症例:嘔吐したため救急搬送された70歳代女性 79歳女性.屋内でのADLは全自立で,屋外では杖を使って歩行している.搬送4日前から排尿時の違和感,頻尿を訴えていた.搬送前日の夜間から悪寒戦慄があり,トイレで嘔吐したため救急車搬送となった. 来院時バイタルサイン:意識JCSⅡ-10,体温39.0℃,血圧75/50 mmHg,脈拍数110回/分・整,呼吸数28回/分,SpO2 98%(room air). 身体所見:全身状態不良,舌乾燥あり,右肋骨脊柱角の叩打痛あり,呼吸様式は大呼吸,右腎把握痛あり,末梢は温かい,毛細血管再充満時間>2秒であった. ER看護師がテキパキと点滴ルートや採血の準備をしている.ここで,看護師から質問が飛んできた.「先生,輸液は何を準備しますか?」 ⓑ生理食塩水ⓓ乳酸リンゲル液か酢酸リンゲル液 1 敗血症を疑ったときに輸液は何を使用すればよいか? ● ショックのときの輸液製剤 どの輸液製剤を使うべきか,皆さんは真剣に考えたことがありますか.なんとなく生理食塩水(normal saline:NS)を使ったり,最悪の場合は維持液を指示したりしていませんか? 本症例では,まだ血液ガスの結果はわかりませんがおそらく代謝性アシドーシスがあると予想されます.なぜって? 呼吸数に注目です.そう,大呼吸で頻呼吸です.これはアシデミアを代償しようと頑張っている所見だと考えられます.有名なところでは糖尿病性ケトアシドーシスがありますが,ショックの状態で乳酸アシドーシスとなっても同様に大呼吸で頻呼吸を示します.また毛細血管再充満時間(capillary refiling test:CRT)も延長していますね? これは末梢循環不全を示しています.これらの所見から,低血圧による組織低灌流が示唆され一瞬でショックであると判断できます. ショックの場合,まず選択するべき輸液は晶質液かつ,張度が血液と近い等張液の細胞外液です.さらに言えば,生理食塩水よりも乳酸リンゲル液や酢酸リンゲル液などのバランス輸液がベターなのではないか,とされています.1つ1つ勉強していきましょう. ❶ 膠質液 アルブミン製剤が代表である膠質液はより高い浸透圧をもち,血管外から血管内に水分を引っ張るため晶質液よりも少ない量で同等の有効循環血液量増量の効果を示すと考えられていました.しかし,複数のRCTやメタ解析で晶質液でも膠質液でも死亡率には差がないという結果が相次ぎました1~4).また膠質液にはコストがかかる,アレルギー反応や凝固障害などの副作用が多いというデメリットがあるため,現在では晶質液が第1選択となっています. ❷ 晶質液~生理食塩水とバランス輸液製剤 晶質液は生理食塩水とバランス輸液製剤に大きく分けることができます.バランス輸液製剤とはリンゲル液のことで,Na濃度がNSより低く,その代わりにCaやMgイオンなどを含んだ,より生理的な組成になっています.さらに陰イオンのなかには緩衝材として乳酸,酢酸,重炭酸イオンなどが含まれているという特徴があります.それぞれの組成を表1にまとめました.眺めるとわかるように,生理食塩水は血漿と比較して大量のClイオンが含まれている一方でCaやMgなどは一切含まれません.普段,生理食塩水を何リットルも投与する機会はないので意識しませんが,こと敗血症においては大量輸液が必要となりうるため,注意が必要です.生理食塩水大量負荷によって起こりうる害を表2に示します.これに関しても複数の研究があり,わかっていることはNS群では急性腎障害や代謝性アシドーシスが多くなる可能性があることです.一方で死亡率などの予後に関しては結論が出ていません5〜7).以上から,敗血症の初期輸液であえてNSを選択する理由はなくバランス輸液製剤を選択するほうがよさそう,ということがわかります.というわけで,正解はⓑとⓓで,ⓓのほうが大正解となります. 文献 1) Finfer S, et al:A comparison of albumin and saline for fluid resuscitation in the intensive care unit. N Engl J Med, 350:2247-2256, 2004(PMID:15163774) ↑ICUの蘇生期の輸液として使うのはアルブミン製剤か生理食塩水かを検討したエポックメイキングな試験です. 2) Annane D, et al:Effects of fluid resuscitation with colloids vs crystalloids on mortality in critically ill patients presenting with hypovolemic shock:the CRISTAL randomized trial. JAMA, 310:1809-1817, 2013(PMID:24108515) ↑SAFE studyから9年のときを経ても結果は変わらず. 3) Perel P, et al:Colloids versus crystalloids for fluid resuscitation in critically ill patients. Cochrane Database Syst Rev, 28:CD000567, 2013(PMID:23450531) ↑Cochraneによるシステマティックレビューでも重症患者の蘇生期の輸液は晶質液でよいと結論付けられています. 4) Caironi P, et al:Albumin replacement in patients with severe sepsis or septic shock. N Engl J Med, 370:1412-1421, 2014(PMID:24635772) 5) Yunos NM, et al:Association between a chloride-liberal vs chloride-restrictive intravenous fluid administration strategy and kidney injury in critically ill adults. JAMA, 308:1566-1572, 2012(PMID:23073953) ↑重症患者の輸液として使うのは生理食塩水かバランス輸液製剤かを検討した代表的な研究. 6) Raghunathan K, et al:Association between the choice of IV crystalloid and in-hospital mortality among critically ill adults with sepsis*. Crit Care Med, 42:1585-1591, 2014(PMID:24674927) ↑晶質液の種類を敗血症に絞って検討した研究. 7) Young P, et al:Effect of a Buffered Crystalloid Solution vs Saline on Acute Kidney Injury Among Patients in the Intensive Care Unit:The SPLIT Randomized Clinical Trial. JAMA, 314:1701-1710, 2015(PMID:26444692) ↑すでにAKIがある患者に対する晶質液の種類の検討. (2020/5/15公開) 戻る この"ドリル"の掲載書をご紹介します レジデントノート 2020年5月号 Vol.22 No.3輸液ドリル実践に役立つ基本がわかる問題集 西﨑祐史/編 定価:2,000円+税 在庫:あり 月刊レジデントノート 最新号 次号案内 バックナンバー 連載一覧 掲載広告一覧 定期購読案内 定期購読WEB版サービス 定期購読申込状況 レジデントノート増刊 最新号 次号案内 バックナンバー 定期購読案内 residentnote @Yodosha_RN その他の羊土社のページ ウェブGノート 実験医学online 教科書・サブテキスト 広告出稿をお考えの方へ 広告出稿の案内