序にかえて
造血研究の潮流
本増刊号は,「造血研究」の最前線──造血発生からニッチ・代謝・エピゲノム,白血病の基礎・臨床,移植・細胞治療まで──を俯瞰するレビュー集である.現在,本領域で活躍する研究者に,各稿で最新知見の要点,臨床への応用,研究計画に直結する方法論などを整理し,分野横断の見取り図を提示していただいた.
さらに【コラム:血液学を築いた偉人たち】では,身近に見た分野の第一人者の人となりや,その卓越した研究業績をエピソードとして記載した.読者の海外への視野をひろげ,明日の研究を後押しする契機になれば幸いである.
本稿では,序に代えて,造血幹細胞の研究史を概説したい.
1.造血幹細胞の提唱とその属性(第2章,第3章)
1)造血幹細胞という概念
この概念がJ. TillとE. McCullochによって提唱されたのが,1961年の論文であるとすると,すでに60年以上の歳月が流れたことになる1).トロント大学の2人はリトリートで次のような研究を打ち合わせたという.物理学者のTillは,放射線照射をしたマウスにおいて脾臓に,「瘤」のようなものを見ていたという.そこで,血液学者のMcCullochは,致死量の放射線照射をしたマウスに,同種の骨髄を,静脈から移植し,1週後にその「瘤」の数を数えた.この「瘤」は,成熟した赤血球や白血球より構成され,その数は,注入した血液細胞の数にほぼ比例した.また,染色体異常をもつ細胞を移植して,その瘤は,一つの細胞に由来することを示し,その瘤は,1細胞からなるコロニーであると考え,「脾コロニー」,その元になる母細胞を「脾コロニー形成単位=CFU-S(colony-forming unit-spleen)」と名づけた.脾コロニー形成細胞とよばなかった理由は,コラムに特記する.
さらに,彼らは,脾コロニーを1個ずつ核出し,再度,放射線マウスに移植したところ,脾コロニーが観察された.このことから,幹細胞は,多系列に分化すると同時に,幹細胞を生み出す自己複製能をもつ細胞として定義された.さらに彼らは,自己複製をBirth,分化をDeathとして,二次脾コロニーの出現頻度を推測した.その結果,1回の分裂で,自己複製の起きる頻度は,ランダムであり,その頻度(p値)が0.5以上であれば,幹細胞システムは増幅すると考えた.これは,自己複製は,幹細胞自身の内的プログラムによるもので,多分に,原子崩壊の確率論に類似していて,物理学者Till の考えがあると思われる.
現在の造血学から見ると,CFU-Sは必ずしも,未分化な幹細胞を見ていることにはならないが,幹細胞のもつ多分化能と自己複製能を示した点では,偉大なスタートであった.幹細胞より一段分化した細胞は,この自己複製能をもたないことから前駆細胞とよばれ幹細胞と区別された.
2)造血幹細胞の同定
造血幹細胞の研究史にとっての革新的技術の一つに,FACS(fluorescence-activated cell sorting)解析がある.幹細胞を表面抗原で分離する技術により,幹細胞の純化が進み,幹細胞を「単位」ではなく,「細胞実体」として捉えることができるようになった2).詳細な幹細胞の解析により,①幹細胞集団の多様性,②それぞれの幹細胞,前駆細胞の転写制御が解析可能となり,幹細胞システムをもつ組織のなかでは,造血系は,最も詳細に分化研究が進んだ領域となっている.幹細胞から,前駆細胞を経て,成熟細胞に至る分化過程を,どの転写因子が,複合体となって制御しているかが明らかにされている.
また,幹細胞の自己複製は,上述のように,ストキャスティクに支配されると考えられていたが,今や,幹細胞培養では,外的因子の調節によって,そのp値を大きく上げて,自己複製主体の分裂を促すことが,Yamazakiらの研究によって可能となっている3).U171添加やPVA,Soluplusなどの導入によって幹細胞を幹細胞のまま増やす本研究は,造血幹細胞をex vivoで増幅するという夢に向かって進んでいる.
3)幹細胞の静止期性
幹細胞は,常に増殖しているのではなく,むしろ細胞周期を回転をしていない細胞であるということは,5-FluorouracilなどS期に殺作用のある抗がん剤を投与しても生き残ることから想像されうる.この幹細胞の静止期性に関しては,多くの研究がある4).いかにして幹細胞は,G0期から細胞周期に入るのか,また,細胞周期に入っている幹細胞が再び静止期に入りうるのか,分子レベルでの解析が進んでいる.
これらの問いは,治療抵抗性の「がん幹細胞」の多くは静止期にあると考えられるので,ことに重要である.最近のYamamotoらのシングルセルの骨髄移植では,一次移植では,4カ月間,静止期にあったと考えられる幹細胞が,二次移植で,やおら増殖して,造血に寄与するという観察がある5).おそらくは,強い外的刺激がかかった結果と考えられるが,その分子機構はいまだ謎めいている(山本玲君は,2025年に惜しくも夭折された.ここに哀悼の意を表する).
2.造血ニッチ研究の発展(第2章,第3章)
造血幹細胞の微小環境に「ニッチ=ニッシ」という語が用いられたのは,英国マンチェスターにいたR. Scofield博士による6).彼は,幹細胞は,ニッチにあって静止期を維持し,ニッチから離れて活発に増殖すると考えた.この仮説が出される以前から,骨髄では骨髄系細胞,脾臓では赤血球細胞に分化しやすいことから,「造血の場」なるものが想定されていた.最初は概念的であった幹細胞ニッチが,分子レベルで解析されるのは,2004年頃からである.
幹細胞ニッチの研究は,分子レベルと細胞レベルで進展した.幹細胞ニッチは,幹細胞の居場所を意味し,「静止期幹細胞が骨髄のどこにあるか」という研究が主体となった.10年近く,幹細胞ニッチは血管性か,内骨膜か? 二律背反のような議論が続いたが,2016年ハーバード大学のD. Scaddenらが,single cell RNA解析により,骨髄では血液細胞以外のいわゆる間葉系細胞が,17種に区分されるという論文を発表し,間葉系ストロマ細胞の多様性を提唱した7).
3.幹細胞の発生と老化(第1章,第4章,第5章)
造血幹細胞の発生に関しては,E. DzierzakやA. Bigasらの研究に代表されるように,ヨーロッパの研究者,ことに女性研究者の貢献が大きい8).造血幹細胞はAGMとよばれる中胚葉組織から発生する.すなわち,造血細胞は胎児背側大動脈の血管内皮細胞から出芽するように誕生する(endothelial hematopoietic transition:EHT).造血細胞は,肝臓に移動し,そこで幹細胞は増幅する.胎児肝における造血幹細胞の多くは,活発に増殖しており,静止期幹細胞が増加するのは,出生後2〜3週の骨髄である.これが,いかなる機序によって制御されているのか,興味深い課題である.
幹細胞が静止期にあることは,前述のごとく,多くのストレスに耐えるのには有用なシステムであるが,加齢に伴い,全体としての幹細胞性は低下する.したがって,健常高齢者が骨髄移植のドナーに選ばれることはない.一方で,表面マーカー上は幹細胞と同定される集団が増えるのは興味深い.幹細胞機能が劣化して,その集団が増えているのか? あるいは,幹細胞からの分化が障害されていると考えられるが,老化した幹細胞自体が,若年幹細胞とは機能が違うと考えるのが合理的である.最近,一部の老化幹細胞は,骨髄に滞留していて,末梢へアウトプットできない状況があると考えている.すなわち,自己複製能はあるが,骨髄では,分化できない細胞と考えられる.これが,前述の「深い」G0(静止期)にある幹細胞と見做すかどうかは,興味深い.老化に伴い,幹細胞の代謝は変化し,①ミトコンドリアにおける酸化的リン酸化が優勢となる,②酸化ストレスに対して,ペントースリン酸経路が働き,レドックス機能が亢進している,などの報告がある.
4.ストレス下の造血と白血病(第6章,第7章,第8章)
定常的な造血に次いで,感染などのストレス下の造血研究は,免疫学の進展に伴い,大きな研究の進歩を示している.ミエロイド細胞,樹状細胞,さらに制御性T細胞などは,幹細胞からの分化経路とともに,造血全体をコントロールする機構が,徐々に明らかになりつつあり,生体がいかに造血の恒常性を維持しているかを知ることができる.
また,血液腫瘍である白血病,リンパ腫は,「血液内科」の主役であり,病態解析やがん治療の先鋒を担っていると言っても過言ではない.近年のゲノム研究や幹細胞研究は,これらの疾患の克服に向けて進んでいる.本特集で,病態解明の代表的研究を垣間見ることができる.
5.骨髄移植──それに続く免疫細胞治療(第9章)
骨髄移植は,1970年代にE. D. Thomas博士らによって開発された造血幹細胞を用いた再生医療である9)(1970年に,同種移植の報告が1例みられる).造血幹細胞移植と骨髄移植の両者は並行して発展したように見えるが,実際は,静脈注射された造血幹細胞の骨髄へのホーミング機構,生着した幹細胞の増殖と分化に関しての詳細はいまだ十分には解明されていない.骨髄移植は現在,ヒト免疫学的課題を多く提起している.ことに,移植片宿主病(GvHD)克服は,同種骨髄移植における大きな課題である.骨髄移植は,再生医療の成功例であると同時に,細胞免疫療法の基盤を成すものである.
近年,キメラ抗原受容体T細胞(CAR-T)療法などのがんの免疫療法や,鎌状赤血球症や血友病Bの遺伝子治療が進む.また,造血幹細胞の培養,遺伝子改変技術の改良により,目的とする血液・免疫細胞を安全,かつ臨床に必要とされる量で提供することをめざして挑戦が続く.
おわりに
造血の基礎研究は,骨髄移植の臨床と並行して,発展してきた.サイトカイン療法や分子標的療法に関しても同様である.そして今また,CAR-T療法は,白血病やリンパ腫に対して目覚ましい成果を挙げている.これらの知見が,やがて,固形がんの治療やさらには,自己免疫疾患にも応用されるであろう10).特に中国では,世界で2〜4万例のCAR-T療法の約半数が施行されている.そうしたなかで,骨髄移植の開発時と同様,新たな問題点が見えてきて,新課題に臨床・基礎が一体となって挑戦している.ゆえに本特集のタイトルも,「血液学 未解決課題に基礎と臨床の統合で挑む」としたしだいである.
文献
1) MCCULLOCH EA & TILL JE:Radiat Res, 13:115-125(1960)
2) Spangrude GJ, et al:Science, 241:58-62, doi:10.1126/science.2898810(1988)
3) Sakurai M, et al:Nature, 615:127-133, doi:10.1038/s41586-023-05739-9(2023)
4) Wilson A, et al:Cell, 135:1118-1129, doi:10.1016/j.cell.2008.10.048(2008)
5) Yamamoto R, et al:Cell Stem Cell, 22:600-607.e4, doi:10.1016/j.stem.2018.03.013(2018)
6) Schofield R:Blood Cells, 4:7-25(1978)
7) Baryawno N, et al:Cell, 177:1915-1932.e16, doi:10.1016/j.cell.2019.04.040(2019)
8) Dzierzak E & Bigas A:Cell Stem Cell, 22:639-651, doi:10.1016/j.stem.2018.04.015(2018)
9) Thomas ED:Semin Hematol, 36:95-103(1999)
10) Feng J, et al:Nat Med, 31:3725-3736, doi:10.1038/s41591-025-03937-8(2025)
〈編者プロフィール〉
須田年生:中国医学科学院血液学研究所・北京協和医学院(天津).慶應義塾大学定年後,シンガポール国立大学(10年)を経て2024年から天津に移り,若い人たちと幹細胞研究を続行.Metcalf賞(ISEH2014),ED Thomas賞(ASH2020)を受ける.
