実験医学:代謝調節の立役者 分岐鎖アミノ酸〜骨・骨格筋・脂肪組織の恒常性、がん進展を司るエネルギー源・シグナル分子としての新機能
実験医学 2022年9月号 Vol.40 No.14

代謝調節の立役者 分岐鎖アミノ酸

骨・骨格筋・脂肪組織の恒常性、がん進展を司るエネルギー源・シグナル分子としての新機能

  • 伊藤貴浩/企画
  • 2022年08月19日発行
  • B5判
  • 127ページ
  • ISBN 978-4-7581-2559-8
  • 定価:2,200円(本体2,000円+税)
  • 在庫:あり
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概論

生体調節の立役者:分岐鎖アミノ酸
Branched-chain amino acids: nutrition & beyond

伊藤貴浩
Takahiro Ito:Institute for Life and Medical Sciences, Kyoto University(京都大学医生物学研究所)

必須アミノ酸である分岐鎖アミノ酸類は,タンパク質合成の部品として使われるばかりでなく,インスリンへの応答や血糖,また筋肉や骨組織の構築・恒常性維持にとっても重要である.さらに,薬剤抵抗性や幹細胞性の維持など,がん細胞の性質を直接制御する事実も近年次々に明らかにされている.すなわち,分岐鎖アミノ酸は,多様な現象を制御する「シグナル分子」として用いられ,生体調節の要として働くことが明らかになってきた.

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 はじめに

分岐鎖アミノ酸(あるいは分枝鎖アミノ酸とも)は,英語ではbranched-chain amino acids(BCAA)といい,その名の通り,分岐した脂肪族炭化水素鎖を側鎖に有するアミノ酸類の総称である.狭義には,タンパク質中に存在するロイシン,イソロイシン,バリンの3種を指す.この3つのアミノ酸は,ヒトを含む後生動物においては食餌から摂取する必要のある「必須アミノ酸」である.分岐鎖アミノ酸は,タンパク質を構成するアミノ酸成分として重要であるばかりでなく,血中や細胞内に遊離アミノ酸として存在し,さまざまな機能を発揮するようである.本特集では,主に後者の役割に焦点を当て,各分野で分岐鎖アミノ酸研究を牽引する研究者にこれまでの研究を概観するとともに,今後の展望について語っていただくことにした.

「BCAA metabolism 101」


ロイシン,イソロイシン,バリンは,「分岐鎖アミノ酸」と一括りで語られることが多く,生理機能についてもまとめて取り扱われることが多いが,代謝運命や機能はそれぞれに固有である.異化代謝のはじめの2ステップは3種すべてに共通であるが,それ以降はほぼすべてが個々の物質に特異的な酵素による反応である().BCAA異化代謝の第一段階は,アミノ基転移酵素BCATによる脱アミノ化反応である.ロイシン,イソロイシン,バリンは,脱アミノ化によってそれぞれ,alpha-ケトイソカプロン酸(KIC:4-メチル-2-オキソ吉草酸),alpha-ケト-beta-メチル吉草酸(KMV:3-メチル-2-オキソ-吉草酸),alpha-ケトイソ吉草酸(KIV:3-メチル-2-オキソ酪酸)の「分岐鎖ケト酸(BCKA)」に変化し,脱離したアミノ基はalpha-ケトグルタル酸に転移してグルタミン酸が生成する.次いでBCKAは,分岐鎖ケト酸脱水素酵素複合体(BCKDHcomplex)によって脱炭酸とカップルしたCoAチオエステル化を受けて分岐鎖アシルCoAとなる.生じた分岐鎖アシルCoAは,脱水素化,カルボキシル化,アルケンに対する水和反応を経て,最終的に直鎖炭化水素鎖へ変化する.ロイシンからはアセチルCoA,イソロイシンからはアセチルCoAとサクシニルCoA,バリンからはサクシニルCoAが生じる.サクシニルCoAはクエン酸回路を構成する代謝物であり,糖新生を経由してブドウ糖に変換されうるので,バリンは「糖原性」アミノ酸である.一方,ロイシンはアセチルCoAのみを生成するので「ケト原性」アミノ酸,イソロイシンは「混合型」である.このように異化代謝運命だけみても,この3つの分岐鎖アミノ酸が個性をもっていることがわかる.

中に矢印で示すように,BCAA代謝反応の大部分は不可逆的な反応だが,ごく一部に可逆的なステップが存在する.BCATによって触媒される脱アミノ化はこれに該当する.言い換えると,BCATは「BCKAにアミノ基を付加してBCAAを産生する活性」も有していることになる.一般的な生化学の教科書ではこの可逆性については強調されておらず,BCATは「異化代謝」酵素であると信じられてきた.最近,この「逆向きの,アミノ基付加によるBCAA同化反応」が一部のがんにおいて重要な役割を果たすことが発見され,BCAA代謝の多様性が明らかになってきた1)2).とりわけ,正常造血幹細胞やがん幹細胞の維持に必須の役割を果たすことから注目を集めている.詳細は菊繁の稿を参照されたい.

BCAAのうち,特にロイシンによる生理作用発現の分子機序については,mTORC1キナーゼ複合体を介する経路が同定され,細胞内の栄養状態の検知や細胞内シグナル伝達に重要であることが明らかになっている.この巨大なリン酸化タンパク質複合体は,タンパク質合成や脂質・核酸合成等の同化過程と,オートファジーやプロテアソームによるタンパク質分解などの異化過程の,2つの相反する生体機能のバランスをとることで,細胞増殖や組織構築をコントロールしている.ロイシンによるmTORC1活性化の分子機序については国内外のグループによる非常に多くの研究がありとても網羅できないので,詳細は原著論文と総説に譲りたい3)〜5)

ブドウ糖など他の代謝物と同様,分岐鎖アミノ酸も細胞の内外では濃度が異なっており,例えば血中から細胞への取り込みには細胞膜上のアミノ酸輸送体(トランスポーター)の働きが必要である.これまでに分岐鎖アミノ酸を基質としうる輸送体タンパク質は複数報告されている.最も詳細な解析が行われているのはLAT(system L-type amino acid transporter)ファミリーで,LAT1/SLC7A5やLAT3/SLC43A1は,細胞内のグルタミンを交換基質として細胞外に排出すると同時に分岐鎖アミノ酸やフェニルアラニン等の中性アミノ酸を細胞内に取り込む交換輸送体である6)7).別タイプのsystem B 0,+型の輸送体タンパク質SLC6A14はナトリウム依存性の共輸送体で,分岐鎖アミノ酸やアラニン等広範な中性アミノ酸の取り込みを行うと考えられている.どちらのアミノ酸トランスポーターも一部の腫瘍で高発現しており,がん細胞の増殖にとって必須である(詳細は,齊藤・曽我の稿).

組織・代謝の制御因子としての分岐鎖アミノ酸


組織や臓器における代謝制御の恒常性維持における役割は,分岐鎖アミノ酸のもつ生理機能として古くから知られ,最も詳細に研究されてきた機能であろう.なかでも特にロイシンは骨格筋組織での筋タンパク質の強い同化促進作用を示すが8),その作用機序については諸説あり現在も最先端の研究トピックの1つである(北浦の稿参照).骨格筋量は,健康なヒトの運動機能に関係するばかりでなく,加齢に伴う筋機能の低下(サルコペニア)にも密接に関係している.加齢との関連では,分岐鎖アミノ酸自身が骨代謝・骨組織の恒常性維持に重要な機能をもつことが近年明らかにされつつあり(深澤・檜井の稿参照),骨粗鬆症への関与から今後ますます重要性を増すトピックである.

分岐鎖アミノ酸の血中濃度が,肥満や糖尿病,インスリン抵抗性と相関することは1960年代にはすでに報告があり,その後もさまざまな研究で指摘されてきた9)10).例えば,低タンパク質食やBCAA制限食によって,耐糖能の改善や個体寿命の延長が観察されるが,その作用機序については長らく謎であった11)12).最近,食餌中のイソロイシンがmetabolic health悪化の主因である,との報告がなされた13).イソロイシン除去食では,肝臓と脂肪組織での代謝リプログラミングの結果,インスリン感受性の増大やケトン体合成の促進が起こり,高脂肪食による肥満を抑制する作用が生じるようである.この作用はロイシン除去食ではみられず,バリン除去食では減弱する.この結果からも,BCAAとして一括りにできない「個性」がそれぞれの分岐鎖アミノ酸には存在していることがわかる.

1で述べたように,細胞膜上の分岐鎖アミノ酸輸送体が同定・解析され,細胞内への取り込みについては詳細が解明されてきた一方で,取り込まれた後の分岐鎖アミノ酸の細胞内の分布や輸送についてはこれまでほとんど注目されてこなかった.「細胞内にあれば自然拡散し均一に分布する」と漠然と考えられていると想像するが,細胞内にも脂質二重層によって仕切られた多種多様のコンパートメントが存在することから,このような思い込みが正しくないことは明らかであろう.実際に,細胞内での分岐鎖アミノ酸の制御については最近大きな進歩があった.細胞質からミトコンドリアへの輸送にかかわる新規分岐鎖アミノ酸トランスポーターMBCの実体が明らかとなり,褐色脂肪細胞での熱産生に必要であることが示された(米代・梶村の稿).ミトコンドリア輸送体の存在は,代謝系の細胞内分布との関連から次の重要な観点を新たに提示するものである.分岐鎖アミノ酸代謝の第一段階である脱アミノ化を触媒するBCATには細胞質型とミトコンドリア型がある一方で,BCKA以降の代謝に与る酵素はミトコンドリアにしか存在しない.言い換えれば,細胞内での分岐鎖アミノ酸輸送の制御は,BCAAの代謝運命と生理機能をコントロールすることと同義であるとも言え,今後さらなる研究が必要なトピックである.このような観点から,単一細胞レベルあるいはsubcellularレベルでの分岐鎖アミノ酸の検出・定量は重要であろう.質量分析による網羅的・定量的メタボローム解析に加え,アミノ酸やケト酸特異的な蛍光誘導体化を用いた微量高感度な定量法(角田の稿)やフェルスター蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)現象を利用した分岐鎖アミノ酸バイオセンサー(今村の稿)の利用は,分岐鎖アミノ酸の生物学の深化のために必須の技術と言える.特にFRETバイオセンサータンパク質は,遺伝子導入によって細胞や個体レベルでも利用が可能であること,また生きた細胞のままリアルタイムにアミノ酸の検出定量が可能であるので,今後ますます重要性を増すアプローチとなってゆくだろう.

疾病と分岐鎖アミノ酸


生体のさまざまな機能制御に分岐鎖アミノ酸が必要であることから容易に想像できるが,その代謝異常は疾病の原因となりうる.先に述べた,腫瘍における分岐鎖アミノ酸トランスポーターの機能については,金井らの先駆的な研究をはじめとして日本発の研究の貢献が大きい分野である6)14).アミノ酸トランスポーターの発現上昇は,単に「旺盛な細胞分裂を維持するための栄養素の取り込み」という意味だけでなく,mTORC1活性化による増殖促進のための細胞内シグナル因子としての分岐鎖アミノ酸の増加,という意味があるのかもしれない.さらには,細胞極性とアミノ酸依存性の制御にもトランスポーターが関与している可能性も指摘されてきている(詳細は齊藤・曽我の稿).また,抗がん治療戦略を考えるうえでも,分岐鎖アミノ酸代謝は重要である.転移や治療終了後の再発に働くがん幹細胞の維持や(菊繁の稿参照),EGFRチロシンキナーゼ分子標的薬への抵抗性の獲得に分岐鎖アミノ酸代謝のリプログラミングが必須であることが示されており15),分岐鎖アミノ酸のどのような機能や作用が,これらの機能獲得につながっているのか,さらなる研究の展開が必要である.

がんとは全く異なるが,分岐鎖アミノ酸と疾病の関連を考えるうえで「先天性代謝異常症」は外すことのできない重要なテーマだろう.先天性代謝異常症とは特定の代謝酵素の欠損や機能低下型変異によって関連物質の代謝が障害される遺伝性疾患である.一般に,障害された代謝経路に含まれる代謝物が血中に蓄積する結果,さまざまな症状を引き起こし,重篤な場合は発育遅延や死に至ることもある.早期発見と治療開始によって発症を予防することが可能な疾患も一部存在するので,新生児マススクリーニングの対象にもなっている.2022年現在,140種に近い先天性代謝異常の疾患が「小児慢性特定疾病」に指定され,そのうち約40種がアミノ酸・有機酸の代謝にかかわる異常である.このうち,分岐鎖アミノ酸に関連する代謝異常は7種もあり(),このアミノ酸類の代謝が生体にとって重要な意味をもつことを示している.

 おわりに

スペースの関係で今回はとり上げられなかったが,分岐鎖アミノ酸は,制御性T細胞の機能や,肝障害・肝硬変の病態とも密接な関係があることが明らかにされている16)17).栄養学的な観点からはじまった分岐鎖アミノ酸の研究は,糖代謝やメタボリックシンドローム,腫瘍幹細胞といった,恒常性維持とその破綻による病気の発症に密接にかかわっていることが見出されてきた.一細胞解析などの技術進化に後押しされ,今後も分岐鎖アミノ酸の機能が次々と明らかにされてくることは間違いないだろう.

文献

  • Gu Z, et al:Cancer Discov, 9:1228-1247, doi:10.1158/2159-8290.CD-19-0152(2019)
  • Hattori A, et al:Nature, 545:500-504, doi:10.1038/nature22314(2017)
  • Chantranupong L, et al:Cell, 161:67-83, doi:10.1016/j.cell.2015.02.041(2015)
  • Efeyan A, et al:Nature, 517:302-310, doi:10.1038/nature14190(2015)
  • Wolfson RL, et al:Science, 351:43-48, doi:10.1126/science.aab2674(2016)
  • Kanai Y, et al:J Biol Chem, 273:23629-23632, doi:10.1074/jbc.273.37.23629(1998)
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  • Wang Y, et al:Cell Rep, 28:512-525.e6, doi:10.1016/j.celrep.2019.06.026(2019)
  • Ikeda K, et al:Cell Rep, 21:1824-1838, doi:10.1016/j.celrep.2017.10.082(2017)
  • Kawaguchi T, et al:Hepatology, 54:1063-1070, doi:10.1002/hep.24412(2011)

本記事のDOI:10.18958/7131-00001-0000252-00

著者プロフィール

伊藤貴浩:東京大学薬学部(名取俊二教授),同薬学系研究科(関水和久教授)修了後,米国Duke University Medical Center, UC San Diego博士研究員(Tannishtha Reya教授),University of Georgia准教授を経て一昨年より現所属(京都大学医生物学研究所教授).12年前の実験医学総説の自己紹介欄には「地道にしかしアグレッシブに,幹細胞の光と影を解き明かしたい」と書いたが,「丁寧にそしてエレガントに,幹細胞機能制御の秘密を探り当てる」のが現在の目標.

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