特集にあたって 特集にあたって 山中克郎 医療の原点・身体診察 緒方洪庵(1810–1863)は,江戸後期に活躍した医師です.司馬遼太郎『洪庵のたいまつ』では,「名を求めず,利を求めなかった.あふれるほどの実力がありながら,他人のために生き続けた」人として描かれています.大阪に開いた蘭学塾「適塾」(大阪大学の前身)には,全国から志ある若者が集いました.20年間で1,000名を超える門下生を育て,そのなかには福沢諭吉も名を連ねています.後に福沢諭吉は『福翁自伝』で,「およそ勉強ということについては,実にこの上にしようはないというほどに勉強していた」と述べています.二階の大部屋で暮らした塾生たちは,灯火の下で寝る間を惜しみ,互いに学び,議論し,夢を語り合ったといいます. 洪庵が残した訓戒は,今も私たち医師の心に響きます. 「医者がこの世で生活しているのは,人のためであって自分のためではない.決して有名になろうと思うな.また利益を追おうとするな.ただただ自分をすてよ.そして人を救うことだけを考えよ」 時代が移り変わり,生成AIが診断を補助する時代になっても,心身を病む人を温かく見つめるまなざしと,手のぬくもりを通じた身体診察こそ,医療の原点であることに変わりはありません.身体診察とは,人を「診る」技術であると同時に,人に「優しさと信頼を伝える」技でもあります. 本特集「身体診察 現場でどう活かす?」では,初期研修医が救急や外来で出会う「瞬間」に焦点をあてました.患者さんが診察室まで歩く姿,表情,声の調子 ──その一つひとつに,診断の糸口が潜んでいます. 総論では,「身体診察の意義」「バイタルサインの解釈」「病歴聴取法」をとり上げます.古くから「診断の8割は病歴にあり」といわれますが,患者さんの語る言葉の裏にある「声にならない声」を聴くには,「辛かったですね」「よく頑張られましたね」「今日は来てくださって本当によかったです」という一言が,何よりの鍵となります.最初の1分で信頼を得られなければ,重要な情報は決して引き出せません.診察は,科学(サイエンス)であると同時に,芸術(アート)でもあるのです. 各論では,研修医がしばしば遭遇する「症候」──頭痛,胸痛,腹痛などをとり上げ,どんな質問をすべきか,どこを見て,どのように診察を始めるかを具体的に示しました.さらに,重症化の兆しを見抜くために,臓器別に3つの代表的疾患を選び,実践的に解説しています.例えば頭頸部では巨細胞性動脈炎,心臓では弁膜症,肺では肺炎や喘息──いずれの領域でも,現場を知るエキスパートが,経験に裏づけられた「観察のコツ」を語ってくれます. 執筆陣は,臨床の第一線で活躍する方々です.「バイタルサインの解釈」(原 大知先生,鎌田一宏先生),「頭頸部」(名嘉祐貴先生,平島 修先生),「心臓」(山崎直仁先生),「肺」(松村榮久先生),「腹部」(小野正博先生),「四肢」(瀧宮龍一先生),「神経」(小松桃子先生,加藤勇冴先生,杉田陽一郎先生).「よい仕事をしたいなら,一番忙しい人に頼め」という言葉どおり,私が心から信頼している超一流の臨床医に執筆をお願いしました. また,頸静脈の観察や歩行の観察といった“あの研修医はデキる! と思わせる診察コラム”も掲載しています.生成AIが進歩しても,患者さんに触れながら,細かい観察によって心身の異変を感じとる感性は人間にしか備わらない力です. 身体診察を楽しむ 「身体診察を楽しむ」とは,患者さんの物語に耳を傾け,自分自身の感覚を研ぎ澄ますことです.マニュアルやスコアでは測れない,わずかな変化を感じとった瞬間,臨床はぐっとおもしろくなります.患者さんの心拍を聴きながら「この人を助けたい」と思える瞬間──そこに,医療が学問を超えて“人間の営み”となる理由があります. 本特集が,日々の診療に追われる若い医師たちが「身体診察ってやっぱり楽しい」と感じるきっかけとなれば幸いです.患者さんの苦痛に寄り添い,確かな技術と温かな心を携えて歩むあなたへ.緒方洪庵が灯したたいまつは,いまも私たちの胸のなかで,静かに燃え続けています. Profile 山中克郎(Katsuo Yamanaka) 福島県立医科大学会津医療センター総合内科学講座 特任教授,諏訪中央病院看護専門学校学校長 総合診療科医師,大同病院 内科顧問 専門:総合診療,医師/看護師教育 どんな人生を歩みたいのか,どんな医師をめざすのか.たとえ周囲の賛同を得られなくても,自分はこの時代に何を残すのか──そんな大きな志を胸に抱くことが大切です.地位や報酬だけを追って生きるなら,志はしだいに色あせ,やがて息絶えてしまうでしょう.
特集にあたって 山中克郎 医療の原点・身体診察 緒方洪庵(1810–1863)は,江戸後期に活躍した医師です.司馬遼太郎『洪庵のたいまつ』では,「名を求めず,利を求めなかった.あふれるほどの実力がありながら,他人のために生き続けた」人として描かれています.大阪に開いた蘭学塾「適塾」(大阪大学の前身)には,全国から志ある若者が集いました.20年間で1,000名を超える門下生を育て,そのなかには福沢諭吉も名を連ねています.後に福沢諭吉は『福翁自伝』で,「およそ勉強ということについては,実にこの上にしようはないというほどに勉強していた」と述べています.二階の大部屋で暮らした塾生たちは,灯火の下で寝る間を惜しみ,互いに学び,議論し,夢を語り合ったといいます. 洪庵が残した訓戒は,今も私たち医師の心に響きます. 「医者がこの世で生活しているのは,人のためであって自分のためではない.決して有名になろうと思うな.また利益を追おうとするな.ただただ自分をすてよ.そして人を救うことだけを考えよ」 時代が移り変わり,生成AIが診断を補助する時代になっても,心身を病む人を温かく見つめるまなざしと,手のぬくもりを通じた身体診察こそ,医療の原点であることに変わりはありません.身体診察とは,人を「診る」技術であると同時に,人に「優しさと信頼を伝える」技でもあります. 本特集「身体診察 現場でどう活かす?」では,初期研修医が救急や外来で出会う「瞬間」に焦点をあてました.患者さんが診察室まで歩く姿,表情,声の調子 ──その一つひとつに,診断の糸口が潜んでいます. 総論では,「身体診察の意義」「バイタルサインの解釈」「病歴聴取法」をとり上げます.古くから「診断の8割は病歴にあり」といわれますが,患者さんの語る言葉の裏にある「声にならない声」を聴くには,「辛かったですね」「よく頑張られましたね」「今日は来てくださって本当によかったです」という一言が,何よりの鍵となります.最初の1分で信頼を得られなければ,重要な情報は決して引き出せません.診察は,科学(サイエンス)であると同時に,芸術(アート)でもあるのです. 各論では,研修医がしばしば遭遇する「症候」──頭痛,胸痛,腹痛などをとり上げ,どんな質問をすべきか,どこを見て,どのように診察を始めるかを具体的に示しました.さらに,重症化の兆しを見抜くために,臓器別に3つの代表的疾患を選び,実践的に解説しています.例えば頭頸部では巨細胞性動脈炎,心臓では弁膜症,肺では肺炎や喘息──いずれの領域でも,現場を知るエキスパートが,経験に裏づけられた「観察のコツ」を語ってくれます. 執筆陣は,臨床の第一線で活躍する方々です.「バイタルサインの解釈」(原 大知先生,鎌田一宏先生),「頭頸部」(名嘉祐貴先生,平島 修先生),「心臓」(山崎直仁先生),「肺」(松村榮久先生),「腹部」(小野正博先生),「四肢」(瀧宮龍一先生),「神経」(小松桃子先生,加藤勇冴先生,杉田陽一郎先生).「よい仕事をしたいなら,一番忙しい人に頼め」という言葉どおり,私が心から信頼している超一流の臨床医に執筆をお願いしました. また,頸静脈の観察や歩行の観察といった“あの研修医はデキる! と思わせる診察コラム”も掲載しています.生成AIが進歩しても,患者さんに触れながら,細かい観察によって心身の異変を感じとる感性は人間にしか備わらない力です. 身体診察を楽しむ 「身体診察を楽しむ」とは,患者さんの物語に耳を傾け,自分自身の感覚を研ぎ澄ますことです.マニュアルやスコアでは測れない,わずかな変化を感じとった瞬間,臨床はぐっとおもしろくなります.患者さんの心拍を聴きながら「この人を助けたい」と思える瞬間──そこに,医療が学問を超えて“人間の営み”となる理由があります. 本特集が,日々の診療に追われる若い医師たちが「身体診察ってやっぱり楽しい」と感じるきっかけとなれば幸いです.患者さんの苦痛に寄り添い,確かな技術と温かな心を携えて歩むあなたへ.緒方洪庵が灯したたいまつは,いまも私たちの胸のなかで,静かに燃え続けています. Profile 山中克郎(Katsuo Yamanaka) 福島県立医科大学会津医療センター総合内科学講座 特任教授,諏訪中央病院看護専門学校学校長 総合診療科医師,大同病院 内科顧問 専門:総合診療,医師/看護師教育 どんな人生を歩みたいのか,どんな医師をめざすのか.たとえ周囲の賛同を得られなくても,自分はこの時代に何を残すのか──そんな大きな志を胸に抱くことが大切です.地位や報酬だけを追って生きるなら,志はしだいに色あせ,やがて息絶えてしまうでしょう.