電子復刻版 続・大いなる仮説

電子復刻版 続・大いなる仮説

  • 大野 乾/著
  • 2026年08月07日発行
  • A5判
  • 239ページ
  • ISBN 978-4-8970-6176-4
  • 2,750円(本体2,500円+税)
  • 在庫:なし
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※実際の紙面のレイアウトとは異なります

序章

新たなる仮説への挑戦

雑誌『実験医学』の一戸裕子女史のご高配で、時に連続的に、時に断続的に「大いなる仮説」と題するエッセイの連載に精進させていただいてきた。始めてから十数余年は経っているだろう。大変楽しませていただいたことに、改めて感謝したい。

幸い、やはり女史の親切から、最初の一一章のエッセイは単行本としてまとめられて日の目を見ることができた。結果は望外な幸運と言うべきか、大変な好評に恵まれて、今でも日本に来て講演をする時など、その前後に「この本にサインをしてくれ」と待ち構える学生さんがいることが多い。今から五年前の出版であるから、誠に幸運であったと思う。そして昨年の暮れに女史から、その後のエッセイもだいぶたまってきたから、そろそろ続編の出版の用意を始めては、とのお話があった。幸い女史の部下である眞野人香氏の抜群の編集力のおかげで、続編がほぼ予定通りに発行されることとなった。

今回の出版に、私が特別な意義を感ずる理由は二つある。第一は、私が今や六八歳に相成ったという厳粛な事実である。今でも愛馬の鞍上に座ると、馬術家としてはめったに遅れをとることはないと思うが、一方で私は非常な大酒飲みであるし、大喫煙家でもあるので、今まで長生きしてきたことが、真面目に生きてこられた方に相済まないような罪悪感に襲われること頻繁である。今回の続編の出版によって、多少とも罪悪感から解放されれば幸甚極まりないのである。

第二は、今年は一九九六年であるという実感である。あと四年で波瀾万丈であった二〇世紀は終焉に至る。世紀末は伝統的に概念や人々の生活方式が根本的に改編される時である。一八世紀の終わりには、まず米国が独立宣言して大英帝国の支配から逃れ、続いて仏蘭西革命が起こりナポレオン皇帝が台頭し、地主が支配した農業本位社会が崩れ、工業、商業に重心を置いた近代社会の基礎が築かれたわけである。そして一九世紀末には、良かれ悪しかれマルクスの資本論が世に問われ、後に世界全人口の半数以上が社会主義の実験動物として使われた。芸術でもわれわれの色感が三原色の感知に基づいていることがわかると、セザンヌは三原色の点で七色の表現を試みた。

多彩で雀躍とした先世紀末、先々世紀末に比べて、今世紀の終焉はあまりにも淋しい。今世紀には、相対性理論も発見され、生命の鍵である自己増殖するDNA分子が生物細胞内に見つかった。古今無双の新発見であったのに、なぜか社会の人々の概念の変化には全く貢献しなかった。まさに頭の空っぽな現代人がテクノロジーの走狗として暴走した世紀という感じで、誠に恥ずかしい次第である。

本書には、われわれの概念を根本的に変えるべき三つの新事実が紹介してある。これらの新事実を消化し、二一世紀への新概念創造の糧としていただければ、私にとってこれほどの幸福はない。三つの新事実を簡単に紹介しておこう。読者の食欲をそそるためである。

一、人種間の遺伝的違いが極めて些少であるという新事実

北京原人とかジャワ原人とか、ホモ属でわが種の祖先となりうる種はアフリカ大陸以外にも棲息していたことはあるが、これらは袋小路に迷走して死滅し、本当の意味でのわれわれ新人類は約五〇万年から三〇万年前にアフリカで誕生した。そこから極めて一部が近東に移住し、一、二年当たり一キロメートルの割合で東西北に移動して世界の隅々までに住み着いたらしい。種としては出来立てほやほやである。いかなる意味での人種偏見もすべて根拠のない馬鹿らしきものではある。これについては第一章に触れている。

ただし、われわれ自身の種の起源については、一つだけ謎が残っている。なぜ人類と猿人類の一種であるチンパンジーの間にはもう少し遺伝子差がないのかという疑問である。今まではチンパンジーの代表としてPan troglodytesを対象としてきたが、これをPan panicusに置き換えると、人類との遺伝子上での差はますます縮まる。DNA塩基配列の差から論議すると、チンパンジーの人類が袂を分けたのは、人類の祖先がアウストラロピテクスかホモ属初期であったという大変な矛盾が生まれる。何か肝心なところを見逃しているらしい。

二、生命誕生創世紀の話

わが天体系は四〇億五、〇〇〇万年前に創成されたと言うが、最初の一〇億年ほどは、隕石に爆撃され続け海水が全部蒸発してしまったこともあるというから、とても生命誕生の用意はできなかった。もし単細胞生物誕生の前奏曲としてRNAワールドが必須であったのであれば、細胞生命誕生はかなり遅れたはずである。不思議なことに、顕微鏡下でしか見えない単細胞生物の化石は三〇億七、〇〇〇万年の堆積岩、噴火岩中にふんだんに見られる。さらに、化石の間には原核生物であるラン藻(cyanobacteria)と真核生物である青緑藻(blue-green algae)が共生していた可能性が高い。つまり、原核生物と真核生物はほとんど同時に発生したのではないかと思われる。マーゴリアス以来、真核生物のミトコンドリアや葉緑体は細胞内寄生した原核生物由来ということになっているが、寄生した原核生物はラン藻に近かったのであろうか。

三、動物界各門のほとんどが同時発生であるということ

今から約五億四、〇〇〇万年前カンブリア初紀近々六〇〇万年から一、〇〇〇万年の間に、ほとんど全動物門が同時発生したわけである。そうすると、各門内ではカンブリア初紀に出現したものが先祖であって、その後に現れたものが子孫であるという議論ができるが、門間では、どちらが原始的でどちらが進歩的であるかという議論の意味がなくなってしまう。

非常に大切な問題であるので、第三章全体にわたってこの新知見の紹介に努めた。この新知見に基づいて、読者の中に新実験を思い付かれる方や、新概念の構想に思いを走らせる方が出てくることがあれば筆者にとっては幸甚至極。これほど喜ばしいことはない、と言うべきや。

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  • 大野 乾/著
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