発見の鍵となったオープンマインドな研究姿勢
mRNAワクチンの開発につながった一連の成果が生まれるのに重要だったと思われることは何ですか?
Dr. Katalin Karikó(以下Karikó) 最も重要なのは,私たち2人が出会ったことだと思います.1998年に研究所のコピー機のところで偶然出会って,それぞれどういった研究をしているのか,というところから会話がはじまりました.私はその当時すでにmRNAを研究していて,治療向けに開発したいと思っていました.Weissman博士はヒト細胞を用いて免疫を研究していたのですが,一本鎖のmRNAは炎症を引き起こすということをご存じでした.そこで私たちは,その機序を理解しようと考えました.解決策として,mRNAをどうにかして免疫原性のないものに変えようとしました.ここで,とても重要なことにtRNAには免疫原性がないということに気づいたわけです.tRNAのヌクレオチドは修飾されていますので,何らかの形でmRNAのヌクレオチドを修飾すれば炎症性をもたなくなるのではないかと考えました.そのようなmRNAを試した人は1人もいなかったのです.
さまざまな試行錯誤があったのですが,最終的に私たちは,機能的に翻訳されるmRNAを合成する方法を発見し,さらに動物において炎症を引き起こさないことを示しました.このような体験は,ほかの研究者にとっても,同僚と経験を共有することが重要だというヒントにつながると思っています.
Dr. Drew Weissman(以下Weissman) もう1つ重要な点は,私たちは修飾したmRNAがワクチンに応用できることを示したことです.このワクチンは,私たちがこれまでトライしたどんなワクチンよりも強力でした.この発見が2010年代頃だったと思いますけれども,このワクチンこそがパンデミックに効くのではないかと考えました.(不活化抗原を必要としないので)ワクチンをたいへん迅速につくることができるからです.もちろん当時はこんなパンデミックがやってくるとは想像していませんでしたが,ワクチンの力価もたいへん高かったために,高いレベルでウイルスに対する防御を付与することができました.そして,安全性も分かったので,理想的なソリューションをパンデミックに対してつくることができると考えたわけです.
Weissman博士が研究所のコピー機でKarikó博士と出会ったとき,Karikó博士の研究をとり入れると決断するにあたって,どういった心の準備があったのでしょうか?
Weissman 私がワクチンに取り組みたいと思っていた頃,mRNAこそワクチンにするべきだという考えがありました.ですから,RNAのエキスパートとコピー機のところで出会ったのは本当に偶然だったのですが,パーフェクトなペアになったと思います.私たち2人が共有していたのは,オープンマインドです.つまり「アイデアのなかにはクレイジーなものはない」という考え方です.どんなアイデアも考察し,トライしてみるべきだという姿勢ですね.そして協力をして,新たなデータ,新たなアイデアをどんどん出していって,ここまで2人でやってきたというわけです.
日本人の研究者との交流も多いとうかがいました.mRNAワクチンの基礎となる研究にはどういった先生がかかわっていらっしゃるのでしょうか?
Karikó 古市泰宏博士(編集部注:新潟薬科大学客員教授/株式会社GF・mille最高顧問)がmRNAのキャップ構造を見つけたことに言及しなければなりません.また,村松浩美博士(編集部注:ペンシルベニア大学上級研究員)は,長きにわたっての私たちとの共同研究者で,素晴らしい先生です.私がペンシルベニア大学からドイツのBioNTech社に移ったときに,村松博士も一緒に来てくださりました.そして研究室のシステムを立ち上げ,BioNTech社にヌクレオチドを修飾したmRNAの系を導入してくださったのです.審良静男博士(編集部注:大阪大学免疫学フロンティア研究センター特任教授)も,TLRs(Toll-like receptors)について発見なさって,細胞株のサンプルも提供していただきましたし,2008年に論文も一緒に書いています.mRNAの分野でも,炎症でも,TLRでも,非常にたくさんの発見に日本の先生もかかわっています.
審良先生とはどういった経緯で共同研究に至ったのでしょうか?
Karikó 審良博士はTLRの専門家でいらっしゃいますし,動物モデルもつくっていらっしゃいました.
私は2006年に,札幌での学会に招かれてはじめて日本に訪れて,Weissman博士と発見した修飾RNAに関する研究を発表しました.私たちは当時,mRNAがTLR7, 8を活性化するということを発見していました.そこで審良教授にはじめてお目にかかりまして,これらの成果はワクチンにも使えるのではないかという話も致しました.博士は常にご寛大で,私たちの研究のためにマウスモデルや,培養細胞を供与してくださいました.
感染症以外へのmRNA医薬品の応用
mRNAワクチンは今後どのような疾患に応用されるのでしょうか?
Karikó mRNAは,現在では感染症に対してワクチンとして使われていますが,例えば心臓や肝臓などにおけるほかの疾患に対して,mRNA医薬品として臨床試験が進んでいます.
Weissman もう50年ほど,mRNA医薬品についてさまざまな形での研究が進んできました.これは私が発見したとは思っていません.私はあくまで,mRNAに取り組んできた何百人,何千人もの科学者のなかの1人です.mRNA研究には,素晴らしいポテンシャルがあると思っています.さまざまなワクチンをつくることができる可能性があるし,既存のワクチンが効かなかったさまざまな疾患に対しても応用することができると思っています.例えば,HIV,マラリア,結核,C型肝炎,自己免疫疾患,食物アレルギーといった疾患においてもmRNAを使うことができるし,遺伝子治療などに活用することだってできると思っています.
私は,将来の遺伝子治療は,mRNAを包んだLNP(lipid nanoparticle)を単に注射するだけになるのではと見据えています.遺伝性疾患を抑える酵素を届けることによって,骨髄移植のような難しくて危険な処置をせずに治療するのです.このような意味でmRNAには大きなポテンシャルがあると思っています.ですから,私たち2人がやってきたことをさらにほかの科学者にもとり上げていただき,これらの問題に対しての解決法を開発していただければと思っています.
お2人がいま興味をもっておられる研究テーマを教えていただけますでしょうか?
Karikó mRNA分野で将来必要なのは,適切なフォーミュレーション(剤形)を得るということだと思います.mRNAの周りを適切な脂質やポリマーで包むということですね.これによって用途が広がると思います.
ワクチンにおいては免疫系がmRNAを認識してアラートを出さなければいけない一方で,免疫疾患の治療においては免疫系が寛容でなければなりません.そのためにはmRNAを包む分子が必要です.それに加えて,特定の細胞種を体内でターゲティングすることが重要です.その点に関して,先週Weissman博士が非常に素晴らしい論文を出されたばかりです4).
Weissman mRNAのポテンシャルは本当に大きいです.先ほどKarikó博士がおっしゃった論文では,CAR-T細胞を体内で作製することに成功したと報告しました.患者さんから細胞を抜き出して,CAR-T細胞を作製して体内に戻すと1回の容量に50万ドルほどかかります.今回私たちは,マウスに対してmRNA-LNPを投与することでCAR-T細胞をマウスの体内で作製することに成功したのです.また,私たちは遺伝子治療にも取り組んでいます.mRNA-LNPを用いて,骨髄幹細胞の破壊されたDNAの修復を達成しました.これらのアプローチは将来的に,治療をより簡素化して,よりよいものにしていく可能性があると思います.
「実験は失敗しない」―ワクワクしながら研究を
お2人を研究へと駆り立てる原動力は何ですか?
Karikó まず,科学者としては自然の一部を見て,それを理解しようとします.そして,ある分子について学べば学ぶほど,これがどのように役に立つかということをさらに考えるわけです.例えば,small RNAを研究していたときは,この分子は非常に重要な抗ウイルス分子になるのではと考えて,またmRNAを研究しているときには細胞治療によいのでは,マウスに投与したときには貧血の治療に応用できるのでは,人間にとって何らかの疾患の治療の役に立つのではないかと考え続けるわけです.役に立つということが私たち2人の原動力でした.もちろん2人とも,誰かを助けたいわけですから.
加えて,自然の美しさも研究への原動力となっています.自然がどのようなしくみになっているのか,答えが出るだろうなと期待しながら実験するわけですよね.そうすると,実験をすればするほど,もっともっと質問も出てくるわけですね.そして,もっとそれに対して実験をする.そうやって自然について学んでいくわけです.
Weissman 答えになるか分からないのですが,私にとっては,なぜ朝起きるのか,なぜ朝ご飯を食べるのかと聞かれるのと同じなのです.研究することはそれくらい自然なことなのです.
時にはご飯を食べられないほど苦しいときもあるかと思います.そのような苦しいときをどう乗り切ってきたのでしょうか?
Weissman まずわかっていただきたいのは,研究というのは常によい結果とか,よいデータが出るものではないということです.冗談でよく「1歩進んで2歩下がる」という言い方をするのですが,新しいデザインの実験を組んだとしても,新たなアイデアであったとしても,その全部がうまくいくことは絶対ないわけです.だから,試行錯誤しなければなりません.間違えたからといってその結果を捨ててしまうのではなくて,そのデータをしっかり見て,どうして,どこで間違えたのかということを理解して学んで,それを次のアイデアに生かしていかなければなりません.そういった試行錯誤や学びがとても重要です.失敗することもとても重要です.
Karikó レオナルド・ダ・ヴィンチがいった引用を私たちは壁に書いています.「Experiment never fails. It is only your expectation.(実験は失敗しない.そうではなくて,失敗するのはあなたの期待そのものだ)」ということなのです.この実験の結果,こういった結果が出るだろうと期待したことが間違っていたというだけであって,実験自体が失敗するわけではないということです.答えが出たとしても,それに伴ってさらなる多くの疑問がわいてきます.
お2人はそれぞれ,もう一方を科学者としてどのような人物だと感じていらっしゃいますか?
Karikó 私たちの研究への姿勢,例えば,好奇心,そしてワクワク感といったものは同じといっていいと思います.一方で,Weissman博士は,AからBに行くとき,まっすぐAからBに行くのですが,わたしがAからBに行く方法はジグザクです.私は,感情的になることがあるのですが,Weissman博士はいつも落ち着いていらっしゃいます.データやそれが示す結果を見ると,ワクワクするのは共通ですが,性格という意味では少し違うかもしれません.
Weissman 私たちには共同研究者が何百人もいますが,共同研究するにあたって重要だと思っているのは,正直であるということ,それからオープンマインドであるということ,この2つです.なぜなら,データを見てすべての可能性を考えることができなければ,時間の無駄になってしまうからです.実験をする前に勝手に答えを決めてしまうのであれば,実験をする理由もないわけですね.ですから,いろいろな性格の人がいると思うのですが,必要な特徴というものはあります.いまKarikó博士がおっしゃっていたように,私たち2人のサイエンスへの姿勢は同じです.オープンマインドで,たくさん文献を読みます.そして,可能性はすべて考えます.気に入らないからといって,好ましくないデータを無視するようなことはしません.
Karikó博士は修飾塩基に関する研究を発表した当初は研究の意義が評価されず,研究資金の面でたいへんな苦労があったとうかがいました.先生のご経験を踏まえて,研究資金や任期付き雇用といった待遇面に悩む日本の若い研究者にアドバイスをいただけますでしょうか?
Karikó 私がなぜ研究を続けられるかというと,自分が何をできるかということにフォーカスを続けたからです.他の科学者や異分野の同僚がもっと高い給料をもらっていたり,昇進していたりする様子をみて,自分はもっと働いているのにそうなっていないと感じることもよくあると思います.私からの提案は,ほかの人のことは気にしないようにすることです.あなたがフォーカスする研究テーマ自体はそうそう変えられるものではありませんから,むしろ一生懸命自分のやっていることを続けて,もっと学んで,もっと自分の価値を高めましょう,ということです.
学ぶということについてもう少しお話しします.私自身にとってはハンガリーからアメリカに移ったのが非常に重要でした.なぜかというと,非常に素晴らしい講義を聴くことができたからです.しかしいまは,YouTubeにアクセスすれば,いろいろな科学者がいろいろな講義をしていますね.そこから得られる情報も多いと思います.
もちろん,ほかの国に行って,そこで学ぶというのはよいことだと思います.政府に支援してもらって海外に行って学んだ後に,日本に帰ってきて,日本をもっとよくすることもできるでしょう.
また,民間資金というのも重要だと思います.日本の状況はわからないのですが,日本の企業の方々が,いろいろなよいアイデアを見て,機会を捉えて,これはチャンスだな,ということでバイオメディカルの研究に投資して,よりたくさんの企業をつくって,研究者を支えるということも重要だと思います.
最後に,これからを担う若手研究者に向けたメッセージをいただけますでしょうか?
Karikó 若い科学者の方々へのメッセージは,自分がやっていることを楽しんでください,ということです.科学というのは本当に楽しいですよ.研究室で毎日問題解決に向けてチャレンジして,自然の一部を少しずつ理解していくのは非常に素晴らしいことです.将来科学者になりたいのであれば,どんな若い人も,自分が楽しむことを見つけていただきたいと思います.問題解決とチャレンジを楽しむことは,科学者になるために非常によいことだと思います.自分の仕事を楽しんでください.
Weissman 私もそのとおりだと思います.特にこういった性格の人たちが科学者に向いているというのはありません.誰でも大丈夫です.ただ重要なのは,興味をもたなければいけないということです.好奇心をもちましょう.そして最も重要なのは,創造性をもち,状況を見極めて違った見方をするということです.こちらの見方の方が正しいのかもしれない,では,調査してみようというのが科学のやり方です.この好奇心が必要なのです.
数々の貴重なお話をありがとうございました.
(執筆:実験医学編集部 姉川大輔,早河輝幸)
謝辞
取材にあたりまして,公益財団法人 国際科学技術財団にご協力を賜りました.この場を借りて深謝いたします.
文献
1) Karikó K, et al:Immunity, 23:165-175, doi:10.1016/j.immuni.2005.06.008(2005)
2) Karikó K, et al:Mol Ther, 16:1833-1840, doi:10.1038/mt.2008.200(2008)
3) Karikó K, et al:Mol Ther, 20:948-953, doi:10.1038/mt.2012.7(2012)
4) Rurik JG, et al:Science, 375:91-96, doi:10.1126/science.abm0594(2022)