1004, 2003(PMID:12637609)
  • Hochhaus A, et al:European LeukemiaNet 2020 recommendations for treating chronic myeloid leukemia. Leukemia, 34:966-984, 2020(PMID:32127639)

参考文献・もっと学びたい人のために

  • 「血液病レジデントマニュアル 第3版」(神田善伸/著),医学書院,2019

著者プロフィール

伊豆津宏二(Koji Izutsu)
国立がん研究センター中央病院 血液腫瘍科 血液腫瘍科長
造血器腫瘍,特にリンパ腫,慢性リンパ性白血病などのリンパ系腫瘍の診療および治療開発をしています.

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