しくじり症例から学ぶ抗菌薬

しくじり症例から学ぶ抗菌薬

  • 髙野哲史/著
  • 2026年10月20日発行
  • A5判
  • 211ページ
  • ISBN 978-4-7581-2463-8
  • 3,960円(本体3,600円+税)
  • 在庫:あり
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※実際の紙面のレイアウトとは異なります

Chapter 04 とるはよいよい,解釈こわい

 

熱源精査の基本方針

無村 以前,血液培養の解釈の話をしたときに,『喀痰や尿みたいな非無菌検体の培養検査で出た菌はむやみやたらに叩かない方がいい』みたいな話があったじゃないですか(Chapter.3参照).あのトピックをもうちょっと深掘りしたいんですけど

高野 OK.このあたりは結構勘違いしやすくて,気づいたら落とし穴にハマっていることも多いから,確かにちょっと詰めておいた方がいいかも.僕が若かりし頃に経験した症例をレビューしてみようか

無村 先生,まだ30代ですよね?

 

[Case 4]

76歳の女性.

現病歴:2週間前に左中大脳動脈領域の脳梗塞で入院し,現在も入院加療中である.

入院経過は安定していたが,入院第14病日に38.4℃の発熱が出現した.呼吸困難や排尿時痛の訴えはないが,認知機能低下のため詳細な問診は困難である.基礎疾患として2型糖尿病と脂質異常症がある.入院時から尿道留置カテーテルと末梢静脈カテーテルが挿入されている.言語聴覚士の指導のもと,嚥下訓練食の摂取訓練中である.

基礎疾患の治療のため,SGLT2阻害薬,メトホルミン,ロスバスタチンを内服中である.

現症:体温38.2℃.脈拍88/分,整.血圧128/64 mmHg.呼吸数18/分.SpO2 96%(室内気).呼吸音に異常を認めず,ラ音を聴取しない.腹部は平坦・軟で圧痛なし.末梢静脈カテーテル挿入部(右前腕)に発赤と軽度の腫脹があり,圧痛を伴う.尿は淡黄色透明で混濁はない.全身に皮疹および褥瘡を認めない.四肢の大関節(肩・肘・手・膝・足)に発赤・腫脹・熱感・疼痛を認めない.

血液所見:赤血球390万/μL,Hb 11.6 g/dL,Ht 35%,白血球8,400/μL(好中球72%,リンパ球20%,単球8%),血小板21万/μL.

血液生化学所見:AST 28 U/L,ALT 26 U/L,γ-GTP 45 U/L(基準10〜47),ALP 280 U/L(基準115〜359),総ビリルビン0.7 mg/dL(基準0.2〜1.2),LDH 210 U/L,BUN 16 mg/dL,クレアチニン0.8 mg/dL,CRP 7.2 mg/dL.

凝固系所見:PT 12.0 秒(基準11〜14),APTT 30秒(基準26〜38),Dダイマー0.3μg/mL(基準0.5未満).

尿所見:蛋白(-),糖(+),潜血(-),白血球(1+),亜硝酸塩(-).

担当医は「肺炎または尿路感染症」の暫定的な診断のもと,喀痰培養,尿培養を提出したうえでセフトリアキソンの投与を開始した.

 

高野 30代なんてもう立派なオッサンだよ,オッサンを自覚していない30代のなんと悲しいことか

無村 いや,さっきの話引っ張らないでくださいよ,どこからともなくお叱りが飛んできますよ

高野 んーそう?…で,症例なんだけど,しばしば遭遇するシチュエーションでしょ?

無村 そうですね.それでいて毎回結構悩むシチュエーションです

高野 すでに鑑別疾患のポイントはいくつか見え隠れするけど,入院中の発熱と言われたら思い浮かべるアレ,あるじゃん?

無村 “7D”ですね.ありとあらゆる教科書で擦られまくってます

 

Drug 薬剤熱

Device デバイスに関連する感染症

DVT 深部静脈血栓症

CDI クロストリジオイデス・ディフィシル感染症

Decubitus 褥瘡

CPPD 結晶性関節炎

Debris (絶食による)化学性胆嚢炎/胆管炎

 

高野 そうそうこれこれ.入院中の原因のはっきりしない発熱,結局この7Dをいかに評価できるかで結構違うと思うんだよな.現時点でこの症例にも当てはまる要素,ありそう?

無村 この症例だと,こんな感じですね

 

Drug 薬剤熱

 → 可能性はゼロではないが鑑別の優先度は相対的に低い

Device デバイスに関連する感染症

 → 末梢静脈カテーテル・尿道留置カテーテルあり

DVT 深部静脈血栓症

 → 可能性はあるが,Dダイマーは測定感度未満であり,やや除外的

CDI クロストリジオイデス・ディフィシル感染症

 → 抗菌薬やPPIの投与なし.腹部症状も明らかでなく,現時点では下位鑑別

Decubitus 褥瘡

 → 身体診察で覚知されていない

CPPD 結晶性関節炎

 → 身体診察の限り関節症状なし

Debris (絶食による)化学性胆嚢炎/胆管炎

 → 腹部症状や肝・胆道系酵素の上昇なし

 

無村 薬剤熱もあってもよいかもしれませんが,それより先にDeviceを積極的に疑いにいくのがよいかなと思います.カテーテルの刺入部も相当アヤシイ感じですし

高野 そうだね.僕も同意見.あとこの患者は嚥下リハビリテーション中のようだから誤嚥性肺炎はあってもよいかもしれない,けど,呼吸不全は明らかではないし,これも今のところ下位鑑別かもね

無村 で,提出された検査が喀痰培養と尿培養…あれ,血液培養は?

高野 なかったんだよね.ここでひとしくじりの様相

無村 血液培養の提出が習慣化していない環境もまだまだありますしね

高野 血液培養の重要性って本当に伝わりづらいなと思うね.喀痰とか尿とか,他の検体と同じ扱いだと思っている医師が圧倒的多数だし.僕も業界に入るまでは正直,『感染症科医って血液培養のことばかり言うな』って思ってたけど,今となっては『血液培養のことばかり言う』理由がなるほどよくわかるよ

無村 騙されたと思って出してもらいたいですね,血液培養.で,この症例の行方やいかに?

 

[Case 4] つづき➡︎

治療開始後も発熱は持続した.提出された喀痰培養・尿培養の結果を示す(表1).

表1 Case 4の喀痰培養・尿培養の結果

 

 

非無菌検体は検体の品質を見る

高野 これは抗菌薬の投与されていない状態でとられた検体の検査結果.喀痰も尿もよくとられる検体だと思うけど,検体の品質の評価ってしたことある?

無村 喀痰の品質評価方法であるMiller & Jones分類(表2)とGeckler分類(表3)は有名ですよね

 

表2 Miller & Jones分類(喀痰の肉眼的評価方法)

 

表3 Geckler分類(喀痰の顕微鏡的評価方法)

 

無村 Miller & Jones分類は現場で“えむたん”とか“ぴーたん”とかって言って親しまれていますよね.基本は“ぴーたん”が質のよい検体です

高野 親しまれてるかどうかは知らんけど,そういうこと.Geckler分類の方は実際に染色をして顕微鏡を覗いて行う評価方法ね.信用するのはグループ4と5,ないし6だよ

無村 ということで,この患者の喀痰は…肉眼がP1,顕微鏡がグループ3,微妙ですね…

高野 まあ,品質はイマイチだね.呼吸数の増加もSpO2の低下もないし,ここは一度横に置いておこう.尿は?

無村 尿のグラム染色は白血球のみ観察されています.培養も陰性ですね

高野 尿中白血球は尿道留置カテーテルが挿入されているだけでも出現するよ.『膿尿だ! 感染症!』と飛びつかないようにしたいね.これもまた横に置いておいてよさそう

無村 初期治療薬はセフトリアキソンで,院内発生の肺炎でも尿路感染症でもある程度カバーできますし,検査結果はいずれも『感染症の存在』を微生物学的に裏付けるものではないですから,軌道修正が必要そうですね

高野 そこで担当医がとった行動とは…後半へ続く

無村 症例よりも国民的日常系アニメが脳裏をよぎりますね

 

カルバペネムは必要?

[Case 4] つづき➡︎

発熱が続き,困り果てた担当医は第5病日に喀痰培養・尿培養を再検した.第7病日に喀痰培養からESBL※1産生大腸菌が分離されたことが判明したため,抗菌薬をメロペネムへ変更したが,やはり発熱は持続した.それ以外のバイタルサインには特に変わりはない.

※1 extended-spectrum β-lactamaseの頭文字をとって,ESBL.「基質特異性拡張型β-ラクタマーゼ」と和訳されるが,イマイチ伝わらない.

 

高野 何点かしくじりポイントがあるけど,依然として一番重大なのは身体所見の見過ごしだね

無村 末梢静脈カテーテル挿入部周辺の所見は覚知されていそうですけどね

高野 カテーテル挿入部周辺の発赤・腫脹・熱感・疼痛のような炎症を示唆する所見は,一般にカテーテル関連血流感染症(catheter-related bloodstream infection:CRBSI)について感度は低いけど特異度は高いという特徴があるから,見つけられれば診断的な所見でラッキーなんだけどね.でも知らなければ疑いようがない

無村 惜しかったですね.で,今回またしても血液培養は提出されなかったと…

高野 そうだね.ここもまた1つ大きなしくじりだと思う.すでにセフトリアキソンは投与されちゃってるから感度は下がると思うけど,一縷の望みに賭けるなら喀痰培養でも尿培養でもなく血液培養だったかなあ

無村 表皮ブドウ球菌なり黄色ブドウ球菌なり腸球菌なり,CRBSIの原因微生物として矛盾のないものが引っかかれば治療方針が立てやすくなりますしね

高野 担当医は再検した喀痰培養で引っかかったESBL産生大腸菌をターゲットにしたワケだね.先生,薬剤感受性検査結果の表からESBLを予測する最も簡単な方法って何だかわかる?

無村 ちょっと本題から逸れますけど…じゃあ実際の表を出してみますか(表4)

 

表4 とある大腸菌(Escherichia coli)の薬剤感受性検査結果

 

無村 確認するのは3点ですね

 

〈超カンタン! ESBLの簡単な見抜き方〉

① 第3世代までのすべてのセファロスポリンが“R(耐性)”

② メロペネムやイミペネムなどのカルバペネムが“S(感性)”

③ セフメタゾールが“S(感性)”

 

無村 このルールに従えば,薬剤感受性の表現型から日本でみられるESBLはほぼ判別できます

高野 さすが.お見それしました.薬剤感受性検査結果は『使える薬剤を選ぶためのツール』ではなくて,『細菌のもつ薬剤耐性を予測するためのツール』であることは強調しておきたいね

無村 まあまあの頻度で,『表を一番上から見ていって一番最初の“S”を選ぶ』という誤ったハックを実践している人に出会いますからね

高野 さて,このシチュエーションでこのESBL産生大腸菌を狙って治療を組み直すのは,どう?

無村 んー,まあ,狙いたい気持ちもわからなくもないですが…

高野 そう,僕も気持ちはわかるんだけど,ここで出てきたESBL産生大腸菌は狙わない,そもそも抗菌薬投与下の非無菌検体の培養結果を鵜呑みにしてはならない,というのは念を押しておく.ここが非無菌検体を扱う場合にほとんどの人がハマる落とし穴だと思うな.だからこの期に及んでのメロペネムは通常,不要だね

無村 気持ちはわかるんですけどね

高野 お気持ちに寄り添うのは重要なんだけど,それだけでは解決できないこともあるんだよね.今回はせっかく感知されているCRBSIらしい所見をちゃんと解釈して,血液培養2セットを提出する,というのが正攻法ムーブ.いくらメロペネムが最高で一番好きな抗菌薬だと思っていても,ほとんどの表皮ブドウ球菌やMRSA,腸球菌といったCRBSIのメジャーな原因微生物の治療薬としては不適だからね

無村 カルバペネムを使用する際はカルバペネムが無効な微生物を常に念頭に置く…戦場の鉄則ゥ!!

 

微生物から臓器を探る

高野 あともう1つ,陥りがちなしくじりがあるよ.どこだと思う?

無村 本稿の冒頭に無駄なおしゃべりを入れなかったことですか?

高野 それはむしろ「おてがら」だろ.先生,大腸菌って肺炎の原因微生物としてどれくらい“っぽい”と思う?

無村 喀痰培養の結果でチラホラ見かけることはありますが,実際のところはわからないですね

高野 いろいろ研究はされていて,例えば2010年代に米国で行われた後ろ向きコホート研究では,80歳以上かつ呼吸不全または敗血症に加えて肺炎の病名がついた症例を対象とすると,入院時に血液検体か気道検体のいずれかから大腸菌が検出され大腸菌肺炎の診断になったのは実に17.9%に上った※2というのがあるね.この論文のなかで高齢者の重症市中肺炎の原因菌として警戒せよ,とも言われている.平素の感覚ではホントか? って思っちゃうけど

無村 今回は入院中の症例ですし,抗菌薬の投与が先行していて選択圧が大いにかかっているので,そのまま外挿するのは不可能ですけど,市中だとまあ,なくはないかもしれない,くらいの感じなんですね

高野 僕も『これは絶対に大腸菌の肺炎!』と確信したことって過去に一度しかないし,正直そんなに多いか? とも思う.この論文は一応『尿路感染症と胆道感染症の症例は(レセプトデータをもとに)除外したで』と言っているけど,結構バイアスのかかるところだね.『病名をつけた担当医は肺炎だと思っているけど実は尿路感染症でした』みたいなことってかなりの規模で起こっているような気がするし.さっき先生も言っていた通り,高齢者の喀痰培養で偶発的に大腸菌のような腸内細菌目細菌が検出されることもまあまあ経験するしね

無村 ひとたび具体的な菌名が目に入ってしまうと,叩きたくなるのが人の性さがです

高野 バイタルサインの評価に立ち返ればそもそも呼吸不全も進行していないし,大腸菌肺炎が本当に存在するとしても稀な事象なので,やっぱりここで大腸菌を狙ってしまうのは好手とは言いにくいね.どうしても狙いたかったらメロペネムじゃなくてセフメタゾールにしてもらう,というのは戦略的にアリかもしれないけど

無村 セフメタゾールはメロペネムよりだいぶ狭域スペクトラムの抗菌薬ですし,緑膿菌もカバーから外れることになりますしね

高野 でもここはコンサルタントの方針にもよるかな.僕は『絶対に正しい』と『絶対に誤り』はこの世に存在しないと思っているので,担当医の意向を尊重しつつお互いにどうしても譲れないところがあるならばより傷が浅くなるところで折衷するように心がけているけど,人によっては厳しいことを言うかもしれないね

無村 ときどき信じられないくらい過激な物言いとか見ますもんね

高野 で,わかった? 非無菌検体と無菌検体の扱いの違い

無村 何となく掴めました.非無菌検体では検体の品質評価が必要になること,抗菌薬投与下の検体の扱いには特に注意すること.無菌検体と違って出てきたものを出てきしだい叩く,じゃダメだってことですね

高野 そう.検体は簡単にとれるけど,解釈は大変.このことを弁えている人でないと(非無菌検体を使うのは)難しい

無村 最後の最後で使い古されたネットミームの亜種みたいなのが出ましたね

※2 John TM, et al:Epidemiology and Outcomes of Community-Acquired Escherichia coli Pneumonia. Open Forum Infect Dis, 9:ofab597, 2022(PMID:34988258)

 

解説

非無菌検体の培養結果は解釈が難しい

ダイアログでも扱った通り,一般に喀痰や尿に代表される非無菌検体の培養検査結果は額面通り受けとれません.具体的には培養の結果出てきた微生物が必ずしも原因微生物ではないことがままある,すなわち出てきたものを無差別に叩けばいいわけではないことを意味します.この点は血液培養や髄液培養など無菌検体の解釈の方法と決定的に異なるため,絶対に知っておかなければなりません.

しかし現場では,検体の獲得が簡単なだけに何となく検査され,品質の評価もなく培養結果だけ見て,「じゃあ効く抗菌薬入れとこう」という一連の流れがよくみられます.しかもこれは何も一般病床だけに限られたことではなく,集中治療室でも同様…いえ,むしろ集中治療室の方がよくみられる光景と言っても過言ではないかもしれません.抗菌薬投与下で半ば「監視培養」的にとられた喀痰で選び抜かれた薬剤耐性菌が出てきて,呼吸のパラメータの悪化も人工呼吸器の設定の変更も何もないのに「肺炎だ!」と叫んで抗菌薬の投与を開始する,これはどこかで卒業すべきです.非無菌検体の検査結果の解釈にはルールの順守が不可欠

 

グラム染色を併せて評価する

非無菌検体の解釈のルールの1つに,

  • 検体の品質評価をすること

がありました.喀痰ではMiller & Jones分類やGeckler分類が品質評価の方法としてよく用いられます.これらはダイアログ中でも扱いました.

Geckler分類はグラム染色標本で評価するのが一般的ですが,これに関連して喀痰のグラム染色と培養検査結果を照らして考えることの重要性をお話しします.架空のシチュエーションなので少しご都合主義的ですが,次のケースを見てみましょう.

 

80歳男性.主訴は発熱,呼吸困難.基礎疾患は高血圧症のみ.喫煙歴なし.肺炎の診断で入院治療の方針.

喀痰検査

Miller & Jones分類:P1,Geckler分類:グループ5

喀痰グラム染色(図1):グラム陽性レンサ球菌(1+)

喀痰培養:Klebsiella pneumoniae(1+)

図1 喀痰のグラム染色像

 

肺炎で入院治療を受ける高齢者です.質のよい喀痰のグラム染色ではグラム陽性レンサ球菌が観察されていますが,培養するとあら不思議,Klebsiella pneumoniae(グラム陰性桿菌)が発育しています.要するにグラム染色と培養検査結果に乖離がみられます.よくあるシチュエーションだと思うのですが,これはどのように解釈すればよいでしょうか? Klebsiella pneumoniaeを肺炎の原因微生物と考えるべきなのでしょうか?

確かにKlebsiella pneumoniaeは肝硬変・糖尿病・慢性腎臓病のような基礎疾患をもつ高齢者では市中肺炎の原因微生物となりえます.しかし提示した症例には基礎疾患はなく,これがポ・ッ・と・出・の市中肺炎の原因微生物だと断じるには少々弱い気がします.

さらに,喀痰のグラム染色でグラム陰性桿菌が観察されていないことも気になります.グラム染色で観察されない程度の菌量,すなわちその臓器・解剖学的構造においてdominant(支配的)な微生物でない可能性を示唆します.その臓器で特定の微生物による感染症が起こっている(と考えられる)のに,その微生物の菌量はというとそれほど…というのは何だか違和感がありますね.

ということで,この場合のKlebsiella pneumoniaeは肺炎の原因微生物とは考えない,というのが一般的な解答だと思います.むしろ懸念すべきは喀痰のグラム染色で多く観察されているグラム陽性レンサ球菌の方で,染色像が肺炎球菌らしい双球菌のようですから,肺炎球菌肺炎を疑って然るべきでしょう.肺炎球菌は培養しにくい微生物として有名です.提示した症例でも,何らかの理由で培養されなかったと考えられます.

このように,グラム染色所見と培養結果が食い違うことは往々にしてあります.そのとき私たちは具体的な菌名が判明する培養検査結果だけに目をやりがちですが,グラム染色像を併せて考えることは重要なルールの1つです.なぜかあまり教わることのない一般原則なので,ぜひ習得しておいてくださいね.

 

結局,冒頭の症例はどうすれば?

初手で血液培養2セットを提出する,これに尽きます.身体所見からも状況からもCRBSIを疑うには十分ですから,血液培養はどう考えても必須でした.もはやこれ以上解説することがないくらいです.

あえて申し上げます.喀痰培養や尿培養は出すのに,面倒くさがって血液培養だけ省略する医師は少なくありませんが,これは明確に誤りです.何だかわからない熱源にこそ血液培養の真価が発揮されます.喀痰や尿のグラム染色や培養検査が不要とは申し上げませんが,これらの検査は血液培養を代替する検査ではありません.役割が違うのです.

そして,無菌検体か非無菌検体かにかかわらず,抗菌薬開始前の検体が最も重要です.抗菌薬開始後に重い腰を上げて検体を出しても,思いのほか役に立たないどころか,誤った判断のもとになることすらあります.この事実を念頭に,初動こそフルパワーで周到に準備することをぜひ心がけてください.

 

チャート式 感染症科医のアタマの中

1 患者背景

  • 76歳・女性
  • 既知の免疫不全:解剖学的構造の異常(血管内留置カテーテル)

CRBSIはカテーテルの留置の期間の長短にかかわらず,入院中の発熱の原因として必ず一度は鑑別に入れることをお勧めします.最初に鑑別から落としてしまうと万が一診断がつかなかった場合に後から戻ってくるのが大変です.

2 臓器・解剖学的診断

  • 血流感染症(CRBSI)の疑い

…の,はずでしたが,本症例では「尿路感染症または肺炎の疑い」という,何か鑑別しているようで何も鑑別できていない診断に甘んじてしまいました.(しくじり)この2つの疾患は確かに遭遇頻度が高いのですが,だからと言って臨床症状や身体所見をないがしろにして突っ走ってしまうのは得策ではありません.やはり診断・治療の適切なプロセスが最も重要なのです.

呼吸不全もなければ喀痰からもっともらしい原因微生物の検出もない,また膿尿もなければ尿のグラム染色も培養も微生物が検出されない,肺炎や尿路感染症と断じるのは少々乱暴というものでしょう.

3 推定原因微生物

  • 不詳

担当医はセフトリアキソンの投与下で採取した喀痰培養でひょっこり顔を出した大腸菌が原因微生物だ,つまりこの患者は「大腸菌肺炎」だ,と判断(しくじり)しました.大腸菌は肺炎の原因微生物にならないことはないものの稀で,かつ,身体所見やバイタルサインが裏打ちしないなかで「大腸菌肺炎」とするのはちょっと無茶です.感染症科医は(というとやや主語が大きいですが),品質の低い非無菌検体や抗菌薬投与下で得た非無菌検体の培養検査結果は,正直あまり真面目に見ていません.なぜなら,ほとんどの場合は評価に耐えないためです.

CRBSIであれば,Staphylococcus epidermidis(表皮ブドウ球菌)などのコアグラーゼ陰性ブドウ球菌やStaphylococcus aureus(黄色ブドウ球菌),ときどきEnterococcus spp.(腸球菌属)などが原因微生物としてあがります.今回のように原因微生物不明のまま治療開始やむなしとなれば,これらをターゲットとします.ただいずれにしても,セフトリアキソン開始前なり,メロペネムへの変更前なり,どこかのタイミングで一度は必ず血液培養を行い,微生物学的診断をつけるよう努めたかったですね.

4 抗微生物薬

  • セフトリアキソン→メロペネム(しくじり)

微生物学的診断の判然としないなか,初期治療薬としてセフトリアキソンの投与を開始したのは了解可能ですが,メロペネムへの変更は…というのはダイアログと解説でお話しした通りです.ほとんどの表皮ブドウ球菌や黄色ブドウ球菌のうちMRSA,そして腸球菌は通常メロペネムは無効ですから,CRBSIの可能性を見落としてしまうと初動の時点で失敗することになります.いまだに「メロペネム使っておけばオールオッケー☆」みたいな風潮を根強く感じますが,メロペネムで解決できないcommon diseasesも少なからずあることにそろそろ気づいてほしいな,と日々感じています.

現場に即し,あえてこの「詰み」状態から立て直すとすると,微生物学的診断に立ち返ることが第一です.身体所見を再評価し,CRBSIの可能性を認識します.当然,血液培養2セットの提出は不可欠です.痰や尿の培養に甘んじている場合ではありません.抗菌薬投与下の血液培養は,たとえ原因微生物が投与中の抗菌薬に対し耐性であったとしても感度が低下するため,時間的・全身状態的に猶予があれば抗菌薬の投与をいったん終了し,少なくとも48時間は空けて2セットを提出します.これは血液培養の感度を回復させるために行いますが,感度が十分に回復するまでにどのくらいの時間を要するかについての研究は筆者が検索した限りでは見つかりませんでした(菌種により分裂のスピードも異なるため一貫した結論を出しにくい事情もあるのだと思います).もし猶予がなければ待たずに採取することもやむをえません.

血液培養を提出したら,抗菌薬…ではなく,ソースコントロール=カテーテルを抜去します.カテーテルの抜去がCRBSIの治療上最も重要です.細菌の供給源があるならば元を断つ,なにもCRBSIに限らず,慢性副鼻腔炎や腹腔内膿瘍,胆嚢炎など,すべての感染症治療において最優先です.「抗菌薬で粘って,ダメならソースコントロール」なんて甘えたことをしていると,患者と担当医の首が閉まるだけで状況はよくなりません.可能ならすみやかにソースコントロール,戦場の鉄則ゥ…です.

ここまでできたら前述の微生物のグループをうまくカバーできるように治療を開始します.具体的にはバンコマイシン±セファゾリンなどです.レジメンは施設の薬剤耐性菌検出状況や専門家により多少意見が分かれると思いますので,入手可能な情報を総合して決めるのがよいでしょう.

並行して,“7D”で見落としがないかどうかもリチェックできるとより盤石ですね.

5 治療計画

  • ソースコントロール+抗菌薬による治療

ここまでできたら,血液培養結果を待ちつつ抗菌薬による治療を継続します.血液培養で何らかの微生物学的診断が得られれば,それに基づいて抗菌薬を最適化し,教科書的治療期間の完遂をめざします.

もし微生物学的診断がつかなければ,臨床状況や検査結果などに照らして,感染巣の評価を重ねつつ,治療継続の必要性を個別に判断しなければなりません.診断の不確かなまま治療を続けることは一般に困難ですから,治療をいったん終了して,鑑別自体をやり直す必要が出てくる可能性もあります.臓器・解剖学的診断や微生物学的診断がつかないということはこれほどまでにわれわれを不自由にするのです.

(今更ですが,この症例のような状況では非常に高度な判断力を要します.また,各局面でエキスパートによっても意見が異なると想像します.したがって,もしこのようなシチュエーションに遭遇した場合,可能なら有識者に意見をもらいながら診療を進めた方が安全です.適切に助けを求めるという判断をするのもれっきとした実力のうちです)

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しくじり症例から学ぶ抗菌薬

しくじり症例から学ぶ抗菌薬

  • 髙野哲史/著
  • 3,960円(本体3,600円+税)
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