特集にあたって Point-of-Care Ultrasound:POCUSとは?山田 徹1),髙橋宏瑞2),南 太郎3)(1 順天堂大学医学部 総合診療科,2 順天堂大学医学部 総合診療科,3 ブラウン大学医学部 内科) 1POCUSとは? 皆さんPoint-of-Care Ultrasound:POCUS(ポーカス)という言葉をお聞きになったことはありますか.まだ日本ではそれほど馴染みのない言葉かもしれません.今回POCUS特集を組むにあたり,ここではその背景と概要について簡単にご説明します. まず最初にPOCUSの定義を確認してみましょう.POCUSの第一人者のおひとりであるテキサス大学のDr. Nilam J. Soniの著書「Point of care Ultrasound, 1st edition」から引用すると「Point-of-care ultrasound is defined as a goal-directed, bedside ultrasound examination performed by a healthcare provider to answer a specific diagnostic question or to guide performance of an invasive procedure. 」とあります.ざっくりと意訳すると「疑っている疾患の診断やエコーガイド下手技のために,担当医自ら行うベッドサイドエコー」という感じでしょうか.POCUSは超音波検査法のコンセプトの1つなので特定の臓器に対する検査をさすわけではなく,心エコー,腹部エコー,肺エコー,下肢血管エコーや関節エコーなども含まれます.救急外来で行うFAST(focused assessment with sonography for trauma)やRUSH(rapid ultrasound in shock)examもPOCUSに含まれます. POCUSはもともと欧米で発展してきたコンセプトです.例えば米国では超音波検査は従来放射線科医や循環器内科医が担当しており,超音波検査が専門ではない内科医や集中治療医がベッドサイドで自ら行うことはほとんどありませんでした.超音波検査が必要なら各科に依頼しその検査レポートを待つ,という方法が主流でした.われわれが超音波検査室に依頼する方法と似ていますね.しかし救急外来,一般病棟やICU等では,日々目まぐるしく動く病態に対して,超音波検査をオーダーしてレポートが上がってくるまで待っていられない,ベッドサイドで自分でエコーを当てて評価したい,というニーズがありました. こういった背景から,放射線科や循環器内科以外の医師もベッドサイドで必要な超音波検査のスキルを習得すべく,1990年代にPOCUSのコンセプトが生まれました.専門科以外の医師でも習得可能で,かつ検査の質を担保するために,POCUSでは臓器ごとの一般的な精査よりも評価項目が限定されています.評価項目を限定することで習得レベルを容易にするためです.また専門科でなくても一定の質を保つことができるように,判断基準を標準化することを意識されています.まさに“Point of care”,ポイントを絞った超音波検査ですね.具体的な内容は本特集の各項目をご参照ください. 2004年にはThe American Institute of Ultrasound in Medicine (AIUM:米国超音波医学会)が「the concept of an“ultrasound stethoscope”」という提言を打ち出しました.まさに「聴診器のようにエコーを使おう」です.POCUSは上記の現場ニーズに加え,機器の小型化・高性能化や価格の低下も手伝い,救急外来・病棟・ICUや医学教育の現場で急速に普及してきています. 2なぜ今「POCUS」なのか ~大切なのは“評価項目の限定”と“判断基準の標準化”~ POCUSの背景やコンセプトはご理解いただけたでしょうか.しかし,どこでも誰でも気軽にエコーを使用している日本では,何が重要なのかあまりピンとこないかもしれません.では日本でPOCUSが有用な点はどこでしょうか.超音波検査の大きなメリットは,非侵襲的でくり返し施行できる,その場で結果がわかる(即時性),CTのように検査室へ移動しなくても施行できる,CTやMRIより安い,などです.日々病棟や救急外来を守っている研修医の先生方にとって,これらの特徴をもつ超音波検査は心強い武器ですね. その一方で近年の超音波検査機器の進歩は目覚ましく,臓器ごとに詳細な項目の評価ができるように,また求められるようになってきました.そのため「超音波で○○の精査ができる」と言えるようになるには,かなり専門的なトレーニングが必要になっています.研修医や専門外の医師にとって,このような専門医レベルの超音波スキルの習得や維持は容易ではありません.超音波自体は誰でもどこでも施行できるというユニバーサルな特性をもっているにもかかわらず,近年は専門医レベルの検査ができないと「私は○○の超音波検査ができます」と言うのが憚られる時代になってきています.そんなときこそPOCUSが役に立ちます.POCUSは研修医や超音波を専門としない医師に対して,ベッドサイドでここまでできればOK! というわかりやすいゴールを示してくれるのです. POCUSの肝は ① 頻度の高い限定された項目を,② 標準化された判断基準で,③ 担当医自ら行う,という点です.項目を限定することで習得難易度を下げ,判断基準の標準化により経験の少ない医師でも検査の信頼性を保ち,また臨床経過をわかっている担当医自らが行うことで,より疑わしい部位にフォーカスした検査を行うことができます.特に大切なのが「②標準化された判断基準」です.日々超音波機器に触れることで画像描出能はある程度までは自然にレベルアップしていきますが,描出した画像をどう評価するか,きちんと言語化してほかの医師に伝えられるかについては,明確な基準とお互いの共通言語が必要です.POCUSは専門医や超音波検査技師の方々が行う“精査目的の超音波検査”ではなく,超音波に触れる全員が習得可能なレベルの,標準化された基礎的な超音波検査の基準を示してくれます.超音波が全国に普及しており,医師の,特に研修医の誰もが超音波に触れる機会のある日本にこそ,まさに必要とされるコンセプトではないでしょうか. 3POCUSは研修医にとって必須の手技 ~聴診器のように気軽にエコーを使おう~ 本特集ではPOCUSのうち,特に研修医の間に身につけておきたい心エコー(focused cardiac ultrasound:FOCUS),肺エコー,下肢血管エコー,腹部エコーについてとりあげました.またこれからますます広まってくるであろう横隔膜エコーと関節エコーについても触れています.各項目の執筆は,日々救急外来や病棟の最前線でPOCUSを含めた研修医指導にかかわり,JHospitalist Network(JHN)のPOCUSコースでもインストラクターとして活躍されている先生方にお願いしました.POCUSは言うなれば“ACLS(advanced cardiovascular life support:二次救命処置)の超音波版”のようなもので,今後研修医にとって必須の習得手技になるでしょう.機器の小型化・軽量化のメリットを存分に生かし,聴診器代わりに気軽に超音波を使えるように本特集でPOCUSの基本を学んでいただければ幸いです. さいごに,本特集を刊行するにあたり,私のPOCUSのメンターであるテキサス大学のDr. Nilam J. Soniとブラウン大学の南太郎先生,また素晴らしい原稿をご執筆いただいた先生方に改めて感謝申し上げます. 編者を代表して 山田 徹 文献 「Point of Care Ultrasound, 1st Edition」(Soni NJ, et al, eds),Saunders, 2014 Moore CL & Copel JA:Point-of-care ultrasonography. N Engl J Med, 364:749-757, 2011 著者プロフィール 山田 徹 Toru Yamada東京ベイ・浦安市川医療センター 総合内科・消化器内科 名古屋大学医学部医学系研究科 総合診療医学分野JHospitalist network(JHN)POCUSコースディレクターSoni先生,南先生と一緒にPOCUSコースを日本で立ち上げてから早3年が過ぎました.POCUSがACLSのように研修医にとって当たり前のツールになるのをめざして活動中です.ぜひJHNのPOCUSコースも受講してみてください. 髙橋宏瑞 Hiromizu Takahashi順天堂大学医学部 総合診療科日本病院総合診療医学会 若手部会代表三銃士合言葉はPEC:Passion,Education,Challenge超音波はくり返すことでスキルが上昇し,自信をもって臨床に活かせるようになります.また,体系的な超音波指導は研修医に非常に好評です.このタイミングでぜひ身につけましょう. 南 太郎 Taro Minamiブラウン大学医学部 内科詳細はp.1051参照.