実験医学:再定義されるタンパク質の常識〜古典的なセントラルドグマの刷新と未開拓のタンパク質の世界
実験医学 2019年11月号 Vol.37 No.18

再定義されるタンパク質の常識

古典的なセントラルドグマの刷新と未開拓のタンパク質の世界

  • 田口英樹/企画
  • 定価:2,000円+税
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概論

従来のタンパク質の常識を超えて拡がる未開拓のタンパク質世界
Unexplored protein world

田口英樹
Hideki Taguchi:Cell Biology Center, Tokyo Institute of Technology(東京工業大学細胞制御工学研究センター)

生命科学・基礎医学研究者にとって「タンパク質」は,どのような専門分野にも深く関連する機能単位である.これまでのタンパク質研究は生命のセントラルドグマに従ってリボソームで産み出され,立体構造を形成して機能するタンパク質を基礎としている.しかし,昨今,新たな翻訳動態の発見や,細胞内でのタンパク質の存在状態にブレイクスルーが起こり,従来の古典的なタンパク質の見方だけでは細胞内のタンパク質の世界を語れない状況になりつつある.また,そのような新しいタンパク質の世界が神経変性疾患などの病気にも密接にかかわることもわかってきた.さらに,天然に存在しないタンパク質を合理的にデザインする人工タンパク質の研究から,医療・産業を推し進める夢のような機能分子が発掘されることも期待される.本特集では,タンパク質の新しい見方に関する最新トピックスを紹介することで,分野外の研究者がもつタンパク質に関する固定観念を刷新し,各々の研究にお役立ていただくことを目標とする.さらに拡がり続けるタンパク質の世界に思いを巡らせてほしい.

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 はじめに

ここ数年の間に従来のタンパク質像が大きく変わりつつある.これまでのタンパク質のあり方の常識を超えて,タンパク質の知られざる世界がさまざまな観点から拡がっている.このようなタンパク質研究の新しい大きな波をタンパク質科学を専門に研究する者だけに留めるべきではない.あらゆる生命現象にタンパク質がかかわっていることをかんがみれば,本特集で紹介する内容は,すべての生命科学研究に大きな波及効果を及ぼすはずである.

このようなタンパク質の新しい常識を理解してもらうには,タンパク質科学のこれまでの常識をまず知ってもらう必要がある.本概論では,企画者なりにまとめたこれまでのタンパク質研究の変遷を解説したあとに,現在ホットなトピックスとなっている従来の常識を超えたタンパク質の世界を紹介し,フロントランナーによる各論へと誘いたい.

タンパク質科学研究の変遷概念図1


❶ タンパク質研究の第1世代:自発的にフォールディングするタンパク質の世界

生命活動はタンパク質の機能に依存している.数千から数万種に及ぶ細胞内のタンパク質はすべて生命のセントラルドグマの翻訳によって産み出される.すなわち,mRNA上に転写された遺伝子の読み枠(open reading frame,ORF)の開始コドンから終止コドンまでリボソームが1コドンずつアミノ酸をつむいでポリペプチド鎖は合成される.合成されたポリペプチド鎖は固有の立体構造に自発的に折りたたむ(フォールディングする)ことがAnfinsenらによって1950年代には証明された1).アミノ酸配列さえ決まればタンパク質の立体構造が一義に決まって機能を発揮するという考え方は「Anfinsenのドグマ」とよばれ,現在に至るまでタンパク質科学の基本である.本稿では,「Anfinsenのドグマ」的なタンパク質の見方をタンパク質科学研究の第1世代とする.

❷ タンパク質研究の第2世代:シャペロン・アミロイド(プリオン)・天然変性タンパク質の登場

1980年代後半になると,細胞内でのタンパク質のフォールディングは必ずしも自発的に起こるわけではなく,フォールディングに失敗して凝集体となる場合が多々あること,凝集形成を防いでフォールディングを助ける分子シャペロンが生命には必須であることがわかってきた2).シャペロンの概念は広く認知され,フォールディング以外でもストレス応答,オルガネラへのタンパク質輸送,タンパク質の品質管理など,細胞内での「タンパク質の一生」を支える重要な因子としてすっかり定着している2).さらに,1990年代半ばには,凝集体の一形態として神経変性疾患につながるアミロイドやプリオンが認識されるようになってきた3).アミロイドやプリオンは分子間で規則的にβシートを形成した安定な線維構造をとる.そのアミロイド線維の構造がアミロイド形成前と異なるという点から,アミロイドはAnfinsen的なタンパク質観の例外という見方もできる.さらに,2000年頃からは,単独では立体構造をとり得ない天然変性タンパク質の概念も徐々に浸透してきた4).フォールディングしなくても機能を発揮できるという天然変性タンパク質の考え方もAnfinsen的なタンパク質の見方とは異なるものである.しかも,天然変性タンパク質は例外ではなく,真核生物では既知のORFの約3割ものタンパク質が少なくとも部分的に天然変性領域をもつことが生物情報学的な解析から明らかとなってきた.Anfinsen的なタンパク質の見方は,シャペロン,アミロイド(プリオン),天然変性タンパク質などの登場で拡がりをもったと言えるので,これを第2世代とよぶことにする.

タンパク質の新常識概念図2


ここからはいよいよ最近わかってきた次世代のタンパク質の世界を紹介しよう.10年ほど前にはどのトピックスも「そんなことあり得るのか?」と訝しがられた内容である.常識は変わるのである.どの内容も互いに関連しあっているが,便宜的に4つに分けて解説する.

❶ 多彩な翻訳動態:古典的なセントラルドグマ観からは見えないタンパク質の機能と種類の拡大

セントラルドグマの最終ステップである翻訳には長い研究の歴史があるが,最近になって未開のバイオロジーが潜んでいることがわかってきた.企画者が領域代表を務めた科研費新学術領域研究「新生鎖の生物学」(2015〜2019年度)は,この未開拓の研究を推進する領域であった.翻訳は,ORF内の開始コドンからはじまって途中のコドンを淡々とアミノ酸に変換していき,最後に終止コドンにて終わるだけではない.翻訳はしばしばATG以外からはじまったり,翻訳伸長途中で止まったりする.さらに,翻訳途上で止まった状況で機能を発現するタンパク質も見つかってきている.

1)機能する新生ポリペプチド鎖

翻訳途上の新生ポリペプチド鎖(新生鎖)は,単にタンパク質合成途中の受動的な中間体ではなく,自身を合成するリボソームに積極的に働きかけて生理機能に関与する場合があることがわかってきた.この考え方は,2001年の伊藤維昭らによる大腸菌SecMの翻訳一時停止(翻訳アレスト)研究5)に端を発し,その後,真核生物を含めて多くの翻訳アレスト現象が見つかってきている6).さらに,新生鎖は自らの翻訳を終止コドンによらずに途中終了して機能を発揮する例までわかってきた(千葉・田口の稿).これらの機能性新生鎖は特定の立体構造をとっていないことが多いという点では,天然変性タンパク質の概念が拡がっているという見方もできる(太田・福地の稿).また,まだ萌芽的ではあるが,翻訳速度が変わることでフォールディングに影響が及ぶ例も見つかりはじめている7).最も劇的なのは同義置換,すなわちアミノ酸配列が同じなのに翻訳時のフォールディングが変化する場合で,新生鎖の翻訳速度調節が病気にかかわるタンパク質(嚢胞性線維症でのCFTR)の翻訳時フォールディングや概日時計の制御など高次生命現象にかかわる例も報告されている7)

2)タンパク質の種類(レパートリー)の拡大

ある生物のタンパク質の種類はゲノムからORFが予測されれば(実際に発現しているかどうかは別として)すべて網羅できるはず,というのが常識であろう.しかし,そうでもないことがわかってきた.ここでは,ゲノムから予測されたORF(既知ORF)と,ゲノムからすぐには予測されないが実際にタンパク質として発現している新規ORF(未開拓ORF)を分けて解説してみる.
現状のプロテオミクス研究は質量分析にほぼ依存している.質量分析を使ったタンパク質同定にはゲノム情報から推測された既知ORFのデータベースを用いる必要がある.例えば,ヒトの場合,2万数千種類のORFが既知ORFとして知られているが,既知ORFのなかにまだ見つかっていない(質量分析で確認できていない)タンパク質(missing proteins)がある.このmissing proteinsを精密な絶対定量を組合わせた質量分析によるプロテオミクスで見つける努力がなされている8)(松本の稿).
さらに近年,既知のORFを超えたところに存在する未開拓ORF由来のタンパク質が多々見つかってきている.

① 翻訳される「ノンコーディング」RNA:ノンコーディングRNAのもともとの定義は,ゲノムDNAから転写はされるがタンパク質をコードしないということだが,その常識が揺らぎはじめている.特に,アミノ酸数100個以下の短いORFからの翻訳産物(マイクロプロテインなどとよばれる)が工夫された質量分析によるプロテオミクスから同定され,そのなかから生理機能を有するタンパク質(ペプチド)も見つかってきている9)松本の稿).

② リボソームプロファイリング※1さまざまなオミクス研究があるなかで,2009年に開発されたリボソームプロファイリング法(Ribo-Seq)は次世代シークエンサーを巧みに活用して細胞内での翻訳状況を網羅的,かつ正確に把握できる新規のtranslatome解析法である.Ribo-Seqはtranslatome研究に革命を起こしており,さまざまな応用があるが,活用例の一つが未同定の翻訳領域をあぶり出せることである.Ribo-Seqでは既知ORFのバイアスなしに翻訳されているmRNAが解析できるため,新規の翻訳開始点からの翻訳,未知のORFが多数見つかってきている10)木村・岩崎の稿).

③ RAN翻訳※2以下の ❸ にて詳述する神経変性疾患に関与する開始コドンATGに依らない翻訳「RAN(repeat-associated non-ATG)翻訳※2 11)」の産物も従来想定されていないタンパク質である(上山・永井の稿).

④ 非典型的な翻訳動態からの翻訳産物:③ のATG非依存での翻訳開始以外にも,終止コドンによらない翻訳終了,フレームシフト,非翻訳領域のスキップ(翻訳バイパス現象),など「アクロバチック」な翻訳が普遍的に起こっていることが見えてきた(千葉・田口の稿).

以上の① 〜④ はいずれも,既知のORFデータベースをもとにした質量分析からでは見つけることができず,言ってみれば,隠されていた(hidden)未開拓のタンパク質の世界である.

❷ 液-液相分離:細胞内タンパク質の存在状態の新常識

この数年における細胞生物学の最もホットなトピックスの一つが細胞内タンパク質の液-液相分離であることに異論はなかろう.Science誌が選ぶ2018年のブレークスルー・オブ・ザ・イヤーの一つ,本誌でも「細胞内の相分離」が2019年8月号にて特集されたばかりである.細胞内でタンパク質はいつも均一に分散した状態でいるわけではなく,タンパク質によっては環境に依存して液-液相分離(liquid-liquid phase separation,LLPS)を引き起こし,関連タンパク質群が濃縮された液滴※3(droplet)を形成して膜のないオルガネラ※4(membrane-less organelle)として機能することがこの数年の間に急速にわかってきた12)13).つまり,細胞内タンパク質の液-液相分離という新たな存在状態は,タンパク質の生理機能を理解するうえで今後欠くことができない視点である.本特集では液-液相分離によってできる液滴内でのタンパク質の機能,酵素反応について考察している(浦・白木の稿).また,液-液相分離を引き起こすタンパク質の典型は,アミノ酸組成の単純な低複雑性ドメイン(LCドメイン※5)であり,構造をとらない天然変性タンパク質(太田・福地の稿),神経変性疾患に関連するRAN翻訳産物がLCドメインであるという観点からも重要である(上山・永井の稿).

❸ タンパク質の知られざる世界と病気:神経変性疾患にかかわる非典型的な翻訳と低複雑性ドメイン

神経変性疾患におけるタンパク質研究というとアミロイド(プリオン)が思い浮かぶだろう.しかし,ハンチントン病のCAGリピートに代表されるような塩基リピートが関与する神経変性疾患研究で最近大きな話題になっているのは,前述の非典型的な翻訳動態と液-液相分離である.異常な塩基リピート配列内から,開始コドンATGに依らない翻訳開始が起こることがわかってきた.この非典型的な翻訳開始はRAN翻訳11)とよばれ,従来のポリグルタミンなどに代表されるアミロイドの枠を超えて神経変性疾患の分子機構解明の鍵を握っていると注目されている(上山・永井の稿).RAN翻訳でもっともよく研究されている筋萎縮性側索硬化症(ALS)のGGGGCCリピートからは(Gly-Arg)nや(Pro-Arg)nなど細胞毒性を有するジペプチドリピートが産物として合成される.これらは天然変性タンパク質の一種のLCドメインであり,細胞内の相分離現象を撹乱して毒性につながるらしいこともわかりつつある.

❹ 人工タンパク質が創れる時代:天然に存在しない「可能性としてのタンパク質」世界の開拓

生命は数十億年の進化の過程で,それぞれの生物に必要なタンパク質を創り上げてきたが,それでも20種類のアミノ酸からなる配列の多様性(配列空間)から考えると,天然のタンパク質は配列空間のごくごく一部しか使っておらず「可能性」をきわめ尽くしていない.近年,米国ワシントン大のDavid Bakerらを中心として,タンパク質を合理的にイチからデザインし,実際に使えるようになってきている14)小杉らの稿).合理デザインタンパク質(人工タンパク質)の研究は,Science誌が2016年のブレークスルー・オブ・ザ・イヤーの一つに選んだことからもわかるように,次世代のタンパク質科学,引いては生命科学になくてはならないトピックスである.

 おわりに―タンパク質の見方のパラダイムシフト


このように見てくると,従来観てきたタンパク質像の奥に,これまで見えていなかったタンパク質の世界が大きく拡がっていることがわかってもらえたと思う.タンパク質の世界全体を氷山に例えて,最初に確立したタンパク質の見方(第1世代:Anfinsen的なタンパク質観)を海面の上と見なすと,シャペロン,アミロイド,天然変性タンパク質といった第2世代の概念により,海の下が少し見えてきたと言える.さらに,今回取り上げたトピックスでわかるように氷山はまだまだ奥が深いことが見えてきた(概念図3).ここでは歴史的な経緯を踏まえて便宜的に世代を分けたが,実際にはこれらの世代間は完全に切り分けられるわけではない.天然変性タンパク質の概念は機能する新生鎖,相分離現象にも深くかかわるし,Anfinsen的にフォールディングするタンパク質でも液-液相分離することがわかりつつある.

本特集は,生命のセントラルドグマに関する基礎的な内容が主であるが,あらゆる生命現象にタンパク質がかかわっていることを考えれば,すべての読者に関係する内容とも言える.本特集でタンパク質の見方をアップデートした読者がそれぞれのテーマに関するタンパク質について新たなアイディア,発見があれば幸いである.

文献

  • Anfinsen CB:Science, 181:223-230, 1973
  • Balchin D, et al:Science, 353:aac4354, 2016
  • Chiti F & Dobson CM:Annu Rev Biochem, 86:27-68, 2017
  • Dyson HJ & Wright PE:Nat Rev Mol Cell Biol, 6:197-208, 2005
  • Nakatogawa H & Ito K:Mol Cell, 7:185-192, 2001
  • Ito K & Chiba S:Annu Rev Biochem, 82:171-202, 2013
  • Jacobson GN & Clark PL:Curr Opin Struct Biol, 38:102-110, 2016
  • Matsumoto M & Nakayama KI:Curr Opin Biotechnol, 54:88-97, 2018
  • Matsumoto A & Nakayama KI:Cell Struct Funct, 43:75-83, 2018
  • Iwasaki S & Ingolia NT:Trends Biochem Sci, 42:612-624, 2017
  • Cleary JD & Ranum LP:Curr Opin Genet Dev, 44:125-134, 2017
  • Banani SF, et al:Nat Rev Mol Cell Biol, 18:285-298, 2017
  • Kato M & McKnight SL:Annu Rev Biochem, 87:351-390, 2018
  • Huang PS, et al:Nature, 537:320-327, 2016

著者プロフィール

田口英樹:1989年東京工業大学工学部卒業.’93年東京工業大学大学院総合理工学研究科博士課程修了(吉田賢右教授).博士(理学).日本学術振興会特別研究員,東京工業大学資源化学研究所助手,東京大学新領域創成科学研究科准教授を経て,2010年より東京工業大学生命理工学研究科教授.’17年より東京工業大学細胞制御工学研究センター教授.’02年〜’06年JSTさきがけ研究者を兼任.ちょうど30年前に大学院でたまたまはじめたシャペロン研究は当時のタンパク質科学の常識(Anfinsenのドグマ)への挑戦であり,新しいタンパク質研究を進める醍醐味を味わった.その後も,プリオン/アミロイド,非典型的な翻訳動態(新生鎖の生物学)などタンパク質の見方が拡がる研究に従事してきた.これからも未踏のタンパク質世界を開拓していきたい.
E-mail:taguchibio.titech.ac.jp

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