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第3回 先生,あの学生とは一緒に研究できません…①

この連載では,コミュニケーションスキルとしてよく利用される「コーチング」をサイエンスの現場に取り入れた事例を紹介することで,ラボでのよりよいコミュニケーションについて皆さんと考えていきます.第1回と第2回では,装置を壊してしまったという,ラボでよく起こる「失敗」の事例をご紹介しました.B先生は,S君の失敗の原因を共に考えるという視点を変えたコミュニケーションを行うことで,ラボの雰囲気を建設的なものにすることに成功しました.

さて,ラボにはいろんな人がいますが,ラボのメンバー間でコミュニケーションに困ることはありませんか?出身学部が違ったり,性別が違ったり,あるいは単に性格の不一致ということもあるかもしれません.理由はともあれ,連載第3回では,研究室の2人の院生を取り上げ,苦手な相手への対応について皆さんと考えていきたいと思います.

学生のS君は前回紹介した事故の後,元気に研究室に通っていたが,最近になりどうも同じ研究室のMさんとうまくコミュニケーションが取れずにいる様子.S君は,特に最近は会話どころか,生活のリズムを変えることでMさんと直接顔をあわせること避けるようになってしまった.

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学生S先生,少しご相談があるのですが,実は同じ研究テーマをやっているMさんとうまくいきません.できたら別のテーマを頂けませんでしょうか?」

A先生 君は大学院生にもなって何を子供じみたことを言っているんだ.人とうまくやっていくことぐらいなんでもないだろう.どうやればいいのか自分で考えなさい…」

学生S「…,わかりました.」(下を向いて,力なく返事をする)

S君は日に日にMさんと顔を合わせるのが億劫となり,生活のリズムを変えることで顔を合わせなくて済むようにしようとして,Mさんとコミュニケーションをとらなくなった.

A先生は学生を叱咤激励したつもりですが,実はS君の話は聞いておらず,残念ながらS君の課題の理解に至っていません.結局S君はMさんを避けるという選択を取ることで対応しています.一方,B先生は,視点を変える質問によりS君が自分で課題を見出し解決できるようなアプローチを行いました.それではB先生の対応を見てみましょう.

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(B先生は,S君に他の学生とうまく行かない話を聞いて,次のように対応する)

B先生「そうか.君は,Mさんとうまくいっていないと思っているのだね? 具体的に言うとどういうことなのかな?」

学生S「はい,Mさんはとにかく細かくチェックするので,それがうるさくて我慢ならないのです.実験の段取りを話し合っている時も,簡単な実験や定型的な作業でもいちいち細かくチェックするので,あれではいくら時間があっても足りません.Mさんは完璧主義なのか,どうしてあんなに細かいのか全く理解できません.」

B先生「そうか,君は,Mさんの細かくチェックするところが理解できないのだね.話してくれてありがとう.ところで君自身はどうなんだい? 君自身は,どのようにMさんとコミュニケーションしたいと思っている?

学生S「自分ですか? そうですね,ツーと言えばカーと応えるような感じでしょうか.また自分はいろいろとアイディアを思い付きますので,それに即座に『いいね!』といったレスポンスがあるとやる気が出てきます.」

B先生「そうなんだね,じゃMさんと君はどうもそれぞれ好みのコミュニケーションのスタイルが随分違うようだね.」

学生S(しばらく考えた後で)「確かにMさんと自分は,全く違うかもしれません.これまで人のコミュニケーションスタイルに関して考えたことがありませんでした.考えてみたら,自分は自分の接したいように人に接してきたと思います.これはちょっとした発見かもしれません.」

S君は,研究者(人)にはそれぞれ好みのコミュニケーションスタイルがあるという視点に気づいたことで,自分の人への接し方にも課題があったのではないかと考えるようになり,Mさんとのコミュニケーションをもう一度見直すことにしました.

リサーチコーチの視点

今回のA先生のケースでは,人とのコミュニケーションぐらい自分で考えなさいと促していますが,勉強と研究が生活の中心となっている大学院生は,コミュニケーションの方法を学べる機会は実はあまり多くありません.実際に経団連のアンケート調査〔経団連「企業における博士課程修了者の状況に関するアンケート調査結果・要旨」(2007)〕でも,大学院生の一番の課題はコミュニケーション力であるとした結果が出ています.人との円滑なコミュニケーションは,簡単なようでなかなか難しいものです.では何か良い方法はあるのでしょうか? 早速,B先生の学生への対応を1つひとつ見てみましょう.

対応❶ 傾聴

A先生君は大学院生にもなって何を子供じみたことを言っているんだ.

B先生Mさんの細かくチェックするところが理解できないのだね.話してくれてありがとう.

 A先生は,いきなり叱ることで会話を始めており,これではS君も拒絶されたようで落ち着いて話ができなくなります.一方,B先生は,まずS君の話を正確に聞いてあげることから始めており,また相談に来てくれたことにも感謝しています.B先生は,S君が安心して話せるように配慮しています.

対応❷ 質問:視点を変える質問

B先生君自身は,どのようにMさんとコミュニケーションをしたいと思っている?

 B先生はS君からMさんの話を聞いた後で,S君自身はどのように人に接して欲しいのか,MさんからS君自身に視点を変える質問を出しています.S君は,自分自身はどうなのか先生に質問されることで,自分がMさんとは随分異なるコミュニケーションスタイルが好みであることを見出しました.また自分が人に接する際には,自分が接したいように接してきたことにも気がつきました.私たちは何かに囚われている時(今回の例では,Mさんが苦手など),その場を離れて別の角度から見ることができると,新たな展開が広がることがあります.今回の例では,B先生が視点を変える質問をしたことで,S君自身が新たな発見ができました.

今回の事例のように私たちは人とのやり取りの中で,なんとなく「ウマが合う」あるいは「やりにくいな」などと感じています.それは,私たちが自分が接したいように相手に接しているから,ではないでしょうか.実は人それぞれ好みのコミュニケーションスタイルがあり,心理学やコーチングでよく研究されています.みなさん自身は人からどのように接して欲しいと思われているか考えてみてはいかがでしょうか?

次回は,その後S君がコミュニケーションスタイルの違いを認識することで,Mさんとのコミュニケーションが改善できたのかどうか見ていきたいと思います.

キーポイント

今回のキーポイント

  • 人それぞれ好みのコミュニケーションスタイルがある
  • コミュニケーションスタイルの違いを認識することは,効果的なコミュニケーションへの第一歩

ラボで実践! コミュニケーション術 目次

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