Smart Lab Life

〜あなたの研究生活をちょっとハッピーに〜

実験医学別冊『あなたのラボにAI(人工知能)×ロボットがやってくる』の概論より

それはユートピアか,ディストピアか? 第2回

著/夏目 徹

人は,自らに似せてロボットを作る?

図1

SFやハリウッドの映画では,「ヒューマノイド」とは人間と見分けがつかないロボットを指す.可憐なあるいは,勇敢なヒロイン・ヒーローが戦いに傷つき,するとびっくり仰天〜〜〜!! 人工皮膚の下の機械が露になってしまった〜〜〜という,御馴染みのシーンを想起する方は多いであろう.しかし,産業用ロボットの世界ではヒューマノイドとは,人の動作をコピーし,人がこれまで使ってきた道具を使い「作業」するロボットを指す.さすれば,ロボットの周辺に設置する装置とツールを変更すれば,一種類のロボットで多くの作業をすることができる.生産現場ではこれを「多能工ロボット」とよぶ.われわれは「汎用ヒト型ロボット(LabDroid:laboratory + humanoid)」とよぶことにした(図1B).

ライフサイエンスの実験を実行可能な,人と同等の腕のリーチをもち,十分な可搬重量と,動きの精度をもつヒューマノイドの原型が生まれたのは,私がプロジェクトをはじめて,実に10年近くが経過してからであった(村井の稿参照).

それまでの開発で,私の要求は,既存ロボットシステムにとっては無茶で偏執的であり,合理的判断を下すメーカーはすべて去っていった.まさに,「もう,止めよう,諦めよう」と思い,しかし自分には,何か踏ん切りを付ける儀式がどうしても必要であったため,これが最後と国際ロボット展示会(2009年)に足を運んだ.そこで私はそのロボットについに出会ってしまった.しかもである.その開発の責任者は旧知の間柄の方だった.10年前,「ヒューマノイドは造れないのですか?」と最初に相談をもちかけたその人であった.

「開発してるって,どうして教えてくれなかったんですか?,ぐっすん(少し涙目)」

「や〜〜,本当に出来るかね,全然わからんかったんよ,でもそろそろできるよ〜って,電話して教えたげようかな〜と思っちょったんよ(九州弁)」と,その返事に悪びれはない.

ひえー,当時の私の愚直な質問にインスパイアされ,本格的なヒューマノイドの開発を続けてきたということだったのだ.しかし,昔気質のエンジニアとしては,完成するまでは軽々しく「やっとる・できる」なんて言えんかったという顛末である.私の10年はいったい何だったのか……

しかし,ありとあらゆる辛酸を舐めた私の10年の経験が,雄弁に語りかけるではないか.「これはいける,絶対にいける」と.そして真剣に取り組み失敗したことが無駄になることなどはないことを,もう一度思い知らされた.

昔気質のエンジニアのその後の対応はふるっていた.このヒューマノイドでライフサイエンスを自動化することの重要性について,あっという間に社内を説得し,再び本社を訪問すると,開発の現場の精鋭たちがズラリと勢揃いして私を待っていた.

図2

事実,このロボットはその後,たった2年で,おおよそほとんどのライフサイエンスのベンチワークを実行可能であることを実証することができ,“Maholo”と名付けた※1.さらに,すぐに気がついた.Maholoの価値は,単なる自動化ではないということにである(図2).

われわれが苦労して構築したプロトコールをヒト型ロボットに遷すということは,われわれが暗黙知として何気なく行っている作業のすべてのパラメータを数値化することになる.ピペッターのプランジャーの押し引きのスピード,タイミングや,チップとディッシュの距離や撹拌の強度.「マイルドに・なるべく均等に,手早く」といった曖昧なプロトコールを数値化・可視化することに他ならない.その結果,数値パラメータの最適化が生まれる.そして,ロボットは人を超える.さらに,最適化されたプロトコールは,ロボット上で,何時でもどこでも再現・共有できるのである.その瞬間,LabDroidの大きな付加価値が生まれるのだ(片岡らの稿,松本・中山の稿,三賀森らの稿参照).人が2年間成功させることのできなかった,デリケートな細胞を使った化合物スクリーニングを,たった1カ月で成功させ,ゲノム解析中の最高難易度と言われるクロマチン沈降を,驚異的な感度と再現性で実行し,多数検体のqPCRのCV値を4%以下でこなしてみせるというパフォーマンスをさまざまな実験室で具現化した.

30年ぶりのイノベーション−在宅研究からラボレスへ

われわれが日常的に行っている,多くの作業は「コツ,カン」といった,技術と経験に支配される傾向が強く,これらの技術を可視化し共有・標準化しようという「体系的」な努力をわれわれは,ほぼ行なってこなかった.また,このような暗黙知※2が支配することを理由に,特定の技術を個人が囲い込み独占することを許す構造が生み出されている.さらに,その独占者を「パイオニア」,「功労者」と保護する傾向も強い.産業的な視点で,ノウハウで技術を守ると言えば,正当な行為であるとも言えるが,基礎研究の成果を一般化し,社会実装するための大きな足かせとなっている事実は,あまり意識されていない.このような技術と知識の共有が困難な状況は,人材育成の大きな障害となっている.「習うより,慣れろ」,「数をこなせ」的な精神論による指導を放置すれば,少子化に直面したわが国において,医学生物学に有望な人材を確保できない.

そして医学生物学の真のボトルネックがここにあり,この問題を解決しなければ,この分野はジリ貧になっていくだろうという事実に多くの関係者は気がついていないか,気が付かないふりをしている.

事実,ライフサイエンス・バイオインダストリーのリードタイムが長く,コストがかかる理由の真因はここにある.その最たる例が,新薬開発である.新薬上市には15〜30年以上かかることは珍しくなく,1品目の開発費は500億円を超えることも珍しくない.また最もコストがかかる臨床研究に移った化合物の上市率が1/10という統計もあり,これだけ多額な開発コストをかける商品化の成功率がこれほど低い産業は,決して他にはありえない.

図3

さらに,気がついたことは,ロボットをインターネットで繋いでしまえば,この問題は加速度的に解決するということだ.どこかで成功した実験をロボットに遷し,その最適化されたプロトコールをインターネット越しに他の研究室のロボットにダウンロードすれば,直ちにプロトコールを共有し,データを再現できる.また,ロボットはリアルタイムにジョブにかかわるすべてのログを電子化して吐き出すことができる.これをネット上で改竄不可能な形で管理すれば完璧なプロセス・バリデーションが電子化・自動化できるのだ.紙媒体の実験ノートで生じるほとんどの問題が克服される(図3).こんなことに筆者らが気づいたとき,遠くカナダの日本人研究者が同じことを考えていた.私が驚いたのは,その少壮の研究者がロボットの知識も自動化の経験も全くなかったことである.未来はこうあるべきだと想像を膨らませた結果が,われわれが開発しているロボットシステムそのものだった.カナダの研究者の驚嘆は,それがすでに想像ではなく,もはや実存していたことである.

これをシンクロニシティとよぶ.

シンクロのレベルは,エヴァンゲリオンをはるかに凌駕した.Robotic Crowd Biologyとわれわれがよぶ,最終ゴールまでが精緻にシンクロしている有様であった.

それは,ライフサイエンスのかかえる,再現性の危機,ピペット奴隷問題,捏造改竄といったすべての問題を解決するだけでなく,在宅研究からラボレス研究の未来(谷内江の稿参照)への道筋にまで及ぶ.これは,研究者の働きかた革命であるとともに,フラット(設備や研究資金による研究室格差がない)でオープン(経験や性別・年齢に関係なく研究に参加できる)なサイエンスを実現するインフラでもありえることまでが,遠く海を超えてシンクロしていた.

脚注

  1. 日本の古語でユートピアを表す「まほろば」からネーミングした.研究室をまほろばのような知性と創造性の理想郷にしたいという思いをこめた.
  2. 時間と経験を重ねるうちにいつの間にかできるようになる手技・熟練技術が他者に伝達できない知識であることを指す.技術獲得の要因や作業の成功理由を明文化,あるいは可視化できないことを意味する.

あなたのラボにAI(人工知能)×ロボットがやってくる
概論「それはユートピアか,ディストピアか?」 目次


本記事は以下の書籍からの抜粋です.

Image
あなたのラボにAI(人工知能)×ロボットがやってくる
編集:夏目 徹
出版社:羊土社
発売日:2017年12月05日

オススメコンテンツのご紹介