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脳に秘められた僕たちの可能性第26回日本医学会総会「医学部学生企画」利根川進先生との座談会

講師:利根川進(マサチューセッツ工科大学),司会・質問:九州大学学生・大学院生
  • 企画代表…武藤義治,森下英晃
  • メンバー…高岡賢輔,渋江公尊,森高亮以,濱地暁子,堀江幸世,豊満笑加,国信健一郎,中島大輔,久保田実生
  • 支援教官:飛松省三(九州大学大学院医学研究院)
  • 九州大学コラボ・ステーション視聴覚ホールにて

【特別公開】本コンテンツでは,『実験医学』2003年11月号に掲載された利根川進先生と学生・大学院生の皆さまとの座談会を,当時の誌面を再現して公開しました.偉大な科学者が何を志し,何に感動して探求の道を進まれたのか.当時のメッセージから,科学する心に触れていただけましたら幸いです.(編集部:2026年7月公開)

2003年4月6日,第26回医学会総会の学術プログラムの一環として,マサチューセッツ工科大学の利根川進先生を招待し,九州大学の医学部学生が中心となって企画した「利根川進先生との座談会」が開催されました.医学部2年生(現3年生)を中心に,薬学部,教育学部などのさまざまな分野の学生・大学院生が集い,多様な観点から脳科学の新たなる可能性に対する意見が交換されました.本稿では,当日の座談会の模様を抜粋・改変し,誌上でご紹介いたします.(編集部)

利根川進(Susumu Tonegawa):
1939年名古屋市に生まれる.’63年京都大学理学部化学科卒業後,分子生物学を志し京大ウイルス研究所へ.米国カリフォルニア大学サンディエゴ校に留学. ’68年バクテリオファージの研究で学位取得後, ソーク研究所のダルベッコ博士(’75年度ノーベル賞受賞)のもとで,癌ウイルスを研究.’71年スイスのバーゼル免疫研究所主任研究員となる. 抗体遺伝子の解読に取り組む.’81年マサチューセッツ工科大学( MIT) 生物学部およびがん研究所教授となる.’84年文化勲章受章(日本).’87年ノーベル医学・生理学賞受賞.現在はMIT「学習と記憶研究センター」所長として,脳科学の分野で活躍中.

司会(森下):利根川先生,本日はよろしくお願いします.まずはじめに,先生が科学者を志されたきっかけをお伺いしたいと思います.

いかにしてジャコブとモノーを超えるか

質問(森高):先生があこがれている,または尊敬されている科学者はいらっしゃいましたか?

利根川:尊敬している科学者ですか.僕の研究人生で,節目節目に重要な役割を果たした人達がいます.

まず最初は,京都大学の4年生になった時.僕は理学部の化学科に配属されていたのですが,卒業研究のために所属講座を選ぶ必要がありました.でも化学は伝統的な学問なので,もっと新しいことをやりたいと思っていた僕は,どの教室を選ぶべきか悩んでしまった.Biochemistryという分野もあったけれど,これも面白そうに見えない.その時,2年くらい上の先輩が,「分子生物学」という新しい学問が欧米でできつつあるということを教えてくれて,ある論文を薦めてくれました.それが,当時フランスのパスツール研究所にいたフランソワ・ジャコブ(Francois Jacob)とジャック・モノー(Jacques Lucien Monod)のオペロン説に関する論文だったんです.

オペロン説というのは,大腸菌とλファージで遺伝子発現調節機構を解明するという,遺伝学と生化学を混ぜ合わせたような研究です.ジャコブとモノーは,遺伝子発現の制御機構をはじめて学問にした人達で,後にノーベル賞を取りました.この時に読んだ彼らの論文が非常に面白かった.こんな研究ができるのなら,この分野に行っていいかもしれないと思ったわけです.それ以来,僕はいかにしてジャコブとモノーを超えるかを考えて研究を進めてきました.でも,世界中の多くの研究者が,彼らの後を追って研究に乗り出し,一大分野になってしまった.その分野の中の一人の研究者でいる限りは,ジャコブやモノーを超えることができない.彼らの亜流では面白くないから,何か別の新しい遺伝子発現の制御機構を見つけたいと思った.そういう意味で,非常に影響を受けましたね.

ダルベッコ先生との出会い

質問(国信):当時,科学者として成功していける自信のようなものはありましたか?

利根川:若い時に,それは難しいと思うよ.今から思えば,僕は大学に入ってからも,本当にこれでいいのかと何度も思ったことがありましたし.僕は,カリフォルニア大学サンディエゴ校に留学したんですが,当時はできたばかりの田舎の大学でした.時々コールドスプリングハーバーという有名な研究所のカンファレンスに参加したんですが,ハーバードやMITなどの学生が,素晴らしい発見を得意げに発表している.それを見て,こんな天才達と競い合っていくのは不可能だと思いました.でも,その後ソーク研究所に移って,レナート・ダルベッコ(Renato Dulbecco)という先生に出会って,新しい科学の世界を見ました.このダルベッコ先生が,尊敬するもう一人の科学者です.

彼からは,その後の研究の進め方や若い人への指導のしかたなど,非常に大きな影響を受けました.彼がすごいのは,予言者的な才能があるところ.これから先どういう分野が面白くなるかを理解していて,若い研究者にそういう方向へ行けと言うんです.自分はウイルス学だけど,そこに留まらず別のことをやりなさい,と.僕はその後,スイスの免疫研究所に行ったんですが,それもダルベッコ先生が「これから分子生物学者には,免疫学が面白くなるよ」と言ったので,半信半疑のまま行って,うまく研究ができてしまった….

それと,彼の研究室には素晴らしいスタッフがたくさん集まっていました.そういう人達と友達になることによって,自分にもできるなと思うようになった.なるべくレベルの高い人と付き合って,自分の評価を低くしないのが一番です.良いところに行けば行くほど自信がつくし,必ず自分も良くなるから.ダルベッコ先生の研究室の出身者は,僕を入れて5人がノーベル賞をもらっています.それにダルベッコ先生自身も,そのまた先生ももらっている.じつは,彼の先生の兄弟弟子がジム・ワトソンです.つまり,同じ研究家系で8人もノーベル賞受賞者がいるんです.どうしてそんなことが起こるのか,興味深いところです.

免疫学へ導いたアクシデント

利根川:ダルベッコ先生の研究室にいた時,ビザの更新ができなくてアメリカを出なくてはならなくなった.そのアクシデントがなければおそらくもう2,3年は彼の元にいて,癌ウイルスの研究を続けていたと思います.でも外へ出なければならなくなり,「免疫学をやったらどうか」というダルベッコ先生の言葉に背中を押されて,僕はたまたまスイスに行った.それでも,僕は癌ウイルスの研究を続けていこうと思っていたので,免疫研究所の所長と談判して,「私は免疫学をやりません」と宣言した.運がいいことに所長は,「もうしゃあない,ええわ」と言ってくれたので(笑),ウイルスの研究を続けたんですが,3年目くらいからやっぱり免疫学をやった方がいいのではないかと思うようになった.この研究所にいる以上,周りの優れた免疫学者に興味をもたれる研究をしなければ,自分のために良くないのではないかと思って,免疫学のことを勉強しはじめました.そういう色々なアクシデントが重なって,今の状態になっているわけです.あまり,細かくプランを立てているわけではないんですよね.今の脳科学研究の時も同じです.

「記憶」の原理を解き明かす

質問(森高):先生の現在のご専門についてお伺いしたいと思います.先生は主に海馬のご研究をされているとのことですが….

利根川:いや,海馬というより「記憶」の研究だね.我々の研究室では,広く記憶の研究をしています.記憶には,例えば昨日自分が何をしたかという「エピソード」の記憶(episodic memory)と,例えばバナナは黄色いのだという「事実」の記憶(semantic memory)がある.この二つは,我々にとって一番身近な記憶です.でも記憶には他にも色々な種類があって,例えばスポーツは身体が覚えると言葉ではもう説明ができない.この時には脳の海馬は関係なくなって,basal ganglia(基底核)という脳の別のところがその記憶を溜め込んで対処しているわけです.そういう風に,説明できる記憶(declarative memory)と説明できない記憶(non–declarative memory)と,二つに分かれる.そんな色々な種類の記憶の原理を,分子や細胞,あるいは細胞間のinteractionのレベルで解明するには,海馬の方が研究しやすいんです.だから,いまは海馬を主に研究しているわけ.それに,海馬の方が身近な記憶を司っているので,ある意味面白い.

新たな解明が進む「記憶」研究

質問(豊満):先生のご教室の最近の研究の方向性や,成果などはいかがでしょうか?

利根川:うちの研究室は,みんなそれぞれ野心があって勝手に研究しているけど,やはり大まかには記憶を解明していこうと考えています.ここ一年ほどでうまくいったなぁと思う成果は,記憶を獲得して脳に溜め込んだ後,それを思い出すしくみです.脳に情報を入れるということは,ある期間脳が変わるということ.これをmemory traceと言うんですが,情報をどうやって脳に溜めるかというのが,記憶の研究でも一つの大きなテーマです.でも,溜めた記憶は思い出さなければ意味がない.つまり,溜め込んだ記憶がどんな変化をするために,思い出すという現象になるのかということが問題になってくる.それを研究して,面白いことが見つかりました.記憶を溜める時には,それに関連した色々な情報を脳の中に溜めますよね.そしてそれを取り出す時には,その関連の情報の一部を与えれば,脳が全部思い出す.一種のチェーンリアクションが生じるわけです.これが見つかった.

さらに,我々の脳はもっとすごい能力をもっています.例えば,とても印象的な人に一度だけ会ったとします.そうすると,たとえそれが一分間のことでも,場合によっては一生その時のことを覚えていることがある.つまり,一回でも記憶を溜めたら,それをずっと長いこと維持できる.この能力は,我々高等動物にとって非常に重要です.もしこれがなかったら,いま自分が何をやっているのか,全くわからないってことになるから.その場その場で起こることを,次々に僕らは記憶に溜めているわけです.だからこそ,その人の行動や言葉に繋がりがある.この能力がなぜなのか,という研究成果が,近日論文に出ます

※ Nakazawa, K., Sun, L. D., Quirk, M. C., Rondi–Reig, L., Wilson, M. A. & Tonegawa, S. : Hippocampal CA3 NMDA receptors are crucial for memory acquisition of one-time experience. Neuron, 38 : 305-315, 2003

ノックアウトマウス技術のメリット

質問(中島):先生はノックアウトマウスを用いてご研究をされていますが,脳研究においてノックアウト技術がどのように有用になるのでしょうか?

利根川:僕がこの分野に入ったのは,約十年前です.だんだん免疫に飽きてきて(笑),何か別のことをやりたいと思った.僕が携わった研究フィールドとしては,今回が4つ目なんです.最初ファージのことをやっていて,次に癌ウイルス,それから免疫で,今は記憶と脳科学.それで,いつも新しい分野にどのように参入するかが一番の問題となってきます.それぞれの分野に,すでに世界中で五千人の優れた研究者が研究しているわけですよ.そんな分野に,知識もない,コネクションもない自分が新しく入って,どう貢献できるのか.その時には,ストラテジーがないとダメなんです.今までその分野で思いもつかなかった問題を自分で想定するとか,他の分野の研究でたまたま何かが見つかってその分野に入っていくとか,あるいは,新しい技術を使って入っていくとかね.新しい技術を使うと,今までその分野の人達がすでに使っている技術では不可能だったことができる可能性がある.この中のいくつかのストラテジーをもっていないと,本当に貢献できる研究者にはなれないんです.

我々が脳科学に入った理由は,高等動物で遺伝学を導入して脳の機能を研究する形がなかったから.ノックアウト法はすでに免疫学で使っていたから,それを脳科学に使った.ノックアウト法のメリットは,whole animalで(個体全体を対象として)研究できるところです.記憶のような認知の現象は,生きた動物を見て,行動学的なものを測らないとわからない.だから,wholeanimalを使わなければいけないけれど,一方では分子のレベルまで掘り下げた現象も研究しなければならない.この矛盾を満たしてきたのが遺伝学なんです.

我々が研究をはじめる前にも,シーモア・ベンザー(Seymour Benzer)がショウジョウバエで遺伝行動学を研究して,記憶に関する遺伝子を見つけていました.だけど我々は,それを哺乳類でやりたかった.その時すでにノックアウト法は存在していたけれど,誰もそれを利用する人がいないことに気が付いた.だから我々がやりましょう,と.じつは僕はそれより十年くらい前から脳科学をやりたいと思っていたんですが,どうはじめていいかわからなかった.そんな時,一人のポスドクがやってきて,「お前のところでやれないか?」と言ってきたんです.それがきっかけ.

ノックアウト法の限界点とさらなる新技術への期待

質問(中島):それでは,逆にノックアウト法の限界点はどのようなことが考えられるのでしょうか?

利根川:時間の問題なんですよね.短い現象には応用できない.ノックアウト法の代わりに薬を阻害剤として用いる方法もあるけど,そうすると局部的に行うことが難しくなってしまう.ノックアウト法と薬理学的な方法の両方が必要になると思いますが,それでも足りない.もっと新しいテクノロジーが開発されないと,解けない問題がたくさん残ると思います.

質問(森下):これからの脳科学研究で必要とされる技術には,どのようなものがあるのでしょう?

利根川:脳科学の究極の目的は,人間の脳がどのように機能しているかということです.動物はモデルなわけだから,最終的には人間の脳を見なければ意味がない.そうなると,どうしても侵襲性のない方法しか使えなくなる.一番有効なのは,磁気共鳴画像法のfunctional MRIですが,これは時間的にも空間的にもとても分子のレベルには届かない.だから,全く違う原理に基づいた方法が開発されないと,脳科学はあるレベル以上にいかないと思います.

質問(武藤):人間に近いサルを使うのは有効ですか?

利根川:サルの研究はいま盛んに行われていますよね.ある程度はできるようになると思いますが,難しいところもある.サルは世代が長いから,マウスやラットのようにはいかない.

質問(高岡):マウスで明らかになった結果は,どこまで人間に当てはまるのでしょうか?

利根川:大部分はほとんど同じですよ.マウスでもサルでも,記憶がどういう形で蓄えられて想起されるかという現象になると,その原理は共通だと思います.何しろマウスと人間は似ていますから.遺伝子なら97%くらいですか.チンパンジーと人間なんて99%同じですからね.ただ,脳科学の一番難しいところは,その1%の違いを研究していこうというところにある.そう意味では非常に違うと思います.

心は科学で解明できるか?

質問(森下):先生の著書で,「心を解明することができる」という見解を拝見しましたが,具体的にどのような形で解明していこうと考えられているのですか?

利根川:先ほども言ったように,今のテクノロジーでは限界があります.テクノロジーが足りないから今は有効なことができない.だから将来もそうかと聞かれたら,僕はできると思います.なぜかというと,科学の歴史がそうだから.テクノロジーというのは,2, 30年に一回くらいとんでもないものが出てくるんです.例えば1960年代には,現在常識となっている動物細胞に関する事実がほとんど知られていなかった.DNAがどのように複製されて,遺伝子の発現が制御されて,細胞周期がどうなっていて,どうして細胞が癌化するのか,なんていうことは.それがわかったのは,’60年代の終わりにrecombinant DNA technologyが発明されたからです.その当時全く予言もできなかったことが起こったわけです.そういう歴史があるから,僕は非常に楽観的です.今は高次の感情や意識などの本当の解明はできませんが,できないから全くわからないかというとそうでもない.解明できない理由がないから,解明できると僕は思う.

なぜ信仰心が脳の中に存在するか

質問(久保田):脳科学研究を進める上で,先生は信仰をもっている人とぶつかることはないのでしょうか?

利根川:すこし極端な意見になってしまいますが,宗教において,神様が人間をつくるという原理は,僕にはわかりません.僕は,人間が神様をつくったんだと思う.人間の脳の機能の一部として,神という概念がつくられるんだと思います.だから,人間の脳がもっとわかってくれば,なぜ宗教心が人間の脳の中に存在するかということもわかってくる.例えば,洗脳についても,洗脳されている状態で脳の中にどのような現象が起こっているかの原理はわかってくると思います.人間の脳科学や認知科学がさらに進んでいけば,それが宗教に置き代わるのではないかと僕は思います.とにかく,わからないことは信じられないというのが,僕の立場ですから.宗教はわかる前に信じろと言う.だから,宗教と科学が相反するんだと思います.

かと言って,宗教と科学を対峙させようとしているわけではありません.宗教というものが科学で説明できると言いたいのです.神という概念が,人間の脳の中で起こっている現象に対応しているということを,一般性をもって説明できると思うのです.自然科学は,宇宙という環境で何が起こっているかを知る手段である,人間の脳を使って環境および人間全てを知る方法であると.仮説を立てて実験をして,普遍性や再現性を基盤にして共通性を見つけていく.その対象に,宗教を入れようとしているわけです.

僕にとって科学とは

利根川:ただ,僕は科学には完全に一般性があるとは思ってません.というのも,僕は自分の脳を使って科学をしているわけだから,あることをファクトと認知するのは僕の脳に頼っている.これは必ずしも,全ての脳が同意するとは限りません.実際科学者を見ていると,色々な論文で「こうだ!」と結論が出されていますが,読んでみたらそんなことないよ,と思う論文がほとんど(笑).ならば,科学は主観的なものではないか,と言う人もいるけど,そう言われるとやはり客観性があると僕は反論するわけです.どう客観性があるかと言うと,僕が尊敬している科学者は,いい研究だと思う判断が大体僕と一致する.少なくとも,僕が尊敬していない科学者に比べると,はるかに一致する.そういう意味で客観的なんです.科学をやっている脳の不完全性がそういう結果を招いているのであって,ファクトはそのまま存在しているのだと思います.

宇宙はそこに存在している,こちらが存在しようがしまいが存在している,と僕は十年前に確信するようになりました.ダーウィンの進化論を僕は正しいと思います.ダーウィンの進化論は,環境が生物をセレクトしているというものですが,それが正しいなら,宇宙は存在している.存在しなかったら,人間そのものが存在できない.だから,こちらの認知機能がどうであろうと,僕は存在している.そう確信しています.スタンフォード大学のビル・ニューサムという脳科学者が「お前にとっては科学が宗教だ!」と言ったんですが,僕はそれに賛成です.僕にとっては,科学が宗教の代わりをしているのだと思います.

科学者はギャンブラー

質問(渋江):それでは最後に,先生の科学者としてのポリシーをお教えください.

利根川:ポリシーなんてものはないな(笑).僕はただ,その時々で対応しているだけなんです.ただ,好き嫌いはありますよ.科学者として,どういうことが素晴らしくて,どういうことがつまらないのか,それは自然に脳の中にある.科学者というものは,何か新しいことを発見したいのです.ただ,人間は往々にして皆と同じことをしていないと安心できないから,新しいことをやるのに不安を感じる.それを意識して不安な世界に入っていかないと,新しい発見は起こりにくい.不安を厭わないと意識をしないと,なかなか満足のいく結果は得られないんです.ハイリスク・ハイリターン.科学者というのは,ある意味ギャンブラーです.だからうまくいかなくて当たり前.それでもさらに体勢を立て直して,今度はうまくいくかも,いったらすごいな…,この繰り返し.そういう生き方が好きじゃないと,いい科学者にはなれないと思います.なるべく人のやらないことをやらなくては.

それから,やはり人間は,それぞれ能力をもっているんです.何が好きかということも関係あると思います.自分の中にある程度能力があって,やっているとうまくなる,満足感を覚えて好きになる.自分が周りより能力がありそうな気がすると,そういうものに気付くことが重要だと思います.自分は能力がない,と思ったらそこで終わり.これはある種の自己暗示です.新しいことをはじめるには,自己暗示が大切です.

優れたものを受信するアンテナと諦めない粘り強さ

利根川:よく「創造的な研究をやるにはどうしたらいいんですか?」と聞かれますが,僕はそれがわからない.なぜわからないかというと,脳科学がそこまで進んでいないから(笑).いずれ,創造性の高い脳とそうでない脳の違いはわかると思いますが,今はわかりません.だから経験則に沿って言いますが,創造的な研究ができるように確率を上げるためには,創造的な研究をやり遂げた人と付き合うことです.一緒に話をする,あるいは論文を読むだけでもいいんですが,その人の成したことに感動する経験が必要だと思います.ダルベッコ先生と話をしていると,考えていること,言っていることが違う.それを受信できるアンテナがなくてはいけないと思います.「いいものはいい」と感動する能力が必要だと思いますよ.

その後は,自分がもっている興味や能力,どうやってやりたいことを実現するかを考えるべきです.他のことを考えている余裕はない.色々なものを切り捨てて,最後に残った本当に自分がやりたいことをやる.やみくもに頑張るだけじゃなくて,時々は軌道修正も必要だけど,本質的なことは諦めないことが重要だと思います.これだけ犠牲を払ってやってきたのだから,転んでも藁ぐらい掴もうと頑張らなくては.周りが見えなくなるくらい自分の研究を本当に良いと思い込むのも大切です.だから科学者には思い込みの激しい人が多い(笑).あまりいろんなことが心配な人は,科学者には向かないと思うな(笑).研究は定説通りにいかないから,もしだめな結果が出ても,一晩寝れば気分転換できて,またやろうという意欲がわく人じゃないと,科学はうまくいかないと思います.だから僕の周りも,みんな変わっているんですよ(笑).

こんなに面白い世界はない

利根川:うまくいったら,こんなに面白い世界はないよ! 自分の好きなことをやっているのに,給料がもらえるんだから(笑).自分は好き勝手やってるのに,いい仕事をあげていれば周りから尊敬されるようになるし,こういう会にも呼んでもらえる(笑).大学教授になって一番のメリットは,いつも若い人と付き合えるということです.学部の学生や大学院生と付き合っているから,いつまでも気が若い.それから,科学者として何にも代えられないのが,人類の歴史において,世界中の誰も知らないことを自分だけが知っているという満足感です.そういうエキサイティングな感覚は,一度味を占めるとまたやりたいと思うけど,なかなか二度目が続かない(笑).一生のうちに,一回でもそれがあればいいんですよ.それを目指して,みんな頑張っている.

環境を変えてより大きな可能性を

利根川:でも,若い時に自分が本当にやりたいことを見つけるのは難しいです.色々なことに興味があるから,なかなか切り捨てられない.それを絞り込むのは,環境の影響が大きいと思います.周りにどういう人がいて,尊敬する人がどういうことをやっているかが,非常に大きな影響を与えてくる.人間の脳なんて,環境によってハードウェア自体が変わってきますから.だから,環境は変えないといけないんですが,ここが日本の教育体制の不利なところだね.大学に残る人は,なかなか環境が変わらない.同じ研究室の同じ教授と十年も付き合うと,脳が固まってしまいます.せめて,五年に一回くらいは変えなければ.その点,アメリカの制度は,非常にうまくできています.アメリカでは,学部・大学院・ポスドク・アシスタントプロフェッサーは別々のところに行きます.そうして色々な人と付き合って,その中から自分とうまくinteractするものが見付かる可能性が増えて,能力があれば発展していく.こういう状態だから,アメリカにはいい発見をする若い人が多いんだと思います.やはり,若い人が変われるような体制になっていることが重要なんです.

司会(武藤):ありがとうございました.利根川先生と実際にお話して,様々なお考えを伺うことができて,僕たちの一生の宝になりました.過密スケジュールの中,お時間をいただいて本当にありがとうございました.

[謝辞]今回の座談会の誌上掲載につきましては,第26回日本医学会総会学術委員会(笹月健彦委員長)のご協力をいただきました.なお,本文中の写真は,九州大学大学院医学研究院の西井清雅先生のご厚意で提供いただいたものです.