実験医学増刊:口腔細菌叢はいかにして全身疾患へ繋がるか〜歯周病と口-腸連関から見えた発症・悪化のメカニズム
実験医学増刊 Vol.44 No.12

口腔細菌叢はいかにして全身疾患へ繋がるか

歯周病と口-腸連関から見えた発症・悪化のメカニズム

  • 山崎和久/編
  • 2026年07月17日発行
  • B5判
  • 218ページ
  • ISBN 978-4-7581-2972-5
  • 6,160(本体5,600円+税)
  • 在庫:あり
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※実際の紙面のレイアウトとは異なります

概論 健康長寿の鍵を握る口腔細菌叢研究

Impact of the oral microbiome on health and longevity

 

山崎和久
Kazuhisa Yamazaki:理化学研究所生命医科学研究センター粘膜システム研究チーム

 

無菌に近い胎児の口腔内は,出産を起点とする外界との接触によってさまざまな細菌で急速に覆われていく.その後の生育環境,歯の萌出・生え変わり,唾液成分・ホルモンの影響などを受けて,口腔細菌叢はダイナミックに変化していく.口腔細菌叢のディスバイオーシスは,う蝕や歯周病を発症させると同時に歯肉バリア機能の低下を誘発し,血行性に全身に影響を与える.近年の解析技術の進歩によって口腔細菌の下部消化管への移行が明らかになり,定着した口腔細菌や誘発された腸内細菌叢のディスバイオーシスが全身の健康にかかわることが明確になってきた.

 

はじめに

無菌に近い胎児の口腔内は,出産を起点とする外界との接触によってさまざまな細菌で急速に覆われていく.授乳の形態,保育者とのかかわりや食事はもちろん,生後6カ月前後での乳歯の萌出,6歳頃から始まる永久歯への生え変わりというダイナミックな形態変化も口腔細菌叢に大きな影響を及ぼす.唾液の分泌量やそこに含まれる抗菌物質の量といった遺伝的要因も重要な因子である.

口腔細菌叢に最も大きな影響を与える要因の1つが口腔衛生状態である.口腔衛生の不良によるデンタルプラーク※1の形成は,う蝕や歯周病〔歯肉炎・歯周炎(第1章-5)〕を発症させる.歯周病とは歯の周囲組織に生じる疾患の総称であり,歯肉炎(初期の歯周病:歯肉に限局し,プラークを除去することで完全に回復する可逆性の疾患)と歯周炎(歯根膜の破壊・歯槽骨の吸収を伴うため,進行すると歯を失う原因となる)が主な疾患である.特に歯と歯肉(歯茎)の境界付近に蓄積したプラークは歯肉溝(歯と歯肉の間の溝)の微小環境に大きな影響を与え,宿主および細菌間の相互作用により細菌叢の構成をダイナミックに変化させる.その結果誘発された炎症により歯周ポケット※2が形成され,持続する炎症によってさらなる環境変化とそれに伴う細菌叢の変化が進行する.こうした菌叢の量的・質的変化が歯周組織の破壊を不可逆的に進行させる.

近年,歯周病は単に口腔内に限局した疾患ではなく,全身の健康に影響を与える疾患として注目されている.その因果メカニズムとして,これまでは歯周ポケットから組織内に侵入した細菌や局所で産生された炎症メディエーターが血流を介して遠隔の組織・臓器に影響を与えると考えられてきた.加えて,新たな概念として,嚥下された口腔細菌の腸内細菌叢への影響が注目されている.口腔細菌は口腔の健康状態にかかわらず唾液とともに飲み込まれるが,これまで嚥下された口腔細菌は胃液,胆汁酸により死滅し,下部消化管まで届くことは稀だと思われてきた.しかし,腸内細菌中における口腔細菌の存在が明らかになってきただけでなく,特に注目度の高い大腸がんにおけるFusobacterium1)のように,さまざまな疾患においてその比率が高まることのみならず,病態への直接的関与も示唆され,全身の健康に大きな影響を与えることが明確になってきた.

本増刊号では,口腔細菌叢の全身の健康へのかかわりについての最新のトピックスをご紹介するにあたり,第1章:口腔細菌叢の形成過程とダイナミズム,ディスバイオーシス※3を誘発する各種要因とその帰結としての歯周病の病因と病態,第2章:歯周病と全身疾患の関連についての疫学的エビデンス,第3章:歯周病が全身疾患に影響を及ぼす因果メカニズム,第4章:口腔細菌叢の全身への影響として近年特に注目されている口-腸連関,のテーマに関してご寄稿いただいた.以下にその内容を概説する.

 

※1 デンタルプラーク(プラーク)

歯や口腔内の組織上に付着した,主として細菌およびその産生物からなる構造体.細菌以外に剥離上皮,好中球,食物残渣なども含む.1 gのプラーク中には約1011の細菌が存在し,う蝕や歯周病の病原菌が含まれる.歯肉の端(歯肉縁)を境界として歯肉縁上プラークと歯肉縁下プラークに分けられる.

※2 歯周ポケット

健康な歯周組織において,歯と歯肉の境界には歯肉溝とよばれる浅い溝が存在するが,プラーク細菌により炎症が持続すると,この溝が深くなり歯周ポケットとよばれる状態となる.歯周ポケット内は酸素分圧が低下するため,嫌気性細菌の定着・増殖にとって有利な環境となる.多くの歯周病原性細菌はこの環境を好むことが知られている.

※3 ディスバイオーシス

微生物(主に細菌)叢の構成やそれらの機能が変容した状態.ヒトの場合,しばしば全身の健康状態に悪影響を与える.

 

口腔細菌叢の形成(第1章-1〜3)

出生直後から夥しい数の細菌が口腔内に入り込み,口腔細菌叢の形成が始まる.発育の初期には,分娩の様態(経腟分娩か帝王切開か)や乳児栄養が母乳かミルクかによる違い,そして保育者の口腔健康状態に顕著な影響を受ける.大人の口腔細菌叢を構成する主要細菌は,生後1歳半で約80%,3歳で約90%が検出され,口腔細菌叢の基盤は3歳までにほぼ確立し,その後大きな変化はみられないことが明らかになっている.さらに,1歳半までに,むし歯・歯周病に関与する菌種も多く定着することから,幼児期,特に1歳半までが口腔細菌叢の発達において重要であることが判明した2)

保育者(両親)が歯周炎を有する場合には子の口腔内には歯周病原細菌が定着しやすいばかりでなく,3カ月間のプラークコントロールでは菌叢を改善できないことが報告されている.このことは,(養育者の口腔環境を変えないと)いったん確立した菌叢を変化させることは難しいことを示唆している3).さらに,保育者が重度歯周炎に罹患している場合には,親のみならず子の腸内細菌叢もディスバイオーシスを示すことが報告されている.

いったん成熟した口腔細菌叢は比較的安定であると考えられているが,サーカディアンリズムや食事による日内変動に加え,糖分,特に砂糖の摂取,乳歯から永久歯への生え変わり,思春期におけるホルモンの変化,口腔清掃の頻度と程度,加齢に伴う唾液の量と成分の変化や歯周組織の形態変化などの要因により,生涯に渡って細菌-宿主のバランスが影響を受けることになる(図1).こうした宿主の変化は口腔細菌叢のエコシステムに大きな影響を与えることになる.第1章-1~3では,口腔細菌叢のなりたち,菌体間相互作用,そして細菌叢の基本構造と変動についてそれぞれ紹介する.

 

図1 出生からの口腔細菌叢形成に影響を与える因子
母体の細菌叢,分娩法,育児,食事などの環境要因,サーカディアンリズム,遺伝的要因,免疫能,など実にさまざまな因子が個人の口腔細菌叢形成に関与し,小児期の早い時期にほぼ完成される.なかでも保育者の口腔状態は生育初期の細菌叢に大きな影響を及ぼし,歯列完成後は口腔衛生状態が細菌叢を規定する大きな要因となることが明らかになっている.(写真は実験医学Vol.39 No.16より転載)

 

口腔細菌叢のディスバイオーシスと歯周病(第1章-4,5)

1965年,Harald Loeらは健康な歯肉を有する歯学生を対象に口腔清掃を停止させる実験により,プラークの沈着が例外なく歯肉炎を引き起こし,口腔清掃を再開させてプラークを除去すると歯肉炎が消退することを初めて示した.同時に,沈着したプラークを構成する細菌は経時的にダイナミックに変化することも示した4)

その後,嫌気培養の技術が進歩し,歯周炎の進行で生じる歯周ポケット内の嫌気的環境で増殖する細菌(歯肉縁下細菌)の同定が可能となった.それらの細菌の解析により歯周組織破壊に関連する病原因子の保有も明らかになり,歯周病原細菌として認定されるようになった.病状の重症度を示す臨床指標,歯周ポケット内における比率の変化や共生細菌の解析などから,Porphyromonas gingivalisTannerella forsythiaTreponema denticolaの3菌種が病原性の特に強い細菌として,いわゆるred complex細菌とよばれるようになった5).また,デンタルプラークの成熟過程において初期に定着するグラム陽性・好気性あるいは通性嫌気性細菌群優勢の環境から,歯周ポケット内で検出頻度の高い偏性嫌気性細菌群優勢の環境への転換にFusobacterium nucleatum※4が重要な役割を演じていることが明らかになり6),これらの細菌が歯周病の病原細菌として主要な研究対象となった.

歯周病の病因論はred complex細菌を中心に展開されていたが,無菌マウスを用いた動物実験においては,P. gingivalisの口腔内接種は歯周病の特徴的病態である歯槽骨吸収を誘発しない一方,常在菌を有するSPFマウス(specific-pathogen-free,病原体を保有していないマウス)では,歯槽骨吸収が顕著であることが報告された7)P. gingivalisはキーストーン細菌※5としてディスバイオーシスを誘発し,その結果として集団内において細菌代謝物に依存して細菌数を増大させる.菌叢と菌数の変化は歯周組織に炎症を誘発し,組織破壊産物は細菌の栄養分として,さらなるディスバイオーシスと菌数の増加を引き起こす(図2).歯周ポケット内でのこうした悪循環が組織破壊の駆動力となっていると考えられている8).このように歯周病における細菌学的病因論は“特異細菌説”から“キーストーン細菌説”へと大きく変化してきた.口腔微生物叢のゲノムレベルでの網羅的かつ高品質なカタログを提示した最近の研究によると,従来ほとんど研究されていなかった多数のcandidate phyla radiation(CPR)細菌※6が発見され,CPR細菌内のある種のサブクレードが歯周炎と関連することが示されている9).今後,CPR細菌の歯周病における役割,全身疾患との関連についての研究が進むことが期待される.歯周病における細菌(第1章-4),病態(第1章-5)の詳細については,各論を参照されたい.

 

図2 歯周病の発症・進行に伴う細菌叢の変化
健康時のバランスのとれた細菌叢(ユーバイオーシス)は口腔衛生の不良により量的・質的に変化する.菌種間相互作用やキーストーン細菌の影響を受けてディスバイオーシスとなり,その結果炎症が誘発される.炎症による組織破壊産物は細菌の栄養源となり,さらなるディスバイオーシスが進行する.こうした悪循環により慢性的な歯周組織破壊が進行する.

 

※4 Fusobacterium nucleatum

グラム陰性偏性嫌気性の長桿菌.口腔の健康状態にかかわらず最も多数を占める細菌の1種.さまざまな表面分子を介してプラークの成熟(Streptococcusなどを主体とする初期集落形成菌群から歯周病原細菌などを含む後期集落形成菌群への移行)に関与.自ら歯周病原性を示すとともに,P. gingivalisの病原性を高めることが知られている.歴史的にF. nucleatumF. nucleatum subsp. nucleatumF. nucleatum subsp. animalisF. nucleatum subsp. polymorphumF. nucleatum subsp. vincentii/fusiformeの亜種をもつとされてきた.近年の全ゲノム比較により亜種レベルでは区別できないほど遺伝的に離れていることがわかり,F. nucleatumF. animalisF. polymorphumF. vincentiiとしてそれぞれ独立種として扱うべきとの提案がされている.

※5 キーストーン細菌

存在量は少なくても,微生物群集全体の構造や機能,宿主応答に不釣り合いに大きな影響を及ぼし,炎症などを引き起こす細菌を指す.歯周病におけるPorphyromonas gingivalisなど.

※6 candidate phyla radiation(CPR)細菌

主として環境メタゲノム解析によって同定された,培養が困難または未培養の細菌群の総称.CPRは,従来の細菌分類では把握されていなかった新規の候補門(candidate phyla)が放射状に多数分岐していることから名付けられた.TCA回路,電子伝達系,脂肪酸合成系,アミノ酸生合成系などが部分的または完全に欠如し,翻訳・複製系の簡略化がみられることから,共生・寄生的生活様式が強く示唆される.

 

歯周病と全身の健康(第2章)

腸内細菌叢と同様に,口腔細菌叢は健康と疾患を制御するエコシステムとして,近年特に注目を集めている10).歯周病や口腔内の慢性炎症が全身の健康に悪影響を与えるのではないかという考えは,決して最近のことではない.20世紀初頭にアメリカ人内科医Frank Billingsとイギリス人内科医William Hunterはう蝕,歯周病,根尖病巣,不適切な治療(特に不衛生な金属冠や根管治療)などが,常に細菌や毒素を血流に流し込む“慢性感染源”となり,さまざまな全身の障害を引き起こすと主張した.BillingsとHunterの議論は当時の歯学・医学界に大きな影響を与え,“focal infection theory”※7の基盤となった.Mayo Clinicを創設したCharles Mayoなどの著名な医師がこの説を支持し,医学雑誌に寄稿したことから,20世紀前半には多くの歯が予防的に抜歯されるほど医学界を動かした.しかし,広範な抜歯を行ったにもかかわらず病状が悪化する場合があることが明らかになり,1940年代までに見直されることになる11)

その後,’80年代,’90年代に欧米で実施された疫学研究により,糖尿病患者では糖尿病を有さない人と比較して重度歯周炎の罹患率が有意に高く,糖尿病の発症時期と罹病期間が,歯周病の重症度と正の相関を示すことが明らかにされた.

また’80年代には,冠動脈疾患と歯周病の関係についての報告が発表されはじめる.’89年にMattilaらは,急性心筋梗塞の患者において,さまざまな発症リスク因子とは独立して歯周病(poor oral health)が関連することを報告した12).その後,冠動脈疾患の予測因子として,慢性炎症を評価する指標となる高感度C-reactive protein(hs-CRP)の有用性が明らかにされたが,歯周病(歯周炎)患者でも,血中hs-CRPが,歯周組織が健康な人と比較して高いこと,歯周治療により低下することが報告された13).これらの報告は歯周炎が全身的に軽微な炎症を誘発し,冠動脈疾患の独立したリスク因子となることを示唆するものであった.

感染症である歯周炎が全身的な炎症を誘発するという事実は,細菌や炎症が関連するさまざまな疾患のリスクとも関連することを意味し,疫学調査により代謝性疾患,自己免疫疾患,がん,炎症性疾患,神経変性疾患,周産期合併症,感染症など多様な疾患が歯周病と関連することが次第に明らかにされてきた(図3).第2章では,これら多様な全身疾患と歯周病との関連を示す疫学的エビデンスを詳説いただいた.

 

図3 歯周病が関連する全身疾患
(BioRender.comを用いて作成)

 

※7 focal infection theory

19世紀末から20世紀初頭にかけて提唱された概念で,「口腔や扁桃などの局所的な慢性感染が,全身疾患(関節炎,心疾患,腎炎など)を引き起こす」というもの.この理論は,20世紀初頭に歯や扁桃の抜去を正当化する根拠として広く受け入れられたが,その後の研究によって,多くの場合その因果関係が科学的に証明されないことが明らかになり,廃れていった.

 

歯周病と全身疾患を結ぶ因果メカニズム(第3章)

歯周炎の全身への影響に関するメカニズムの1つとして早くから菌血症あるいは内毒素血症が想定されてきた.歯周ポケット内では病的細菌叢により炎症が生じているが,重度になると歯周ポケットを裏打ちする上皮細胞は一部連続性を失って,潰瘍を形成するようになる.こうして上皮のバリア機能が障害されると,細菌が受動的に侵入しやすくなるばかりでなく,一部の歯周ポケット内細菌が細胞内へ能動的に侵入する.さらに,歯周ポケットに隣接する結合組織中には炎症性サイトカインを産生する多数の免疫細胞が浸潤している.こうした研究結果に加えて,動脈硬化病変部,代謝機能障害関連脂肪性肝疾患(非アルコール性脂肪性肝炎)組織,早産であった妊婦の胎盤などからの歯周病原細菌の検出,および歯周炎患者における血中炎症性サイトカインレベルの上昇,ならびに歯周治療による歯周組織における炎症の消退に伴う血中炎症性サイトカインの低下は,歯周病に伴う菌血症・内毒素血症による全身への影響を裏付け,注目を集めるようになった14)

菌血症・内毒素血症が全身に影響を及ぼすメカニズムとして近年注目されているのが,自然免疫細胞による免疫記憶の獲得であるtrained immunity※8である.多形核白血球は歯肉溝における主要な防御機構を担っている.歯周炎ではその数を顕著に増加させるばかりでなく,歯周炎患者末梢血を調べると,貪食能や脱顆粒の亢進,活性酸素・好中球細胞外トラップの産生などの機能も亢進していることが明らかになっている.そのメカニズムとして慢性的なリポ多糖(lipopolysaccharide:LPS,主にグラム陰性菌の外膜に存在する多糖)などの歯周病原細菌由来因子の血中への流入と循環中の炎症性サイトカインレベルの上昇が続くことで,骨髄中の造血幹細胞にエピジェネティック修飾や代謝リプログラミングが誘導され,過剰反応性顆粒球,単球の分化・増殖が引き起こされる.これらの細胞は歯周組織破壊を亢進するとともに,動脈硬化性疾患や糖尿病,関節リウマチなど炎症関連疾患のリスクを高めることが考えられる15).このほかにもさまざまなメカニズムを介して口腔細菌叢が全身に影響を及ぼしており,各疾患における因果メカニズムは第3章にて詳しく解説している.

 

※8 trained immunity

自然免疫細胞(主に単球・マクロファージ,好中球,NK細胞)が一度の刺激後にエピジェネティック再構築や代謝変化によって,再刺激時により強い,あるいは変化した炎症応答を示す現象.β-glucanや BCGワクチン,慢性感染などが誘導因子として知られる.

 

口-腸連関と全身の健康(第4章)

近年,腸内細菌叢の全身の健康に及ぼす影響が注目されている.腸内細菌叢のディスバイオーシスが疾患リスクを高めるメカニズムとして,①腸管のバリア機能の低下とその結果生ずる内毒素血症およびそれに起因する全身的な炎症,②腸管免疫に及ぼす影響〔Th1,Th17など炎症関連T細胞応答の亢進,Treg(制御性T細胞)など炎症抑制性T細胞応答の低下など〕,③細菌が産生する代謝物の変化(短鎖脂肪酸の減少,二次胆汁酸・分岐鎖アミノ酸・芳香族アミノ酸の増加など)があげられる.興味深いことに歯周病が関連する疾患と腸内細菌叢のバランスの破綻が関連する疾患とはオーバーラップする.重度歯周炎患者唾液中にはP. gingivalisが1 mLあたり106オーダーで含まれるといわれる.われわれは1日に1〜1.5 Lもの唾液を飲み込んでいる.また,P. gingivalisが口腔細菌叢に占める比率は0.8%程度であることを考慮すると,歯周炎患者ではP. gingivalisのみで109から1010オーダー,口腔細菌全体では1012から1013オーダーの細菌を毎日飲み込んでいることになる.口腔細菌叢は腸内細菌叢と構成が大きく異なることから,大量の口腔細菌が腸内細菌叢に影響を与えることは十分に考えられることである16).口腔細菌が消化管へ移行し,腸内細菌叢や腸管免疫系に影響を及ぼすことで,全身の健康や疾患に関与するという概念は,口-腸連関として注目されるようになり,動物実験を中心にその解明が進んでいる.

歯周病原細菌や歯周病患者唾液細菌を口腔に投与するマウスモデルの研究からは,腸内細菌叢のディスバイオーシスが誘導されること,腸管のバリア機能が低下すること,腸内細菌の代謝物が変動すること,腸管免疫系においてTh17が活性化されることが明らかにされた.これらの結果は,まさに歯周病原細菌あるいは口腔細菌叢のディスバイオーシスが腸内細菌叢とそれに関連する病理学的変化を誘発することを示している.そして,歯周病が関連するとされている多数の疾患のモデルマウスにおいて,これらの因果メカニズムが関連して疾患の重症化が引き起こされていることも示されている(第3章).

これまで,嚥下された口腔細菌は胃液,胆汁酸により殺菌され,少なくとも生菌として下部消化管にまで届くことはないと考えられてきた.そのため,口腔細菌の腸管への移行は,薬剤で胃酸の分泌が抑制される,または肝硬変で肝機能が低下するような状況,あるいは関節リウマチ,炎症性腸疾患,大腸がんなど特定の疾患を有する患者に特有の現象とみなされていた.

しかし,Schmidtらが2019年に発表した論文において,口腔から腸への微生物の伝播および腸内定着は,健康な個人でも一般的かつ広範に起こっていることが示された.しかも,それらは特定の細菌種でなく,多様な口腔細菌種が移行していることを示していた.さらに,大腸がんや関節リウマチの患者では,口→腸の伝播・定着レベルがより高頻度である傾向がみられたとしている.検出された口腔細菌種が生菌として定着・増殖した結果なのかは不明であるなど,その影響を考えるにはさらなる研究が必要であるが,この論文は,健康なヒトにおいて口腔細菌が腸管にまで移行しているかについて,議論を呼ぶことになった17)

歯周病患者における腸内細菌叢を調べた研究において,歯周組織が健康な人と比較してα多様性,β多様性いずれも有意に異なっていたとする報告がある一方,健常者同様,有意な変化はなかったとする報告もある.しかし,それらの論文においてもある種の腸内細菌は変動していたことが報告されている.また,患者腸内細菌叢における口腔細菌の定着・増殖の有無に関しても一定の見解は得られていない.口腔細菌の腸内への移行に関する現状の知見については第4章-1にまとめたので,参照してほしい.

“口腔(歯周病)→腸管”とは逆に“腸管→口腔(歯周病)”の関係も明らかになってきた.歯周病と全身の健康は相互に影響し合っている.全身的な炎症,免疫系の異常,代謝の不全は歯周病の病態に悪影響を与える要因として知られているが,腸内細菌叢のディスバイオーシスもそれらの疾患と関連することが報告されている.このことは,腸内細菌叢のディスバイオーシスが歯周病のリスクを高める可能性があることを示唆する.近年,腸内細菌叢の歯周炎悪化への直接的な関与を示すデータが報告されている(図418).腸内細菌叢が歯周病に及ぼす影響については,第4章-2にて解説いただいた.

 

図4 口腔細菌と全身性疾患の関連
歯周病においては歯周ポケットの内壁は炎症により一部潰瘍化している.歯肉縁下細菌叢を形成する細菌が組織内に侵入し,血行性に全身に移行すると考えられる(口腔細菌の直接作用).唾液とともに嚥下された口腔細菌の一部は胃液・胆汁酸などのバリアをかいくぐり,下部消化管にまで到達し,腸内環境に影響を与えるとともに,内毒素血症による炎症を誘発して歯周病を含むさまざまな疾患のリスクを高めると考えられる.

 

おわりに

口腔細菌叢や関連する口腔疾患の全身への影響についての研究は急速に広がりを見せている19).動物モデル実験を中心に因果メカニズムの解明が進む一方で,ヒトでの研究については,まだまだ不十分と言わざるを得ない.例えば大腸がん患者の腫瘍組織において歯周病原細菌Fusobacteriumが検出され,病態への影響に注目が集まる一方で,その由来となっている口腔内の健康状態のデータが不足している.こうしたデータは口腔の健康と全身の健康の関係を明らかにするためにも欠かせない.加えて,口腔健康状態の改善効果を調べる介入研究が圧倒的に少ないことも大きな問題である.次世代シークエンサーは日進月歩でそのパフォーマンスが向上していることに加え,バイオインフォマティクスの手法にも新たなツールが開発されており,細菌叢の解析技術は飛躍的に進歩している.本書をきっかけにこの分野の研究がさらに広がるとともに深化することを期待する.

 

文献

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〈著者プロフィール〉
山崎和久:1980年に神奈川歯科大学卒業後,’85年に新潟大学大学院歯学研究科修了.’86年〜’88年豪クイーンズランド大学ポスドク.新潟大学歯学部付属病院助手,講師,新潟大学歯学部助教授(歯周病学講座)を経て,2004年新潟大学歯学部教授(口腔生命福祉学科).’10年〜’21年新潟大学大学院医歯学総合研究科口腔保健学分野教授.’21年新潟大学名誉教授.2020年より現職(理化学研究所生命医科学研究センター粘膜システム研究チーム客員主管研究員).歯周病が全身に及ぼす影響とそのメカニズム,特に口-腸連関に焦点を当てて研究を行ってきた.

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