2016年ノーベル生理学・医学賞 受賞記念コンテンツ

実験医学500号(2012年8月号)特集「世界を動かした生命医科学のマイルストーン」より
小さな細胞から見えてきたオートファジーの世界

[著]大隅良典

大隅良典先生が2016年ノーベル生理学・医学賞を受賞なさいました.その偉業を祝し,実験医学500号の記念号にご執筆頂きました記事を特別に公開いたします.(編集部)

大隅良典プロフィール

液胞研究に35年,オートファジー研究に25年.私がここまで長く研究に専念することができたのには,いろいろと幸運に恵まれてきたと思う.今のような競争の厳しい時代に学生生活を迎えていたら,私のような性格の人間は研究の場にいることすらできなかったかもしれない.私が過ごしてきた時代は,いわば基礎研究の“古き良き”時代だった.基礎研究の意味が問われる今,その時代を振り返ることで,未来の日本のサイエンスに必要なものが見えてくることもあるだろう.本稿が若い研究者の皆さんが将来を考えるうえで少しでも参考になればと願っている.

はじめに

今回の企画へのお誘いに,教訓を述べるような立場でもないので,お引き受けするか悩んだ末,40年に亘る研究生活を振り返りながら,この頃思っていることを述べることにした. 振り返ってみると,われわれの世代は皆,戦後の経済的には貧しい時代を経験し,その後の急成長を経験した.学生時代は単純に科学の進歩が人類を豊かにすると信じることができた.都会であっても,まだ周りには豊かな自然がごく身近にあり,世界でも類を見ない日本の多様な植物や動物に接することができた.最近の学生諸君が身近な植物や昆虫の名前を知らないのに驚いてしまう.自然が生活から少しずつ遊離して,今や自然は日常ではなく,非日常のものになっているのかもしれない.一方で研究に関する情報量は,現在と格段の違いがあった.雑誌の数も限られていたし,それも船便で発行から2,3カ月後にようやく目にすることができた.インパクトファクターという化け物もまだ登場していなかった.今のようにインターネットで世界中の情報を検索することもできなかったが,逆にそれだけ自由に,自分の目で確かめ,発想することができたように思う.

1.研究人生を共にするテーマとの出会い

私は酵母の液胞の研究にかかわってすでに35年,オートファジーにかかわってから25年目に入っている.3年近いオーバードクターを経て,留学した米国のロックフェラー大学Edelman研ではマウスのin vitro受精系の確立をテーマとして与えられたが,大腸菌しか知らない当時の私には,先が見えない苦しいときが続いた.2年目の半ばから酵母の核を用いたDNA複製の開始機構を探るというテーマに取り組み,酵母を大量培養し,核の単離をはじめた.核を密度勾配遠心で分画したときに,チューブの最上層に美しい真白い層を認め,これを光学顕微鏡で覗いてみて,純度の高い液胞が単離されることに気づいた.これが液胞との出会いである.

ほとんど成果をあげることもできず,今後の生き方を悩んでいたとき,幸運にも東京大学理学部の安楽泰宏教授の研究室に参加する機会を得て,日本に帰国した.研究室のテーマである膜輸送との関連を考えて酵母の液胞膜の生理生化学,液胞の輸送系の解析を開始した.当時液胞は,単なる細胞内の不活性なオルガネラであると思われ,酵母でも目立った表現型もなく解析がほとんど進んではいなかった.私は,常々人がやらないことを,そしてあまり華々しい分野ではないところでじっくりと研究したいと思っていたので,躊躇いはなかった.そして液胞の単離,膜小胞作製の方法を確立し,アミノ酸,イオンなどの液胞膜を介した能動輸送系の同定,その後の液胞膜にプロトン駆動力を与えるV-type ATPaseの発見などそれなりの成果を上げることができた.そして1998年に東京大学教養学部に独立した研究室をもつことができた(写真1).1部屋の半分,1人だけでの研究室の出発であったが,このときこそ自由に研究テーマを選べる貴重な機会だと思った.そして,研究の柱を前から温めていた酵母液胞の分解コンパートメントとしての機能の解析にしようと決めた.

筆者が酵母のオートファジー研究をはじめた東京大学 教養学部の実験室

2.マイルストーンとなる発見の瞬間と研究の展開

私は大学院時代に大腸菌のin vitroタンパク質合成機構をテーマに研究をスタートしたので,常にタンパク質合成に関心をもち続けてきた.その後の分子生物学,細胞生物学の研究の流れは遺伝子からいかにタンパク質が発現し,正確に細胞内の特定の場に輸送されて機能を発揮するかということが大きな課題であった.一方きわめて単純な計算から,生体を構成するタンパク質は合成と分解の平衡のうえに成り立っていることが容易に理解される.それにもかかわらず分解の機構は受動的な過程だと思われ,長い間それほど多くの人々の興味を引かず,解析が進んでいなかった.留学時ロックフェラー大学で同じ建物にいたC. de Duveにより,リソソームの発見,さらにリソソーム内での自己の細胞質成分の分解機構としてのオートファジーが提唱されるなど,今から約50年前に大きな発見がなされていた.しかしその後,オートファジーにかかわる遺伝子や因子についてはほとんど研究の進展がみられなかった.リソソームがきわめて動的で本質的にヘテロな存在であることから,生化学的解析が困難であることと,電子顕微鏡が唯一で必須の検出手段であったことが大きな要因であったと思われる.タンパク質分解の分野が注目されはじめたのはむしろ,もう1つの分解経路であるユビキチン/プロテアソーム系の発見と,その後の大きな展開によるところが大きい.

酵母の液胞での分解を考えるうえで,窒素源の飢餓によって誘導される胞子形成に着目した.この過程では細胞の内で,生体物質の大規模な分解と再構築がなされるはずである.この現象は,何がどのような機構で液胞内の分解酵素群にアクセスするかという問題に帰結できるに違いない.液胞内のプロテアーゼの欠損株を用いれば,液胞内に送られた分解基質やそれを担う構造が光学顕微鏡下に観察できるのではないかと考えた.変異株を窒素源飢餓培地に移して顕微鏡下に液胞内の劇的な形態変化を見出した.後にオートファジックボディと名付けた膜構造が液胞の中を激しくブラウン運動で動き回るさまは,思わず息を飲む瞬間であった(写真2,図)1).この観察こそがその後のすべての研究の出発点となった.当時はまだ蛍光顕微鏡技術が発達していない時代で酵母細胞の中を光学顕微鏡で覗いてみる人はそれほど多くはなかったが,液胞は細胞をなんら処理することなしに簡単に見ることができるオルガネラであり,常に顕微鏡観察を続けていたことが幸いした.付け加えれば,顕微鏡と培養器くらいしかない実験室だからこそ,オートファジックボディを発見できたのかもしれない.

  • 写真2と図は,WEB公開に際し,掲載を割愛しています

酵母のオートファジーの進行が光学顕微鏡下に追跡できることを利用して,オートファジー不能変異株を取ることをはじめた.はじめての院生である塚田美樹さんの最初のみごとなスクリーニングで,重要な変異株の大半が得られたことがその後の研究を進めるうえで大きなメリットとなった2).その後はそれらの変異株を用いて多くの院生,ポスドク,また帝京科学大学の学生たちによって,ATG遺伝子のクローニングが進められ,機能解析の時代へと研究が進展した.その後,基礎生物学研究所に研究の場を移すことができたことが,研究の展開には大きな意味をもっていた.酵母の全ゲノムが解明されたことにも助けられATG遺伝子のクローニングが加速しほぼ終わりかけたころ,一気にそれらの機能が明らかになった.Atg12ユビキチン様結合系3),次いで Atg8のユビキチン化様の脂質結合反応系4),PI3キナーゼ複合体,Atg1キナーゼとその制御因子などの発見,Torキナーゼの関与などである.もう1つの重要な点はわれわれの研究室で吉森 保(現大阪大学,医教授)氏を助教授に迎え,2年目に水島 昇(現東京医科歯科大学,医教授)氏が加わってわれわれの手で動物細胞におけるATGの解析がスタートした点である.高等植物におけるオートファジーも有能な院生,ポスドクの努力で,世界に先駆けて研究を開始できた.その後ATG遺伝子の同定が引き金になりオートファジーの研究は爆発的な勢いで進んで,今や流行ともいうべき状況にある.オートファジーの生理機能に関して毎日のように一流誌に論文が掲載されている.ノックアウトやノックダウンした個体の解析からオートファジーが高次生理機能や,神経変性疾患,がんなどにかかわることが示されている.一方で実験として十分でなかったりする論文も多々見受けられるが,いずれ時を経て歴史的な評価が下されるものと思われる.爆発的なオートファジーの研究のその後の展開は他の総説などに委ねることにする.そのなかにあってわれわれは酵母の系でAtgタンパク質群の機能を可視化,再構成系,構造解析などを駆使して明らかにすることを目指して研究を続けている5)6)

3.基礎研究に大切なこと

述べておきたいことは,私がこの研究をはじめるときに,オートファジーと高次生理機能,がん,免疫,神経変性疾患などの病態との関連を意識していたわけではないことである.もちろん科学の発展は研ぎ澄まされた論理性から生まれることもあるが,小さな観察を契機に,複雑で多様な生命現象のなかに大事な事実を見出すことがあることを知ってほしいと思う.したがって若い世代の研究者が,他人の論文の中ではなく多様な生物の多彩な生命現象を,自ら観て実感する機会をできるだけたくさんもつことが大切であろう.

オートファジーは細胞の基本的な機能であり,タンパク質やオルガネラの代謝回転は生物がもっている最も本質的な機能の1つと考えてよいと思われる.したがって今後もATG遺伝子破壊によってさまざまな表現型や病態との関連が報告されるに違いない.問題はそれらとオートファジーの因果関係を正確に見きわめることである.今後は大きく俯瞰するような視点をもって研究を展開することと,徹底した分子機構の解明を目指した研究が必要であろう.

オートファジーの機構には役者が多く,また総合的な解析を必要とすることもあって,関心をもたれているわりに,日本の中でそれほどの研究の広がりをみせてはいない.オートファジーの分子レベルの解析では,酵母,哺乳類で日本の研究者が圧倒的な貢献をし,世界をリードしている.モデル生物,医療に近い分野でもっと参入者が増えて,研究者コミュニティーとして研究に拡がりが増すことを期待している.

4.日本独自のサイエンスの文化を構築することの大切さ

現在の日本のライフサイエンスはたいへん大きな問題を抱えていると思っている.1つには,若い世代の大学院進学率の低下が深刻になっている.大学人の研究や膨大な雑務のたいへんさをみれば,それほど魅力のある職種として映らないのであろうが,総じて若い層が野心的に研究の場に踏み込んでくることが少なくなっているように思う.

さらに研究を推進するうえで “役に立つ” というキーワードがたいへん大きな比重を占めてきた影響からか,医療技術に直結した研究に意識が向きやすい状況が広がっている.短期的に応用に結びつくことに重きを置こうとすることで,本当に基礎的な研究の大切さが研究をめざす若者の意識からだんだん薄れてきているように思われる.近年,基礎研究と応用研究が接近してきているし,すばらしい基礎研究はいずれ人類の財産になるに違いない.役に立つにしても,それが今の当面か,長い将来を見据えたものなのかも今や大切な視点であろう.

ヒトやマウスでの研究がすべてではない.むしろお金がかからず,論理性の高い研究を追求できる酵母などを材料にした研究をもっと進めてほしい.現在,日本には微生物学を体系的に教育される機会がないので,生物は動物と植物,ヒトで構成されているように思っている人も多い.しかし地球上のあらゆるところに微生物は生息し,そこには当然微生物の論理と生存戦略が隠されている.生命を理解するうえでは,微生物を含め多様な生物に接することが重要であろう.

第二の大きな問題点は,現役の研究者の余裕のなさである.大学ではさまざまな雑事に追われて自由に研究に向き合う時間が確実に減少している.今,大学の社会的説明責任という名の下にいろいろな実りのない手続きだけが増えている.一方で業績などは厳しい評価にさらされ,短期間での成果が問われる.若者たちも失敗が許されない閉塞感をもち,新しい課題に挑戦することに臆病になっているように感じる.社会全体の風潮を反映しているので容易ではないが,一人ひとりがそのことを認識し,少しずつでも足場から変えていく努力が今こそ必要であろう.多様な研究者によって研究の裾野が広がりをもつこと,自由な発想に基づく研究を進めることを大切にしたい.

第三の問題点として,日本では意外に優れた共同研究が育ちにくいように思う.ことオートファジーの研究でも海外からはさまざまなリクエストがくるのに対して日本からの請求は限られている.もっと日本国内で情報を共有し,機器類などの有効利用が進む必要があるだろう.研究費は個人研究が基本であるということで,機器の利用が制約されていることを危惧している.若い人が積極的に外の装置を使えるようなシステムを構築することが肝要だろう.さもなくば,研究費が研究の質を規定してしまうように思わざるをえない.これから日本の研究費はいまより数段潤沢になるとは少なくとも近い将来は思えないので,もっと研究費の有効な執行を工夫してみる必要があるのでないだろうか.

最近の中国のライフサイエンスの展開ぶりを考えると,われわれは日本でどのようなスタイルの研究で世界に伍して行くのかを議論し,それにふさわしい研究費のあり方なども研究者がそれぞれの立場から議論を深め,日本独自のサイエンスの文化を構築することが重要であると思う.さらに研究の成果は長い目で評価すること,評価に当たっては,すばらしい研究の萌芽を見きわめて引き上げるシステムが大事であろう.さらにいえば,挑戦的な研究には失敗しても再度機会が与えられるシステム(私は敗者復活戦とよんでいる)の構築が必要であろう.

おわりに­­―これからの挑戦

私はオートファジーの研究をはじめてからすでに25年目になっている.飽きもせず1つのことを続けてきたが,オートファジーという一見単純そうにみえながら,その研究には,ありとあらゆる研究手法を駆使することが必要とされるという点では,いつも新鮮な気持ちで研究を進めることができるテーマに出会えた幸運に感謝している.私に残された時間はあと4年たらずになった.これまで研究室をあげて,オートファジーの分子機構を合い言葉に研究を進めてきた.酵母のオートファジーの観察にはじまり,われわれの研究室に蓄積してきた研究成果の財産は膨大になっている.オートファゴソーム形成の謎もようやく実体に迫るところまできていることを実感している.

一方で私自身もっと系統的に取り組むべきであったと思うのがオートファジーの生理学である.もちろん酵母が万能ではないのは当然として,この小さな細胞に問いかけるべき課題はまだたくさんある.それこそ膨大な周辺の情報が蓄積し,厳密な遺伝的な制御が可能な酵母を用いて,オートファジーを細胞生理学のなかに統合することが必要であり,そのために生理・生化学に根ざした研究を展開したいと考えている.もう1つ今後の重要な私の使命は,微力ながらチャレンジングな次世代の研究者を励まし支援できるように努力することだと思っている.

文献

  1. Takeshige, K. et al.:J. Cell Biol., 119:301-311, 1992
  2. Tsukada, M. & Ohsumi, Y.:FEBS Lett., 333:169-174, 1993
  3. Mizushima, N. et al.:Nature, 395:395-398, 1998
  4. Ichimura, Y. et al.:Nature, 408:488-492, 2000
  5. Suzuki, K. et al.:EMBO J., 20:5971-5981, 2001
  6. Nakatogawa, H. et al.:Cell, 130:165-178, 2007
本記事の掲載号もぜひご一読ください!

実験医学 2012年8月号 Vol.30 No.12
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井村裕夫/監

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