実験医学:腎疾患の分子標的を探れ〜代謝・ストレス応答・線維化を鍵とした病態解明
実験医学 2022年5月号 Vol.40 No.8

腎疾患の分子標的を探れ

代謝・ストレス応答・線維化を鍵とした病態解明

  • 南学正臣/企画
  • 2022年04月20日発行
  • B5判
  • 133ページ
  • ISBN 978-4-7581-2555-0
  • 定価:2,200円(本体2,000円+税)
  • 在庫:あり
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概論

腎臓病克服のためのtranslational nephrology
Translational nephrology to conquer kidney disease

南学正臣
Masaomi Nangaku:Division of Nephrology and Endocrinology, The University of Tokyo(東京大学大学院医学系研究科 腎臓・内分泌内科)

腎臓病患者のquality of lifeを保ちsustainableな医療体制を構築するために,われわれは腎臓病の病態生理を正確に理解し,適切な治療ターゲットを定め,腎臓病の進行を阻止する薬を開発する必要がある.腎臓病の進行には,腎臓における低酸素や酸化ストレスが深く関与しており,それに伴うエネルギー代謝障害やオルガネラストレスを理解することが重要である.また,エピジェネティックな変化も,腎臓病の進行に大きく影響することがわかってきている.マイクロ流体デバイスなどの新しい技術を駆使することで腎臓病研究が進展し,腎臓病が克服できる日は近い.

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 はじめに

現在,世界では約8億5千万人の人が腎臓病に罹患しており,2040年には死因の第5位に上がると推測されている.末期腎不全のため透析・移植などの腎代替療法を受けている患者は世界で約260万人おり,一人当たりに必要とされる医療費は国によって異なるが年間400〜1,100万円である.日本では現在約34万人が維持透析を受けているが,発展途上国では毎年230〜710万人が腎代替療法を受けられずに亡くなっている.

別の観点からみると,透析医療には多大な医療資源が必要であり,医療廃棄物も多量であることから,これを解決しsustainableな医療体制を構築する方法を模索するGreen Nephrologyがオーストラリアや欧米で提唱されている.しかしながら,腎臓病患者のquality of lifeを保ちsustainableな医療体制を構築するために何よりも重要なのは,腎臓病の重症化を防ぎ,透析導入患者数を減らすことである.そのためには,腎臓病の病態生理を正確に理解し,適切な治療ターゲットを定め,腎臓病の進行を防止するような薬を開発することが求められる.

腎臓病の治療薬開発への取り組み

腎臓病に限らず,薬の開発の最終ステップは,治験である.以前は,腎臓病の薬の治験では腎死などのハードエンドポイントを減らすことが求められており,そのために多くの患者を組み入れ大規模な臨床試験をやる必要があったことが,腎臓病の薬の開発を妨げていた.このことに対する問題意識が世界的に共有され,腎臓病の治験に使用できる適切なサロゲートエンドポイントの設定が行われた.海外でも日本でも,すでに進行した慢性腎臓病(chronic kidney disease,CKD)患者を対象として2~3年の間での推定糸球体濾過量(eGFR)の30~40%の低下をサロゲートエンドポイントとした治験が行われるようになっている1).現在,早期のCKD患者を対象として,eGFR slopeおよび蛋白尿/アルブミン尿の減少がサロゲートエンドポイントとして適切であるかの検討が,国際的に行われている.また,臨床試験においてエンドポイントを適切に比較できるようにするため,腎不全(kidney failure)の正確な定義をするための国際コンセンサス会議が国際腎臓学会によって開催された2)


一方,治験の前段階として,病態生理を解明して決定した治療ターゲット分子に有効な化合物をスクリーニングし,最適化を行って動物実験で検証することが行われる(図13).動物実験をどのように行うべきかは大変重要な問題であり,国際腎臓学会は創薬のための動物実験の最適化をするための国際コンセンサス会議TRANSFORM(TRAnslational Nephrology Science FOr new Medications)を2022年10月に開催予定である.国際腎臓学会理事長Agnes Fogo(アメリカ)の指導のもと,研究委員会の委員長の南学正臣(日本)と副委員長のFergus Caskey(イギリス)が座長となり,committee memberとしてHans-Joachim Anders(ドイツ),Jürgen Floege(ドイツ),Alessia Fornoni(アメリカ),Benjamin Humphreys(アメリカ),Richard Kitching(オーストラリア),Rachel Lennon(イギリス),Aihua Zhang(中国),Charu Malik(ベルギー)を招き,全世界のアカデミアおよび企業の研究者が一同に会して議論をする予定である.このように,腎臓病における治療薬開発の最適化に向けた取り組みが現在進んでいる.

腎臓病の基礎メカニズム


腎臓病の根本原因はさまざまであり,糖尿病性腎臓病のような代謝性のもの,腎炎のような免疫性のもの,高血圧性腎硬化症のように血管病変が原因となるものなどがある.病理学的な解析により,CKDの進行は,その病因にかかわらず尿細管・間質領域の障害とよく相関することがわかっており,その進行の主座は尿細管・間質領域にあるfinal common pathwayであると考えられている4).尿細管・間質領域での低酸素状態は重要なfinal common pathwayであり,それに対する生体防御機構としてhypoxia-inducible factor(HIF)が重要な役割を果たしている.HIF経路を解き明かし酸素生物学の進歩に大きく貢献した3名の研究者,Gregg Semenza,Sir Peter Ratcliffe,William Kaelin Jr.は2019年のノーベル医学・生理学賞を受賞した.Sir Peter Ratcliffeは腎臓内科医としてはじめてのノーベル医学・生理学賞の受賞者である.彼らの発見をもとに開発されたHIF-PH阻害薬は内因性のエリスロポエチンの産生を促す作用があり(図2),CKDにおけるエリスロポエチンの減少で誘導される腎性貧血の治療薬としてすでに臨床現場で応用されている5).一方で,腎性貧血などに伴う持続的な低酸素状態は炎症と線維化を引き起こし,CKDを進行させる.本特集で柳田と鳥生は,自らの研究の最新の知見に基づき,尿細管・間質領域での炎症と線維化に関する病態生理を概説している(鳥生・柳田の稿).

腎臓は再吸収機能を担うためにエネルギー需要が高い臓器であり,前述のように尿細管・間質領域の低酸素状態は腎臓病進行のfinal common pathwayであるため,エネルギー恒常性の制御は非常に重要である.蘇原は,エネルギー状態の維持に寄与するAMP感知の生理的制御機構の解明とそのCKDにおける破綻について,細胞内エネルギー恒常性維持の中心分子であるAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)に注目し解き明かしている(蘇原の稿).

低酸素状態は代謝の中心であるミトコンドリアの障害を引き起こす.また,ミトコンドリアに加え小胞体などのさまざまなオルガネラへのストレスは連関しながら腎疾患の病態形成に関与していることが判明し,腎臓病の病態生理解明のための細胞生物学的研究の重要な研究対象となっている.当該分野の第一人者である稲城と長谷川は,種々の腎疾患の進行過程におけるオルガネラストレスの役割について概説している(長谷川・稲城の稿).

低酸素状態は,エネルギー欠乏とともに酸化ストレスを引き起こす.生体には酸化ストレスを除去・軽減する防御系が備わっており,酸化ストレス防御系で中心的役割を担っているのは転写因子Nrf2である.近年では,Nrf2活性化薬の腎臓病治療薬としての開発が進められており,鈴木が最新の知見を概説している(鈴木の稿).

エピジェネティクスは可逆的で環境によって変化するため,CKD進行における非常に重要なメカニズムであり,細胞の記憶として蓄積されるエピジェネティックメモリーの長期的な影響が注目されている.正木,佐々木は,腎疾患のエピジェネティック制御について,これまでに得られた知見を概説している(佐々木・正木の稿).

ケトン体は糖尿病の最も重篤な急性合併症の一つであるケトアシドーシスの原因であるが,飢餓に曝され進化してきた生物にとって重要なエネルギー源の一つでもある.久米は,自らの研究などにより明らかにされた,適正濃度に維持されたケトン体による組織修復や臓器保護という役割について概説している(久米の稿).

病態生理を解明して創薬を行ううえで,新規化合物の有効性や毒性を検討することは必須である.マイクロ流体デバイス技術を基盤としてヒト培養細胞を使用し生理的な培養環境を再現できるorgan-on-a-chipなどの生体模倣システム(microphysiological sytesms,MPS)を腎臓のin vitro modelとして活用することに注目が集まっており,木村が最新の知見を概説している(木村の稿).

 おわりに


本特集号で,腎臓病の病態解明(図3)と新規治療法の開発のために最前線で活躍されている研究者の皆様が,忙しい時間のなか素晴らしい原稿を仕上げて最新の知見を紹介してくださったことに,心から感謝申し上げる.腎臓病研究が進展し,腎臓病に苦しむ方々を救うことができる手段が一刻も早く開発されることを,心から願っている.

文献

  • Kanda E, et al:Clin Exp Nephrol, 22:1446-1475, doi:10.1007/s10157-018-1615-x(2018)
  • Levin A, et al:Kidney Int, 98:849-859, doi:10.1016/j.kint.2020.07.013(2020)
  • Nangaku M & Fogo AB:Kidney Int, 99:1262-1264, doi:10.1016/j.kint.2021.01.021(2021)
  • Nangaku M:J Am Soc Nephrol, 17:17-25, doi:10.1681/ASN.2005070757(2006)
  • Yap DYH, et al:Nephrology (Carlton), 26:105-118, doi:10.1111/nep.13835(2021)

本記事のDOI:10.18958/7013-00001-0000117-00

著者プロフィール

南学正臣:1988年東京大学医学部医学科卒業,2012年より東京大学大学院医学系研究科腎臓・内分泌内科教授,’19年より東京大学大学院医学系研究科副研究科長・副医学部長兼務.日本内科学会副理事長,日本腎臓学会特別顧問,アジア太平洋腎臓学会immediate past president,国際腎臓学会president-elect.日本腎臓学会大島賞,ベルツ賞,アメリカ腎臓学会Robert Schrier Endowed Lectureship等を受賞.

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