いろいろな実験に共通して言えることですが,組織染色でもサンプルの適切な処置が,実験の成否に大きくかかわってきます.前回は,適切な抗体を選ぶことの重要性を解説しましたが,今回はもう1つの重要なポイントである,サンプルのプレパレーションについて解説します.
Q4 説明書には,「凍結切片とパラフィン切片の両方が適応」と記載されています.どちらがよいでしょうか?
A4 パラフィン切片がおすすめです.
切片の種類ごとの特徴
一般的に免疫染色では,パラフィン切片,未固定凍結切片,既固定凍結切片(固定後にスクロースに置換し,コンパウンドで包埋)の3種類が使われています.
私たちがパラフィン切片を推薦する理由は,なんと言っても,取り扱いの容易さにあります.未固定,既固定にかかわらず,凍結切片は組織に霜が付着したり,ブロックの状態でも冷凍庫とクライオスタットの間を往復させたりするだけで,検出感度がどんどん落ちていきます.また,特に未固定凍結切片では,解凍時の霜や凍結融解によりサンプルの形態が変化することがあります(図1,2).
切片に霜がつくと染色性,形態ともに劣化します.
左は霜がつかないように解凍したスライド,右は霜がついてしまったスライド.右の写真では,細胞がシュリンクしたように見える.胎仔など細胞の密度が少ない組織ではより顕著になる.また,免疫染色の工程で組織が剥がれやすくなる.
ホルマリン固定をした組織のパラフィンブロックは,冷蔵で長期間の保存が可能となり,薄切時の温度変化でも品質の劣化がほとんどないため,凍結サンプルに比べて非常に再現性の高い結果を得ることができます.ただし,一部の抗体では,ホルマリン固定により目的のタンパク質に反応しなくなるものがあります.説明書に凍結切片のみ適応と記載された抗体や,自家製の抗体など反応性の全くわからない抗体の染色では,私たちも未固定の凍結切片を使用します.
既固定凍結切片も広く免疫染色で使われていますが,やはり取り扱いには注意が必要です.既固定凍結切片では,染色性がパラフィン切片と同じになる傾向がありますので,より安定した結果が得られるパラフィン切片がおすすめです.私たちも既固定凍結切片を使用しますが,脂肪染色を行う場合だけです.パラフィン切片は,包埋の工程で有機溶媒を使用するため,油分が溶け出すデメリットがありますが,既固定凍結切片では,形態も未固定に比べてきれいで,脂肪染色には最適です(表1).
| パラフィン切片 | 未固定凍結切片 | 既固定凍結切片 | ||
|---|---|---|---|---|
| 固定 | あり | なし | あり | |
| 染色への適応 | HE染色 | ○ | ○ | ○ |
| 免疫染色 | ○ | ◎ | ○ | |
| ISH | ◎ | △ | △ | |
| 特殊染色 | ◎ | ○ | ○ | |
| 脂肪染色(オイルレッドOなど) | × | ◎ | ◎ | |
| 組織中の蛍光物質の観察 | ×(免疫染色で対応可能) | ◎ | △(固定液によっては観察可能) | |
| 切片の厚さ | 2〜12μm程度 | 5〜20μm | 5〜20μm | |
| 切片のきれいさ | ◎ | △ | ○ | |
| 保存温度 | 4℃ | -80℃ | -80℃ | |
| 取り扱いの容易さ | ◎ | △ | △ | |
| 系の安定性,再現性 | ◎ | △ | △ | |
| 連続切片の作製 | 可能 | 難しい | 難しい | |
実験医学別冊「細胞・組織染色の達人」1章表2を引用.
組織の形態について
組織の形態は,どの組織でもパラフィン切片で最もきれいな染色像が得られ,微細な構造の観察にもパラフィン切片が有利になります.例外として唯一筋組織は,特殊な方法が必要となりますが,未固定凍結切片の方がきれいな形態の標本を作製することができます.
Q5 サンプルの固定条件を教えてください.
A5 できるだけ早く組織に固定液を浸透させられる条件で固定しましょう.
組織染色の極意を一言であらわすと,「1秒でも早く固定液に浸漬する!」ということになります.早く固定をするために,臓器ごとにそれぞれ最適な解剖と固定の方法があります.表2は組織ごとの固定方法をまとめたものです.これは,通常In situ Hybridization(ISH)を行う際の方法ですが,例えば脳や腎臓,肝臓などの組織では,血流に乗せて固定液を全身に拡散させる方法,灌流固定を行ってから採材することにより飛躍的に染色性がよくなる抗体があります.一方,腸管など,灌流固定をするとかえって固定が遅くなる組織もあります.このような組織は,放血による安楽死をさせた後に,手早く摘出して固定液に浸漬します.
| 灌流固定を必要とする組織 | 灌流固定を必要としない組織 | どちらでもよい組織 |
|---|---|---|
| 脳,下垂体,脊髄,後根神経節(DRG),肝臓,腎臓,副腎,膵臓,脾臓,気管+甲状腺,胸腺,唾液腺,舌,白色脂肪,褐色脂肪,子宮,卵巣,乳腺 | 胃,十二指腸,小腸,大腸,皮膚,眼,骨組織①:大腿骨,骨組織②:膝関節,骨組織③:内耳(蝸牛),骨組織④:歯(下顎),血管,胎仔,新生仔,胎盤,筋肉,精巣,精巣上体,ゼノグラフト | 心臓,骨髄,膀胱,肺,卵巣 |
実験医学別冊「細胞・組織染色の達人」2章表1を元に作成.
固定時間
私たちは,灌流固定を行う場合は,1時間固定液を灌流し,その後さらに2日間,室温で浸漬固定を行っています.灌流固定を行わない組織も,摘出後に2日間程度浸漬固定を行います.特殊な抗体で固定時間や温度が限定されている場合は,その条件に従ってください.
固定液の種類
免疫染色では,一般的に4%PFA(paraformaldehyde)または10%の中性緩衝ホルマリンを使用します.4%PFAは保存できませんので用事調製をしてください.固定力は4%PFAの方が弱く,10%中性緩衝ホルマリンよりもマイルドな固定が可能になります.4%PFAの方が染色性がよくなる場合もありますが,多くの抗体は10%中性緩衝ホルマリンの固定で染色できます.10%中性緩衝ホルマリンは後述の分量で簡単に調製できます.
| 市販のホルマリン液(ホルムアルデヒド37%程度) | 100 mL |
| 10×PBS | 100 mL |
| DW | 800 mL |
| 中性緩衝ホルマリン | 1,000 mL |
Q6 パラフィン包埋は,一般的な方法でよいのでしょうか?
A6 自分専用のパラフィン包埋の試薬系列を準備しましょう!
一般的に広く行われているパラフィン包埋は,いわゆる病理用の方法になります.もともとは,形態の観察を主目的としている方法ですが,タンパク質や遺伝子を検出するブロックとして適さない場合があります.後述の点に注意をしてパラフィン包埋を行うと,分子病理用のブロックが作製できます.
- 試薬を使いまわさない.
- ゆっくりと撹拌しながら,置換させていく.
- 病理用エタノールや代替キシレンは,目的の分子によっては,感度が著しく低下する場合がある.
- 陰圧,加圧,マイクロウェーブ処理,乾燥の工程は行わない方がよい組織がある.
サンプルの前処理
脂肪成分の多い組織や,骨組織などでは,パラフィン包埋を行う前に「脱脂」や「脱灰」の処理が必要になります.これらの処理を行わないと,包埋後に薄切することができません.分子病理用の組織の脱灰には,EDTAなどのキレート剤を使用する方法で行ってください.組織別の前処理の詳細については,実験医学別冊「細胞・組織染色の達人」3章をご参照ください.
プロトコール
以下のパラフィン包埋のプロトコールは,私たちが実際に分子病理用に採用しているものです(図3).
各槽の時間は,組織の種類や大きさ,厚みによって変えています.また,毎回試薬を交換するために,少量の溶液で包埋できる専用の自動包埋装置CT-Pro20(ジェノスタッフ社)を開発して使用しています.現在新型コロナウイルスの消毒で,どの施設でもエタノールを節約していると思いますが,本機では消費を大幅に抑えることができます.
- 1槽:80%エタノール 1時間
- 2槽:90%エタノール 1時間
- 3槽:100%エタノール※1 1 1時間
※1
エタノール:試薬特級 100%エタノールは,モレキュラーシーブを入れて調製
- 4槽:100%エタノール2 1時間
- 5槽:100%エタノール3 1時間
- 6槽:100%エタノール:G-NOXを1:1に混合した溶液 1時間
- 7槽:G-NOX※2 1 1時間
※2
中間剤:G-NOX(CT-Pro20 専用低毒性キシレン代替剤.ジェノスタッフ社 #GN04),またはキシレンを使用してください.
- 8槽:G-NOX 2 1時間
- 9槽:G-NOX 3 1時間
- 10槽:パラフィン1(63~65℃) 1時間
- 11槽:パラフィン2(同上) 1時間
- 12槽:パラフィン3(同上) 1時間
いろいろな研究者のお話を聞いてみますと,染色のキットや増感試薬などには,あまり抵抗なくお金をかけている方が多い気がしますが,パラフィン包埋の工程に気を使っている方はあまりいないようです.貴重な動物やサンプルを無駄にしないためにも,サンプル準備の工程にも,試薬の頻繁な交換など,ある程度手間や費用をかけていただくとよいと思います.
Q7 切片の厚みはどれくらいがよいでしょうか?
A7 免疫染色では4~6μmの切片が使いやすい厚みです.
免疫染色やIn situ Hybridizationの場合,厚みのある切片の方が濃いシグナルを得ることができます.例えば,4μmと8μmの切片の染色結果を比較すると,切片に含まれている組織の厚みは2倍違いますので,シグナルの強さにも2倍程度の差がでます.発現量の低い分子を検出する際には,ある程度厚めの切片の方が有利になります.ただし,厚すぎると染色像が不明瞭になりますので,適度な厚みで薄切する必要があります.私たちは,染色目的に合わせて,下記のように切片の厚みを変えて薄切をしています(図4).
皮膚や骨組織などの切りにくい組織では,4μm程度で薄めに薄切すると,しわなどが入らずにきれいな切片を作製することができます.また,貴重なブロックの場合は,節約するために薄めに薄切する場合もあります.実験の目的に応じて切片の厚みを決めてください(図5).
2~12μmの厚みで薄切した各切片を用いて,免疫染色を行った.切片が薄いとその分シグナルの強度が弱くなり,切片が厚すぎると細胞が重なってしまい,明瞭なシグナルが得られなくなる.
次回は,「染色」におけるトラブルや実験のコツについ解説して行きます.
大久保和央(おおくぼ かずえ):1996年,東京水産大学(現東京海洋大学)卒業.2002年,東京水産大学水族病理学研究室にて博士号(水産学)を取得.’02年にジェノスタッフ株式会社を設立.以来,免疫染色・ISHを中心とした細胞・組織染色の受託サービスや,新製品の開発に携わる.その傍ら,大学・企業などで細胞・組織染色に関するセミナーを行い,正しい結果を得るためのノウハウの普及にも取り組んでいる

Q&A形式であなたの「染まらない」を解決! 工程ごとに原因を切り分け,泥沼にはまる前に対処するコツを伝授します.現場を知り尽くした国内随一の技術者集団・ジェノスタッフ社のノウハウを結集した書籍の第2弾.


