私たちの身体はさまざまな部品で構成されている.その部品の働きは形態をよく見れば理解できる.例えば,血液の循環に必至な臓器である心臓は体中に血液を送り出すポンプであり,その形はまさに液体を一定方向に動かすアナログ装置として理想的な形をしている.食道からはじまって肛門に至る食べ物の通り道,胃腸,十二指腸,小腸,大腸の形を見れば,食物を消化し,栄養分を吸収するというしくみであることを理解するのに苦労はない.肺も腎臓も比較的容易に理解できる.肝臓や膵臓などはちょっと難しいかもしれないが,それでも血管の様子や,ほかの臓器とのつながり方などを詳細に観察すれば,何とか理解できる.… 続きを読む
私たちの身体はさまざまな部品で構成されている.その部品の働きは形態をよく見れば理解できる.例えば,血液の循環に必至な臓器である心臓は体中に血液を送り出すポンプであり,その形はまさに液体を一定方向に動かすアナログ装置として理想的な形をしている.食道からはじまって肛門に至る食べ物の通り道,胃腸,十二指腸,小腸,大腸の形を見れば,食物を消化し,栄養分を吸収するというしくみであることを理解するのに苦労はない.肺も腎臓も比較的容易に理解できる.肝臓や膵臓などはちょっと難しいかもしれないが,それでも血管の様子や,ほかの臓器とのつながり方などを詳細に観察すれば,何とか理解できる.…
難解?近寄りがたい?そんなイメージを一掃する驚きの入門書!研究の歴史・発見の経緯や身近な例から解説し,複雑な機能もスッキリ理解.ユーモアあふれる著者描きおろしイラストに導かれて,脳研究の魅力を大発見!
-後略-
初心者向けの神経科学分野の教科書は,意外なことに,多くありません.批判を覚悟で言い切ってしまえば,より正確には「多くない」のではなく,「ない」と表現したほうが現状に近いと思います.
これは実に不思議なことです.なぜなら神経科学の研究者は数が多いからです.この日本薬理学会を見渡しても,たとえば,年会で発表される演題の30〜40%が中枢神経系に関するものです.神経科学は薬理学分野でも最大勢力の一つなのです.
にもかかわらず現在,神経科学の書物は,本格的でブ厚い専門家向けの教科書か,あるいは逆に,細部の記述が曖昧な一般向け書籍(これは実にたくさんあります)かの,両端に偏極しています.私は毎年のように,若い学生たちから「脳を勉強したいのですが基礎的な教科書を紹介してください」と頼まれますが,現状では海外の初心者向け教科書を紹介せざるを得ません.
適度な難易度をもった日本語の教科書を切望していたところに登場したのが,ここで紹介する『もっとよくわかる!脳神経科学』です.著者の工藤佳久先生は,すでに前著『脳とグリア細胞』(技術評論社)で,一般向けに脳の解説書を書いています.これは豊富なイラストを用いて,脳の仕組みをグリア細胞の視点からわかりやすく説明するだけでなく,その裏ではニューロン一辺倒の研究に偏りがちな神経科学界への警鐘をならす野心的な名著として話題になりました.
その著者が,今回は神経科学の初心者に向けて解説する本を出したわけですから否が応にも期待が高まります.一気に読み終えた今,期待は確信に変わりました.今後は学生たちに本書を「教科書」として第一推薦図書とします.
私が感じた同書のセールスポイントは大きく4つあります.
一つ目は扱う範囲のバランスのよさです.世間では著者自身の専門領域に強い思い入れを感じさせる本が多い中,本書では“えこひいき”なく,広い領域を俯瞰しています.各章にほぼ10ページ強が割り当てられているという事実が,バランスの取れた教科書であることの傍証でしょう.
二つ目のポイントは,記述が明快でわかりやすいことです.一つひとつの文章は比較的短く,小気味よいテンポで進みます.理系文章のお手本のような作文です.文章に付せられた全150点近くもあるイラストを,著者自ら描いていることも魅力的です.挿絵を外注すると痒いところに手が届くとは言えないことが多いものですが,神経科学の本質を理解している当人が描いている教科書は貴重です.しかも愛嬌のあるイラストばかりで親近感を覚えます.
三つめは時空軸の質感です.神経科学的な発見の歴史的経緯から,最新の知見までを,一気に辿ることのできるスピード感だけではありません.さりげなく「自己組織化」の細目が設けられていたり,スパイク列をバーコードに喩えたり,手ブレ防止やおもらしなどの身近な現象から説明したりと,絶妙な工夫が心地よく広がる読書体験をもたらしてくれます.ここまでこだわっていて,まだ書き足らなかったのでしょう.こぼれ話風なトピックを扱う小コラムが19個も散りばめられていて,これが通読に耐える構成に一役買っています.
四つ目のポイントは,真の意味での初心者へ配慮です.脳研究を志す人の多くは,「私とはなんだろう」「心はどこから生まれるのだろう」という,少々青臭い疑問が,興味のきっかけになっていることでしょう.少なくとも私はそうでした.ところが現実に神経科学に携わるようになると,そんなナイーブな疑問はどこへやら.ふと気づけば,目の前の課題に没頭するだけの専門バカになっています.この本では,最後の4章の焦点を「こころ」に絞っています.臨死体験や洗脳までも真正面から扱います.「そうだ!私が本当に知りたかったことは,マウスやハエの脳ではなくて,ヒトの心の仕組みだった」と,思わずハッとさせられました.こうした気配りが,本書を「ただの教科書」で終わらせない独自の存在にしています.
本書は,厳密にいえば「教科書」としてではなく,名シリーズである『実験医学』の別冊として出版されたものです.最後に出版社の方にお願いがあります.これほどの本を,安易に絶版になさらず,末永く書店に並べてください.若い神経研究者にとって大きな福音となると確信しています.
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