楽しくわかる栄養学 第2版

楽しくわかる栄養学 第2版

  • 中村丁次/著
  • 2025年10月20日発行
  • B5判
  • 215ページ
  • ISBN 978-4-7581-2182-8
  • 3,080(本体2,800円+税)
  • 在庫:あり
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第1章

栄養学とは

何でも食べる雑食性により、われわれは地球のあらゆるところに生存できるようになったが、命を維持し、健康に生活するには、多種多様な食品から、自分に必要なものを適正に選択する知恵が必要になった。その知恵を科学的に明らかにしたのが栄養学である。第1章では、栄養の概念、歴史、栄養と人体の関係、食物成分と栄養素、さらに保健、医療、福祉における栄養の役割を学ぼう

栄養、栄養学とは

栄養(nutrition)とは、生体が食物などを摂取して、その成分を消化、吸収、代謝することにより、生命を維持し、成長、発育して生活を営む一連の状態をいう(図1)。摂取すべき成分を栄養素(nutrients)という。食物の摂取が著しく偏れば、栄養素の過不足状態が起こり、長期に及べば欠乏症や過剰症が発症し、死に至ることもある。栄養は、人間が生命を維持し、生きていくうえで最も重要な課題となる。

一般に、「にんじんには栄養がある」といわれるが、にんじんにあるのは特定の栄養素であり、栄養という状態が存在しているのではない。つまり、正確にいえば、「にんじんは、ビタミンAの作用を有するカロテンという成分を多く含んだ食品だ」となるが、栄養価が高いか否かは、判定できない。それは、摂取する人間側の状態によって、にんじんの栄養的価値は異なるからである。日頃から、ビタミンAを含有する食品の摂取が不足状態にある人には、にんじんは摂取する価値があり、栄養価の高い食品といえるが、十分摂取している食習慣をもつ人には、栄養価の高い食品とはいえない。

栄養素には主として生体の構成成分になるタンパク質、生体のエネルギー源となる炭水化物(糖質、食物繊維)と脂質があり、これらはエネルギーを産生することからエネルギー産生栄養素という。これらは摂取量が多くg単位で表現されることからマクロ栄養素(macronutrient)、もしくは、三大栄養素とよばれてきた。

さらに、代謝調節の役割をするビタミンや生体の構成成分や調節を司るミネラルがあり、これらは摂取量がmg単位以下で示されることから微量栄養素(micronutrient)とよばれている。また、タンパク質、炭水化物、脂質、ビタミン、ミネラルを合わせて五大栄養素とよぶ(図2)。

このような栄養を、科学的方法に基づいて系統的に研究、教育する学問を栄養学(sciences of nutrition)という。栄養学の領域には、栄養の基礎的問題を課題にする基礎栄養学(basic nutrition)、食物を中心とした食物栄養学(food nutrition)、人間個人を対象とした臨床栄養学(clinical nutrition)、さらに集団や地域社会を対象とした公衆栄養学(community nutrition)がある。

栄養学の歴史

古今東西、食事と健康や疾病との関係は数多く論じられてきた。人間は、食べることで命をつなぎ、食べることを中断すれば、体力を失い種々の欠乏症が発生し、絶食が長期に及べば死に至る。つまり、「食事は生命と生活の原点だ」と考えられたことで、多くの健康法、養生法が生み出された。さらに治療法には、食事のしかたが組み込まれ、長きにわたって人間の保健、医療を支えていた。ところが、これらのほとんどは、食品の選択と分類、さらに有効性のある特定の食品の摂取と有害な食品の排除といった経験則に基づいた実践によって成り立っており、生命科学の一部として発展しなかった。一方、栄養学は、食品のなかに生命の素を探し求める学問として発展したため、生命を営む成分を明らかにすると同時に、その成分が含有される食品を明らかにし、栄養素を介して食品と生命や健康との関係性を科学的に明らかにすることができたのである。

1 エネルギー代謝に関する発見

栄養学は、18世紀の後半、フランスの科学者ラボアジェ図3)が、生体は呼吸により酸素を消費し、二酸化炭素を発生させること、およびその気体の量は発生する熱量(エネルギー)に比例することを証明したことから、その扉が開いた。エネルギー代謝量が食物摂取や労作により増大することを見出し、エネルギー代謝の基礎を築いたのである。1891年、ドイツ人のルブネル図4)は、さらに、エネルギー代謝量が体表面積に比例することを見出し、糖質、脂肪、タンパク質が熱源となることも発見した。

1903年、アメリカ人のアトウォーター図5)は食品に含まれる熱量を直接測定できる装置を開発し、食品に含まれる栄養素の熱量は、1 gにつき炭水化物は4 kcal、脂質は9 kcal、タンパク質は4 kcalであることを見出し、アトウォーターのエネルギー換算係数を定めた。わが国においては、現在は医薬基盤・健康・栄養研究所を中心にエネルギー代謝の研究がさかんに行われ、日本人のエネルギー消費量を算定する方法が検討された。

2 糖質と脂質に関する発見

各栄養素の構造や生理作用に関する研究も進み、19世紀には、糖質の消化が解明されて各種の消化酵素が発見された。20世紀の初頭には、吸収された糖質の代謝研究がはじまり、1937年には、糖質が解糖され二酸化炭素と水へ酸化されてエネルギーを産生するクエン酸回路クレブス(ドイツ)により発見された。脂質が酸化されてエネルギー源になることは20世紀になり解明され、その後、リービッヒ(ドイツ)らが体内において他の栄養素から脂肪が合成されることを発見した。脂肪には、単なるエネルギー源だけではなく、成長、生殖、さらに皮膚などの生理作用に関与する必須脂肪酸が含有されていることもわかってきた。

3 タンパク質に関する発見

19世紀になるとタンパク質の本格的な研究がはじまり、タンパク質の栄養価が食品中に含有される窒素量に関係することがわかった。20世紀になり、タンパク質がアミノ酸から構成されていることが確認され、タンパク質の質がそのアミノ酸構成により決定することが明らかにされた。その後、体内で合成されない不可欠(必須)アミノ酸と合成される可欠(非必須)アミノ酸の分類、アミノ酸の必要量、アミノ酸バランス、さらに各種タンパク質やアミノ酸の生理作用への研究へと発展した。

4 ビタミンに関する発見

19世紀後半には、炭水化物、脂質、タンパク質のエネルギー産生栄養素だけでは動物が育たないことがわかり、副栄養素の存在が推測されていた。わが国では、長きにわたり、白米を大食する人々のなかで発症する神経症状を伴う難病(脚気かっけ)に悩まされ、日清、日露戦争では、多くの兵士が、この病気で死亡した。特に、陸軍では森鴎外もりおうがい図6)が脚気は感染症だと考え衛生管理を徹底したが、食事の改善を行わなかったために患者を減少させることはできなかった。一方、海軍では、高木兼寛たかきかねひろ図7)が欧米には脚気患者がみられないことから、早くから白米中心の和食から、肉食を中心とした洋食に切り替えることにより脚気を予防していた。1890年にはエイクマン(オランダ)が、脚気症状を示す鶏の飼料に米ぬかを添加するとその症状が治ることを発見し、1911年、フンク(ポーランド)は、米ぬかからその有効成分の結晶化に成功した。また、それがアミンの性質を有していたことから生命の(vital)アミン(amin)、つまりビタミン(vitamin)と命名した。日本でも鈴木梅太郎すずきうめたろう図8)が、脚気予防に有効な成分を米ぬかから単離、結晶化していた。

海外では、大航海時代、ヨーロッパの征服者は、進歩した航海術を活かして未知なる世界の征服をめざした。しかし、航海が長期に及ぶと、船員の約半数に出血がはじまり、歯が抜け、傷口が開き、黄おう疸だんがおき、手足が動かなくなり、最後には死に至る難病が発症した。この病気で約200万人の水夫が死亡した。この病気の対策として、イギリスのクック船長は、ジェームズ・リンド医師の助言に従い、当時地方の民間療法だった柑橘類かんきつるいを与える療法を水夫に行い完治させた。後に解明されることになるが、この難病は、新鮮な野菜や果物の摂取不足によるビタミンC欠乏症である壊血病かいけつびょうだったのである。つまり、この当時、アジアではビタミンB1不足、ヨーロッパではビタミンC不足に悩まされていた。

5 ミネラルに関する発見

18世紀には、血液に鉄が含有されることがわかり、骨もカルシウムやリンから構成されていることがわかってきた。20世紀に入り、甲状腺腫こうじょうせんしゅがヨウ素欠乏で起こることが解明されてきたように、多くのミネラル欠乏症が発見され、ミネラルの生理作用や食品での含有量が明らかになってきたのである。その後、多くのビタミンやミネラルが発見され、その生理作用や食品における含有量が明らかにされてきた。

栄養学の発展の歴史をみると、栄養素の人体での作用と、栄養素を含有する食物の摂取方法との両方を見出すことにより、食物と健康や病気との関係を科学的に解明し、多くの栄養欠乏症を克服することにより、その学問的体系化を図ってきたことがわかる。

人体の成り立ちと栄養

1 人体の成り立ちと栄養

人体は、細胞、組織、臓器により構成され、これらの円滑な作用により生命が維持されて生活が営まれている。これらの構成成分や活動成分になっているのが栄養素であり、人体の16.4%がタンパク質、15.3%が脂質、5.7%がミネラル、糖質が1.0%以下、その他が水分によって成り立ち、これらを補給するために、食事から必要な栄養素を補給している(図9)。一方、日常の食事の構成比率は、エネルギー比で炭水化物が57.7%、脂質が26.3%、タンパク質が16.0%である(⇒第2章❹)。最も摂取量の多い炭水化物は、大部分がエネルギー源として消費されるので、生体内の割合は最小となっている。人体の構成比率と食事の構成比率が異なることからわかるように、食物の栄養素が直接的に生体で利用されているのではなく、摂取された栄養素は、その人に適する新たな栄養素に転換されて利用されている。例えば、牛の筋肉であるビーフステーキを食べても、そのまま食べた人の筋肉になるわけではない。ビーフステーキを食べれば、そのなかのタンパク質が消化されてアミノ酸として吸収され、その一部が人の筋肉を構成するタンパク質の合成に利用されるのであり、その過程には何段階もの代謝過程が存在する。牛肉のタンパク質が、そのまま利用されるとしたら、ビーフステーキをよく食べる人の筋肉は、牛の筋肉になるだろう。

ところで、人体の構成成分は、絶え間なく、古くなったものは分解され、新しく合成されたものと入れ替わる。分解されたものは、再利用されるものもあるが、最終的には尿や皮膚から排泄される。合成材料には、体内組織からの分解成分と食事からの摂取成分が利用され、分解と合成は、一定の範囲で平衡状態が維持されている。したがって、人体では、栄養素の摂取量が分解・排泄量を補うことができなければ不足状態が起こる。不足の程度が著しく長期間であれば、恒常性が維持できなくなり栄養欠乏症に至り、人体に障害を与えることになる。この場合、最初に細胞内で生化学的変化が起こり、長期になれば生理的変化が起こり、さらに続けば組織、臓器に変化が起こり、最終的には形態的な変化が起こる。

人体の栄養状態は、低栄養でも過剰栄養でもない適正状態を中心に、欠乏状態と過剰状態に大別でき、さらに前者は欠乏症と潜在性の欠乏状態に、後者は、過剰症と潜在性の過剰状態に分けられる(図10)。栄養欠乏症は、栄養素の著しい欠乏状態が長期におよび心身の異常が出現し、脚気、夜盲症やもうしょう、壊血病、くる病のような疾病状態である。この場合、各種の栄養剤による直接的な治療が必要になる。潜在性の欠乏状態は、栄養素が十分補給されている健康状態と欠乏症の境界領域にあり、各種の臨床検査値が欠乏症と診断されるほど異常値ではないが、栄養摂取量が不足し、栄養素の体内貯蔵量や代謝能力が低下し、各種の不定愁訴ふていしゅうそが出現しやすくなっている状態である。生体に自然治癒力が存在するので、日常の食事の改善やサプリメントによる栄養補給で不足状態が改善できる。

栄養過剰症は、特定の食品やサプリメントの大量摂取により、栄養素の過剰摂取が長期におよび心身の異常が出現した中毒症の状態である。また、栄養素の過剰状態に遺伝素因が関与して、肥満症、糖尿病、脂質異常症、高血圧症、高尿酸血症、動脈硬化症などの非感染性疾患、いわゆる生活習慣病が発症している状態である。潜在性の過剰状態は、各種の臨床検査値が病気と診断されるほどの異常値ではないが、栄養素摂取量が過剰で、肥満により体脂肪量が増大し、エネルギーおよび栄養素の代謝が変化し、生活習慣病が誘発されやすい状態である。体脂肪量、血糖値、血中脂質、血圧などが標準値以上であるが肥満症、糖尿病、脂質異常症、高血圧症と診断されるまでには至らない状態である。メタボリックシンドロームがこの状態に該当する。

2 細胞・遺伝子と栄養

人体を構成する基本単位は細胞である。細胞の中には細胞質があり、細胞質にはミトコンドリア、リソソーム(リゾソーム)、小胞体、ゴルジ体、リボソーム(リボゾーム)などの細胞小器官が含まれる(図11)。ミトコンドリアはエネルギー保有物質であるATP(アデノシン三リン酸)を産生し、リボソームではタンパク質を生み出し、小胞体では物質を運搬し、ゴルジ体はリボソームがつくったタンパク質を包んで細胞外に運び出す役割をもっている。核の中には両親から受け継いだ46本の染色体が収納され、染色体はデオキシリボ核酸(DNA)が鎖状に連結して二重らせん構造をつくっている(図12)。DNAは、アデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、チミン(T)の4塩基がルールに従って対になって存在し、遺伝情報を形成している。DNAに組み込まれた遺伝子情報が生理機能のために読みとられることを遺伝子発現という。DNAの情報がメッセンジャーRNA(mRNA)にコピーされ、その情報に従ってリボソームの中でアミノ酸が組み合わされタンパク質が合成されていくのである。つまり、両親からの遺伝情報は、DNA→mRNA→タンパク質と伝達されて(⇒第3章❻)、両親に似た固有の人体になっていく。一方、全身の約60兆個の細胞には、ほぼ同じように遺伝子が含まれているが、それぞれが固有の臓器に発展し、骨になる細胞や皮膚になる細胞が出てくるのは、DNA中の遺伝子の作用をON、あるいはOFFに切り替える装置をそれぞれの細胞がもっているからである。

ところで、遺伝子を個人間で比較すると塩基配列が異なる場合があり、その変化が人口の1%以上の頻度で存在する場合を遺伝子多型という。例えば、糖尿病に関連する遺伝子に多型があれば、インスリンの分泌機能や感受性が低下し、同じように太っている人と比べて糖尿病になりやすい場合もあるだろう。

遺伝子に書き込まれたプログラムにより、臓器内の細胞で、必要なタンパク質が必要なときに、必要量だけ生産されれば健康は維持される。しかし、過食、栄養素摂取の偏り、ストレスが加わると、この調節機能に異常が発生して、タンパク質の生産や機能に乱れが生じて健康が維持できなくなり、結果的に病気を引き起こすことになる。また、疾病の発症に関与する遺伝子多型に不適正な食習慣が加わった場合は、生活習慣病の発症がより確実なものになっていく。

食物の成分と栄養

われわれは、日常的に食事により食物を摂取してエネルギーと栄養素を獲得し、生命を営んでいる。食物の源は、自然界に存在する動物と植物であり、これらを獲得し、食べやすいように加工、調理することで食物とすることができる。このように食物の源となる動植物を一般に食品とよんでいる。つまり、人間が摂取する栄養素は、自然界に存在する動植物の命の代償により獲得でき、これらは無限に存在しているのではない。しかも、食物は人間に必要な栄養素を補給してくれるが、それぞれの食物の構成成分は、その動植物が生きていくうえで必要な内容であり、人間の命を保証して健康を維持するのに都合がよい内容ではない。例えば、豚肉には脂質やビタミンB1が多く含まれるため、これらを摂取するには優れた食品であるが、脂肪の構成成分として、飽和脂肪酸が多く高エネルギー食品なので、食べ過ぎると肥満や脂質異常症の誘因となる。このように、人間にとって必要なすべての栄養素を適正に含有する「完全栄養食品」は、自然界には存在しないのである。個々の食品に含まれる成分には、過不足があり不完全であるために、いろいろな食品を摂取して食事全体で栄養のバランスをとる雑食性を人類は選択した。人類が、意識的に雑食性を選択したというより、生存する環境に適応しながら雑食を身につけたヒト族が人類に進化でき、地球上のあらゆるところに生存できたのだと考えられる。例えば、ヨーロッパに拡張していたネアンデルタール人は、偏食がひどく限られた食物しか摂取しなかったことから、ヨーロッパが寒冷曝露を受けた時代に、食糧不足になりイベリア半島のジブラルタルで絶滅した。一方、火を活用することにより食物の調理、加工を発展させ多種多様な動植物を食べ、農業を起こすことにより食物の安定供給ができるようになったことでホモ・サピエンスはヒト族のなかで唯一、地球上のあらゆるところに生存範囲を拡大することができたと考えられている図13)。

雑食は、人類の進化、発展に不可欠の要因であったが、1つの課題が残されていた。それは、多種多様な食品のなかで、どのような食品を、どのくらい摂取すれば生きていけるのかという課題である。人間は、このことには古くから気が付いていたため、古今東西の健康法や医療法のなかには必ず、個々の食品がもつ働きに注目した食事法、あるいは食事療法が存在している。人類の長い食経験に基づき、その食品がもつ特徴を使用目的に合わせて分類したのであった。

雑食により人類は進化したのであるが、その反面、「食品の特徴を考えて食べる」ことを宿命づけられたといってよい。そこで、前述のような経験則ではなく、食品に含まれる成分を科学的に解明したのが栄養学である。つまり、日常的に摂取する食品が含有する成分により、それぞれの食品を栄養学的特徴により分類し、適正な食品選択により、すべての栄養素を過不足なく摂取する食事法を生み出した。ごはん、パン、麺類などの穀類から炭水化物を、肉類、魚介類、卵類、大豆製品などからタンパク質や脂質を、牛乳・乳製品さらに野菜類や果物類からビタミンやミネラルを適正に摂取する方法を確立したのである。したがって栄養学では、人体における栄養素の消化、吸収、代謝などを学ぶと同時に、摂取する食品の成分的特徴、適正な選択、加工、調理、流通なども学ぶ必要がある。

保健、医療、福祉と栄養

1 保健と栄養

保健とは、日常の活動において食事、運動、休養を調和させると同時に禁煙、適度な飲酒を心がけることによって健康度を増大させ、疾病の罹患りかんを回避することである(図14)。例えば生活習慣病の対策に関しては、保健活動としての一次予防(保健)、早期発見、早期治療を目標にした二次予防(医療)、さらに疾病を有しながら増悪化を防止し、日常生活を営めるようにする機能回復や社会復帰をめざした三次予防(福祉)がある。保健活動の内容には、健康人がより健康度を高める健康増進(health promotion)と、生活習慣病の危険因子の形成を防ぐ、危険因子の低減・除去(risk reduction)がある。

保健における栄養の役割は、肥満症やエネルギー・タンパク質欠乏症、ビタミン・ミネラルの欠乏症や過剰症に対して、日常の食事を改善することによりエネルギーや栄養素の過不足を調整して、これらの疾病を直接予防することにある。また、栄養素の摂取が直接的な原因にはならないが、間接的に影響を及ぼす慢性疾患に関しては、栄養状態を改善することにより、これらの危険因子を軽減し予防することができる。代表的な非感染性疾患である生活習慣病は、不適正な食習慣が形成されてから発症までには移行期が存在し、発症後も増悪化には生活習慣の影響を受ける特徴をもつ。例えば、過食や運動不足により肥満が形成され、肥満によりインスリン抵抗性が起こり、そのことにより血糖値、中性脂肪、さらに血圧が上昇し、糖尿病、脂質異常症、高血圧症の危険因子となり、これらの状態が複合的に作用して動脈硬化や心筋梗塞を発症させる。したがって、疾病の発症予防には、適正な食習慣の形成と改善が最も重要であり、過食、偏食、不規則な食習慣の改善が必要となる。

保健では、栄養欠乏症や栄養過剰症を予防し、生活習慣病の予防、さらに増悪化防止のために、食事摂取基準を参考に、個人や集団の栄養状態を評価、判定しながら栄養適正量を決定し、食事を改善していくことになる。

2 医療・福祉と栄養

医療、福祉における栄養は、疾病の治療、増悪化の防止、機能回復や社会復帰の目標があり、栄養の役割は疾病の状態により異なる。

A 自然治癒が期待できる場合

外傷、かぜ、食中毒などの感染症、あるいは軽い炎症などでは、一時的に治療を行えば、自然治癒力により治癒できる。この場合、急性期に食べやすく、消化・吸収がよく、より多くの栄養素を補給する目的で食事療法が行われる。栄養状態の改善により、免疫能の改善が期待できる。

B 積極的な治療が実施される場合

外科療法、抗生物質、抗がん剤などの積極的治療法が実施される場合、その副作用として食欲低下、味覚異常、摂食・咀嚼そしゃく嚥下えんげ機能の低下、消化・吸収機能の低下、代謝異常などで栄養状態が悪化する。このような場合、食事からの経口摂取を改善するとともに、カテーテルを用いた経腸(経管)栄養法中心静脈栄養法などの栄養補給が行われる(⇒第7章❸)。

C 自然治癒は望めないものの、発症の予防、増悪化や再発の防止、安定化が図れる場合

消化器疾患、高血圧症、脂質異常症、動脈硬化、心臓病、糖尿病、肝臓病、腎臓病など慢性疾患の食事療法がこのタイプに属し、疾患の危険因子を低減・除去することにより、発症の予防、合併症や増悪化の防止のために用いられる。発症後は生涯にわたり食事療法栄養療法が必要となる。

D 治癒が期待できず、症状の改善を主に行う場合

がん、エイズ、その他の難病のような重症性の疾患であり、治癒が困難で悪化も防ぐことができない場合である。食事により、全身の栄養状態をよくして病気の進行を遅らせることや患者の精神的な満足感が得られるような食事療法栄養療法が行われる。

これらのいずれの病状であれ、栄養状態の悪化を放置すれば、手術の回復が遅れ、薬物効果が低下し、免疫能や自然治癒力が低下し、感染症が増大し、結果的に入院日数が増大し、結局、医療費や介護費が増大することになる。傷病者は、疾患そのものの一般的症状として、味覚や食欲が低下し、消化・吸収機能が低下し、さらに代謝亢進により栄養必要量が増大して栄養状態が低下しやすい。さらに、病院食や栄養補給の管理方法が悪く、栄養摂取量が必要量を満たさず、栄養素の不足状態を生じることがある。

近年、急性期の栄養障害患者に対して、チーム医療により積極的に栄養管理を行う栄養サポートチーム(nutrition support team:NST)が拡大しつつある。NSTは、医師、管理栄養士、薬剤師、看護師、歯科医師、臨床検査技師、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士などにより栄養状態の評価・判定を行い、適正な栄養補給の計画を立案、実施し、さらに継続的なモニタリングを行い、評価することで患者の栄養状態を改善するチームをいう。また、管理栄養士の病棟配置もすすみ、患者への個別対応も進展しつつある。チーム内での各専門職の役割がある()。

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  • 中村丁次/著
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