実験医学:皮膚微生物叢〜宿主-微生物間コミュニケーションの理解と治療への応用
実験医学 2023年2月号 Vol.41 No.3

皮膚微生物叢

宿主-微生物間コミュニケーションの理解と治療への応用

  • 松岡悠美/企画
  • 2023年01月20日発行
  • B5判
  • 133ページ
  • ISBN 978-4-7581-2564-2
  • 定価:2,530円(本体2,300円+税)
  • 在庫:あり
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概論

皮膚微生物叢研究がもたらすもの
Recent advances in skin microbiome research

松岡悠美
Yumi Matsuoka(pen name: Yuumi Nakamura):Cutaneous Allergy and Host Defense, Immunology Frontier Research Center, Osaka University(大阪大学免疫学フロンティア研究センター皮膚アレルギー生体防御学)

近年,次世代シークエンサーを用いた微生物叢解析技術により,皮膚微生物叢がさまざまな皮膚疾患において異なっていること,また皮膚免疫やバリアの成り立ちに重要であることがわかってきた.すでに,ヒトにおいて皮膚の状態を善玉菌を用いてコントロールすることが,疾患への治療応用を中心に実用化されはじめており,多くの皮膚科学研究者が注目するところである.本特集では,各論でアトピー性皮膚炎をはじめとする炎症性皮膚疾患などにおける微生物叢の役割と疾患治療への応用を最先端の研究者に概説いただく.本稿では,微生物が生息する皮膚表面の環境の基本,解析の基本的な注意点,および各論でとり上げられない話題で特に筆者が興味深いと考える内容を概説する.

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キーワード 皮膚細菌叢解析,皮膚細菌移植療法,Staphylococcus,Cutibacterium

 はじめに―皮膚を構成する物理的バリア(概念図


皮膚は,成人で面積が約1.6 m2,重量は全体重の16%を占める,人体で最大の臓器である.皮膚の微生物叢を考えるうえでまず重要なのはその基本構造と,腸管とは異なる透過性である.皮膚の表面には汗管が直接開口し,汗が分泌される.汗の99%は水で構成され,塩化物と乳酸,尿素などの老廃物,抗菌ペプチドなどを含有する.一方,毛穴に開口する脂腺からの分泌物はワクスエステル,トリグリセリド,スクワレンなどの脂質が主成分で,トリグリセリドは毛包内に存在している細菌などの出すリパーゼで分解され,遊離脂肪酸として分泌される.これらの脂質で構成される酸性の皮表脂質フィルムは,外界からの化学物質の干渉作用や感染防御に働くと考えられている.ヒトの表皮では,角質細胞がレンガ状に積み重なっていて,外界からの物理的な刺激に耐え,病原体やアレルゲンの侵入を防ぐために,二重のバリアを備えている.角質細胞の隙間を埋める細胞間脂質からなる角質バリアと,細胞間の隙間をシールするタイトジャンクションからなるバリアである.このようなバリアを透過できる分子は,おおよそ分子量が500以下の分子(直径約1.3 nm以下)に限定される.そのため,タンパク質などが定常状態で直接真皮に透過することはない.表皮内には,免疫細胞として表皮内樹状細胞であるランゲルハンス細胞が存在する.この細胞の樹状突起はタイトジャンクションを突き抜けて角層直下まで延長することが明らかとなり,抗原提示などの役割を担っている.このような皮膚の構造をかんがみると,皮膚微生物叢から得るべきわれわれ宿主の最も重要な情報は,表皮下に外来微生物が侵入した場合にどのように防御を行うかであろうと想像できる.皮膚の免疫学的バリアは,各論で各執筆者が述べられているため,参照いただきたい(小林の稿中島の稿参照).

腸管のように積極的に栄養素をとり込むという役割はなく,主な役割が外界からの保護であるため,皮膚微生物叢からの全身への影響も,腸管に比較して限定的であることが容易に予測される.実際,2021年のPubMedでの検索で “Gut Microbiome” の年間論文数が10,442報を超えるのに対して, “Skin Microbiome” 関連の論文は896報と10分の1以下となっている.このような臓器別による研究分野の発展の格差は,皮膚が腸管ほどには微生物叢の影響を受けにくいということを反映しているのかもしれない.

皮膚微生物叢の年齢による成熟と維持(


皮膚では,その表面1 cm2あたりに106個,約40種の細菌が生息している1).皮膚細菌叢は,個人,採取部位,年齢,性別などにより大きく異なる.皮膚細菌叢は,おもにStaphylococcus属,Corynebacterium属,Cutibacterium属などの菌により構成され,腸管に比較して少ない種類で構成されているという特徴がある2).興味深いことに生理学的な特徴が似ている部位には,似たような菌種が存在する.例えば,脂漏部位である眉間,外耳道,前胸部,背部などは主にCutibacterium(Propionibacterium)やStaphylococcusにより構成される.また,湿潤環境になりやすい鼠径部,腋窩,肘窩はCorynebacteriumが優位になる一方で,乾燥した環境になる手掌側の前腕,小指球側の手掌,臀部などでは,β-Proteobacteria やFlavobacterialesの分画が増加し,多様性が増す3)

乳児期初期に獲得される皮膚細菌叢は,出産方法によるとされている.膣から分娩された乳児は母親の膣に似た皮膚細菌叢を保有し,帝王切開による出産では,乳児の皮膚細菌叢は母親の皮膚に似るとされている4).また,興味深いことに,1卵性と2卵生の双子とその母親の皮膚細菌叢を比較した解析では,細菌叢の構成の違いは年齢と皮膚の褐色色素に影響を受けていると報告されている5).ヒト思春期には,脂腺の発達に伴い,脂漏部位では細菌叢に大きな変化が訪れる.思春期の評価分類,Tanner段階の1〜3期ではStreptococcusやグラム陰性菌のMoraxella,Haemophilus,Neisseria,などが多様性をもって存在している.一方,Tanner段階の4〜5期になると,これらの菌はほとんど検出されなくなり,脂質好性のCutibacterium(Propionibacterium),Corynebacterium,Turicellaなどで占められるようになる6).健常成人皮膚細菌叢を年間で観察した研究からは,一度獲得された皮膚細菌叢は年間を通じて種のレベルで安定していることが明らかとなっている.

皮膚における真菌は,Malassezia spp.,Cryptococcus spp.,Rhodotorula spp.,Aspergillus spp. およびEpicoccum spp.が検出される.Malassezia spp.が占有種で,菌叢全体の約 80%を占める.真菌のうち,Malassezia spp.は慢性炎症性皮膚疾患との関連がよく解析されているが,その関連については各論で述べられているので本稿では割愛する(杉田・張の稿参照).

皮膚微生物叢の解析

基本の解析法詳細は次世代シークエンサーを用いたもので,腸内細菌叢解析と同様であるので割愛する.腸内細菌と比較した場合,腸内細菌を解析する場合に主に用いられる糞便中細菌数は,1011個/gであるが,これと比較すると,皮膚には1 cm2あたり,105〜106個の細菌しか生息しておらず,採取されたサンプルから得られるDNA量はたいへん少なくなるので注意が必要である.さらに,採取方法,部位,サンプル調製と解析法により結果が異なることに注意しなければならない.

過去の報告で,採取できるバクテリアゲノムの量は全層性の皮膚生検に比較してスワブで100分の1程度になるが,得られる細菌叢の組成は同じであると報告されており7),多くの研究は侵襲性の問題も有り,スワブやテープストリッピングという非侵襲的な方法で採取したサンプルを用いて解析が行われている.しかしながら,脂腺内にはCutibacterium属をはじめとする嫌気性菌が少なからず存在し,ざ瘡(ニキビ)などの皮膚疾患に関与する.このような疾患をターゲットにした解析の報告では,採取法(スワブ,テープストリッピング,毛穴パック,皮膚生検など)に依存して細菌叢の割合が異なって検出されているようである.脂腺の発達するような,思春期以降の顔面の細菌叢解析では,スワブなどの非侵襲的な手法では皮膚全体の細菌叢を拾えていないかもしれない.次に採取部位であるが,採取部位は大きく分けると,乾燥(dry),湿潤(moist),脂性(oily)の3つに分けることができ,これらの部位では細菌叢は大きく異なる().また,最近の報告では,採取部位が数cm異なるだけで皮膚細菌叢は異なっているという報告もあるので8),採取部位の検討は事前に十分に行う必要がある.また,ヒトの場合は,入浴や,洗顔といった細菌叢に影響する日常行動があるため,採取のタイミングを統一することが望ましい.

サンプル調製と解析法であるが,これは特に腸内細菌叢解析と注意点は変わらない.皮膚の解析で特徴的な注意点をあげれば,脂性部位の占有種の1つであるCutibacteriumPropionibacteriumacnesは,16S rRNAのV4領域で解析した場合と,それ以外のV1-V2領域などと比較した場合,V4領域では,株によりOTUで分類できず,脂性部位で極端にC. acnesの割合が少なく出ることもあり,大きく細菌叢全体の見え方が変わることが知られている9)(真菌では16S rRNAの代わりにITS領域などの配列を用いる).また,真菌やグラム陽性球菌のStaphylococcusなどは,細胞壁(膜)がそれ以外の細菌よりも硬いので,特にショットガンなどで真菌も同時に解析する場合などは,事前にサンプル処理法により真菌DNAが他の微生物と同程度にとれているかなどの検証も必要である.このように,皮膚微生物叢解析には,多くの注意点があるが,例えば,健常者と特定の疾患を比較して何かを見つけようとする場合,あくまで微生物叢解析は絞り込みの手段であると捉えれば,同一採取部位をとり同じサンプル処理がされていればよく,解析自体は腸内細菌叢と同様であるのでさほど難しいものではない.すでに,本邦でも日本人の集団を対象に大規模解析が進められている(川崎の稿参照).

一方で,実際にほとんどのデータは,あくまで比率を見たデータとして出力しているので,微生物叢データのみで相対的な菌の量が増えている,減っているということが,実際に疾患に関連しているのかということは断定することはできない.菌のディスバイオーシスが実際にどのように皮膚の状態に影響するのかについては,細菌学的な詳細な解析が必要となる(中川・松岡の稿参照).また,最近では,シングルセル細菌叢解析や,バクテリアメタトランスクリプトーム,メタボローム解析法なども腸内細菌叢解析でさかんに用いられているので,そういったサンプル解析と組合わせることによって,より詳細な微生物叢の動態をマルチオミクス解析を通して,皮膚から得ることも可能になっている.

皮膚微生物叢の皮膚の健康および疾患治療への応用

微生物叢を用いた治療法の開発は,昨今多くの研究者がとり組むところとなっているが,最も進んでいるのはアトピー性皮膚炎においてである.内容については各論でとり上げられているので,本稿では割愛する(仲辻の稿参照).

現段階では,アメリカのAzitra社がいわゆる皮膚の善玉菌として認知されているStapphylococcus epidermidisを用いた治験を複数進行中で,最も臨床応用に近い段階にある(https://www.microbiometimes.com/engineering-the-microbiome-to-treat-skin-diseases/).肺がんなどに使用されるEGFR阻害剤はざ瘡様皮膚炎を起こすことが有名であるが,その皮膚炎でもアトピー性皮膚炎同様,S. aureusの生着に代表されるディスバイオーシスが知られている.この副作用に,S. aureusを抑制するS. epidermidisの菌株をスクリーニング,特定の株を外用することで,皮疹を改善させようというものである.さらに驚くべきことに,皮膚遺伝性疾患に対して,「ヒト側因子を遺伝子改変により発現する」S. epidermidis菌株を用いた治療が試みられてる.LEKTIの遺伝子異常により発症するNetherton症候群においてはLEKTI発現S. epidermidisを,Filaggrinの遺伝子異常により発症する尋常性魚鱗癬にはFilaggrin発現Stapphylococcus epidermidisを外用する治験が治験中,および治験を予定されている.

疾患を対象としない場合,皮膚のコンディション全般を改善させようという目的で,皮膚由来の細菌をプロバイオティクスとして利用する製品も欧州を中心に販売されている(https://www.sbiomedic.com/).S-Biomedic社はCutiNaturalis™という製品名で,C. acnes菌を販売している.C. acnesは前述したように一般的には,ざ瘡の原因菌として長らく捉えられていたが,一方で健常な皮膚においても存在する.このことに着目し,菌株ゲノム解析などの結果を組合わせることで,抗酸化作用のあるRoxP遺伝子発現の高いC. acnesを単離し,菌を直接外用することで炎症や加齢の改善に対して有用であるとして製品化している.

 おわりに

次世代シークエンサー技術の進歩による皮膚微生物叢解析と菌株ゲノム解析技術により,皮膚細菌を利用した治療法の開発,プロバイオティクスへの応用は実用の段階に入っている.ただし,これらの真の効果は,今後さらなる臨床データを蓄積し検証されるべきものであると筆者は認識している.皮膚には本特集で名前が挙がった,細菌のStaphylococcus属,Cutibacterium属,真菌のCandida属,Malasseziaなどの主要な微生物以外にもさまざまな微生物が存在し,それぞれの皮膚での役割があると考えられる.ただそれらの主要な菌が注目される理由には,培養が容易で解析しやすい,ということもあるはずで,それ以外にもまだまだ皮膚の恒常性や健康にかかわる重要な微生物は多く存在しているのかもしれない.


皮膚を診てもうすぐ20年

昔は臨床研修医制度はなかったので,医学部を卒業して直接皮膚科に入局した.当時は,重症なアトピー性皮膚炎などは入院して外用指導をしてもうまく行かずたいへんな病気であった.約20年経った現在では,免疫学の進捗をベースに多くの疾患において重症な患者の「寛解」が可能になった.次の20年は「治癒」が可能になるのか.皮膚微生物叢研究がその一助になると信じてこれからも研究に邁進したい.(松岡悠美)

文献

  • Belkaid Y & Segre JA:Science, 346:954-959, doi:10.1126/science.1260144(2014)
  • Scharschmidt TC & Fischbach MA:Drug Discov Today Dis Mech, 10:doi:10.1016/j.ddmec.2012.12.003, (2013)
  • Grice EA, et al:Science, 324:1190-1192, doi:10.1126/science.1171700(2009)
  • Mueller NT, et al:Trends Mol Med, 21:109-117, doi:10.1016/j.molmed.2014.12.002(2015)
  • Si J, et al:BMC Genomics, 16:992, doi:10.1186/s12864-015-2131-y(2015)
  • Oh J, et al:Genome Med, 4:77, doi:10.1186/gm378(2012)
  • Grice EA, et al:Genome Res, 18:1043-1050, doi:10.1101/gr.075549.107(2008)
  • Bouslimani A, et al:Proc Natl Acad Sci U S A, 112:E2120-E2129, doi:10.1073/pnas.1424409112(2015)
  • Lebeer S, et al:Cell Rep Med, 3:100521, doi:10.1016/j.xcrm.2022.100521(2022)

本記事のDOI:10.18958/7189-00001-0000302-00

著者プロフィール

松岡悠美:2003年,山梨医科大学医学部医学科卒業,’09年,千葉大学大学院修了(医学博士).その後,米国ミシガン大学Gabriel Nuñez研究室博士研究員,千葉大学皮膚科学講師を経て,’20年より大阪大学免疫学フロンティア研究センター皮膚免疫学准教授.’22年11月より同センター皮膚アレルギー生体防御学,教授(現職).皮膚科専門医.

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