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第6回 勉強会,なんだかうまくいかないのです.

この連載では,コミュニケーションスキルとしてよく利用される「コーチング」をサイエンスの現場に取り入れた事例を紹介することで,ラボでのよりよいコミュニケーションについて皆さんと考えていきます.前回は,なかなか学生からの信頼を得られない新任教員の学生への対応を取り上げましたが,今回も引き続き新任教員の話題です.新学期のこの季節,新しいラボメンバーからいろいろなことを聞かれますよね.少々煩わしくも感じてしまう「初歩的な質問」を受けた時の対応について,勉強会での事例をもとに考えてみたいと思います

新任教員のK助教は,研究室の教授から論文の勉強会の世話人をするように言われました.K助教はトップバッターとして勉強会で論文を紹介したところ,学生のS君が知識の不十分さから初歩的な質問をしました.K助教は,その場で勉強が足りないことを諭したところ,S君は質問しなくなり,勉強会も活気がなくなってしまいました.

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K助教「今日から論文の勉強会の世話人を仰せつかりました.皆さんよろしくお願いします.わからないことは何でもどんどん質問してください.今日は最初なので私の方から論文を紹介します.」

(論文の説明を行う)

学生S「今の論文の中で,前提になっていた条件がよくわからなかったのですが…」

K助教「新人じゃないんだから…(しようがないな,初歩的な質問をするんじゃない),ここでは重要な議論をしたいので,他に質問はありませんか?…」

学生S「(え?)すみません.」(なんでも聞いて欲しいと言ってくれたので,思い切って勇気を出して質問したのに.)

S君はこの勉強会以降,自分からは質問をしなくなりました.数日後,K助教はいつも相談に乗ってもらっているB先生と雑談する中で,改めて学生への対応に関して考え直すことにしました.

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K助教「B先生,少しお話ししたいのですが,先日学生にダメ出ししましたらその後は黙ってしまい,なんだか最近は元気がないようなんです.」

B先生「そうなんだね.もう少し詳しく話してくれる?」(現状の確認)

K助教「実は先日,A教授から論文の勉強会の世話人を仰せつかって張り切って実施したのですが,学生があまりに初歩的な質問をしましたので,新人じゃないから知っているべきだ,とスルーしてしまったのです.そうしたらそれ以降その学生は黙り込んでしまって….そのためか勉強会も何だか活気がなくて…」

B先生「そうだったんだね.ところで君が考えている論文の勉強会というのは,どのようなものかな?」(理想の確認)

K助教「学生もスタッフも自由闊達に質問や意見が言えるような場が良いと思っています.特に最近は異分野との連携にも取り組んでいく必要がありますから,異分野からの新たな発想も得られるような勉強会がいいなと思います.」

B先生「素晴らしいね.じゃその異分野の人も一緒になって学生やスタッフが自由闊達に意見を出せる勉強会というのは,どのようにすればできるのかな?」(現状理想のギャップへの対応を質問)

K助教「そうですね,異分野の人も混じるとなると,まずは分かりやすく説明した上で,相手の意見や質問をしっかりと聞いてあげることが大切だと思います.また意見や質問を出しやすい環境作りも大事だと思います.」(B先生の質問に答えながら,自分のこれまでの学生への対応にハッとさせられる)

B先生「そうなんだね.その勉強会,なんだかクリエイティブで面白そうだね.」(承認フィードバック

K助教は,B先生との雑談の後で研究室に戻り,B先生との会話を思い出しながら先日の勉強会での自分の対応を振り返ってみた.学生のS君を始め自分が所属している研究室は,異分野の人材が多く集まっていることに改めて気付き,学生への対応に無理がなかったか考え直してみた.その後,K助教は,実験の準備をしている際にS君に次のように話しかけた.

K助教「先日の勉強会で君が質問したことについてなんだけど,実はあの勉強会はいろんな分野の人から様々な意見が出るような勉強会にしたいと思っているんだ.だけど,せっかく君が質問してくれたのに私が否定的な態度をしてしまって,質問しにくい雰囲気にしてしまったね.前回のことは気にしないで,これからもどんどん質問してほしい.ただその際には,基本的な質問は事前に自分で調べておいてほしい.」

K助教との話の後で,S君も納得したようで打ち解けて話をすることができました.その後の勉強会で,質問が出た際,K助教は以下のように対応しました.

K助教質問してくれてありがとう(ちょっと分かり難い質問だな,言い換えて分かり易くするか?).今の質問は,言い換えると◯◯と捉えても良いでしょうか?

K助教は,少々分かりにくかった質問を分かりやすく言い換えました.その結果,前回の勉強会とは異なり,様々な質問や意見が出やすいような勉強会になったようです.

リサーチコーチの視点

今回の「よくあるコミュニケーション」の事例で,K助教は「新人じゃないんだから….ここでは重要な議論をしたいので,他に質問はありませんか?…」と,学生のS君の初歩的な質問が重要ではないとして排除しています.これではS君以外の人も萎縮してしまい,今回目標とした自由闊達に質問や意見が出る勉強会からは程遠いものとなってしまいます.

ではB先生との対話を含めその後の対応を見てみましょう.

対応❶ 現状と理想のギャップを認識し対応策を検討する

B先生自由闊達に意見を出せる勉強会というのは,どのようにすればできるのかな?

 B先生は,コーチングの基本的な流れに沿って,K助教に1)現状を質問し,2)理想と考える勉強会を質問し,そして3)現状理想のギャップを埋める質問をしたのちに,4)承認と肯定的なフィードバックを行っています.K助教はB先生から一連の質問を受けたことで,現状と理想を整理した上で,改めて勉強会の運営に関して具体的に考えることができました.

対応❷ 質問しやすい雰囲気を作る

K助教「質問してくれてありがとう.」

 K助教は,自分が考える勉強会のイメージを描き,その姿に近づけるようにまずは謝辞で始めることにしました.これにより周囲に質問を積極的に受け入れる姿勢を示しています(謝辞から始めるのは何も特別なことではなく,通常海外でも,Thank youから始めます)

K助教今の質問は,言い換えると◯◯と捉えても良いでしょうか?

 今回は,分かり難い質問が出たようですが,その質問をしっかりと捉えることで質問者へ配慮すると同時に,分かりやすく言い換えることで専門外の参加者も議論に参加できるように配慮しました.

勉強会は質問の練習の場でもある

今回の事例では,質問に対する司会者の対応により勉強会の雰囲気が全く異なった例をご紹介しました.もちろん勉強会や会議にはそれぞれ目的があるので,必ずしも今回のような質問や意見が必要であるとは限りません(例えば情報伝達・共有を目的としたもの).しかし,研究に関する勉強会のように,様々な視点から検討したいのであれば,どのようにすれば参加者が創造的に議論に参加できるのか,司会者として配慮してあげるのは大切なことだと思います.今回の事例のような勉強会は,実は発表に加えて質疑応答の練習の場・失敗の場としても理想的であり,質疑対応能力を育む上でも積極的に利用したいものです.皆さんも勉強会を専門的な知識の吸収の場に止めず,発表や質疑応答の練習の場としても捉えてみてはどうでしょうか?

次回は,コミュニケーションの際に,意外と本人が気づきにくい「威圧的と言われるケース」を取り上げ,その対応について考えてみます.

キーポイント

今回のキーポイント

  • 勉強会や会議では多様な意見が出るように配慮しよう
  • 勉強会は,専門知識の吸収の場であると同時に,発表練習や質疑応答の練習の場としても活用してみよう

ラボで実践! コミュニケーション術 目次

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