序にかえて
核酸医薬が拓く創薬イノベーション
〜次世代創薬の現在地と展望〜
はじめに:創薬における「第三のモダリティ」の確立と新たな展開
21世紀の創薬科学において,核酸医薬は低分子医薬および抗体医薬に続く「第三のモダリティ」としての地位を確固たるものにしつつある.塩基配列に基づく分子認識という特性を基盤に,従来の創薬では標的化が困難であった分子に対してもアプローチ可能である点において,核酸医薬は医薬品開発の概念そのものに変革をもたらした.
近年では,新規承認薬の増加に加え,臨床試験も世界規模で活発化している.国立医薬品食品衛生研究所の定義によれば,核酸医薬品とは「オリゴヌクレオチドを有効成分とし,タンパク質に翻訳されることなく薬効を発揮する化学合成医薬品」を指す1).この定義が示すように,核酸医薬はDNAやRNAといった遺伝情報分子そのもの,あるいはそれらの人工修飾核酸を用いて生体機能を制御する点において,従来の低分子医薬や抗体医薬とは本質的に異なる治療原理に立脚している.
本誌『実験医学』では約5年前に核酸医薬を特集した増刊号が刊行されており,多大な反響を得ているそうである.しかしながら,このわずか数年間における進展は目覚ましく,核酸医薬の開発は当時の予測をはるかに上回るスピードで進展している.アンチセンス核酸(ASO)と小分子RNA(siRNA)の戦略的使い分け,脂質ナノ粒子(LNP)の改良およびLNPとは異なる新規デリバリー技術の台頭,そしてAIを駆使した分子設計の導入など,枚挙にいとまがない.実際,1998年に最初の核酸医薬品が承認されてからしばらく低迷していた承認品目数も,この数年で大幅に増加しており,本分野の急速な成熟を如実に示している(表).
本増刊号は,この「飛躍の時代」における核酸医薬の現在地を俯瞰し,基礎から応用,さらには社会実装に至るまでの全体像を体系的に提示し,次世代の新薬創出に向けたグランドデザインを示すべく企画されたものである.
国立医薬品食品衛生研究所遺伝子医薬部ホームページ(https://www.nihs.go.jp/mtgt/pdf/section2-1.pdf)をもとに作成.
多様化するモダリティによる制御原理の拡張
核酸医薬の本質的な強みは,その多様な作用機序に基づく柔軟な分子制御能にある.典型的な核酸医薬であるASOやsiRNAおよびmiRNAは12〜26塩基長の核酸で構成される鎖状の構造をもち,いずれもmRNAといった分子を標的としながらも,それぞれ異なる機構─RNase H依存的分解やスプライシング制御,RNA干渉,翻訳抑制─を介して機能する.また,アプタマーは20〜100塩基長の核酸からなり,特異的な立体構造を形成し,標的タンパク質の構造を認識して直接結合し,高親和性かつ特異的に結合することで機能的制御を可能にしている.さらに近年では,RNA編集技術のように生体内のmRNA配列そのものをピンポイントで書き換える革新的手法やlong noncoding RNAを対象とする新たな治療戦略も登場している.こうした状況は,核酸医薬はそれぞれ個別の技術領域を超え,次世代の「創薬基盤」としての性格を拡張していることを示している.
加えて,新型コロナウイルス感染症の終息に寄与したことで一般に広く認知されているmRNA医薬は,mRNAを生体に投与して作用させるが,mRNAがそのまま働くのではなく,mRNAからタンパク質の発現を誘発して機能するという機構のため,現在の核酸医薬の定義には含まれない.しかし,核酸を用いた医薬品が短期間で創薬が可能であることを実証した創薬モダリティであり,それぞれの知見が技術的発展のシナジーを生むものであるため,本書ではその開発動向についても紹介している.
技術的ブレイクスルー:化学修飾とDDSの進歩
核酸医薬が臨床応用へと至るまでの最大の障壁は,生体内安定性と標的組織への送達であった.この課題に対し,化学修飾技術は驚異的な進化を遂げている.リン原子修飾,架橋型核酸,糖部修飾,モルフォリノ核酸,非環状型核酸アナログなどの開発により,ヌクレアーゼ耐性および薬物動態特性は大きく改善された.このような流れのなかで,オリゴ核酸の製造技術および品質評価技術も着実に高度化している.
一方,DDSの進化もまた著しい.LNP技術の高度化に加え,新規ナノ構造体の開発,さらにはGalNAc(N-アセチルガラクトサミン)に代表されるリガンド結合型DDSの成功により,臓器特異的送達の精度は飛躍的に向上している.その結果,従来は肝臓に偏っていた適用領域は,脳・眼・腎臓・筋肉・心臓・肺・膵臓・脂肪・腫瘍組織など幅広い臓器へと拡張しつつある.多くの核酸医薬品は細胞膜透過性の低さという本質的制約があるが,DDSが開発されることで,臓器到達効率が増加するだけではなく,指向性が大きく向上する.このような精度の高い臓器送達を可能とすることによって,核酸医薬は「標的疾患を選ぶ技術」から「標的疾患を拡げる技術」へと大きな転換期を迎えている.
社会実装とレギュラトリーサイエンスの深化
本増刊号では,実装までのプロセスについて具体例を提示するとともに,国内における核酸医薬の規制整備についても詳述する.国内における核酸医薬の品質評価,安全性評価,薬物動態評価等に関する調査研究ならびに考慮事項の整理は2012年頃から始まった.2019年には日本製薬工業協会に核酸医薬動態評価タスクフォースが設置され,2019年には世界に先駆けて非臨床安全性評価に関するガイドラインが策定された.2024年には米国FDAからもドラフトガイダンスが発出されているが,基本的な評価の方向性は日本のガイドラインとおおむね共通している.
さらに,オフターゲット効果,免疫応答,神経毒性といった核酸特有の安全性課題に対しては,バイオインフォマティクスやAIを活用した解析が進展している.特にRNAデータベース整備やリスク遺伝子情報の集積など,オフターゲット評価を実装可能とするインフラ整備は,日本独自のユニークな取り組みとなっている.このようなレギュラトリーサイエンスの充実は,開発の予見性を高め,迅速かつ確実な社会実装を支える基盤となると考えられる.
産学連携のベンチャーが牽引するイノベーション
核酸医薬分野においては,アカデミアの基礎研究が産業化へ直結する傾向が顕著である.本増刊号では,各分野において先進的な取り組みを進めるベンチャー企業によるコラムを収載し,技術シーズの実用化に至る過程とその課題を多角的に紹介する.これにより,読者が,研究開発の最前線のみならず,社会実装に向けた現実的な視点を得ることができることを期待している.
個別化医療への展望:核酸医薬が拓く未来
核酸医薬の究極的な可能性の1つは,個々の患者に最適化された個別化医療の実現にある.核酸医薬は,塩基配列の相補性に基づいて標的分子を認識するという明確な原理に立脚しており,その作用機序と分子設計はいずれも配列情報に直接的に規定される.この特性は,化学合成を基盤とした迅速かつ可塑的な設計・製造を可能とし,従来の低分子薬や抗体医薬とは本質的に異なる創薬パラダイムを提示するものである.
とりわけ重要なのは,標的の「機能」ではなく「配列」そのものを識別しうる点にある.この原理的特長により,これまで創薬的介入が困難であった一塩基変異(SNPやSNV)に起因するがんや遺伝性疾患に対して,変異配列そのものを直接標的とする高い選択性を有する治療戦略が成立しうる.すなわち核酸医薬は,分子異常の最小単位に対応した精密な介入を可能とする点において,既存モダリティの到達しえなかった領域を切り拓くものである.
さらに,「N-of-1創薬」に代表されるように,単一患者の遺伝子異常に基づいて個別に設計される治療法は,核酸医薬の特性を最大限に活用可能なものであり,患者集団の希少性ゆえに従来の創薬体系では成立しえなかった領域に対して,新たな実装可能性を付与する.とりわけ,標的配列を直接指定しうる設計自由度と,化学合成による迅速な製造プロセスを併せもつ核酸医薬は,このような医療概念を現実のものとしうる,現時点で最も合理性の高い技術基盤であると位置づけられる.
その意義は希少疾患にとどまらない.今後,ゲノム情報や分子プロファイリング技術の進展に伴い,がんや生活習慣病といった一般疾患(common diseases)においても,個々人の遺伝的背景や分子異常に基づく層別化,さらには個別最適化へと向かう医療の潮流が一層加速すると考えられる.核酸医薬は,この潮流を実装段階へとつなげる中核的モダリティとして位置づけられる.
おわりに
核酸医薬の持続的発展は,有機化学,分子生物学,医学に加え,情報科学やナノ工学といった多様な学問領域の有機的統合の上に成立するものである.そのため本増刊号では,理論的基盤の深化と近年の顕著な技術的進展を踏まえ,核酸医薬の基礎原理から最先端の応用研究に至るまでを体系的かつ俯瞰的に整理し,その学術的意義ならびに将来的展開について論じた.これにより,専門分野の異なる研究者にとっても,知識を体系的に再構成しうる構造として提示することを意図している.
本書が,これから本分野に参入する研究者にとっては体系的理解への導入となり,またすでに第一線で活躍する研究者にとっては既存の枠組みを再考する契機となることで,新たな研究展開を誘発する一助となれば幸いである.核酸医薬のさらなる深化と展開が,これまで十分に対応しえなかった多くの未充足医療ニーズに応える革新的治療法の創出へと結実することを期待する.
最後に,ご多忙の折にもかかわらず本増刊号の趣旨にご賛同いただき,貴重な知見をご寄稿くださった執筆者各位に深甚なる謝意を表する.
文献
1) 国立医薬品食品衛生研究所 遺伝子医薬部ホームページ(https://www.nihs.go.jp/mtgt/section2.html)
〈著者プロフィール〉
程 久美子:東京科学大学核酸・ペプチド創薬治療研究(TIDE)センターのセンター長を務める.RNA干渉に関する基盤研究に長年携わり,その作用メカニズムから,薬効が高く,オフターゲット効果が低いsiRNAの設計技術を開発した.さらには,RNA干渉の分子メカニズムの詳細解析から一塩基変異を識別して作用可能なSNPD-siRNA設計法を考案した.それにより,より多くの疾患への核酸医薬の適応を実現可能とすることををめざして,バイオベンチャー「ANRis Therapeutics」を立ち上げた.
