[巻頭インタビュー]あの先生に会いたい!番外編1 英語は苦手でした(徳田先生)

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レジデントノートインタビューコーナー『あの先生に会いたい!』では,さまざまなフィールドでご活躍中の先生に,医師として歩んでこられた道のりや,現在,そして将来のこと,さらに私生活とのバランスの取り方などについて語っていただきます.また番外編では,本誌に収まりきらなかった内容をホームページ限定で紹介していきます.

番外編1 英語は苦手でした

下井辰徳先生(以下敬称略):沖縄県立中部病院(以下,中部病院)では,外国の先生が指導医としていらしたそうですが,カンファレンスは英語でするのですか.

徳田安春先生(以下敬称略):そうですね.アメリカ人医師がいるときは英語でやっていました.ただ日本人同士になるとやっぱり日本語でしたね.私がインターンのころ,プログラムディレクターはTalwalker先生(Dr. Y.B. Talwalker)というアメリカ人の小児科医でした.ですから小児科をまわっているときは,カンファレンスは全部英語でやっていました.朝のケースプレゼンテーションも全部英語です.

下井:英語はつい大変に感じてしまいます.先生は最初から英語でプレゼンテーションができていらしたのですか.

徳田:私は英語が苦手で,アメリカに留学するときに勉強して何とかぎりぎり大丈夫,という形でしたので,向こうに行ってからも大変苦労しました.

 ただ,医学ケースプレゼンテーションに関しては型が決まっていますから,普段からやって慣れないとできないのかなと思います.英語でのプレゼンに関して日本の研修医はあまりトレーニングされていないですね.シンガポールや台湾といった,いろいろな国で,レジデントのケースプレゼンテーションを見てきましたが,みんな英語でやっていて上手です.日本の研修医もグローバルスタンダードに合わせて,ケースプレゼンテーションは英語でやってもいいのではないかとは思います.

下井:中部病院に実際にいらした外国の先生は,一緒に診察しながら患者さんのバックアップをされるのですか.

徳田:本土復帰前はアメリカの統治下だったので,アメリカ人の医者が普通に手術や診察をしていました.ところが,70年代になって本土復帰すると,外国人医師は日本の医師免許がないと直接診察できないことになりました.そのためスタッフ全員が日本人になって,外国人医師にはコンサルタントという形に変わりました.

下井:実際にはどのような形でコンサルトをしていたのですか.

徳田:何かわからないことがあったらいつも相談にいって,まずプレゼンテーションをして,一緒にフィジカルをとって,それでどうするか考えるという方法をとっていました.モーニングレポートといって,必ず朝行うケースプレゼンテーションのときにみんなで話し合って考えます.アメリカ人の指導医が一緒にいる場合は,必ずケースプレゼンテーションを英語でやっていました.研修医のときはずっとそうでしたから,やはり英語はそこで鍛えられたと思います.

Profile

徳田先生
徳田 安春(Yasuharu Tokuda)
筑波大学附属病院水戸地域医療教育センター
当院総合診療科では3~6カ月の他流試合シニアレジデントを受け入れています(給与つき).申込みは水戸協同病院ホームページより随時OK.

下井先生
下井 辰徳(Tatsunori Shimoi)
がん・感染症センター都立駒込病院 後期研修医
徳田先生のお話を伺って,どの分野に進むとしても,医師の礎となる部分は不変のものだと感じました.丁寧な病歴聴取や身体所見,リサーチマインド,いずれも大切と感じました.
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