実験医学増刊:新規の創薬モダリティ 細胞医薬〜細胞を薬として使う、新たな時代の基礎研究と治療法開発
実験医学増刊 Vol.38 No.17

新規の創薬モダリティ 細胞医薬

細胞を薬として使う、新たな時代の基礎研究と治療法開発

  • 河本 宏,辻 真博/編
  • 2020年10月20日発行
  • B5判
  • 243ページ
  • ISBN 978-4-7581-0390-9
  • 定価:5,940円(本体5,400円+税)
  • 在庫:あり
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概論

細胞を薬のように使う時代が来た
The age has come when cells are used like medicines

河本 宏,辻 真博

Hiroshi Kawamoto1)/Masahiro Tsuji2):Laboratory of Immunology, Institute for Frontier Life and Medical Sciences, Kyoto University1)/Life Science and Clinical Research Unit, Center for Research and Development Strategy(CRDS), Japan Science and Technology Agency(JST)2)(京都大学ウイルス・再生医科学研究所再生免疫学分野1)/科学技術振興機構研究開発戦略センターライフサイエンス・臨床医学ユニット2)

薬の歴史の概観

医薬品の歴史を俯瞰してみよう(図1A).生薬を使う時代が長く続いた.やがて,西洋医学では成分を抽出し,純粋な物質を医薬品として使うようになった.そしてさまざまな低分子医薬が合成により生み出された.1980年代以降,遺伝子組換え技術などの発展により,細胞を用いた医薬品製造が実現し,ホルモンやサイトカインなどのバイオ医薬がつくられるようになったが,製薬会社の多くはバイオ医薬が主流にならないと考えていた.しかし,21世紀に入ると抗体医薬が大きく売上を伸ばし,現在ではバイオ医薬が医薬品市場で大きな存在感を示している.

生産・製造の観点から見ると,20世紀の創薬の花形であった低分子医薬は,工場で大量に化学合成で作ることができた.一方,細胞につくらせる必要があるバイオ医薬は,工程が複雑で品質管理が難しいこともあり,製薬会社は抗体医薬に及び腰であった.しかし,低分子医薬では攻めあぐねていた疾患を抗体医薬で治療できることが次々と実証され,現在の隆盛に至る. この流れで考えると,次は細胞医薬の時代が来るであろう.細胞医薬が,低分子医薬や抗体医薬で治療が難しかった疾患を制御できることが,CAR-T細胞療法の事例で実証された.ただし,細胞医薬は生産工程が非常に複雑で,また品質管理もさらに難しい.そこで,製造プロセスの改善につながる非破壊的な細胞評価および選別技術(第2章-5),GMP細胞製造プロセスの構築(第4章-1)などが重要なテーマとなる.現時点では大手製薬会社の本格的な参入はほとんどないが,遠くない将来,大手がこぞって汎用性細胞を大量生産する時代が来るであろう.(細胞医薬の歴史については第1章-1参照)

再生医療や遺伝子治療との関係

細胞医薬と,再生医療や遺伝子治療との関係について論じたい.再生医療や遺伝子治療との重なりと相違点を,少々荒っぽいがベン図で示す(図1B).

まず,再生医療との関係を見てみよう.細胞医薬は,「細胞を薬のようにつくり込んで投与し疾患を制御する」という治療コンセプトに基づくもので,基本的には本来の細胞機能に加え,新たな機能が搭載されている.一方,再生医療は,「何らかの障害により失われた組織や臓器を再生し本来の生体機能を再建する」という治療コンセプトに基づく.再生医療でよく例示される,組織や臓器を三次元的に再構築し移植するアプローチは,そもそも細胞医薬とは異なるカテゴリーの医療である.幹細胞や細胞懸濁液(幹細胞含む)を局所や静脈に注入するアプローチは,投与形態は細胞医薬と共通するが,生体の再建として施行される場合は,細胞医薬とは治療コンセプトが異なる.なお,間葉系幹細胞を免疫抑制剤的に扱う研究(第3章-7),iPS細胞から作製したNKT細胞でがん細胞殺傷をめざす研究(第3章-9)やiPS細胞から作製した血小板で血小板輸血製剤の代替をめざす研究(第3章-12)などは,両者の重なりの部分に位置するが,どちらかというと細胞医薬に近い.

次に,遺伝子治療との関係を見てみよう.遺伝子治療は,「タンパク質分子ではなく,遺伝子を投与することで疾患を制御する」という治療コンセプトに基づく.これまでは単一遺伝子疾患において,正常遺伝子を追加導入し治療をめざす研究が続けられてきた.その際,ex vivo遺伝子治療において,細胞を遺伝子の運び屋のように使ってきた点は,細胞医薬と重なる.例えばCAR-T細胞療法は,両者の重なりの部分を代表する成功事例である.また,in vivo遺伝子治療のアプローチを活用し,CAR-T細胞を生体内で創製し治療をめざそうとするアイデアが今後展開すると思われる.細胞を担体として用いずにプラスミドやウイルスベクターを直接生体に投与するアプローチは,遺伝子治療独自の戦略として残るであろう.一方,細胞を担体として用いるというアプローチでは,将来,究極的には細胞医薬と遺伝子治療(ex vivo/in vivoの両方)は完全に融合し,一体化した治療モダリティとなる可能性は高い.

薬理学的な評価

さて,細胞“医薬”として使うならば,薬理学的な観点が求められる.薬理作用に当たる要素が細胞の本来の機能だけである場合は,生理学的な理解でよいだろう.しかし,新機能を搭載した場合は,薬物動態や毒性などの薬理学的な評価がより重要になるだろう.

薬物動態について,一般的な医薬品では,投与法とその後の分布,蓄積,半減期,代謝,排泄などが厳密に測定・評価される.細胞に新機能を搭載し投与する場合は,同様の評価が必要になるであろう(図2).特に,現在では新たに搭載した機能にのみ注目が集まりがちだが,例えば半減期(=細胞の寿命)や排泄経路など,多面的な指標を厳密に測定・評価する必要があるだろう.

毒性評価も重要になる.一般的な医薬品では,半数に薬理作用が現れる半数有効量(ED50)と半数が死亡する半数致死量(LD50)をまず測定し,その比(安全域)が大きいほど安全という評価法が基本だ.しかし,細胞医薬で単純に同じような評価法を課するのは難しいであろう.一つは,動物モデルの設定が難しいからだ.低分子化合物であればマウスやサルの動物実験でED50やLD50を測定できるが,免疫細胞製剤のED50やLD50を動物モデルで測定することは,原理的にはとても困難だ.低分子化合物の毒性はある程度動物間で共通性があるが,例えばヒトT細胞製剤のもつ免疫学的な有効性や毒性は,マウスやサルに投与しても検証しようがないからである.ただし,細胞をドラッグデリバリーの手段として用い,生体内で特定の治療分子を産生することで治療効果を出そうとする場合は,一般的な医薬品と同様の毒性評価が可能になるであろう.

細胞をデザインする

細胞本来の機能に加え,新機能を搭載すると,薬としての用途が大きく広がる.体内動態にかかわるデザインとして,例えばケモカインレセプター(第3章-1)やインテグリンなど,細胞移住にかかわる分子の発現が考えられる.病態部位で発現させる機能として,例えば,免疫細胞にサイトカインを産生させるデザイン(第3章-1),分化した細胞にサイトカインを産生させるデザイン(第3章-13),がん細胞に対する免疫応答を活性化させるデザイン(第3章-4),細胞医薬の疲弊を抑えるためのデザイン(第3章-3)をはじめとして,さまざまなアイデアがみられる.厳密には細胞医薬とは異なる形態であるが,人工リンパ節のデザイン(第3章-5)についても研究が進んでおり,新たな突破口となる可能性がある.また,ヒト細胞のみならず,微生物も細胞医薬のベースとして有望である.例えば,ファージ治療では高い有効性を示す症例報告が次々と登場し,臨床試験もはじまっており,ファージのデザイン研究も進められている(第3章-15).細菌においても同様で,さまざまなデザインの試行錯誤が進められている(第3章-14).ウイルスのデザイン研究もみられ,例えば腫瘍溶解ウイルス療法はがん治療法として上市されている.

以上,デザインの切り口は数多く存在し,これからもさまざまなデザインが編み出されていくと思われる.ただし,細胞医薬は細胞が本来持つ機能をベースとするため,デザインだけに頼りすぎず,細胞そのもの性質をよく理解することがまず重要である.例えば,ヒト制御性T細胞固有の機能の理解(第3章-6)や,さまざまな細胞に共通する転写発現機構の理解(第2章-9),造血幹細胞の培養法の確立(第2章-1)をはじめとして,先鋭的な基礎研究の数々が進められている.また,治療対象疾患のメカニズムの理解も同様に重要である.現状は血液がんに対する治療機能のデザインが主流である.しかし今後は,固形がんや自己免疫疾患,変性疾患(神経,臓器),感染症,生活習慣病など,治療可能な疾患種が大きく拡大するであろう.

細胞医薬の研究開発では,最先端の技術群の開発・活用も重要なテーマである.デザインが絵に描いた餅にならないようにするための改変技術〔例えばゲノム編集技術(第2章-2),人工染色体技術(第2章-3)など〕,デザインの探索や評価・改良につなげるための観察・評価技術〔例えばイメージング技術(第2章-4),レパトア技術(第2章-6),細胞の受容と応答を自在に設計・操作できる人工受容体(synNotch)(第2章-7)〕などの基盤技術の重要性が今後ますます高まる.また,細胞医薬を新たな次元へと昇華させるためには,ナマの細胞に頼らず,理想的な機能のみを有する細胞の人工合成をめざすような研究(第2章-8)も,中長期的に取り組むべきテーマである.

汎用化と移植免疫

細胞を用いた治療では,「免疫」の問題が常につきまとう.細胞を用いた治療を一般的な医療にするためには,「汎用化」された「即納型」細胞製剤を用意しておく必要がある.「投与した細胞がレシピエントの免疫システムによって拒絶される」という大きな障壁を回避するため,これまでは基本的に自家由来の細胞が用いられてきた.例外的に,赤血球や血小板はHLAを発現しないため免疫拒絶を起こしにくく,他家由来の細胞が用いられてきた.しかし,他の多くの細胞はHLAを発現するため,基本的に他人への投与には適さない.また,自家由来の細胞を扱う場合は,細胞培養の難しさ,品質のばらつき,高コストであること,などの問題も多い.これらの問題を解決するため,移植免疫学をよく理解したうえで他家移植に向けた戦略を立てる必要がある.本増刊号では,汎用化/即納型の細胞製剤へ向けた戦略をとり上げる(第3章-8,-10,-11,-2).

HLAを欠失させれば汎用化できるのでは,と思われるかもしれないが,そう単純ではない.移植免疫学的には,①マイナー組織適合抗原の不一致によって拒絶される,②NK細胞がHLAの欠損を感知して攻撃する,などの問題が残る.さらに,HLAはウイルス感染やがん化が起こったときにT細胞に抗原提示する分子であることを考えると,HLA欠損細胞を体内に恒久的に埋め込むと,病原体の温床になる危険性がある.

社会実装に向けて

日本発の細胞医薬(=「デザイナー細胞」)を創製するためには,研究開発の推進だけでなく,社会実装に向けた取り組みも重要である.例えば,知財戦略(第4章-3)を通じた産学連携活性化や産業競争力強化,新規モダリティの有効性・安全性を迅速かつ適切に評価するためのレギュラトリーサイエンスの推進(第4章-4),超高額な医療技術となる可能性が高い細胞医薬を医療保障制度に適切に組み込むための検討(第4章-2)などがあげられる.

今後の展望,まとめ

細胞医薬は,これから大きく成長し,低分子医薬,抗体医薬などに並ぶ医療技術の柱の1つになるであろう.細胞医薬を再生医療や遺伝子治療などの旧来の枠組みで捉えるのではなく,新規の治療モダリティとして位置付け,研究開発を重点的・戦略的に推進すべき時期にある.そのために重要と考えられる研究開発戦略「デザイナー細胞」の概観を,本増刊号でもお示しした(第1章-2,-3).

さて,最後に現在世界を席巻している新型コロナウイルス感染症に細胞医薬が使えるかを論じよう.新型コロナに対しては抗ウイルス剤の他に,免疫学的な治療法としてワクチン,抗体,元患者の血漿の投与などがあり,特にワクチンの開発では世界中で熾烈な競争が進んでいる最中である.一方,新型コロナに対して細胞医薬を開発する話は,世界中を見渡してもほとんど見当たらない.

ウイルスに対する免疫反応において,ウイルスを完全に排除するには抗体が作られるだけでは不十分で,細胞傷害性Tリンパ球(CTL)も重要であることはよく知られており,ワクチン開発においてもCTLを誘導できるものが目指されている.それなのにどうしてCTL製剤の開発の話が出てこないかと言えば,一つには「免疫が成立した人からT細胞を取り出して他人に輸注することができない」からである.抗体と違いT細胞は他家の系で使うと拒絶されるのだ.もう一つの理由として,自家T細胞を使う系もうまく使えそうにないという点があげられる.例えばウイルス特異的なT細胞レセプターを自家T細胞に導入するという方法は,一連の操作に数週間かかるから,新型コロナによる肺炎の進行の速さを考えると,現実的ではない.

しかし,筆者の河本が本特集号の中の別記事(第3章-8)で紹介している汎用性の他家T細胞製剤を使えば,これらの問題を解消することが可能である.例えば新型コロナ特異的なT細胞レセプターを発現する汎用性T細胞を凍結保存しておき,患者が発生した時に解凍して投与するという方法が考えられる.実際,河本らは新型コロナに対する細胞医薬の開発に着手している.この方法は,新型コロナだけでなく,広く重症のウイルス感染症に使える戦略になると考えている.

このように,細胞を自由にデザインできるようになると,これまでに無かった戦略が可能になる.細胞医薬というモダリティのなかでは,研究者が想像力をフルに活用すれば,思いもよらないブレークスルーが多数誕生する可能性を秘めていると期待している.

<著者プロフィール>

河本 宏:1986年京都大学医学部卒業.内科医として3年間研修後,’89年京都大学病院第一内科大学院伊藤和彦研で遺伝子治療の研究.’94年京都大学胸部疾患研究所(現ウイルス再生研)桂義元研で造血過程およびT細胞分化の研究を開始.2001年京都大学 医学部湊長博研助手.’02年横浜理研免疫センターチームリーダー.’12年より京都大学ウイルス再生研教授.’16年より同副所長.最近は再生免疫細胞療法の開発研究に力を入れている.

辻 真博:2004年東京大学農学部卒業,JST入構,同研究開発戦略センター(CRDS)にてライフサイエンス・臨床医学関連の調査・政策提言活動を実施.基礎研究(生命科学,生命工学,疾患科学など),医薬品開発,医療ビッグデータ,研究環境整備,海外動向などさまざまなテーマを対象として,わが国が推進すべき研究開発戦略を日々模索している.コロナ自粛下で自宅・職場に引き籠りがちであるが,国内外の幅広い学術文献の読み込み,趣味のカブトムシ&クワガタムシ飼育観察などが大いに捗り,意外と充実している.

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