概論
監修の言葉
ゲノム機能解明の鍵となるEVE
EVE: a key to elucidating genomic function
石野史敏
Fumitoshi Ishino:Institute of Research, Tokyo Medical and Dental University(東京医科歯科大学統合研究機構)
ヒトゲノム計画により遺伝子のあらましが解明され,ヒト疾患に関する情報は圧倒的に増えた.しかし,ヒトゲノム情報から「生物としてのヒトの特殊性を解明する」ことは,今だ達成されていない.それはなぜなのだろうか? ヒトゲノムにおけるタンパク質コード遺伝子数は,昨年公開された最新版でも約2万のままである1).問題はここにあるのではないだろうか? すなわち,遺伝子と認識されず,アンノウンとして残されているものが,まだ数多く存在するのではないだろうか?
内在性ウイルス様配列(EVE)の大部分を占める内在性レトロウイルス配列(ERV)はヒトゲノムの約9%を占め1),LINE,SINEとともにレトロトランスポゾンに分類され,長年,単なる反復配列の “ゴミ” として扱われてきた.しかし,今世紀の変わり目にEVE研究は大きな転換期を迎えた.2000年,2001年に発見されたレトロウイルスのENV遺伝子由来のシンシチン2),GAG/POL遺伝子由来のPEG10 3),PEG114)(現在の正式名称はRTL1)が,胎盤という新しい臓器の獲得に必須の遺伝子として関与したことが明らかになったのである2)5)〜8).これらは哺乳類からヒトにいたる系統進化の中で,PEG10,RTL1,シンシチンの順に,ヒトゲノムに新たに獲得された遺伝子である.EVEはまさに生物が進化の過程でウイルスから得たDNAであり,本特集で紹介されているように,いくつかはタンパク質をコードする新しい遺伝子となって脳機能,保湿性の皮膚,自然免疫など哺乳類の多様な特徴にもかかわり,また,non-coding RNAとしても初期発生過程で重要な機能を果たしている.大部分のEVEは多数の変異によりウイルスタンパク質としての機能は失っているが,数十〜100アミノ酸程度の読み枠(open reading frame)が残れば,遺伝子として新しい機能を担うことは可能である.EVEには,逆転写酵素をもつレトロウイルス以外のRNAウイルスやDNAウイルス由来の配列も含まれ9)10),その候補遺伝子数は,優に1万を超える.EVEからの遺伝子を加えるとヒトゲノムに含まれるタンパク質コード遺伝子は,本当はいくつなのだろうか? あらかじめ機能を予想できないEVEは,研究対象として手強い相手である.しかし,そこには「わたしたち自身を知るための鍵」となるゲノム機能が隠れているに違いない.今や,EVE研究は避けて通ることのできない研究分野―ヒトゲノムに残されたフロンティア―となっている.
文献
- Nurk S, et al:Science, 376:44-53, doi:10.1126/science.abj6987(2022)
- Mi S, et al:Nature, 403:785-789, doi:10.1038/35001608(2000)
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- Charlier C, et al:Genome Res, 11:850-862, doi:10.1101/gr.172701(2001)
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- Dupressoir A, et al:Proc Natl Acad Sci U S A, 108:E1164-E1173, doi:10.1073/pnas.1112304108(2011)
- Horie M, et al:Nature, 463:84-87, doi:10.1038/nature08695(2010)
- Liu X, et al:PLoS Genet, 16:e1008915, doi:10.1371/journal.pgen.1008915(2020)
本記事のDOI:10.18958/7323-00001-0000564-00
著者プロフィール
石野史敏:東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻修了(理学博士).東京大学応用微生物研究所(現 定量生命科学研究所)助手,東京工業大学遺伝子実験施設助教授を経て東京医科歯科大学難治疾患研究所エピジェネティクス分野教授.2014〜’19年度難治疾患研究所所長.共同研究者の金児-石野知子(現 東海大学客員教授)と英国留学時からはじめたゲノムインプリンティング研究から,’00年にEVE研究をスタート.


















