レジデントノート:入院患者の血糖マネジメント〜どんな病態でも迷わない臨床思考を身につける!
レジデントノート 2026年10月号 Vol.28 No.10

入院患者の血糖マネジメント

どんな病態でも迷わない臨床思考を身につける!

  • 津村和大/編
  • 2026年09月10日発行
  • B5判
  • 156ページ
  • ISBN 978-4-7581-2758-5
  • 2,750(本体2,500円+税)
  • 在庫:予約受付中

特集にあたって

特集にあたって

本質を見抜く臨床思考が未来の糖尿病医療を拓く

津村和大

 

1 糖尿病医療は新たな成熟期へ

糖尿病・ダイアベティス医療は,いま,かつてない成熟期を迎えています.

新たな薬剤の登場により,治療は血糖マネジメントにとどまらず,心血管疾患,腎疾患,肥満症を見据えた包括的医療へと大きく発展しました.CGMやTime in Rangeに代表されるテクノロジーや評価指標は血糖マネジメントの概念そのものを変え,多様な専門性をもつ医師が,それぞれの診療領域で糖尿病診療を担う時代となっています.さらに,フレイルやサルコペニアへの対応,超高齢社会を見据えた個別化医療など,糖尿病医療は患者一人ひとりに最適な医療を追求できる新たな段階へと歩みを進めています.

医療そのものの価値観も大きく変わりつつあります.糖尿病や肥満症に対するスティグマの払拭,アドボカシー,Shared Decision Making,Patient and Public Involvementなどを通じて,患者さんと医療者がともに最善の医療を創り上げることが世界の潮流となりました.また,多職種連携も成熟し,医師だけでなく,看護師,管理栄養士,薬剤師,臨床検査技師,理学療法士をはじめとする多くの医療専門職が,それぞれの専門性を尊重しながら,一人ひとりの患者さんを支える時代を迎えています.

 

2 血糖マネジメントにおける臨床思考の可視化

臨床エビデンスの蓄積も飛躍的に進み,それらを体系化した診療ガイドラインやコンセンサスは,日常診療を支える確かな羅針盤となっています.しかし,その一方で,研修医の先生方が向き合う臨床は,決してガイドラインだけでは答えを導き出せない世界でもあります.

感染症を合併した患者さん,心不全や腎障害を有する患者さん,食事摂取量が日々変化する患者さん,周術期やステロイド投与中の患者さん ―― それぞれの病態はとても複雑で,きっと教科書に書かれているとおりの患者さんは,一人として存在しません.だからこそ,本当に身につけるべきものは,「何を覚えるか」ではなく,「どう考えるか」です.

 

・なぜ,この患者さんにはこの治療を選択するのか

・なぜ,この場面では血糖値よりも食事摂取量を重視するのか

・なぜ,ここではインスリンを増やすのではなく,減量という選択が求められるのか

 

こうした問いは,アルゴリズムを覚えるだけでは答えきれません.病態を理解し,患者背景を読み解き,安全性と有効性のバランスを見極めながら,その患者さんにふさわしい一手を導き出す必要があります.専門医はこうした判断を日々積み重ねていますが,その思考過程が体系的に言語化される機会は,決して多くありません.

本特集がめざしたのは,まさにその「臨床思考の可視化」です.

 

・単に「こうする」と伝えるのではなく,「なぜそう考えるのか」を伝えること

・単にガイドラインを示すのではなく,その推奨に至る思考の道筋を理解すること

・単に知識を増やすのではなく,次に同じような患者さんと出会ったとき,自ら考え,自ら判断できる力を育むこと

 

その想いのもと,本特集では,第一線で活躍されている先生方に,それぞれの専門領域において培われた臨床思考を余すところなくご披露いただきました.迷いやすい場面で何に着目し,何を優先し,どのような論理を積み重ねて最善の意思決定へと至るのか,という研修医の先生方が最も知りたい専門医の「思考の軌跡」を,できる限り丁寧に言葉にしていただいています.

 

3 未来の医療を創る皆さんへ

本特集を読み終えたとき,皆さんのなかに,本質を見抜く臨床思考の礎が築かれていることを願っています.一つひとつの診療場面で,「まず何を考えるべきか」「何を優先すべきか」「その判断は本当に患者さんにとって最善なのか」と,自ら問いを立て,考え続ける姿勢こそが,本特集で最もお伝えしたいことです.

糖尿病医療は,これからも進化を続けます.新しい薬剤,新しいテクノロジー,新たなエビデンス.その歩みはさらに加速し,私たちの前には,これまで以上に豊かな可能性が広がっていくことでしょう.しかし,その進歩に真の価値を与えるのは,いつの時代も臨床医の思考です.

未来の糖尿病医療を創るのは,これからの時代を担う皆さんです.本特集が,単なる血糖マネジメントの知識を学ぶ一冊ではなく,生涯にわたり考え続け,学び続け,成長し続けるための出発点となれば,編集者としてこれ以上の喜びはありません.

 

Clinical Pearl 編集者からのひとこと

①糖尿病治療の基本 ―「インスリン分泌能」と「インスリン抵抗性」の2軸で考える

糖尿病の治療を考えるときには,まず一人ひとりのインスリン分泌能とインスリン抵抗性を把握することが大切です.血糖値は,膵β細胞からどの程度インスリンを分泌できるかという「インスリン分泌能」と,分泌されたインスリンが肝臓・骨格筋・脂肪組織などでどの程度作用するかという「インスリン感受性(抵抗性)」のバランスによって大きく左右されます.この2つの視点は,糖尿病の病型や病態を理解し,治療方針を考えるうえで重要な基本軸となります.

たとえば,インスリン分泌能が著しく低下していればインスリン治療の必要性を考え,インスリン抵抗性が強ければ,その背景を評価し,それに適した治療を検討します.実際の薬剤選択では,年齢,腎機能,併存疾患,低血糖リスクなども併せて考える必要があります.本特集でも,この2つの視点を基盤とした解説が随所に登場します.血糖値を見るときには,「なぜ高くなっているのだろう」と,その背景に目を向けるように心がけましょう.

②「先を読む」責任インスリン,「今に対応する」スライディングスケール

インスリンのスライディングスケールは,測定した血糖値に応じてインスリンを追加・調整する方法です.ただし,血糖値が変動してから対応する「後追い」の方法であるため,漫然と使用することは避けましょう.基本となるのは,「この血糖値には,どのインスリンが主に影響しているのか」という責任インスリンの考え方です.食事摂取量や病状,血糖推移がある程度予測できる場合には,責任インスリンを考えて翌日の予定投与量をあらかじめ調整します.一方,食事摂取量が予測できない場合や,感染症・発熱などによるインスリン抵抗性の変化が見通せない場合には,スライディングスケールによる補正が役立ちます.実際には両者を併用することもあります.大切なのは,スライディングスケールを機械的に続けるのではなく,「なぜこの血糖値になったのか」を考え,その結果を次のインスリン処方に反映させることです.

③「糖尿病」から「ダイアベティス」へ ― 呼称を見直す意味

本特集では,「糖尿病」を「ダイアベティス」と記載しているところがあります.少し聞き慣れない言葉かもしれません.「糖尿病」という病名は,尿に糖が出ることに着目した時代に生まれ,わが国では100年以上にわたり使われてきました.しかし現在では,糖尿病は単に「尿に糖が出る病気」ではなく,全身の代謝にかかわる疾患として理解されています.また,「糖尿病」という言葉に負のイメージを感じたり,病名によって偏見や誤解を受けたりする方がいることも分かってきました.こうした背景から,日本糖尿病協会と日本糖尿病学会は,糖尿病のある方々の声にも耳を傾けながら,より望ましい呼称として「ダイアベティス」を提案しています.

この取り組みの本質は,単に病名を言い換えることではありません.私たち医療者が日頃使う「ことば」が患者さんにどのように受け止められるのかを考え,一人ひとりを尊重して診療することです.研修医の皆さんにも,病気だけでなく,その病気とともに暮らす「人」に目を向けるきっかけにしていただければと思います.

 

Profile
津村和大(Kazuhiro Tsumura)
川崎市立川崎病院 病態栄養治療部・教育指導部 部長
1997年慶應義塾大学医学部を卒業.2007年京都大学大学院医学研究科修了(医療経済学).現在,川崎市立川崎病院において教育・研究部門を統括するとともに,糖尿病診療に従事.
厚生労働省では臨床研究の企画・評価委員を歴任.日本医療研究開発機構(AMED)の創設時よりプログラムオフィサーとして,糖尿病領域を中心に研究課題の企画,評価および進捗管理を担当.
日本病態栄養学会業務執行理事・広報委員長,日本糖尿病協会業務執行理事・「さかえ」編集委員長・第13回JADEC年次学術集会会長,神奈川県糖尿病協会会長・理事長として,糖尿病・栄養領域における社会啓発と人材育成にも尽力.

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