レジデントノート:臨床予測ルールを救急で正しく活用しよう! Clinical prediction rule〜「そのルール、目の前の患者さんに使っていいんですか?」 論文から読み解く本当の目的と使いどころ
レジデントノート 2019年8月号 Vol.21 No.7

臨床予測ルールを救急で正しく活用しよう! Clinical prediction rule

「そのルール、目の前の患者さんに使っていいんですか?」 論文から読み解く本当の目的と使いどころ

  • 白石 淳/編
  • 2019年07月10日発行
  • B5判
  • 146ページ
  • ISBN 978-4-7581-1629-9
  • 定価:2,200円(本体2,000円+税)
  • 在庫:あり
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特集にあたって

臨床予測ルールとは

白石 淳
(亀田総合病院 救命救急科)

医療における予測

予測とは,将来のことを前もって推し量ることです.まだ生じていないことを現時点の情報から推量するため,予測はしばしば不確実です.

医療の根底にはこの予測があります.医師は,病歴聴取と身体診察を通じて鑑別診断を予測します.検査や画像をオーダーし,まだ見ぬ結果を予測します.ひとたび診断が明らかになれば(時に診断が明らかでなくても),患者に必要な治療と治療可能性を予測し,そして患者の転帰を予測します.このような予測は,初診のときに,一度だけ行われるものではありません.医療においても予測は不確実で,しばしば間違います.間違うたびに予測は改められなければなりません.例えば,発熱している患者の診療では,病歴聴取と身体診察を通じて,患者のどの身体部位でどのような病原体によって感染が生じているのか,感染症は重症であるのか(敗血症かどうか)を予測します.肺炎を予測して,検査と画像をオーダーします.細菌性肺炎と診断した後で,抗菌薬投与が十分有効で,入院する必要はあるが死亡するリスクは低いだろうと予測します.ところが,入院治療を開始した後に実は肺炎ではなかった,感染症ですらなかったと判明すると,予測を最初からやり直すことになります.このように,患者の診断・治療・転帰の多くは未知か不確実なので,これを明らかにして介入していく診療は,絶え間ない予測から成り立っています.

医療における予測の正しさは,診療する環境によって大きく異なってきます.診療する場,患者の違い,医師の経験・能力・専門性によって予測が確からしかったり不確かであったりします.例としてあげた肺炎の診断・治療・転帰の予測の確からしさも,病院の呼吸器外来で経験ある専門医が行うものと,休日夜間診療所の救急で初期研修医が行うものでは異なっているでしょう.

臨床予測ルールとは

診療の場,患者,医師に関連した予測精度の差を埋めて,診療の質を標準化する助けとなってくれるのが臨床予測ルール(clinical prediction rule:CPR)です.CPRとは数式です.数理モデルや関数としてもよいです.診療時点に入手した情報(説明変数)を代入して,診断や転帰の確率(応答変数)を算出する数式です.

結果の確率(応答変数)=ƒ(説明変数1,説明変数2,…)

多くのCPRはシンプルな数式です.関数の中身は整数化された説明変数の線形結合,すなわち単純な和であることが多いです.ICU外での感染症患者の生死の転帰を予測するquick sequential organ failure assessment (qSOFA)を例示します1).qSOFAは,診療を通じて得られた説明変数(GCS,呼吸数,収縮期血圧)を整数化(0もしくは1)し,合計点(0〜3)を求めることで算出されます.qSOFAを開発した研究では,この合計点が2点か3点であれば,0点か1点の患者と比較して死の転帰の確率が3〜14倍高いと報告されました1).感染症を有する患者の死のリスクを医師がうまく予測できなくても(あるいは医師ではない医療者であっても),qSOFAを用いることでリスクの高い患者を抽出して適切な診療に結びつけられることが期待されます.

CPRは,このように診療の質の差を縮めることを目標としています.個々の患者の臨床予測を助けることに加えて,研究や医療機関のベンチマークに用いることもできます.CPRで標準化した患者集団を実際の転帰と比較することで,臨床研究における重症度の指標に用いたり,施設の質の改善に寄与することを試みることができます.すなわち,CPRとは診療・研究・質の向上 (quality improvement program) における標準化のツールとなることを目標として開発されるものです.

人との競争

ここまでCPRの有用さを説明してきましたが,多くのCPRは患者の治療方針を実際に決定する場では不正確な確率しか示してくれません.理想的なCPRには,転帰や診断のリスクが十分に低い集団の除外に利用する場合は感度や陰性的中率が高く,逆に高いリスクの集団の抽出に利用する場合は特異度や陽性的中率が高いことが要求されます.しかし,有名で普及したqSOFAであっても,その死の転帰を予測する感度(61%)と特異度(72%)のいずれも不十分であることが外的検証論文の系統的レビューで報告されています2).死亡率5%の患者集団を仮定すると,qSOFAが陰性の患者と陽性の患者の集団での死亡リスクはそれぞれ3%と10%と予測されます.このように,qSOFAによるリスク集団の分離(discrimination)はいずれも不十分で,人の判断なしにCPRのみで診断するのは難しいです.

CPRをどのように使うか

では人に勝つことのできない多くのCPRを臨床でどのように使うのがよいのでしょうか.その入口は,CPRの研究論文の吟味を学び,どのような場面でどのように用いることができるのか読み解くことです.多くのCPRは目の前の患者の診断・治療・転帰を決定する情報までは提供しませんが,その前段階のよりリスクの高い集団に属するかどうかは教えてくれるかもしれません.多くの患者を診療する救急外来で,トリアージをして,より優先的に診療するか否か,より詳しい検査に進むべきか否かのヒントをすみやかに判断するための助けになるかもしれません.しかし,最終的な患者個別の判断は,診療する医師に委ねられます.

本特集では“CPRをどのように使うか”の学びのために,CPRの研究論文の読み方と,実際のCPRの紹介を含めました.読者諸氏の助けとなれば幸いです.


文献

  • Seymour CW, et al:Assessment of Clinical Criteria for Sepsis:For the Third International Consensus Definitions for Sepsis and Septic Shock (Sepsis-3). JAMA, 315:762-774, 2016
  • Fernando SM, et al:Prognostic Accuracy of the Quick Sequential Organ Failure Assessment for Mortality in Patients With Suspected Infection:A Systematic Review and Meta-analysis. Ann Intern Med, 168:266-275, 2018

著者プロフィール

白石 淳 Atsushi Shiraishi
亀田総合病院 救命救急科
フランシスコ・デ・ゴヤの晩年の作「私はそれでも学び続ける(Aún aprendo)」を座右の銘「画」としています.臨床研究の論文を読み続け,書き続けていくことが,臨床医の診療の質を高めると信じ,若手の先生方と一緒に臨床研究をずっと行い続けています.

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