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2025年ノーベル生理学・医学賞は「末梢性免疫寛容に関する発見」の業績を称え,Mary E. Brunkow博士,Fred Ramsdell博士,坂口志文博士の3名に贈られました.ご受賞を記念し,本ページでは,2013年のコーナー「生命に魅せられた研究者たちのマイルストーン」に,坂口先生にご執筆いただいた記事「制御性T細胞の研究と免疫疾患─20世紀来の問題に挑む「継続」の重要性」を公開させていただいています.

制御性T細胞の研究と免疫疾患20世紀来の問題に挑む「継続」の重要性

坂口志文(大阪大学WPI免疫学フロンティア研究センター実験免疫学)

はじめに

正常な免疫系は,病原微生物などの非自己抗原に反応し,これを駆逐するが,正常自己抗原に反応し自己組織を傷害することはない.この自己に対する免疫不応答,すなわち免疫自己寛容は正常個体でどのように確立され,どのように維持されるのだろうか.

1世紀前,1900年に,Paul Ehrlichは,“horror autotoxicus”(自己破壊の忌避)の概念を提唱し,免疫系は正常自己組織とは反応しないようにできている,また自己との反応を忌避する生理的メカニズムを有しているとの考えを表明した.

1940年代から1950年代にかけて,リンパ球が発生の未熟段階で自己抗原に曝されると細胞死が誘導され,自己反応性リンパ球クローンは物理的に排除されるとする“クローン排除機構”が提唱され,実際,実験的に未成熟動物に抗原を投与し抗原特異的免疫寛容が誘導可能なことが示された.1970年代には,リンパ球の不活化,またサプレッサーT細胞による免疫反応の抑制が,免疫応答制御のメカニズムとして提唱されたが,免疫自己寛容の維持,実際の自己免疫病の発症制御にどの程度に重要であるかについては不明であった.言い換えれば,リンパ球の産生臓器(T細胞については胸腺,B細胞については骨髄)における自己反応性リンパ球の産生制御 (中枢性免疫自己寛容)に対して,末梢での生存,活性化の制御(末梢性免疫自己寛容)の役割,そのメカニズム,自己免疫病の発症制御における重要性,については長らく疑問のままであった.

しかし,この10年の間に,末梢性免疫自己寛容,免疫恒常性の維持における制御性T細胞の重要性が急速に明らかになり,現在,ヒトの生理的,病的免疫応答の制御に向けて,制御性T細胞の応用が進もうとしている.本稿では,制御性T細胞の研究について歴史的に概観してみたい.

胸腺摘出による自己免疫病の誘導

自己免疫病の発症機構に関する興味ある知見として,1970年代半ば,私自身が研究の世界に入ったころ,愛知県がんセンター研究所西塚泰章らによって,正常マウスの胸腺を生後3日ごろに摘出すると,マウスの系統によって,自己免疫病様のさまざまな炎症病変が自然発症することが報告されていた.病変はヒトの若年性不妊の原因である自己免疫性卵巣炎,悪性貧血を伴う自己免疫性胃炎,橋本甲状腺炎と免疫病理学的に酷似しており,特異的自己抗体(例えば,抗卵細胞質あるいは透明帯抗体,抗胃壁細胞抗体,抗サイログロブリン抗体)を血中に証明できた.

この実験モデルでは,胸腺を摘除されていない正常マウスから末梢CD4T細胞,あるいは胸腺CD4T細胞を調製し,胸腺摘出マウスに移入すると,自己免疫病の発症は完全に阻止された.一方,これらの自己免疫病の発症を媒介するのは主としてヘルパーCD4T細胞であり,B細胞による自己抗体の産生を促し,細胞傷害性T細胞の活性化を補助し,それ自身も細胞性免疫反応により標的臓器を破壊することを見出した1)2).この実験結果の意味するのは,正常マウスの胸腺では,自己免疫病を起こすCD4 T細胞と,それらを抑制するCD4 T細胞がともに産生され,両者は末梢で共存し,抑制性T細胞が自己反応性T細胞を優勢的に制御している可能性,さらに前者は生後3日ごろに胸腺から産生されはじめるが,新生仔期胸腺摘出により産生が時期特異的に阻害され,その結果,胸腺摘出時以前に産生された自己反応性T細胞の活性化・増殖を抑制できず,自己免疫病を発症にいたる可能性である(図1).

図1 新生仔期胸腺摘出による自己免疫病の発症

免疫系に生理的に存在するCD25CD4制御性T細胞の発見

免疫自己寛容がT細胞群の均衡によって維持されていると考えるならば,この仮説の最も直接的な証明は,正常動物中にそのような抑制性T細胞を同定し,それを直接に除去することで果たして自己免疫病が自然発症するか否かを検証することである(図1).1985年,細胞表面抗原の発現程度によって,正常マウス脾臓T細胞をサブポピュレーションに分け,特定のサブポピュレーション(例えばCD5分子を高発現するT細胞群)を除去後,残りのT細胞を,T細胞欠損マウス(例えばヌードマウス)に移入することで自己免疫病自然発症の有無を検討したところ,マウスは,確かに,甲状腺炎,胃炎,卵巣炎,睾丸炎などの自己免疫病を高率に,広範な臓器に発症し,除去したT細胞サブポピュレーションを補えば発症が阻止された3)

このような抑制性T細胞群のより特異的マーカーを求めてさまざまな細胞表面分子を検討した結果,1995年,末梢CD4T細胞の約10%を占め,CD25分子〔IL-2(interleukin-2)receptorのα鎖〕を発現するT細胞を除去するだけで,他のマーカーを用いた場合に比較して,より激しい自己免疫病をより広範な臓器に誘導でき,ここに少数の正常CD25CD4T細胞を補えば発症を完全に阻止できることを示した4)5).さらに,そのような自己免疫抑制能をもつCD25CD4制御性T細胞は,正常胸腺で常時産生されており,正常胸腺細胞の約10%を占める成熟CD4T細胞の,そのまた約5%(胸腺細胞全体の0.5%)を占める.これらを除去後,残りの胸腺細胞をT細胞欠損マウスに移入すると,前述の末梢T細胞の移入と同じく,激しい自己免疫病が広汎な臓器に発症した6).すなわち,免疫自己寛容の導入・維持における胸腺の機能として,T細胞の正の選択(ウイルスなど非自己抗原と反応する,宿主にとって有益なT細胞の選択・産生),負の選択(自己抗原と強く反応する有害なT細胞のクローン除去)に加えて,胸腺は「第3の機能」として抑制T細胞を産生する(図2).この後,このT細胞群は,従来の抑制性T細胞と区別して“CD25CD4制御性T細胞”(Regulatory T cell:Treg)とよばれるようになった.

図2 制御性T細胞によるさまざまな免疫応答制御

さらに,CD25分子は,制御性T細胞の単なる活性化マーカーではなく,IL-2レセプターの構成分子として制御性T細胞の産生,機能に必須の分子であり,IL-2は,制御性T細胞の産生,生存維持に必須のサイトカインである8).すなわち,IL-2は,それを中和することで自己免疫病を起こせる唯一のサイトカインであり,IL-2の量的・質的異常,CD25の遺伝的異常は,自己免疫病の原因および素因となる.CD25をマーカーとしてヒトでもマウスと相同の制御性T細胞の存在が示された.

制御性T細胞の発生・機能を制御する転写因子Foxp3の同定

Foxp3遺伝子は,2001年,米国の研究者によって,致死性自己免疫および炎症性疾患を自然発症するScurfyマウスの原因遺伝子としてX染色体上に同定され,続いて,米国の複数のグループによって,ヒトのX染色体性劣性遺伝疾患であるIPEX (immune dysregulation,polyendocrinopathy,enteropathy,X-linked)症候群の原因遺伝子でもあることが報告された.IPEX症候群は,臓器特異的自己免疫病(Ⅰ型糖尿病,甲状腺炎など),炎症性腸疾患,アレルギー(特に食物アレルギー,アレルギー性皮膚炎)を特徴とする致死性自己免疫・炎症性疾患である9).IPEX症候群は,制御性T細胞除去によってマウスに誘導される多臓器性自己免疫病,炎症性腸炎に酷似しており,2003年,CD25CD4制御性T細胞は,胸腺でも末梢でも,Foxp3を特異的に発現していることが見出された10).さらに,Foxp3遺伝子をレトロウイルスベクターにより正常T細胞に強制的に発現させると,CD25など制御性T細胞機能関連分子の発現のみならず,抑制機能を賦与することが可能であった.すなわち,Foxp3は,制御性T細胞の最も特異性の高い分子マーカーであると同時に,制御性T細胞機能,特に抑制機能の発現に必須の機能分子である(図2).

Foxp3の発見は,制御性T細胞の発生・機能に関して分子レベルの解析を可能にした.その結果,Foxp3の発現を指標として,胸腺で産生された制御性T細胞の細胞系譜としての安定性あるいは可塑性,Foxp3による制御性T細胞機能分子の遺伝子発現制御機構が明らかになりつつある11).さらに,制御性T細胞機能,細胞系譜の安定的維持におけるエピゲノム変化の役割についても解析が進んでいる12)

ヒトの制御性T細胞とその臨床応用

IPEX症候群にみられるように,制御性T細胞の異常は,自己免疫病のみならず,腸内細菌に対する過剰免疫応答としての炎症性腸疾患,環境物質に対するアレルギー応答の原因となりうる.また,制御性T細胞は,腫瘍免疫応答,妊娠時の胎児母体免疫寛容の維持など,自己・非自己にかかわらず,さまざまな抗原に対する免疫応答を“負”に制御し,免疫自己寛容,免疫恒常性の維持を司っている(図29)13).したがって,制御性T細胞を標的として,自己免疫病,炎症性腸疾患,アレルギーなどヒトの免疫疾患の治療・予防が可能である.現在,制御性T細胞を用いた細胞療法による臓器移植時の免疫抑制,逆に,制御性T細胞の数的減少,あるいは抑制機能減弱による腫瘍免疫の増強が臨床の場で試みられている.また,制御性T細胞を標的とした免疫抑制剤,免疫増強剤の創薬,開発が進んでいる.

おわりに

この30年の間に,マウスの胸腺摘出による自己免疫現象という特殊なモデルの解析を端緒として,その背後にある免疫自己寛容の導入・維持機構を追及することで,制御性T細胞の発見,Foxp3を中心とした制御性T細胞機能分子の解析,ヒト免疫疾患での制御性T細胞の関与,制御性T細胞を用いたさまざまな病的・生理的免疫応答制御へと,研究が進展してきた.冒頭に述べたように,免疫自己寛容維持機構と自己免疫病の発症機構は,20世紀の免疫学の中心研究課題の1つであったし,21世紀に入った現在も依然としてそうである.改めて,問題意識の継続の重要性と,その時代の技術的制約を意識しながらも中心的問題の解決に挑戦することの重要性を思う.

文献

1) Sakaguchi, S. et al.:J. Exp. Med., 156:1565-1576, 1982

2) Sakaguchi, S. et al.:J. Exp. Med., 156:1577-1586, 1982

3) Sakaguchi, S. et al.:J. Exp. Med., 161:72-87, 1985

4) Sakaguchi, S. et al.:J. Immunol., 155:1151-1164, 1995

5) Asano, M. et al.:J. Exp. Med., 184:387-396, 1996

6) Itoh, M. et al.:J. Immunol., 162:5317-5326, 1999

7) Sakaguchi, S.:Cell, 101:455-458, 2000

8) Setoguchi, R. et al.:J. Exp. Med., 201:723-735, 2005

9) Sakaguchi, S.:Annu. Rev. Immunol., 22:531-562, 2004

10) Hori, S. et al.:Science, 299:1057-1061, 2003

11) Sakaguchi, S. et al.:Cell, 133:775-787, 2008

12) Ohkura, N. et al.:Immunity, 38:414-423, 2013

13) Sakaguchi, S. et al.:Nat. Rev. Immunol., 10:490-500, 2010

Shimon Sakaguchi.1976年,京都大学医学部卒業.Johns Hopkins大学,Stanford大学博士研究員,Scripps研究所Assistant Professor,科学技術振興事業団「さきがけ」研究専任研究員,東京都老人総合研究所免疫病理部門長,京都大学再生医科学研究所教授,同研究所長を経て,2011年より大阪大学WPI免疫学フロンティア研究センター教授.現在大阪大学特別教授.Cancer Research Institute William B. Coley Award,慶應医学賞,紫綬褒章,朝日賞,学士院賞などを受賞.米国科学アカデミー外国人会員.専門は免疫学.

 

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