特集にあたって 特集にあたって 石倉宏恭 敗血症は「感染症に対する制御不能な生体反応によって引き起こされる,生命を脅かす急性臓器障害」と定義されます.つまり,体内に侵入した病原微生物に対する生体の防御反応が破綻して制御不能な状態に陥り,その結果として臓器障害が生じる症候群で,今なお世界的な主要死因の1つです. 近年の推計によると,世界では年間約4,890万人が敗血症を発症し,約1,100万人が敗血症関連で死亡しており,これは全死亡の約20%を占めるとされています.さらに,高齢化や慢性疾患の増加を背景に,1990年以降,発症数・死亡数ともに増加傾向にあります1).一方で敗血症の早期認知や治療戦略の進歩により院内死亡率は徐々に改善しているものの,依然として高い水準にあり,特に敗血症性ショックではその傾向は顕著で,重症例における予後改善は喫緊の課題です. 本邦においても同様に,敗血症は重要な医療課題です.全国規模の調査では,敗血症患者の院内死亡率は約20〜30%,敗血症性ショックでは30%を超えるとされます.一方で,2010年から2020年にかけて死亡率は有意に低下し,敗血症性ショックの院内死亡率は約47%から33%へと改善しました2).しかしながら,入院患者に占める敗血症の割合は増加しており,死亡数の絶対数は必ずしも減少していません.さらに,超高齢化を背景に80歳以上の患者が増加しており,これらの患者は予後不良例が多く3),今後の大きな課題となっています. このような状況のなか,敗血症診療の標準化と質の向上を目的に本邦や欧米で診療ガイドラインが整備されました.国際的には2004年に初版が公表されたSurviving Sepsis Campaign Guidelines(SSCG)が広く普及し,4年ごとに改訂を重ねながら早期抗菌薬投与や初期蘇生戦略の確立に大きく寄与してきました.直近では2026年版が公表されています4).本邦でも,「日本版敗血症診療ガイドライン(J-SSCG)」の改訂が重ねられ,『J-SSCG 2024』では診断,感染源制御,抗菌薬治療,初期蘇生,血液浄化療法,さらにはPost-Intensive Care Syndrome(PICS)や患者・家族支援に至るまで,包括的な推奨が提示されています5,6). これらのガイドラインは,エビデンスに基づく診療の均てん化と質の向上に大きく寄与してきました.しかし,その一方でガイドラインを「絶対的な指針(バイブル)」として無批判に適用する風潮が一部に見受けられることも事実です.本来,ガイドラインは臨床意思決定を支援するための「推奨の集合体」であり,個々の患者に対する最適解を一義的に規定するものではありません.推奨の多くは,対象集団における平均的な利益と不利益のバランスに基づいて策定されており,目の前の患者の背景(年齢,併存疾患,治療目標,社会的要因など)によっては,そのまま適用することが必ずしも最善とは限りません.また,推奨の強さやエビデンスの確実性(certainty of evidence)には幅があり,とりわけ弱い推奨では臨床医の判断や患者の価値観がより重要となります7). さらに,ガイドラインの根拠となるエビデンスにも限界があります.ランダム化比較試験は内的妥当性に優れる一方,選択基準により外的妥当性が制限される場合があります.また,大規模データベース研究や機械学習モデルの知見も活用されていますが,リアルワールドにおける遵守状況や施設間格差,交絡やバイアスの影響を完全に排除することはできません8).したがって,ガイドラインの背後にあるエビデンスの質や前提条件を理解して,吟味する姿勢が不可欠です. 筆者は,コロナ禍で学術活動が制限されていた2021年に,日本敗血症診断・治療研究会(Japan Sepsis Treatment and Diagnosis:J-STAD study group)を立ち上げました.内向きになりがちな状況においても,若手救急・集中治療医が外向きに発信する場を創出することを目的としたものです.COVID-19が重症感染症として敗血症の側面を有していたことも背景にあります.本研究会では年に1度のカンファレンス(主に5月)およびセミナー(主に10月)を開催し,これらを通じて敗血症に関する最新の知見を成果物として論文発信してきたほか,多施設研究の企画も進めています.双方向参加型の研究会として活動しており,関心のある先生方にはぜひ参加していただきたいです9).なお,本特集の執筆は,J-STADの主要メンバーにお願いしました. 敗血症は「時間との闘い」であると同時に,「多職種連携という医療システムの質」が問われる疾患でもあります.本特集では,エビデンス(Evidence-based Medicine)の解説にとどまらず,執筆者らの経験知(Experience-based Medicine)も提示することで,診断から治療,さらには長期予後や社会的課題に至るまで,多角的な視点から敗血症診療の現状と未来を俯瞰することを目的としました.読者の皆様にとって,本特集が日常診療の質向上のみならず,新たな研究や臨床実践の契機となることを期待しています. 末筆ではありますが,日々の緊迫した救急・集中治療診療のなか,今回の執筆依頼を快諾し,貴重な知見を素晴らしい原稿としてお寄せくださった執筆者の皆様に,心より感謝申し上げます. 引用文献 1) GBD 2021 Global Sepsis Collaborators:Global, regional, and national sepsis incidence and mortality, 1990-2021: a systematic analysis. Lancet Glob Health, 13:e2013-e2026, 2025(PMID:41135560)2) Imaeda T, et al:Epidemiology and outcomes of septic shock in Japan: a nationwide retrospective cohort study from a medical claims database by the Japan Sepsis Alliance (JaSA) study group. Crit Care, 29:309, 2025(PMID:40671140)3) Kobayashi H, et al:Age-related epidemiology and outcomes of sepsis in Japanese critical care units: a nationwide administrative claims database study. J Intensive Care, 13:66, 2025(PMID:41408369)4) Prescott HC, et al:Surviving Sepsis Campaign: International Guidelines for Management of Sepsis and Septic Shock 2026. Crit Care Med, 54:725-812, 2026(PMID:41869847)5) Shime N, et al:The Japanese Clinical Practice Guidelines for Management of Sepsis and Septic Shock 2024. Acute Med Surg, 12:e70037, 2025(PMID:39996161) 6) 日本集中治療医学会・日本救急医学会 日本版敗血症診療ガイドライン2024 特別委員会:日本版敗血症診療ガイドライン2024.日本集中治療医学会雑誌,31:S1165-1313,20247) Guyatt GH, et al:GRADE: an emerging consensus on rating quality of evidence and strength of recommendations. BMJ, 336:924-926, 2008(PMID:18436948) 8) Ohbe H, et al:Impact of the Japanese clinical practice guidelines for management of sepsis and septic shock (J-SSCG) 2020 on real-world adherence and interhospital variation: a nationwide inpatient database study. Crit Care, 29:225, 2025(PMID:40462110) 9) 日本敗血症診断・治療研究会(J-STAD研究会):https://square.umin.ac.jp/j-stad/ Profile石倉宏恭(Hiroyasu Ishikura)J-STAD研究会代表幹事福岡大学 名誉教授洛和会音羽病院 救急・集中治療センター センター長私は2000年初頭に日本救急医学会DIC特別委員会の委員として「急性期DIC診断基準」の作成に携わりました.それ以来,血液凝固線溶異常をライフワークに現在まで学術活動を行ってきました.救急・集中治療の分野では外科系救急を専門に,多発外傷,急性腹症等の症例に対して多くの手術をおこなってきました.時には患者が重症敗血症に陥り,救命のために昼夜を問わず寝食を忘れて,患者の治療に没頭しました.これが縁で敗血症や敗血症性凝固異常(DIC)の診断・治療が天職になりましたが,「努力は必ず報われる」を何度も経験しました.私の座右の銘は「艱難汝を玉にす(かんなんなんじをたまにす)」です.救急・集中治療医を目指す若い先生達にこの言葉を贈ります.是非一人でも多くの患者を救命してください.
特集にあたって 石倉宏恭 敗血症は「感染症に対する制御不能な生体反応によって引き起こされる,生命を脅かす急性臓器障害」と定義されます.つまり,体内に侵入した病原微生物に対する生体の防御反応が破綻して制御不能な状態に陥り,その結果として臓器障害が生じる症候群で,今なお世界的な主要死因の1つです. 近年の推計によると,世界では年間約4,890万人が敗血症を発症し,約1,100万人が敗血症関連で死亡しており,これは全死亡の約20%を占めるとされています.さらに,高齢化や慢性疾患の増加を背景に,1990年以降,発症数・死亡数ともに増加傾向にあります1).一方で敗血症の早期認知や治療戦略の進歩により院内死亡率は徐々に改善しているものの,依然として高い水準にあり,特に敗血症性ショックではその傾向は顕著で,重症例における予後改善は喫緊の課題です. 本邦においても同様に,敗血症は重要な医療課題です.全国規模の調査では,敗血症患者の院内死亡率は約20〜30%,敗血症性ショックでは30%を超えるとされます.一方で,2010年から2020年にかけて死亡率は有意に低下し,敗血症性ショックの院内死亡率は約47%から33%へと改善しました2).しかしながら,入院患者に占める敗血症の割合は増加しており,死亡数の絶対数は必ずしも減少していません.さらに,超高齢化を背景に80歳以上の患者が増加しており,これらの患者は予後不良例が多く3),今後の大きな課題となっています. このような状況のなか,敗血症診療の標準化と質の向上を目的に本邦や欧米で診療ガイドラインが整備されました.国際的には2004年に初版が公表されたSurviving Sepsis Campaign Guidelines(SSCG)が広く普及し,4年ごとに改訂を重ねながら早期抗菌薬投与や初期蘇生戦略の確立に大きく寄与してきました.直近では2026年版が公表されています4).本邦でも,「日本版敗血症診療ガイドライン(J-SSCG)」の改訂が重ねられ,『J-SSCG 2024』では診断,感染源制御,抗菌薬治療,初期蘇生,血液浄化療法,さらにはPost-Intensive Care Syndrome(PICS)や患者・家族支援に至るまで,包括的な推奨が提示されています5,6). これらのガイドラインは,エビデンスに基づく診療の均てん化と質の向上に大きく寄与してきました.しかし,その一方でガイドラインを「絶対的な指針(バイブル)」として無批判に適用する風潮が一部に見受けられることも事実です.本来,ガイドラインは臨床意思決定を支援するための「推奨の集合体」であり,個々の患者に対する最適解を一義的に規定するものではありません.推奨の多くは,対象集団における平均的な利益と不利益のバランスに基づいて策定されており,目の前の患者の背景(年齢,併存疾患,治療目標,社会的要因など)によっては,そのまま適用することが必ずしも最善とは限りません.また,推奨の強さやエビデンスの確実性(certainty of evidence)には幅があり,とりわけ弱い推奨では臨床医の判断や患者の価値観がより重要となります7). さらに,ガイドラインの根拠となるエビデンスにも限界があります.ランダム化比較試験は内的妥当性に優れる一方,選択基準により外的妥当性が制限される場合があります.また,大規模データベース研究や機械学習モデルの知見も活用されていますが,リアルワールドにおける遵守状況や施設間格差,交絡やバイアスの影響を完全に排除することはできません8).したがって,ガイドラインの背後にあるエビデンスの質や前提条件を理解して,吟味する姿勢が不可欠です. 筆者は,コロナ禍で学術活動が制限されていた2021年に,日本敗血症診断・治療研究会(Japan Sepsis Treatment and Diagnosis:J-STAD study group)を立ち上げました.内向きになりがちな状況においても,若手救急・集中治療医が外向きに発信する場を創出することを目的としたものです.COVID-19が重症感染症として敗血症の側面を有していたことも背景にあります.本研究会では年に1度のカンファレンス(主に5月)およびセミナー(主に10月)を開催し,これらを通じて敗血症に関する最新の知見を成果物として論文発信してきたほか,多施設研究の企画も進めています.双方向参加型の研究会として活動しており,関心のある先生方にはぜひ参加していただきたいです9).なお,本特集の執筆は,J-STADの主要メンバーにお願いしました. 敗血症は「時間との闘い」であると同時に,「多職種連携という医療システムの質」が問われる疾患でもあります.本特集では,エビデンス(Evidence-based Medicine)の解説にとどまらず,執筆者らの経験知(Experience-based Medicine)も提示することで,診断から治療,さらには長期予後や社会的課題に至るまで,多角的な視点から敗血症診療の現状と未来を俯瞰することを目的としました.読者の皆様にとって,本特集が日常診療の質向上のみならず,新たな研究や臨床実践の契機となることを期待しています. 末筆ではありますが,日々の緊迫した救急・集中治療診療のなか,今回の執筆依頼を快諾し,貴重な知見を素晴らしい原稿としてお寄せくださった執筆者の皆様に,心より感謝申し上げます. 引用文献 1) GBD 2021 Global Sepsis Collaborators:Global, regional, and national sepsis incidence and mortality, 1990-2021: a systematic analysis. Lancet Glob Health, 13:e2013-e2026, 2025(PMID:41135560)2) Imaeda T, et al:Epidemiology and outcomes of septic shock in Japan: a nationwide retrospective cohort study from a medical claims database by the Japan Sepsis Alliance (JaSA) study group. Crit Care, 29:309, 2025(PMID:40671140)3) Kobayashi H, et al:Age-related epidemiology and outcomes of sepsis in Japanese critical care units: a nationwide administrative claims database study. J Intensive Care, 13:66, 2025(PMID:41408369)4) Prescott HC, et al:Surviving Sepsis Campaign: International Guidelines for Management of Sepsis and Septic Shock 2026. Crit Care Med, 54:725-812, 2026(PMID:41869847)5) Shime N, et al:The Japanese Clinical Practice Guidelines for Management of Sepsis and Septic Shock 2024. Acute Med Surg, 12:e70037, 2025(PMID:39996161) 6) 日本集中治療医学会・日本救急医学会 日本版敗血症診療ガイドライン2024 特別委員会:日本版敗血症診療ガイドライン2024.日本集中治療医学会雑誌,31:S1165-1313,20247) Guyatt GH, et al:GRADE: an emerging consensus on rating quality of evidence and strength of recommendations. BMJ, 336:924-926, 2008(PMID:18436948) 8) Ohbe H, et al:Impact of the Japanese clinical practice guidelines for management of sepsis and septic shock (J-SSCG) 2020 on real-world adherence and interhospital variation: a nationwide inpatient database study. Crit Care, 29:225, 2025(PMID:40462110) 9) 日本敗血症診断・治療研究会(J-STAD研究会):https://square.umin.ac.jp/j-stad/ Profile石倉宏恭(Hiroyasu Ishikura)J-STAD研究会代表幹事福岡大学 名誉教授洛和会音羽病院 救急・集中治療センター センター長私は2000年初頭に日本救急医学会DIC特別委員会の委員として「急性期DIC診断基準」の作成に携わりました.それ以来,血液凝固線溶異常をライフワークに現在まで学術活動を行ってきました.救急・集中治療の分野では外科系救急を専門に,多発外傷,急性腹症等の症例に対して多くの手術をおこなってきました.時には患者が重症敗血症に陥り,救命のために昼夜を問わず寝食を忘れて,患者の治療に没頭しました.これが縁で敗血症や敗血症性凝固異常(DIC)の診断・治療が天職になりましたが,「努力は必ず報われる」を何度も経験しました.私の座右の銘は「艱難汝を玉にす(かんなんなんじをたまにす)」です.救急・集中治療医を目指す若い先生達にこの言葉を贈ります.是非一人でも多くの患者を救命してください.