第1回 生物界全体をグループに分ける~
古細菌が遺伝子的には真核生物に近いことがわかったことは,意外なことでしょう.遺伝子にイントロンをもっているところやタンパク質合成系についても真核生物との高い共通性がみられます.系統樹(図2A)でみると,共通の先祖からまず真正細菌の枝が分岐し,その後で,古細菌と真核生物とが分岐するわけです.最近分かれたものの方を関係が近いと考える,というわけです.
ただ,この描き方で誤解しやすいのは,真核生物の枝が分かれたところから真核生物の歴史がはじまるのはそれでよいのですが,古細菌の方は枝分かれしたところから古細菌の歴史がはじまるわけではないことです.最初に誕生した生物は古細菌に近いものと考えられており,その意味では,一番古いところから古細菌の幹が生えていて,そこから最初の枝として真正細菌の枝が分岐し,その後で,真核生物の枝が分岐すると理解するのが妥当なのではないかと私には思われます(図2B).
意外という意味では,動物や植物が,真核生物のなかでも極めて小さな範囲にしか広がっていないことは驚きです.図2Aのヒトとイネとコウジ菌はそれぞれ動物,植物,菌類の代表として示してあります.全塩基配列が明らかになった生物も多数にのぼるようになり,多くの生物についてより詳細な関係が示されるようになりました.ヒトとウシとを比べたらずいぶん違う生き物だというのが実感だろうと思いますが,ヒトとウシの違いどころか,ヒトとイネの間の違いに比べても,枯草菌(納豆菌の仲間)と大腸菌との違いの方がずっと大きいこともわかりました(図2A).感覚的な常識からは意外な感じがすると思います.
意外とも思えるこのような結果ですが,動物も植物も菌類も,多細胞生物としての歴史は,せいぜい10億年程度でしかしかなく,現在みられる多様な枝分かれは,もっと最近のことと考えれば納得がいきます.ヒトとマツタケでは,同じ生き物といってもずいぶん違う印象をもつと思いますが,生物界全体のなかではどちらもごく最近分かれたもので,遺伝子でみればそんなに大きく変化していない,ということなのです.
意外という意味ではもう1つ,真核生物の枝のなかをみたとき,原生生物の広がりが非常に大きいことがわかります.お互いの遠さをみると,原生生物と1つにまとめることは妥当ではなく,動物や植物,という程度の大きさの分類グループがいくつも含まれている,というべきであるようにみえます.
真核単細胞生物である原生生物は,21億年くらい前(27億年前の痕跡もあるといわれる)には誕生していました.それから今日までの間に,途中で多細胞の動物や植物を生み出し,藻類などはかなり初期から多細胞化したけれども,動物の多細胞化は6億年より大きく遡るわけではないようです.単細胞の方は20億年以上をかけて多様に展開したわけですから,その幅広さが多細胞の動植物に比べて大きいことは,何の不思議もありません.それが現在の原生生物の多様性です.
マーグリスは,真核生物(真核細胞)はさまざまな種類の原核細胞が共生することで形成されたという画期的な説を出しました.真核生物がもつ鞭毛やミトコンドリアや葉緑体は,それぞれ別種の原核生物に由来するという考えで,ミトコンドリアと葉緑体についてはその通りと認められています.以前は,真核生物のもとになったのは,原核生物のなかでも細胞壁をもたないマイコプラズマとしていましたが,今日では古細菌の仲間であろうと修正されています.また,真核生物の鞭毛の起源を,鞭毛をもつバクテリア(スピロヘータ)に求めましたが,真核細胞の鞭毛とバクテリアの鞭毛は構造的にも組成的も全く異なるもので,現在では否定されています.
この考えの画期的な点は,直接的には,真核生物の誕生の秘密に迫ったことですが,より一般的には,生物の進化あるいは多様性の誕生が,遺伝子の変異の蓄積によるだけでなく,共生という全く別のしくみによっても進行することを示した点です.
次回は,太古の地球で生命の原料となる有機物がどこでどのように生まれたのか,最新の知見をご紹介いただきます.ミラーが実験したように放電のエネルギーでできたわけではないようです.・・・続きは次回!!
井出利憲/著
定価 4,800円+税, 2010年8月発行