実験医学:細胞内の相分離〜タンパク質や核酸分子を整理し、反応の場を作り、生命を駆動する
実験医学 2019年6月号 Vol.37 No.9

細胞内の相分離

タンパク質や核酸分子を整理し、反応の場を作り、生命を駆動する

  • 加藤昌人,廣瀬哲郎/企画
  • 2019年05月20日発行
  • B5判
  • 145ページ
  • ISBN 978-4-7581-2520-8
  • 定価:2,200円(本体2,000円+税)
  • 在庫:あり
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概論

拡がる“相転移・相分離”生命科学
“Phase transition/separation” life science is expanding

加藤昌人
Masato Kato:University of Texas Southwestern Medical Center(テキサス大学サウスウエスタンメディカルセンター)

近年,タンパク質やRNAによる“液-液相分離”現象が,細胞内のさまざまな生理機能を担っていることがわかり,新たな生命科学の一分野を形成するようになった.RNA結合タンパク質がもつlow-complexity(LC)配列の相転移・相分離現象が,長年謎であったRNA顆粒などの膜をもたない細胞内構造体の形成機構であるとわかったことを皮切りに,その後,クロマチン形成,転写活性化機構などにもこの現象が関与しているという報告がなされた.また,LC配列のアミノ酸変異による相分離異常が,神経変性疾患と関連していることも明らかとなり,生命科学におけるこの現象への注目はますます拡がりをみせている.本特集では,新興分野としての“相転移・相分離”生命科学の最新状況を紹介する.

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 はじめに

細胞の核内にある核小体という構造体は,核,小胞体,ゴルジ体,ミトコンドリアなどの細胞小器官とともに高校の基礎生物学の教科書にも登場する.しかし,核小体は,他の小器官とは決定的に異なった構造特性をもつ.それは,他の小器官が脂質二重膜によって“仕切られた”構造をもつのとは対照的に,核小体には外部と内部を仕切る膜がないことである.“仕切り”がないのに,核質のなかに明らかに周りとは異なる構造物として存在しているのである.このような構造体を,膜をもたない細胞内構造体,膜のないオルガネラ,非膜性細胞内小器官などとよぶ.教科書には出てこないものの,真核細胞内には核小体のように膜をもたない構造体が,他にも多数存在している.細胞質に存在するRNA顆粒のPボディ,ストレス顆粒,生殖顆粒,神経顆粒や,核内では,核小体をはじめ,カハール体,核スペックル,パラスペックルなどが知られている1)概念図1).これらの構造体の機能として,例えば,ストレス顆粒は,細胞が外部からのストレスを感じた際に発生し,生き残るために遺伝子発現パターンをストレス応答のパターンに変化させたときに,これまで発現されていた遺伝子のmRNAを一時的に貯蔵しておく場と考えられている.また,核小体は,リボソームRNA遺伝子をコードする染色体DNA領域を中心に形成され,内部ではRNAポリメラーゼⅠがリボソームRNAを活発に転写し生産する場となっている.そしてこれらは,それぞれの構造体がもつ機能に特徴的なタンパク質グループ(多くがRNA結合タンパク質)とRNA(核小体はDNA)が凝縮した状態(condensate)の構造体であることがわかっている.しかし,細胞質にも核質にも,すでにタンパク質や核酸がひしめき合って存在しており,そういった分子混雑状態で,“仕切り”もなしにどのようにして膜をもたない構造体が形成,維持,そして機能が制御されているのか,長年の生物学の謎であった.近年,それらが,相転移または液-液相分離という,生命科学者にはこれまで馴染みのなかった物理現象によって説明できることがわかってきた1).また,神経変性疾患やがんなどの病気においても,相転移や相分離の制御異常が関連している報告もされた2)3).その後,相分離現象が,クロマチン形成や転写活性化機構などのタンパク質と核酸が特に混み合う場や4)5),細胞分裂の際に紡錘体を形成する中心体6),T細胞受容体による情報伝達機構7)などの重要な細胞機能に利用されていることもわかってきた.さらに,われわれの最新の研究からは,酵母でのオートファジー制御にも相転移現象が重要な役割を果たしていることがわかり8)9),この物理現象が生命科学のさまざまな分野に拡がりつつある.本特集では,相転移・相分離の基本原理から,生命機能で利用されている例の最前線の知見を紹介していく.

相転移,相分離に重要なlow-complexity(LC)配列

相分離とは,相転移現象の一種である.例えば,氷(固相)が水(液相)に,水(液相)が水蒸気(気相)に状態が変化する現象が相転移であり,その状態変化の間に,氷と水,または水と水蒸気が共存している状態が相分離である.また,サラダドレッシングの水と油の相分離も見慣れた現象である.このように,相転移と相分離は,じつはわれわれの身の回りではとてもありふれた物理現象である.また,ゴムやプラスチックなどの合成高分子(合成ポリマー)を扱う材料分野では,加工,形成,混合などの際に起こる相転移・相分離現象はとても重要な研究対象であり,それらの原理はポリマー研究者によって長年研究されてきた.その結果,高分子溶液の相分離は,水と油のような動きの速い低分子同士の相分離の原理とは異なり,粘弾性とよばれる現象が主役を演じていることがわかってきた.そこで,本特集の最初に,この粘弾性相分離の発見者である田中に,この特異な相分離現象の原理を解説していただく(田中の稿).

なぜ,ポリマーによる相分離なのか? それはもちろん,タンパク質も天然高分子(アミノ酸のポリマー)だからである.細胞内の膜をもたない構造体を形成する多くのタンパク質は,low-complexity(LC)配列をもっており,近年,このLC配列の自己相互作用によって引き起こされる相転移・液-液相分離が,膜をもたない構造体の形成機構と考えられるようになっている10)11).通常の立体構造をもったタンパク質は,20種類のアミノ酸を多かれ少なかれすべて使った配列をもっているが,LC配列は,1種類から数種類の限られたアミノ酸だけが極端に頻出する配列をもっている.その性質上LC配列は,特定の構造をもたない天然変性領域(intrinsically disordered region)と考えられてきた.つまり,特定の構造をもたず,フラフラとした状態で,合成ポリマーに似通っているため,粘弾性相分離の原理がそのまま適用されるのである.この原理をもとに,加藤と吉澤が,RNA顆粒の形成機構および制御機構について解説する(加藤の稿吉澤の稿)(概念図2).

機能解析の歴史

近年の,高解像度の電子顕微鏡と蛍光顕微鏡の発達,免疫染色や蛍光標識法の発達に伴い,膜をもたない構造体の構成タンパク質が徐々に同定されるようになった.その結果,それぞれの構造体に特徴的なタンパク質群が明らかになり,それらのタンパク質群の機能から,逆算して各構造体の機能も類推することができるようになった.例えば,RNA顆粒のPボディには,mRNAを脱キャップする酵素群が集まっており,mRNAの分解を司ると考えられている12).また,核内の核スペックルには,セリン−アルギニンリピートドメインをもつスプライシング因子が集まることから,これらの因子の貯蔵場かmRNAのスプライシングの場として形成されていると考えられている13).RNA顆粒のなかで最も機能解析が進んでいるのは,線虫や昆虫の卵細胞で古くから研究され,生殖細胞の運命を決定づける機能をもつ生殖顆粒である.その歴史と機能と形成機構について,杉本に解説していただく(杉本の稿)(概念図2).

細胞内相分離におけるRNA,DNAの役割

核酸の存在も,膜をもたない構造体とは切っても切れない関係にある.RNA顆粒の形成には,RNA結合タンパク質を介して顆粒内に取り込まれるmRNAが重要な構造的要素であることがわかっている.細胞内でmRNA転写を阻害したり,mRNAの核外輸送を阻害して,細胞質でのmRNAの量を減らすと,RNA顆粒が形成できなくなったり,消失したりすることが報告されている14).逆に,細胞内のmRNAの翻訳や分解を阻害して,非翻訳中のmRNAの量を増やすと,ストレス顆粒やPボディの形成が促進される14).また,核内の核小体は,リボソーム RNA遺伝子をコードするrDNA上に形成されることが,古くから知られている15).同様に,核内のパラスペックルも,non-coding RNAであるNEAT1に,LC配列を含むRNA結合タンパク質が結合して凝縮し相分離を起こすことによって形成されることが,廣瀬らによって詳細に明らかにされた(高桑らの稿)(概念図2).

相分離によるヘテロクロマチン形成と転写調節

ヘテロクロマチンとは,DNAがディスク状の八量体ヒストンタンパク質に巻きつき(ヌクレオソーム),さらにいくつものヌクレオソームがくっつきあって凝集した状態になった構造体である.ヘテロクロマチン内にある遺伝子の転写は不活性化され,転写調節の役割があるとされる.最近,このヘテロクロマチンが,構成要素であるheterochromatin protein 1(HP1)の相分離を介して形成されるという報告がなされた(野澤の稿)(概念図2).一方,クロマチン構造が解けて,遺伝子が露出(活性化)されると,遺伝子の転写開始点に転写因子やRNAポリメラーゼが結合し(転写開始前複合体),また,上流にあるエンハンサー領域に転写調節因子(コアクチベーターやメディエーター)が結合して,転写開始前複合体と相互作用することで転写が開始される.複数のエンハンサーが局所的に集まったDNA領域は,スーパーエンハンサーとよばれ,そこにはさらに多くの転写調節因子が集まり,転写開始前複合体とともに大集団となって相分離を引き起こすのではないかと考えられるようになった(鈴木の稿)(概念図2).

どちらにも共通することは,タンパク質と核酸が特に混み合って大集団を形成していること,また,クロマチンタンパク質や転写因子には,これらの機能に重要な役割を果たすLC配列が含まれていること(HP1が結合するhistone3 tailや転写因子の活性化ドメインなど)である.これらのLC配列が凝縮を起こし,相分離を介して大集団を形成するのではないかと考えられる.

異常相分離と神経変性疾患

近年,FUS,TDP-43,HNRNPA1などのRNA顆粒タンパク質のLC配列に,家族性の筋萎縮性側索硬化症(ALS)を引き起こすアミノ酸変異が同定され,LC配列のRNA顆粒での機能と病気のメカニズムとの関連性が注目されるようになった3).これらのLC配列は,プリオン様ドメインともよばれ,アミロイド様線維を形成する能力があるとともに,試験管内で相分離を起こし液滴も形成する.RNA顆粒では,試験管内の液滴と同様に,これらのLC配列が高濃度になっており,もともとアミロイド様線維の形成が促進されるリスクを内在している.実際,神経変性疾患の病原性の変異が入ったLC配列の液滴からは,野生体の液滴よりも早くアミロイド様線維が成長してくることが示された16)〜18).このことより,変異をもったLC配列が,RNA顆粒の形成・維持・機能に何らかの異常を引き起こし,かつ野生体より安定なアミロイド様線維を形成し,それらが細胞内に蓄積する,というメカニズムが提唱された(小池らの稿)(概念図2).

 おわりに

先に述べたように,相転移・相分離は自然界にとてもありふれた現象である.タンパク質の相転移や相分離もじつは試験管内ではそれほど珍しくなく,1980年代後半からγ-クリスタリンやリゾチームを使って研究されている.また,タンパク質の結晶化を行ったことがある人にとっても,相転移・相分離は結晶化ドロップ内で頻繁に観察される現象である.それゆえ,細胞内でもありふれた現象で,あちらこちらで起こっていても不思議ではない.これまで凝集として観察されていたものや(膜をもたない構造体など),タンパク質や核酸が大集団を形成するところ(ヘテロクロマチンや転写)は,ここで述べたもの以外にも細胞内には多数ある.例えば,核膜孔内部のFGリピートタンパク質が凝集したところや,多数のタンパク質と核酸が集まったセントロメアやDNA修復機構などである.今後,そういったものの形成機構や機能が,相転移・相分離で説明されるものもあるかもしれない.しかし,1つ注意しておきたいのが,タンパク質溶液が相分離を起こすことは,たとえ構造をもったタンパク質であっても,もともと生体高分子(アミノ酸のポリマー)として内在している特性であり(田中の稿参照),そのタンパク質がもつ生物学的機能とは無関係に起こりうることを気に留めておく必要がある(加藤の稿参照).それゆえ,その研究を行う際は,相分離を起こしたタンパク質の細胞内でのふるまいや機能と,試験管内での液滴の性質や挙動に相関性があることを,しっかりと示していくことが必要である.

この新興分野は,欧米での研究がかなり先行しているが,本特集が,日本の“相転移・相分離”生命科学の発展に少しでも寄与することができれば幸いである.

文献

  • Banani SF, et al:Nat Rev Mol Cell Biol, 18:285-298, 2017
  • Aguzzi A & Altmeyer M:Trends Cell Biol, 26:547-558, 2016
  • Taylor JP, et al:Nature, 539:197-206, 2016
  • Hnisz D, et al:Cell, 169:13-23, 2017
  • Klosin A & Hyman AA:Nature, 547:168-170, 2017
  • Woodruff JB, et al:Cell, 169:1066-1077.e10, 2017
  • Su X, et al:Science, 352:595-599, 2016
  • Kato M, et al:Cell, 177:711-721.e8, 2019
  • Yang YS, et al:Cell, 177:697-710.e17, 2019
  • Shin Y & Brangwynne CP:Science, 357:doi:10.1126/science.aaf4382, 2017
  • Kato M & McKnight SL:Cold Spring Harb Perspect Biol, 9:doi:10.1101/cshperspect.a023598, 2017
  • Anderson P & Kedersha N:J Cell Biol, 172:803-808, 2006
  • Spector DL & Lamond AI:Cold Spring Harb Perspect Biol, 3:doi:10.1101/cshperspect.a000646, 2011
  • Buchan JR:RNA Biol, 11:1019-1030, 2014
  • Mélèse T & Xue Z:Curr Opin Cell Biol, 7:319-324, 1995
  • Patel A, et al:Cell, 162:1066-1077, 2015
  • Murakami T, et al:Neuron, 88:678-690, 2015
  • Molliex A, et al:Cell, 163:123-133, 2015

著者プロフィール

加藤昌人:大阪大学薬学研究科卒業.奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科卒業,PhD取得.ハーバードメディカルスクールでの博士研究員を経て,現在テキサス大学サウスウエスターンメディカルセンターのAssociate Professor.学生の頃からタンパク質のX線結晶構造解析を学び,構造生物学を専門とする.生化学,生物物理化学の手法も使い,タンパク質,特にLC配列をもつタンパク質の構造と生体内での機能について研究している.

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