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記事収録書籍

レジデントノート2021年4月号 Vol.23 No.1

心電図のキホン 救急で使いこなそう!

研修医がよく遭遇する7つの主訴を前にして、どこに焦点を絞るのか、どう対応すべきかがわかる!

矢加部大輔/編

定価:2,200円(本体2,000円+税)

心電図

胸痛:非虚血性心疾患

急性大動脈解離,たこつぼ症候群,心膜炎

笠原 卓

① 胸痛と心電図変化を認める症例でも,急性冠症候群ではない場合がある
② 急性大動脈解離や肺血栓塞栓症も診断の遅れが重篤な結果になりうるため,急性冠症候群を疑うときは,常に鑑別にあげる必要がある
③ 急性冠症候群に似た心電図変化を認める疾患でも,心電図でいくつかの相違点を認めることがある
④ 患者背景・病歴と心電図変化を合わせることで,より診断に近づくことができる

はじめに

救急外来や病棟で出会う胸痛が主訴の患者には,虚血性心疾患以外にもさまざまな循環器疾患が含まれます.一見,急性冠症候群に類似する心電図変化を示しますが,いくつかのポイントを押さえることで,急性冠症候群との鑑別が可能な場合があります.急性大動脈解離や肺血栓塞栓症は診断の遅れが致命的となりうるため,胸痛とST変化を見てすぐに急性心筋梗塞と診断せず,患者背景・病歴・身体所見も踏まえて心電図を読み,検査を進めていく必要があります.本稿ではそのような急性冠症候群の類似疾患について,症例を交えて解説します.なお肺血栓塞栓症に関しては,他稿にて取り上げられているので,そちらを確認ください〔「呼吸困難:急性肺血栓塞栓症」参照〕.

急性大動脈解離

症例1

80歳代女性.主訴は失神,胸痛.歩行時に失神し,意識覚醒後に胸痛を認め,救急搬送された.既往は上行大動脈瘤,中等度大動脈弁閉鎖不全症,高血圧.血圧60/40 mmHg,脈拍数 70回/分,体温36.5℃,酸素飽和度98%(room air).心電図(図1)にて,前側胸部誘導およびaVR誘導でST上昇(図1),下壁誘導でのST低下(図1)を認めた.補液にて血圧100/70 mmHgまで上昇あり,心電図(図2)でST-T変化の改善を認めた.

図1 来院時初回心電図
図2 補液後の心電図

急性大動脈解離の特徴

この症例は,心エコーにて心膜液(図3),大動脈弁閉鎖不全を認め,造影CT(図4)にて急性Stanford A型大動脈解離の診断となりました.来院時に認めたST-T変化は補液にて消失しており,緊急手術を行い独歩退院となりました.

図3 心エコー
右室前面に心膜液を認めた.
図4 造影CT
左冠動脈入口部まで解離腔の進展を認める.

急性大動脈解離の典型的な症状は,突発的で過去に経験したことのないような疼痛,引き裂かれるような疼痛です.心タンポナーデ,脳虚血,迷走神経反射の結果,失神をきたすこともあります.救急外来では,Aortic Dissection Detection Risk Score(ADD‒RS:大動脈解離診断リスクスコア,表1)とD-Dimer値を合わせることで,効果的に急性大動脈解離を除外1)できます.心エコーで新規の心膜液や大動脈弁閉鎖不全を認めれば疑いが強くなり,大動脈内にFlapを認めれば確実となります.造影CTは信頼性が高く,緊急に対応して短時間に検査できること,全大動脈が評価できることから必要不可欠です. 急性Stanford A型大動脈解離は致死率が1時間あたり1〜2%ずつ上昇し,侵襲的治療を行わなければ48時間以内の致死率50%2)と予後は非常に悪く,診断の遅れが致命的になるため早期診断が重要となります.

表1 Aortic Dissection Detection Risk Score(ADD–RS)
各カテゴリーにおいて,1つ以上のリスクマーカーを有する場合は1点とし,0〜3点で分類.AAD–RSが0.1で,かつD-Dimer<500 ng/mLであれば陰性的中率99.7%.

心電図を読む:急性冠症候群との鑑別は可能か?

ここがポイント

① 冠動脈閉塞によるST上昇を認めることがある

② 正常心電図から,T波陰転化,ST低下,ST上昇とさまざまな変化を認める

急性Stanford A型大動脈解離は胸痛が主な症状であり,急性冠症候群との鑑別が重要となります.急性Stanford A型大動脈解離のうち解離腔の進展により冠動脈入口部に狭窄・閉塞をきたすのは,5.7〜14.9%2)とされていますが,一方で心電図が正常およびST–T変化を認めない症例は30%程度3)とされるため,冠動脈狭窄・閉塞がなくとも心電図の異常を認めること多いです.

ST–T変化が起こる理由は明確にはわかっていませんが,高血圧性の心筋虚血,心膜液貯留,心タンポナーデによる虚血,重症な大動脈閉鎖不全,ショックなどによる変化が考えられます.また,基礎疾患として高血圧が多く約25%は心電図にて左室肥大の所見を認め3),そのストレインパターンのST低下は新規の虚血性変化との区別が困難となります.そのため心電図のみで鑑別することは難しく,急性冠症候群を疑うときは,急性大動脈解離も疑いましょう.

治療

急性Stanford A型大動脈解離の治療は,内科治療の予後がきわめて不良なため原則緊急手術の適応となります.手術までの待機の間に次の鎮痛,降圧管理を行います.

【点滴例】

鎮痛薬:フェンタニル注射液0.1 mg/2 mLを0.5〜1 mLずつ静注

降圧薬:オノアクト®(ランジオロール)を3〜5 γから開始し,脈拍数60回/分未満を目標に漸増(適応外使用)

ペルジピン® (ニカルジピン)注射液[10 mg/10 mL]を原液で3〜9 mL/時(1〜3 γ/時)から開始し,収縮期血圧120 mmHg以下を目標に漸増

たこつぼ症候群

症例2

80歳代女性.主訴は発熱,胸部不快感.前日より37.5℃の発熱を認め,来院当日朝に38℃の発熱,寒気,胸部不快感を認め救急搬送された.既往は,高血圧.喫煙歴なし.血圧150/70 mmHg,脈拍数100回/分,体温38.0℃,酸素飽和度90%(room air).心電図(図5)にて前胸部誘導での広範なST上昇(図5)を認めた.

図5 来院時心電図

たこつぼ症候群の特徴

この症例は,胸部X線にて右下肺野に浸潤影を認めたため抗菌薬投与を開始し,緊急カテーテル検査を施行しました.冠動脈に狭窄は認めず,左室造影にてたこつぼ様壁運動異常を認め,肺炎に伴うたこつぼ症候群の診断となりました.

たこつぼ症候群は,1990年にわが国からはじめて報告された疾患概念で,精神的・身体的ストレスを誘引として発症することが多いですが,その病因はよくわかっていません.男性より女性に多く,中高年に多く認め,典型例は閉経後の女性という印象です.胸部圧迫感,呼吸困難感,失神などを認め,心電図変化も伴うことより急性冠症候群との鑑別に苦慮します.実際,急性冠症候群が疑われたトロポニン陽性の約1〜2%にたこつぼ症候群を認めた4)という報告もあります.診断はMayo Clinic diagnostic criteria5)が頻用され,4つをすべて満たすものをたこつぼ症候群としています(表2).また,たこつぼ症候群の心電図は経時的な変化も特徴的で,発症1〜2日後の亜急性期には,巨大陰性T波を認めることが多いです(図6,7).

表2 Mayo clinic diagnostic criteria
4つをすべて満たすものをたこつぼ症候群とする.
図6 発症翌日:T波の陰転化
図7 発症3日後:巨大陰性T波

心電図を読む: 急性心筋梗塞との鑑別は?

ここがポイント

① 急性期には,広範な誘導でST上昇を示す

② 経過時的にT波陰性化し,巨大陰性T波を認めることもある

発症早期のたこつぼ症候群は,広範な誘導でST上昇を認めるため急性心筋梗塞と鑑別が困難です.鑑別のポイントは,ST上昇する部位です.たこつぼ症候群は心尖部を中心に壁運動の低下を認めるため,図8のように肢誘導のCabrera配列(肢誘導を対応する心臓の解剖学的位置に従って並びかえたもの)では,−aVR,Ⅱといった心尖部近くの誘導(-aVR:aVRを上下反転させたもの)でのST上昇の割合が高くなります.一方,急性前壁心筋梗塞では前側壁の梗塞を反映して近傍の誘導(Ⅰ,aVL)でST上昇の割合が高くなります.またV1誘導は心基部を反映して,たこつぼ症候群ではST上昇する頻度は少なくなります.これらの所見を組み合わせてV1にてST上昇がなく,−aVRにてST上昇を認める場合(つまりaVRでSTが低下する場合)は,感度 91%,特異度96%6)との報告もあり,鑑別の助けになります.そのほか,たこつぼ症候群は前壁心筋梗塞と比べ,ST-T鏡面変化を認めず(94% vs 51%),より延長したQTc(567±81 ms vs 489±61 ms)を認め,異常Q波を認めないことが多いです(42% vs 26%)6)

図8 肢誘導と心臓の位置関係およびST上昇の頻度
肢誘導のCabrera 配列にて,たこつぼ症候群と急性前壁心筋梗塞のST 上昇の部位・頻度を比べると,たこつぼ症候群では心尖部中心で,急性前壁心筋梗塞では側壁中心と違いがあることがわかる.

治療

原因となった精神的・身体的ストレスの改善,合併する心不全,ショック,左室内血栓への対症療法となります.心不全治療はほかの急性心不全の治療と同様に,酸素投与,利尿薬,血管拡張薬,必要であれば循環補助デバイスで対応します.ショックには心収縮能の低下によるものと,心基部が過収縮するために流出路狭窄をきたす結果ショックに至る症例があり,その評価により対応が変わります.そのため,心エコーや心臓カテーテル検査にて流出路狭窄の有無を評価することが治療方針のために大事になります.左室内血栓は全身塞栓症のリスクとなるため,左室内血栓を認めた症例や左室収縮が重度に低下した症例に対しては予防的な抗凝固療法を考慮します.

【点滴例】

利尿薬  :ラシックス®(フロセミド注射液)
      20 mg/ 2mLを2 mL静注

血管拡張薬:ニトログリセリン点滴静注
      50 mg/100 mLを原液で1〜3 mL/時から開始

抗凝固薬:ヘパリンNa(ヘパリンナトリウム注射液)
     10,000単位/10 mL+生理食塩水40 mLを3〜4 mL/時から開始し,
     aPTTを1.5〜2.5倍でコントロール

急性心膜炎

症例3

20歳代男性.主訴は胸痛.数日前より感冒症状を認めていた.胸痛を認めたため救急外来を受診した.既往は,特記事項なし.喫煙歴は20本/日,8年間.血圧128/64 mmHg,脈拍数82回/分,体温37.2℃,酸素飽和度98%(room air).心電図(図9)にて広範なST上昇(図9)を認めた.

図9 来院時心電図

この症例は,心電図変化および心エコーにて壁運動異常は認めず心膜液貯留を認め,血液検査にてトロポニンの上昇も認めず,急性心膜炎の診断となりました.心膜炎は,ウイルスや細菌などの感染性,特発性,膠原病,悪性新生物,腎機能障害,甲状腺機能低下,外傷などの非感染性の原因により起こります.身体所見は心膜摩擦音が特徴的で,心膜がすれる,あるいは軋む音で胸骨左縁にて最も強くなり,患者が坐位の前傾姿勢をとり強い呼気状態を保った場合に最も明瞭となります.European Society of Cardiology guidelineでは急性心膜炎の診断に表3の症状,所見のうち少なくとも2つを満たすこととしており,副次的な所見として血液検査での炎症反応(CRP,ESR)の上昇や,画像(CT,MRI)での心膜炎症所見があります.

表3 European Society of Cardiology guideline
少なくとも2つを満たすものを急性心膜炎とする.

心電図を読む:心膜炎? 心筋梗塞? 早期再分極?

ここがポイント

① 広範な誘導で下に凸のST上昇を認め,鏡面像は認めない

② PRの低下(aVRではPR上昇)を認める

胸痛とST上昇を認めるため,急性心筋梗塞との鑑別が問題になります.急性心筋梗塞と違い下に凸のST上昇を認め,鏡面像は認めません図10A).また,ST上昇は5 mm未満のことが多いです.PR低下は0.8 mm以上でより心膜炎に特異的(図9 )で,逆にaVRの0.5 mm以上のPR上昇(図9 )も心膜炎を強く疑う所見となります.T波のおわりからP波のはじまりまでのTP segmentの下降は,急性心膜炎の80%で認められSpodick’s sign 7)(図9 図10B)と呼ばれます.また,広範な下に凸のST上昇は早期再分極とも類似するため,前述の①,②を満たしたとしても急性心膜炎の診断には至りません.症状や身体所見もその鑑別に重要ですが,心電図に関してはV6誘導に注目し,急性心膜炎ではST/T ratio(T波の高さと比べたSTの高さ,図10C)が25%以上高くなることも知られており,鑑別の一助となります.

図10 急性心膜炎に特徴的な心電図所見

治療

心タンポナーデの所見があれば,心嚢穿刺が必要となります.頻脈や奇脈,心エコーにて拡張期の右房・右室の虚脱などを確認します.心膜炎の治療は原因となる疾患に対する治療を行います.頻度の多い特発性,ウイルス性に対しては一般的には抗炎症薬で加療します.

【内服例】

アスピリン 750〜1,000 mg,8時間ごと

コルヒチン(70 kg以上なら0.5 mg,1日2回.70 kg未満なら0.5 mg 1日1回)8)

おわりに

胸痛+心電図変化=急性冠症候群として思考停止してしまうと,治療の遅れや不必要な検査・治療を行ってしまうこともあります.救急外来や病棟で出会う胸痛+心電図変化をきたす症例のなかには,本稿でとり上げたような非虚血性の疾患も含まれており,患者背景や病歴,特徴的な心電図所見も含めて診察を進めることでより早期診断,治療介入にたどり着くことができます.

文献

1) Nazerian P, et al:Diagnostic Accuracy of the Aortic Dissection Detection Risk Score Plus D-Dimer for Acute Aortic Syndromes:The ADvISED Prospective Multicenter Study. Circulation, 137:250-258, 2018 (PMID:29030346)

2) Kosuge M, et al:Clinical Implications of Electrocardiograms for Patients With Type A Acute Aortic Dissection. Circ J, 81:1254-1260, 2017 (PMID:28529261)

3) 日本循環器学会,他:大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン.2020
https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2020/07/JCS2020_Ogino.pdf

4) Kurowski V, et al:Apical and midventricular transient left ventricular dysfunction syndrome (tako-tsubo cardiomyopathy):frequency, mechanisms, and prognosis. Chest, 132:809-816, 2007 (PMID:17573507)

5) Prasad A, et al:Apical ballooning syndrome (Tako-Tsubo or stress cardiomyopathy):a mimic of acute myocardial infarction. Am Heart J, 155:408-417, 2008 (PMID:18294473)

6) Kosuge M, et al:Simple and accurate electrocardiographic criteria to differentiate takotsubo cardiomyopathy from anterior acute myocardial infarction. J Am Coll Cardiol, 55:2514-2516, 2010 (PMID:20510222)

7) Chaubey VK & Chhabra L:Spodick’s sign:a helpful electrocardiographic clue to the diagnosis of acute pericarditis. Perm J, 18:e122, 2014 (PMID:24626086)

8) Chiabrando JG, et al:Management of Acute and Recurrent Pericarditis:JACC State-of-the-Art Review. J Am Coll Cardiol, 75:76-92, 2020 (PMID:31918837)

笠原 卓(Taku Kasahara)
手稲渓仁会病院にて初期研修.りんくう総合医療センターにて後期研修終了後,自治医科大学附属さいたま医療センターに入局.現在,練馬光ヶ丘病院にて虚血性心疾患を中心に一般循環器内科として勤務中.

※本サービスに記載の診断法・治療法,ならびに著者プロフィール・所属機関等の情報は,レジデントノート2021年4月号の発行時点のものとなります.引用している診療ガイドライン等の改訂については,ガイドライン発行元学会等の最新情報を確認していただく必要があります.