第3章 救急・病棟の急変対応と入院患者管理
14. 胸水/腹水/心嚢水
紺谷大貴
(亀田総合病院 腫瘍内科)
Point
- 悪性胸水に対する治療介入は,症状や全身状態,予後などを考慮して決定する
- 悪性腹水は一般的には予後不良だが,卵巣がんや原発性腹膜がん,悪性リンパ腫などは治療の奏効が期待できる
- 心タンポナーデを伴う心嚢水貯留は,緊急で心嚢穿刺およびドレナージを行う
はじめに
がん診療において胸水貯留や腹水貯留は日常診療でよくみられる病態であり,腫瘍内科医はその鑑別や対処法に関して熟知している必要がある.また心嚢水貯留は緊急で心嚢穿刺およびドレナージを要する場合もあり,迅速なマネジメントが求められる.
本稿では胸水,腹水,心嚢水に分けて,それぞれ原因や施行すべき検査,治療法などに関して簡潔に述べる.
1. がん患者における胸水貯留
症例1
64歳女性.ホルモン受容体陽性乳がんの術後フォロー中に左胸水を指摘され,PET(positron emission tomography:陽電子放出断層撮影)CT検査で多発リンパ節転移と多発骨転移を認めた.頸部リンパ節生検でホルモン受容体陽性乳がん再発の診断となり,レトロゾール+パルボシクリブ内服を開始.治療開始12カ月後のCT検査で左胸水増加を認め(図1),労作時息切れの訴えがあった.
体温36.2 ℃,血圧136/90 mmHg,脈拍数89回/分,呼吸数17回/分,SpO2 94%(室内気).
左胸水貯留に対する診断,治療はどのように進める?
1原因
がん患者の胸水貯留の原因は腫瘍の胸膜浸潤による悪性胸水以外にも,心不全や肺炎,肝硬変,低アルブミン血症などさまざまである.胸水の肉眼所見や性状から病態を予想することは可能だが(表1),淡黄色の場合でも悪性胸水の診断に至ることはしばしばみられるので注意する.悪性胸水の原発巣としては,肺がん,乳がん,悪性リンパ腫,卵巣がん,悪性中皮腫などが多い.
胸水はLight基準(表2)1)により漏出性と滲出性に分けられるが,Light基準は特異度がやや低いため滲出性胸水の除外に役立つ(Light基準を一つも満たさない場合は漏出性胸水の可能性が高い)2).主な胸水の鑑別を表3に示した.
2診断
診断には胸腔穿刺が必要であり,得られた胸水検体は性状を確認のうえ,細胞数・細胞分画,生化学(pH,LDH,総蛋白,アルブミン,糖),細菌培養,細胞診(症例によってはセルブロックも)はルーチンで提出する.結核性を疑う場合は,抗酸菌塗沫や培養,PCR(polymerase chain reaction),ADA(アデノシンデアミナーゼ)を提出する.胸水の腫瘍マーカーは感度が低いので,提出する際も結果の解釈には注意する.悪性リンパ腫を疑う場合は,フローサイトメトリーも提出する.胸水細胞診の陽性率は約60%であり,扁平上皮癌や中皮腫よりも腺癌で陽性率が高い3).
3治療
悪性胸水の治療戦略としては,胸腔ドレナージと胸膜癒着術がある.
1) 胸腔ドレナージ
胸腔ドレナージの方法には,単回の胸腔穿刺をくり返す方法と,胸腔ドレーンやアスピレーションキットを挿入して持続的ドレナージを行う方法がある.いずれを選択するかは,症状の強さや胸水の貯留速度,全身状態,予後などを考慮して,患者本人と相談して決定する.また悪性リンパ腫など化学療法に高感受性な腫瘍は,化学療法のみで胸水の減少が期待できる.再膨張性肺水腫を予防するため,1日あたりの排液量は1,000〜1,500 mLまでにとどめる.
2) 胸膜癒着術
胸腔ドレーンやアスピレーションキットで胸水ドレナージが十分にでき,肺の拡張が得られた場合,胸膜癒着術が検討される.胸膜癒着術は,薬剤を胸腔内に注入して臓側胸膜と壁側胸膜に炎症を起こさせることで癒着させ,その後の胸水貯留を抑える方法である.予後3カ月未満が予想される場合や,虚脱肺(trapped lung)を伴う場合は,一般的には胸膜癒着術の適応にはならない.
使用する薬剤はタルクがほかの薬剤に比較して有効性が高く4),当院でも基本的にはタルクを用いて胸膜癒着術を施行する.手技の詳細に関しては誌面の都合上,本稿では割愛させていただく.
癒着術後は高頻度に発熱や胸膜痛が認められるため,適宜アセトアミノフェンなどの解熱鎮痛薬で対応する.また稀にARDS(acute respiratory distress syndrome:急性呼吸窮迫症候群)を発症するため,癒着術後は呼吸状態などのモニタリングを行う.
症例1のつづき
胸腔穿刺を行ったところ,黄色透明の排液を認めた.
胸水細胞数 375 /μL〔胸水N(好中球) 0%,胸水L(リンパ球) 73%,胸水O(その他) 0%,胸水マクロファージ 27%〕,ブドウ糖 111 mg/dL,タンパク 5,290 mg/dL,アルブミン 3,010 mg/dL,LD 226 U/L,pH 7.589.
胸水培養:陰性
胸水細胞診:Malignant pleural effusion associated with adenocarcinoma(腺癌に伴う悪性胸水)
胸水セルブロック:Metastasis of adenocarcinoma(腺癌の転移)
悪性胸水の診断で,胸水以外の病変は増大なく経過していたことから胸膜癒着術を施行する方針とした.胸腔ドレーンを挿入して連日排液を行い,十分に排液できたことを確認してタルクで胸膜癒着術を施行.その後も胸水増加みられず,胸腔ドレーンは抜去.以降も胸水増加なく経過している(図2).
2. がん患者における腹水貯留
症例2
70歳男性.転移進行肝内胆管がんに対して,デュルバルマブ+シスプラチン+ゲムシタビンで治療中.治療開始して約6カ月後の外来で食欲低下と腹部膨満の訴えあり,CT検査では大量腹水を認めた(図3).
体温 36.9 ℃,血圧 129/82 mmHg,脈拍数 105 回/分,呼吸数 18 回/分,SpO2 98%(室内気).
腹水貯留に対するマネジメントはどうする?
1原因
がん診療において腹水貯留はしばしば遭遇し,腹部膨満感などの訴えがみられる.腹水貯留の原因としては,がん性腹膜炎に伴う悪性腹水以外にも,肝硬変や腫瘍の門脈閉塞による門脈圧亢進症などがある.がん性腹膜炎をきたすがん種としては,卵巣がん,胃がん,大腸がん,膵がん,腹膜がんなどがあり,20%が原発不明だったとする報告もある5).
2診断
穿刺可能であれば腹腔穿刺を行い,得られた腹水検体は性状を確認のうえ,細胞数・分画,総蛋白,アルブミン,LDH,細菌培養,細胞診(症例によってはセルブロックも)を提出する.腹水中の腫瘍マーカーは感度や特異度があまり高くないため,提出する際も結果の解釈には注意を要する.血性腹水の場合はがん性腹膜炎が示唆されるが,淡黄色の場合でも否定はできない.
門脈圧亢進性の腹水かどうかの鑑別にはSAAG(serum-ascites albumin gradient)が有用であり,「SAAG=血清アルブミン−腹水アルブミン」で計算される.SAAG≧1.1 g/dLでは門脈圧亢進パターンが示唆され,肝硬変や心不全,広範な転移性肝腫瘍などが原因となる.がん性腹膜炎の場合は門脈圧亢進の有無にかかわらず起こりうるので,SAAGでは鑑別困難である.
細胞診は初回陰性でも悪性腹水は否定できず,複数回提出することで感度が上昇する.また検体量に関しては,200 mL以上で感度がプラトーとなり,150 mL以下では感度が低下するという報告がある6).検体量を増やすと特異度が下がる懸念もあることから,可能であれば200 mL程度で提出するのがよい.
3治療
悪性腹水の治療の基本は全身化学療法であるが,卵巣がんや原発性腹膜がん,悪性リンパ腫のように化学療法感受性の高いがん種を除いては難治性になることが多い.化学療法による奏効が乏しい場合は症状に応じて腹腔穿刺を行うケースが多く,利尿薬や腹水濾過濃縮再静注法(CART:cell-free and concentrated ascites reinfusion therapy),腹腔-静脈シャント術,門脈ステント留置術を検討することもある.
1) 腹腔穿刺
腹腔穿刺は悪性腹水に対して基本的な対処法であり,エコー下で腹水量と腸管など重要臓器の位置を確認し,安全に穿刺できるポイントを選択する.1回あたりの排液量や排液速度に定まったものはないが,一般的には循環動態などへの影響を考慮して,排液量は3~5 Lに留めることが多い.穿刺の頻度は腹水の貯留スピードや患者の自覚症状によって決定し,場合によっては週2回程度の穿刺を要することもある.
2) 利尿薬
門脈圧亢進パターンの際は利尿薬の効果が期待できることがあり,下記のようにフロセミドとスピロノラクトンを併用することが多い.しかしがん性腹膜炎に対しての効果は限定的であり,利尿により血管内脱水をきたすリスクも考慮しなければならない.
●処方例
フロセミド(ラシックス®)20 mg 1日1回+スピロノラクトン(アルダクトン®)50 mg 1日1回
CARTはタンパク質の喪失を軽減できる効果が期待されているが,有効性を示すエビデンスは十分とは言えない.発熱や感染症などの合併症があり,機器のコストや手技の煩雑さなどを考慮すると,実施を検討できるのはごく限られた症例と思われる.
4) 腹腔-静脈シャント術
腹腔-静脈シャントは,腹腔と静脈をつなぐシャント用チューブを体内に埋め込むことで腹水を静脈内に還流させる方法で,デンバーシャントや経皮経肝腹腔静脈シャントなどがある.播種性血管内凝固(disseminated intravascular coagulation:DIC)などの致命的合併症の報告もあるため,適応には慎重な判断が必要である.
5) 門脈ステント留置術
悪性腫瘍による門脈閉塞が原因で難治性腹水をきたしている場合,門脈ステント留置術も選択肢ではある.しかしがん性腹膜炎など,ほかに腹水貯留をきたす原因が否定的である場合のみに検討する.
症例2のつづき
腹腔穿刺を行ったところ,淡黄色透明の腹水を認めた.
腹水細胞数 25 /μL〔腹水N(好中球) 2%,腹水L(リンパ球) 94%,腹水O(その他) 0%,腹水マクロファージ 4%〕,ブドウ糖 202 mg/dL,蛋白 500 mg/dL,アルブミン 230 mg/dL,LDH 29 U/L
腹水培養:陰性
腹水細胞診:多数のリンパ球を主体とする慢性炎症性背景.組織球や反応性中皮細胞を多く認めるが,明らかな悪性所見はみられず.
SAAGは0.1 mg/dLで,非門脈圧亢進パターン.腹水細胞診で悪性所見はみられなかったが,CT検査で多発肝転移が増大したタイミングでもあり,がん性腹膜炎の関与が疑われた.直後に胆管炎を発症してPerformance Status低下みられたことから,本人および家族と相談してBest Supportive Care方針となった.
3. 心嚢水
1原因
がん患者における心嚢水貯留の原因として,悪性腫瘍,がん治療(抗がん剤,放射線),感染症(ウイルス性,細菌性,真菌性)があげられる.
心嚢液貯留をきたすがん種としては肺がんが最も多く,特にALK陽性非小細胞肺がんでは頻度が高いという報告がある7).その他のがん種としては,乳がん,食道がん,悪性黒色腫,リンパ腫,白血病なども原因となる.
一部の抗がん剤は心嚢液貯留をきたすことがあり,アンスラサイクリン系抗がん剤や,シクロホスファミド,ドセタキセル,ブレオマイシン,シタラビン,フルダラビンなどが原因となりうる.稀ではあるが,免疫チェックポイント阻害薬も心膜炎に伴って心嚢液貯留をきたすことがある.胸部への放射線照射も,心嚢液貯留のリスクとなる.
2診断
がん性心膜炎の鑑別には心嚢穿刺や心膜生検が行われるが,リスクの高い処置のため適応は限られる.心嚢液が血性の場合はがん性心膜炎の可能性が上がるが,細胞診の感度は67〜92%と報告されている8,9).白血病やリンパ腫を疑っている際は,フローサイトメトリーも提出する.
3治療
がん性心膜炎に対する治療戦略は,心タンポナーデをきたしているかどうかによって大きく変わる.
軽度の心嚢液貯留で心タンポナーデを伴わない場合は全身化学療法が優先されるが,心タンポナーデを発症しないか慎重なモニタリングを要する.
心タンポナーデをきたしている場合(右心不全,奇脈,心エコーで拡張期の右心系虚脱など)の全身管理は,一般的な心タンポナーデに準ずる.心嚢穿刺およびドレナージの適応となるが,一時的な穿刺ドレナージでは再貯留する可能性が高いため,持続ドレナージを要することが多い.心嚢穿刺は心室穿刺など重篤な合併症をきたす可能性があるため,通常は循環器専門医へのコンサルトが必要である.難治性の心嚢水貯留に対しては,心膜癒着術や心膜開窓術が施行されることもある.
また現在明らかな心タンポナーデを認めない場合でも,がんの進行とともに心嚢水増加が想定され,今後心タンポナーデを発症する可能性が高いケースも同様の対応を要することが多い.心タンポナーデは発症すると致死的となりうる緊急事態であり,悪性腫瘍に伴うものは原疾患が改善しない限り進行性に悪化することが多いからである.
おわりに
胸水貯留や腹水貯留は,患者自身の“つらさ”の原因になることも多い.侵襲的な検査や処置をどこまで行うかは,患者の症状や予後などを総合的に考慮して判断すべきであり,それぞれの患者に対しての最適解を見つける作業を日々行っていく必要がある.
文献
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- Saab J, et al:Diagnostic yield of cytopathology in evaluating pericardial effusions:Clinicopathologic analysis of 419 specimens. Cancer Cytopathol, 125:128-137, 2017(PMID:28207201)
著者プロフィール
紺谷大貴(Hiroki Kontani)
亀田総合病院 腫瘍内科
2019年大阪市立大学(現大阪公立大学)卒.国立病院機構 東京医療センターで初期研修を行い,内科専攻医として亀田総合病院に入職.2025年4月からは同院腫瘍内科医員として,あらゆるがん種の診療を行っています.がん診療と胸水・腹水は切っても切れない関係であり,対応に苦慮する場面も多いです.医学的な適応と本人の状態や希望などを合わせて,患者さんにとって何がベストな選択肢かを日々考えながら過ごしています.
