実験医学:運動ってなんだ?〜“Exercise is Medicine”を支えるサイエンスを拓く
実験医学 2019年5月号 Vol.37 No.8

運動ってなんだ?

“Exercise is Medicine”を支えるサイエンスを拓く

  • 澤田泰宏/企画
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概論

運動ってなんだ?〜Exercise is Medicine”を支えるサイエンスを拓く
Seeking the very first essential specific molecular event that takes place in our bodies when we work out to promote our health

澤田泰宏
Yasuhiro Sawada:Department of Clinical Research, National Rehabilitation Center for Persons with Disabilities/Department of Rehabilitation for Motor Functions, National Rehabilitation Center for Persons with Disabilities(国立障害者リハビリテーションセンター病院臨床研究開発部/国立障害者リハビリテーションセンター研究所)

本特集では「Exercise is Medicine = 運動は(万能)薬」の背景となるメカニズムについて,臓器別,部位別,あるいは障害別に,現在までに得られている知見,現在提唱されている説の問題点,今後の課題・展望を,それぞれの専門家が概説あるいは詳説している.液性因子,神経信号(神経の活性化),エネルギー消費(ATP消費)などが,運動効果の分子メカニズムにかかわっていることが明らかとされているが,運動の直接的作用点の実体は(骨・軟骨で一部示されているメカニカルストレスを除くと)明らかにされていない,すなわち現時点では「運動ってなに?」という問いに対する明確な答えはほとんどない,というのが,逆説的であるが,この「運動ってなんだ?」特集全体の結論となる.

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 はじめに


適度な運動が有効とされる疾患・障害(左),運動の種類(中央),評価法(右)をざっと並べた.

「Exercise is Medicine」=「適度な運動は身体に良い」に異論はないであろう.しかし,「適度な」「運動」という2つの単語とも分子生物学的には実体・定義が明確ではない.何をもって「適度な」とするのかどころか,そもそも「運動ってなんだ?」がわかっていない.これでは,「適度な運動は身体に良い」のではなく,個々の場面で「身体に良いのが適度な運動」と考えざるを得ない.つまり,冒頭で異論はなかろうとした「適度な運動は身体に良い」は現時点では(少なくとも分子生物学的には)仮説の域を出ているとは言い難いということになる.

運動がさまざまな臓器・器官の機能の維持・促進に寄与することは示されているが,運動の作用点あるいは各臓器における運動の分子実体はほとんど明らかとされていない.

治療・予防法としての「適度な運動」の「適度な」を定義し,さらに最適化するためには,対象となる疾患・障害と効果の評価値とを介入(ここでは運動)を挟んで対応させる必要がある(概念図1).ところが,ここで「運動はオールマイティ」(後述)が障壁となる.対象疾患が非常に多いので評価すべき指標も多く,評価のタイミングも含めると考慮すべき項目の数が無限大になってしまう.では疾患を固定して疾患ごとに評価すればよいかというと,ここで「運動ってなんだ?」(概念図2)が立ちはだかる.対象と評価指標の項目数が多いうえに介入となる運動の実体が不明確では,どうにもならない.「運動ってなんだ?」という基本的な問いに答えることの重要性は明白である.

運動はオールマイティ


(WHO Library Cataloguing-in-Publication Data 2009及び文献1より引用)

「適度な運動は身体に良い」は仮説に過ぎないと書いたが,運動が好影響をおよぼすことが臨床的あるいは統計的に示されている(証明されている)疾患・障害は多くある(概念図1).そもそも「生活習慣」病という言葉が身体不活動の負の影響を内包しているが,運動の欠如・不足と言い換えられる身体不活動は死亡リスクとして世界では第4位(2004年WHO統計)日本で第3位1) とされ(図1),さらに喫煙以外で日本と世界どちらでも上位にある高血圧および高血糖(糖尿病)に運動は有効なので,運動はきわめて有効な死亡リスク軽減法ということになる.

赤字は運動の有効性が示されているもの.(厚生労働省「平成28年 国民生活基礎調査」より引用)

超高齢社会に突入している日本においては死ななければよいという時代はとうに終わっており,その重要性が喧伝される「健康寿命の延伸」は,あまりにも頻繁に耳にするので陳腐な言葉にすら思えるが今後それをめざしてサイエンスが進むのは間違いない.厚生労働省発表の統計による要介護となった原因のうち,老衰(加齢そのものとしか言いようがない身体機能低下であろうか)以外はすべて運動が有効である疾患・障害である(図2).運動してもさすがに実年齢が逆戻りすることはないので,つまり,運動は一億総活躍社会という政府が掲げる目標の実現に向けてオールマイティと言えることになる(参考までに,筆者の所属は独立法人ではない,ばりばりの国立機関である).

運動の実体と効果のメカニズムに関する知見・情報の現状


運動といえば,まずは,筋活動(筋肉の収縮)であり,骨格筋組織が産生・分泌する液性因子であるマイオカインの重要性が提唱されている(藤井らの稿).その代表的なものがIL-6であるが,IL-6といえば関節リウマチ,骨粗鬆症など多くの疾患にかかわる炎症性タンパク質であり,普通はいわば悪玉である.それが運動により骨格筋から分泌された場合には善玉となると報告されていることになる.筋研究を専門としていない筆者にはこの時点で十分分かりづらい(全く不要あるいは有害なタンパク質をわれわれが産生しているわけはないということは理解している).骨格筋だけ特別かというとそうではない.IL-6,BDNF,Irisinなど液性因子をはじめ,AMPキナーゼやPGC-1αといった細胞内タンパク質に至るまで,骨格筋と脳とで共通の役者が運動にかかわることが明らかとされつつある(前川の稿).筋肉でも脳でも,運動ってなんだ? という問いに答えるにはまだ時間がかかりそうである.

同じ運動器でも骨・軟骨はどうか.骨・軟骨は自らエネルギーを消費して力を発生させたり移動したりする器官ではないので身体運動の動力源とはなり得ない(細胞レベルではエネルギーを消費して力を発生させるが).骨・軟骨が主に,身体を支え,力の作用点となること(骨)あるいは滑らかな摺動(軟骨)というメカニカルな機能を担保していることと合わせ,骨・軟骨にとっては,身体運動とは,運動時に受けるメカニカルストレスということになる.したがって,骨・軟骨に関しては「運動ってなんだ?」は比較的明確のようにも思われる.さらに骨の細胞の大部分は骨細胞で,軟骨は軟骨細胞なのだから,メカニカルストレスの作用点となる細胞もはっきりしている.本特集のなかでも軟骨と骨の稿では運動=メカニカルストレスをすでに自明のこととして論を進めており,「適度な」にも言及している(飯島の稿篠原の稿).

前述のように世界における死亡リスクの第1位である高血圧に対する運動の有効性は確立している(岸の稿).しかし,運動の血圧下降効果の作用点が不明であることを岸は明確に指摘している.やはり「運動ってなんだ?」状態なのである.骨・軟骨と同じく血管系でもメカニカルストレスおよび関連分子の役割が重要である(吉村の稿)ことは示唆的である.

運動を実行するのは運動器だが,それを上位で支配する神経の障害にも運動は有効である.また,運動効果を抗炎症と捉えた場合,運動が炎症反応において重要な役割を果たす免疫系に影響をおよぼすことは明らかである.上村・村上の稿で述べられているゲートウェイ機構が,まさに神経機能や免疫反応に対する運動効果のメカニズムを解明するための戸口となるか,言い換えれば一般論として「運動とは神経を興奮させること」と言えるかは,今後の研究の進展・展開による.緒方・リュウの稿で述べられている脊髄損傷すなわち上位ニューロン損傷の後の下位ニューロンの機能・行動に対する運動効果は,脊髄損傷という個別の傷病のみに当てはまるのではなく,一般論として神経障害に対する「運動ってなんだ?」に対する答えにつながるように思われる.

糖代謝(異常)に対する運動効果に関しては,多くの役者(分子)がハイインパクトファクターの学術誌を賑わせている.が,「運動ってなんだ?」が解決されているか… スマートにまとめられた庄嶋・山内の稿を読んでも,現時点では明確ではない気がする.「脂肪細胞にアディポネクチンを産生・分泌させるのが運動」とでもなれば凄い.

 おわりに


筆者は運動生理学の専門家でもないのに本特集を企画してよいのかと躊躇するところもあったが,スポーツ・運動科学における最も求心的な問題を「運動ってなんだ?」という言葉で表現できたことは有意義であったと考えている(自己満足もはなはだしい).このきわめて基本的な問いに答えられない現状とこの問いに答えることの重要性を明確にすることが,運動に関して百花繚乱的に飛び交う科学的根拠に乏しい情報・主張の淘汰につながるであろう.手前味噌になるが,「血流促進」という耳ざわりのよいメカニズムに放り投げられることが多い(多過ぎる!)ことへのアンチテーゼとして,筆者らのグループはマッサージによる廃用性筋萎縮の抑制効果を免疫細胞であるマクロファージへのシアストレスで説明している2)

後年,この特集が「思えばあのときの実験医学の特集が『運動学新時代』のはじまりだった」と思ってもらえるような展開を期待する.もちろん,筆者自身も研究でその発展に少しでも貢献したいと考えている.心臓リハビリテーション,腎臓リハビリテーションなど,内部臓器障害に対する運動効果に関する研究も盛り上がりを見せていることでもあり,数年後に実験医学で『運動ってなんだ?―エピソード2… 結構分かったぞ』という特集を組んでいただくことを提案して本稿を結ぶことにする.

文献

  • Ikeda N, et al:Lancet, 378:1094-1105, 2011

  • Saitou K, et al:Clin Sci (Lond), 132:2147-2161, 2018

著者プロフィール

澤田泰宏:1985年 東京大学医学部医学科卒業・同整形外科入局.’95年東京大学大学院医学系研究科整形外科満期退学(’97年医学博士).’97年がん研究会がん研究所生化学部(宮園浩平部長,一條秀憲グループヘッド)研究生.2000年コロンビア大学生物科学部ポスドク(Michael P. Sheetz教授).’07年シンガポール国立大学准教授.’14年国立障害者リハビリテーションセンター研究所部長.’18年〜現職.研究では一貫して細胞のメカニカルストレス応答機構を解析対象としてきた.運動もメカニカルストレスということにしてしまおうと奮闘中であり,運動効果のメカニズム解明に興味をもってくれる研究員・学生を募集中.本人は今でも一応,現役の競技アスリート(スカッシュ)のつもり.

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