概論 疾患幹細胞学概論―幹細胞が切り拓く新たな疾患科学と医療
疾患幹細胞学は,疾患特異的iPS細胞,成体幹細胞,がん幹細胞,オルガノイドなどを共通基盤として,発生・分化の視点から疾患機序を理解し,創薬・診断・臨床へつなぐ学際領域である.本稿では,基礎研究から臨床応用へ至る流れ,疾患モデルと解析技術の進展,AIとの融合,標準化や研究基盤整備の課題を概説し,予測と検証が循環する新たな疾患科学としての展望を示す.
はじめに
「疾患幹細胞学」は,疾患幹細胞を起点とした学問として,疾患特異的iPS細胞,多能性幹細胞,成体幹細胞,がん幹細胞,発生過程に一過性に存在する幹細胞などを共通の座標軸に置き,発生・分化の原理から疾患の成立機序を理解し,その知見を疾患モデル,創薬,臨床へと展開する学際的な研究領域である.以下では,この学問がこれまでどのように立ち上がり,どのような技術革新を進めているかを,基礎研究から臨床応用に至る具体的な知見に沿って辿る.
1. 基礎研究から創薬・臨床,そして循環型の研究体系へ
疾患幹細胞の1つであるiPS細胞(induced pluripotent stem cell)を用いた疾患研究は,患者由来細胞による病態再現から創薬,さらには臨床との往復へと発展してきた.2006年のマウスiPS細胞,’07年のヒトiPS細胞の樹立に続き1)2),’08年にはさまざまな疾患の患者から疾患特異的iPS細胞が樹立され3),患者の遺伝的背景を保持したまま,病態関連細胞をin vitroで解析する基盤が整った.その後,患者由来iPS細胞から分化させた細胞に疾患表現型を再現し,その分子・細胞病態機序を明らかにする「disease-in-a-dish」が広く展開された.さらに,患者由来細胞の病態表現型そのものを解析指標とした薬剤探索へも応用され,例えば’12年には,患者iPS細胞由来運動神経細胞を用いて病態表現型を改善する化合物をスクリーニングする研究が報告されている4).
こうした流れと並行して,疾患モデル自体も,二次元培養から,より複雑なヒト組織を再現する方向へと発展してきた.’13年には,患者由来iPS細胞から作製した脳オルガノイドによって小頭症の発生病態が再現され,従来の動物モデルでは捉えにくかったヒト特異的な発生・疾患現象を三次元培養で解析できることが示された5).
一方,患者特異性を利用した研究では,患者由来細胞のin vitroでの薬剤応答と,実際の患者における薬剤応答との対応も検討されるようになった.例えば,患者由来iPS細胞由来心筋細胞は,doxorubicin心毒性に対する患者ごとの感受性を再現し6),さらにsubject-specific iPS細胞由来心筋細胞におけるsotalolへの反応は,同一被験者のin vivoでの心毒性(QT延長)の個人差と対応することが示された7).これらの研究は,患者由来iPS細胞が疾患を再現するモデルにとどまらず,患者ごとの薬剤応答を実験系で解析するtranslational platformとなりうることを示している.
患者由来細胞の薬剤応答を用いて臨床での反応を予測するin vitro trial/clinical trials in a dishという考え方は,疾患幹細胞研究を臨床へ展開する重要な方向性の1つである8)9).逆に,臨床で観察されたresponder/non-responderの違いを患者由来細胞に戻して解析するreverse translationも可能となりつつある10).このように,疾患幹細胞学は,基礎研究から臨床へ一方向に進む研究ではなく,患者―疾患幹細胞―病態解析―創薬―臨床を往復する循環型の研究体系へと発展している(図1).
初期の疾患iPS細胞研究では,単一遺伝子疾患や希少疾患を中心に,患者細胞と健常対照,あるいはゲノム編集によって作製したisogenic controlを比較し,原因バリアントから細胞表現型に至る因果関係を検証する研究が大きな成果を上げてきた11).一方,多因子疾患では,一人あるいは少数の患者で観察された細胞表現型を疾患全体に一般化することは難しい.そこで近年は,患者間の多様性そのものを実験系に取り込むpopulation-scaleのiPS細胞研究,すなわちiPSコホート12)13),100名を超える疾患幹細胞モデルの分子・細胞表現型に基づくデータサイエンス14)が展開している.このような集団レベルのiPS細胞研究は,疾患を単一の表現型として捉えるのではなく,患者間の多様性や疾患endotype(病態機序に基づく病型)を実験的に理解するための基盤となっている.
疾患幹細胞研究は,iPS細胞などの多能性幹細胞を用いた疾患モデリングに加え,体性幹細胞とそのニッチの恒常性や破綻から,疾患や老化を理解する研究を包含する.皮膚では,毛包・表皮幹細胞の維持や競合と組織老化との関係が明らかにされ15)16),造血系では,造血幹細胞の自己複製機構の理解が体外増幅や移植技術へと展開している17).また腸管では,成体幹細胞からオルガノイドを構築する技術が確立され,正常組織から腫瘍までを生体外で解析する基盤となっている18)19).このように,生体内の幹細胞・ニッチを理解する研究と,幹細胞から組織を再構築する研究の双方が,疾患幹細胞学の重要な基盤を形成している.
2. テクノロジーの進展と疾患モデルの高度化
疾患幹細胞モデルの大きな特徴は,human relevance(ヒト病態との関連性)とpatient specificity(患者特異性)を同一の実験系で解析できることにある.ヒト幹細胞から分化させた単一細胞種の二次元培養系は,細胞自律的な病態を比較的高い解像度で解析でき,定量的な表現型解析や薬剤スクリーニングに適している.一方,より生体に近い複数の細胞種と三次元構造を再現するオルガノイドや,異なる領域のオルガノイドを組み合わせたアセンブロイドが開発され,細胞間相互作用や組織構築を含めた疾患解析が可能となっている5)20).さらにmicrophysiological system(MPS)/organ-on-a-chipでは,流体,組織間バリア,力学刺激,血管系など,従来の培養系では再現が難しかった生体環境を実験系に取り込むことが可能になりつつある21)22).これらの技術を応用した疾患幹細胞モデルは,ヒト疾患の病態と患者ごとの多様性を実験系で捉えることにより,基礎研究と臨床とのあいだに存在するトランスレーショナルギャップを埋める基盤となる(図2).
疾患モデルそのものの高度化と並行して,モデルから病態を読みとる技術も大きく進歩している.high-content imagingや微小電極アレイ(MEA)による形態・機能の定量化,ゲノム編集による遺伝的因果関係の検証,シングルセル・空間オミクスによる細胞状態や分化軌道の解析などにより,1つの疾患幹細胞モデルから得られる情報は飛躍的に増加している.これらを組み合わせることで,疾患を単一の表現型や分子変化としてではなく,遺伝的背景から細胞状態,細胞間相互作用,組織機能に至る多階層の変化として捉えることが可能になっている.
ただし,モデルが複雑であるほど優れているとは限らない.二次元培養系は定量性,再現性,スループットに優れ,オルガノイドやアセンブロイドでは細胞間相互作用や組織レベルの病態を解析できる.それぞれのモデルがもつ解像度,複雑性,再現性,スループットのトレードオフを理解したうえで,研究目的に最も適したモデルを選択し,必要に応じて複数のモデルを組み合わせることが重要である.
モデルと解析技術の高度化により,疾患幹細胞研究から得られるデータは,遺伝情報,トランスクリプトームをはじめとするオミクス,細胞画像,電気生理,薬剤応答など,多次元かつ大規模になりつつある.一方,異なる細胞株,分化法,培養条件,測定法から得られたデータは,そのままでは相互に比較することが難しい.population-scaleの疾患幹細胞研究や施設を越えたデータ統合を進めるためには,データを生み出す実験系そのものの標準化が重要となる23).そのため,標準化された細胞やプロトコール,品質評価法の整備に加え,細胞の由来や遺伝的背景,分化・成熟状態,培養・摂動条件,測定・解析法などを共通の枠組みで記述するメタデータ体系が必要となる.こうした基盤によって,異なる研究室,患者コホート,実験プラットフォームから得られたデータを比較・統合可能にすることが,次の疾患幹細胞研究の重要な課題である.
3. 疾患科学におけるAIと疾患幹細胞
このように疾患幹細胞から多層的なデータが蓄積されることで,疾患幹細胞から作製した疾患モデルからのデータに基づくAI(人工知能)の構築が進められており,病態解明,治療法の開発,診断に寄与すると考えられる24)25).あるいは逆に,患者検体データから構築したAIが示す特徴の生物学的な意義を検証するために疾患幹細胞から作製した疾患モデルの解析が行われている26).今後は,大規模シングルセルデータで事前学習したfoundation model(基盤モデル)により,細胞状態,遺伝子ネットワーク,遺伝子・薬剤などの摂動に対する応答を予測する枠組み27)28),あるいはより大規模なデータで学習したモデルの開発29)30)と疾患幹細胞モデルが融合しながら,個人ゲノム,population-scale iPS細胞のオミクス,画像,機能解析,薬剤応答などが統合され,特定の患者の細胞が遺伝子,薬剤,環境因子などの摂動に対してどのように変化するかを計算機上で予測するvirtual cellへの展開が考えられる31).疾患幹細胞モデルと患者検体とAIとの組み合わせにより,予測と検証のclosed-loopが形成され,human relevanceとpatient specificityに基づく疾患科学が展開されると考えられる.
4. 本増刊号の構成:基礎生物学から医療応用までを1つの研究体系として読む
本増刊号は,この視点に沿って全6章で構成されている.第1章では,自己複製能と分化能という古典的概念に加え,naive/primed多能性,幹細胞ニッチ,細胞外マトリクス,エピジェネティクスと運命決定を取り上げ,stemness(幹細胞性)を固定的な細胞属性ではなく,発生段階と微小環境のなかで成立する動的な状態として捉え直す.第2章では,がん幹細胞の階層性と可塑性,皮膚幹細胞にみる老化と再生能低下,慢性炎症・免疫系とニッチの相互作用などを通じて,幹細胞システムの破綻が疾患を形成する過程を,成熟細胞の異常にとどまらない幹細胞状態・運命選択・組織恒常性の失調として論じる.本増刊号の中核をなす第3章では,神経,血液・免疫,感染症,精神疾患,生殖・不妊をはじめとする多様な疾患領域を横断し,疾患特異的iPS細胞やオルガノイドが病態研究にもたらした変化を,成熟度や細胞間相互作用,患者間多様性といった限界も含めて示し,基礎的発見が治療標的やバイオマーカーへとつながる道筋を検討する.第4章は疾患モデリングを医薬品評価へと展開し,患者由来細胞を用いた表現型スクリーニング,既存薬再開発,心毒性などの安全性評価,new approach methodologies (NAMs)の科学的・規制的意義を扱い,細胞レベルで得られた薬効をどのような根拠で臨床へ外挿するかというtranslational validityを中心課題とする.第5章では,造血幹細胞移植,ゲノム編集,MPS/organ-on-a-chip,AIによるデータ統合・予測,疾患特異的iPS細胞バンク,研究倫理と手続きなど,臨床知見と疾患モデルを結ぶ技術基盤を取り上げ,モデルの高度化とあわせて標準化・再現性・データガバナンス・多施設利用可能性を備えた研究基盤の設計を論じる.そして第6章では,神経変性疾患,耳鼻科疾患,腎疾患などにおける臨床研究・臨床試験を通じて疾患iPS細胞研究が実際の医療へ到達する過程を検証し,安全性・有効性評価,対象患者選択,試験デザイン,規制対応,細胞補充・細胞移植治療との融合を含め,疾患幹細胞学が医療のなかで果たす役割と限界を議論する.基礎生物学から医療応用に至るこの流れは単なる章立てではなく,患者由来の知見が臨床へと送られ,臨床で得られた知見が再び基礎へと還元される,1つの循環する研究体系として読むことができる(図3).
おわりに―疾患幹細胞学を支える領域横断的な融合
疾患幹細胞学は,多様な技術と学問領域の融合によって成り立つ.発生生物学,幹細胞生物学,疾患生物学,ゲノム科学,工学,薬理学,データ科学,臨床医学,規制科学などが,ヒト疾患を理解し,その理解を治療へつなげるという共通の目的のもとに集約される学際領域である.疾患幹細胞モデルから得られた知見を創薬,診断,臨床へと展開するためには,科学的な新規性だけでなく,再現性,標準化,臨床予測性,context of use(使用の文脈),規制利用などについて,アカデミア,産業界,規制当局がそれぞれの立場を越えて議論することが重要となる.こうした議論を継続的に行う場として,日本疾患幹細胞学会をはじめとする学術コミュニティが今後ますます重要な役割を担うと考えられる.
文献
1) Takahashi K & Yamanaka S:Cell, 126:663-676, doi:10.1016/j.cell.2006.07.024(2006)
2) Takahashi K, et al:Cell, 131:861-872, doi:10.1016/j.cell.2007.11.019(2007)
3) Park IH, et al:Cell, 134:877-886, doi:10.1016/j.cell.2008.07.041(2008)
4) Egawa N, et al:Sci Transl Med, 4:145ra104, doi:10.1126/scitranslmed.3004052(2012)
5) Lancaster MA, et al:Nature, 501:373-379, doi:10.1038/nature12517(2013)
6) Burridge PW, et al:Nat Med, 22:547-556, doi:10.1038/nm.4087(2016)
7) Stillitano F, et al:Elife, 6:e19406, doi:10.7554/eLife.19406(2017)
8) Strauss DG & Blinova K:Trends Pharmacol Sci, 38:4-7, doi:10.1016/j.tips.2016.10.009(2017)
9) Kondo T, et al:Cell Rep, 21:2304-2312, doi:10.1016/j.celrep.2017.10.109(2017)
10) Imamura K, et al:EClinicalMedicine, 53:101707, doi:10.1016/j.eclinm.2022.101707(2022)
11) Bassett AR:Mamm Genome, 28:348-364, doi:10.1007/s00335-017-9684-9(2017)
12) Cuomo ASE, et al:Nat Commun, 11:810, doi:10.1038/s41467-020-14457-z(2020)
13) Nguyen JP, et al:Nat Commun, 14:6928, doi:10.1038/s41467-023-42560-4(2023)
14) Kondo T, et al:Nat Aging, 2:125-139, doi:10.1038/s43587-021-00158-9(2022)
15) Matsumura H, et al:Science, 351:aad4395, doi:10.1126/science.aad4395(2016)
16) Liu N, et al:Nature, 568:344-350, doi:10.1038/s41586-019-1085-7(2019)
17) Wilkinson AC, et al:Nature, 571:117-121, doi:10.1038/s41586-019-1244-x(2019)
18) Sato T, et al:Nature, 459:262-265, doi:10.1038/nature07935(2009)
19) Sato T, et al:Gastroenterology, 141:1762-1772, doi:10.1053/j.gastro.2011.07.050(2011)
20) Birey F, et al:Nature, 545:54-59, doi:10.1038/nature22330(2017)
21) Low LA, et al:Nat Rev Drug Discov, 20:345-361, doi:10.1038/s41573-020-0079-3(2021)
22) Futatsusako H, et al:J Virol, 100:e0025026, doi:10.1128/jvi.00250-26(2026)
23) Ludwig TE, et al:Stem Cell Reports, 18:1744-1752, doi:10.1016/j.stemcr.2023.08.003(2023)
24) Imamura K, et al:Ann Neurol, 89:1226-1233, doi:10.1002/ana.26047(2021)
25) Atmaramani R, et al:bioRxiv, doi:10.1101/2024.01.04.574270(2024)
26) Imamura K, et al:Biol Methods Protoc, 11:bpag023, doi:10.1093/biomethods/bpag023(2026)
27) Theodoris CV, et al:Nature, 618:616-624, doi:10.1038/s41586-023-06139-9(2023)
28) Cui H, et al:Nat Methods, 21:1470-1480, doi:10.1038/s41592-024-02201-0(2024)
29) Zeng Y, et al:Nat Commun, 16:4679, doi:10.1038/s41467-025-59926-5(2025)
30) Bai D, et al:Nat Commun, 17:2380, doi:10.1038/s41467-026-69102-y(2026)
31) Bunne C, et al:Cell, 187:7045-7063, doi:10.1016/j.cell.2024.11.015(2024)
〈著者プロフィール〉
井上治久:京都大学iPS細胞研究所(CiRA)臨床応用研究部門教授,理化学研究所バイオリソース研究センターiPS創薬基盤開発チームディレクター,一般社団法人日本疾患幹細胞学会代表理事.医師・医学博士.患者由来iPS細胞を用いて,神経難病や認知症の病態解明,新しい治療薬の開発,患者一人ひとりに合った治療の実現に向けた研究に従事.iPS細胞を基盤とした創薬から臨床試験までを一貫して推進し,疾患幹細胞研究の発展とその社会実装に取り組む.
