医師1年目からの わかる、できる!栄養療法〜患者にあわせた投与ルートや輸液・栄養剤の選択など、根拠をもって実践するためのキホン

医師1年目からの わかる、できる!栄養療法

患者にあわせた投与ルートや輸液・栄養剤の選択など、根拠をもって実践するためのキホン

  • 栗山とよ子/著
  • 2022年05月27日発行
  • A5判
  • 264ページ
  • ISBN 978-4-7581-0913-0
  • 定価:3,960円(本体3,600円+税)
  • 在庫:あり
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第2章  経腸栄養療法 ・・・・・・ のキホン

経腸栄養を実践してみよう
〜投与開始から維持量到達まで

栄養剤の種類や特徴がわかったので,患者さんにより適した栄養剤を選択することができそうです.でも,はじめから必要量の栄養剤を投与していいのか,どれくらいの投与速度が適当か,栄養剤だけを流せばいいのかなど具体的な方法がわかりません.実施するのは看護師さんなので,任せればよいですか?
確かに実際に投与するのは看護師さんですね.ですが,具体的な投与方法を決めるのは医師の役割です.それに沿って看護師さんが実践するわけです.せっかく最適な栄養剤を選んでも,投与手順や管理方法が不適切だとトラブルや合併症を引き起こしてしまって,計画していた投与ができなくなります.そうすると期待した栄養治療効果が得られないだけではなく,患者さんに負担をかけてしまいます.
そうならないよう,標準的な半消化態栄養剤(ポリペプ栄養剤)を投与する患者さんを想定して,投与開始から維持量到達までの投与手順と管理方法について確認しましょう.
  • 68歳男性.身長170 cm,体重65 kg
  • 入院疾患:頸椎損傷
  • 基礎疾患:高血圧症
  • 現病歴 : 屋根から転落し頸椎(C4-C5間)を損傷.入院1週間後には,循環動態・呼吸状態ともに安定したが,両下肢・体幹・手の麻痺があり,肩~上肢の筋力は著しく低下.
  • 血液検査:Alb値4.0 g/dL,Hb13.8 g/dL,その他の血算・生化学所見に異常なし
  • 入院時の栄養管理状況:言語聴覚士(ST)の評価では,嚥下機能が低下しており,現時点では経口摂取は困難と判断されている.入院後,糖電解質輸液2,000 mL(ソリタ®T3号1,000 mL+ソルアセト®D 1,000 mL)が投与されている.

適切な栄養投与ルートを決定しよう

1経口/経腸/経静脈,どれが適切?

本症例では,入院時から投与されている輸液のエネルギー量は372 kcal,電解質と少量のグルコース(93 g)しか含有していません.すぐにでも変更が必要です.嚥下機能が不十分で経口摂取は困難なので,食事以外の投与経路を考えましょう.まず,消化管が使えるかを判断して経腸栄養か静脈栄養かを選択するのでしたね.それから経口摂取が不十分な期間を想定して適切な投与ルートを決めていきます(第1章-3-2図4参照).

この患者さんは消化管に問題はなさそうなので,経腸栄養を選択します.静脈栄養と比較して重篤な合併症を起こしにくいこと,すべての栄養素を投与できること,生理的であること,消化管に栄養を流すことで腸のバリア機能や免疫機能などを維持できることなど,多くの利点があります.もちろん,静脈栄養も非常に有用な栄養管理方法ですから,あわせて理解しておきましょう.

2胃瘻を造設したほうがよい?

長期間十分な経口摂取ができないと予測される場合は,早めに胃瘻を造設することを考えます.しかし,本症例は受傷からまだ1週間目で嚥下リハビリをはじめたばかりです.訓練によって嚥下機能を取り戻す可能性もありますし,また自分の病態を理解して気持ちを整理する時間も必要です.今の段階で胃瘻造設を受け入れるのは難しいかもしれませんね.少し時間をかけましょう.

3まずは経鼻胃管(経腸カテーテル)からの投与をはじめよう

経腸カテーテルを挿入して経腸栄養管理をしながら嚥下訓練を続けます.1~2週間続け,十分に食べられる見込みがなければ胃瘻造設を考えましょう.鼻からカテーテルが入っているより,胃瘻にした方が嚥下訓練も進みます.その場合,胃瘻が第一選択である理由を丁寧に説明して,ご本人が納得したうえで造設することが大切です.

4胃瘻を造ったら食べることはあきらめる?

胃瘻に関して誤った情報や報道も多く,患者さんやご家族が胃瘻を造設したら,経口摂取はもうできないと思われている場合があります.でもこれは大きな間違いです.造設後も嚥下訓練を続けることで機能が回復して食べられるようになることも,もちろんあります.そのためにも必要十分量の栄養を胃瘻から投与して栄養状態を落とさないことが大切です.そうしなければ筋肉が消耗して廃用が進んでしまい,それが原因で食べられなくなってしまいます.

「一時的な胃瘻」という考え方 例えば,頭頸部がんや食道がんによる通過障害や,化学・放射線治療による粘膜傷害によって長期間経口摂取が困難と予想される場合は,治療前に胃瘻を造設して,十分に食べられない期間は胃瘻から経腸栄養を投与して不要になれば抜去する,という管理をしています.以前は不十分な輸液で管理され,治療は完遂しても体重や栄養状態が著しく低下してしまう症例が多かったのですが,一時的な胃瘻からの経腸栄養を併用することによって栄養状態が保たれるようになりました.

栄養治療計画を立てよう

1どれだけの栄養剤が必要なのだろう?

本症例の患者さんは,現体重65 kg,IBW63.6 kgなので,軽い方の値を採用しIBWを使いましょう.

  • 評価の時点では体動はほとんどなく,また代謝を亢進させる病態もなさそうなので,体重あたりの消費エネルギー 25 kcal/kg,SF 1.0として,
    TEE = 25×63.6×1.0=1,590 ≒ 1,600 kcal
    * H-B式でBEEを算出(1,331 kcal)して,AF 1.2(寝たきり),SF 1.0(代謝亢進なし)としてTEEを求めてもほぼ同じ(1,597 kcal)です.
  • たんぱく質は1.1 g/kgとして,
    1.1× 63.6=70 g ⇒ 70×4=280 kcal
  • 脂質はTEEの25%として,1,600×0.25=400 kcal ⇒ 400/9=44 g
  • 糖質は,1,600−(280+400)=920 kcal ⇒ 920/4=230 g
  • 水分必要量は35 mL/kgとして,35×63.6=2,260 ≒ 2,250 mLとします.

体格や血液検査より現在の栄養状態に問題はないため,現状維持を目標とすればよさそうです.

2具体的な投与計画はどのように立てればよいだろう?

a 少量・低速で開始し,段階的に増量します

推定した必要量の栄養剤を,はじめから全量投与するのではありません.少量・低速から始めて,1週間くらいかけて段階的に増量します.消化管に問題はないとはいっても消化管運動機能が低下している可能性がありますから,下痢や胃食道逆流などの症状をみながら慎重に増量します.

なぜ段階的な増量が必要かというと,私たちが食事をするときは五感で食べ物だと認識して口に入れ,咀嚼して嚥下して食道に送り込みますね.この間に消化管運動や消化ホルモン分泌の準備ができるのですが,経腸栄養ではここが省略されて,突然胃の中に栄養剤が流し込まれます.準備不十分な状態で大量の栄養剤が投与されると,胃アトニーを起こしたり逆に下痢になってしまい,結局中断せざるを得なくなってしまいます.それを防止するために,慎重に増やしましょう.

b 栄養剤を決めて,具体的な投与手順を立てよう

重度の腎不全など特別な代謝異常がなければ,1 kcal/mLの標準組成の半消化態栄養剤(ポリペプ栄養剤)が第一選択です.浸透圧は体液とほぼ同等で,栄養素の比率は『日本人の食事摂取基準』に準拠しています.

そして,とにかく目標の栄養必要量(=維持量)に到達するまでは消化器症状を観察しながら丁寧に増量することが成功のカギです.例えば初日は200 mLを50 mL/時の速度で開始して,胃食道逆流の徴候や下痢がないことを確認します.このとき,経腸栄養ポンプを使うとよいでしょう(Memo参照).問題がなければ目標量まで連日増量・増速しますが,この患者さんの場合,1 kcal/mLの栄養剤で維持量を投与すると容量は1,600 mLとなり,3回に分けて投与すると1回あたり500 mLを超える量になります.容量を増やしたくない場合は,途中から高エネルギー密度の栄養剤に変更します.維持量に到達するまでは低栄養管理でもしかたがないとするのではなく,末梢静脈栄養輸液を併用して不足分を補いましょう.開始から維持量までの投与計画案を表1に示します.

経腸栄養ポンプ とは? ポンプの陽圧によって,経腸栄養剤を設定した投与速度で患者に注入することができます.経腸栄養剤を入れた栄養コンテナに連結したカテーテルをポンプにセットし,投与したい流速(mL/時)と容量を設定すると,自動的に目標量を注入することができます.開始時から段階的に流速・流量をあげて維持量に到達するまで,あるいはごく低速での投与が必要な場合には,欠かせません.
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