実験医学:次世代CAR-T細胞〜効果を高めるメカニズムを解明し、固形がんへと射程を拡げる
実験医学 2023年11月号 Vol.41 No.18

次世代CAR-T細胞

効果を高めるメカニズムを解明し、固形がんへと射程を拡げる

  • 保仙直毅/企画
  • 2023年10月20日発行
  • B5判
  • 127ページ
  • ISBN 978-4-7581-2573-4
  • 定価:2,530円(本体2,300円+税)
  • 在庫:あり
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概論

CAR-T細胞療法の現状と解決すべき課題
Current status and unresolved issues of CAR-T cell therapy

保仙直毅
Naoki Hosen:Department of Hematology and Oncology, Osaka University Graduate School of Medicine(大阪大学大学院医学系研究科血液・腫瘍内科学)

がん特異的抗体の抗原認識部位とT細胞活性化分子の細胞内領域を融合させてできるキメラ抗原受容体(CAR)を患者のT細胞に導入するとCAR-T細胞ができる.CAR-T細胞はB細胞系の血液がんに対しては驚異的な治療効果を示し,副作用のサイトカイン放出症候群も抗IL-6受容体抗体によりコントロールが可能となり,一般的な治療として定着しつつある.しかし,多くの患者で再発がみられることが大きな問題である.固形がんに対するCAR-T細胞も効果の兆しがみられつつあるが,まだ課題も多い.次世代型のCAR-T細胞療法を開発するためにさまざまな分野の研究者の参入が求められている.

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 はじめに

T細胞はウイルスなどの病原体に感染した細胞を異物として認識し排除することができる.同じようにT細胞にがん細胞を排除すべき異物として認識させることができれば,がん細胞は排除できるはずである.それを実現したのがCAR-T細胞療法である.CAR-T細胞は,B細胞性悪性腫瘍および形質細胞の腫瘍である多発性骨髄腫に対して著明な抗腫瘍効果を示し,血液内科の臨床現場で広く用いられている.当初,懸念されたサイトカイン放出症候群という副作用も,抗IL-6受容体抗体の適正な使用により,コントロールが可能である.しかし,CAR-T細胞にはまだまだ多くの課題が残されている.本稿では,具体的にどのような課題があるか概説し,本特集の各論ではそれらを解決する次世代のCAR-T細胞,さらには “デザイナー細胞” の開発をめざした取り組みの数々をご紹介する.

CAR-T細胞とは

がんを免疫系に異物として認識・排除させる方法として,モノクローナル抗体がすでに広く臨床応用されている.そこで,モノクローナル抗体の抗原認識部位を利用し,Tリンパ球にがん細胞を異物として上手く認識させようというのがキメラ抗原受容体(chimeric antigen receptor,CAR)のアイデアである.抗体の抗原認識部位とT細胞を活性化する分子(CD28あるいは41BBと,CD3ζ)を融合させてCARを構築する.レトロウイルスベクター等により,CARをT細胞に遺伝子導入したものがCAR-T細胞である(概念図1).患者から採取した末梢血リンパ球にCAR遺伝子を導入し,増幅培養した後,体内へ戻すことで治療が行われる(概念図2).CAR-T細胞は,抗体と細胞傷害性T細胞の長所を併せもった細胞で,抗体のように高い特異性でがん特異的抗原を認識し,細胞傷害性T細胞のように強い細胞傷害活性と高い増殖力をもってがんを攻撃する.



B細胞性急性白血病および悪性リンパ腫に対するCD19を標的としたCAR-T細胞は,他の治療が無効であった,すなわち従来であれば救命は不可能であった患者の約半数程度に長期の無再発生存をもたらしている1)2).さらに最近,再発難治性多発性骨髄腫を対象として,BCMAを標的としたCAR-T細胞療法の有効性が示され3)4),保険診療としての実施がスタートし,今までなす術のなかった再発難治性多発性骨髄腫患者の多くを完全寛解状態に導くという驚異的な効果を示している.

当初はサイトカイン放出症候群(cytokine release syndrome,CRS)が重篤な有害事象として問題となっていた.CRSはいわばCAR-T細胞の “効きすぎ” により起こる高サイトカイン血症である.しかし,抗IL-6受容体抗体がCRSに著効することが明らかになった.しかも,CAR- T細胞活性化に引き続いて起こる活性化マクロファージからのIL-6の過剰分泌がCRSの中心的な病態であることが明らかになり5),IL-6受容体を抗IL-6受容体抗体により抑制しても抗腫瘍効果には影響しないと考えられる(図1)ので,より早期から抗IL-6受容体抗体を用いてCRSをコントロールすることにより,CAR-T細胞療法は比較的安全に施行可能となっている.


どうしてB細胞系血液がん以外のがんではCAR-T細胞の開発に苦労しているのか?

現在臨床現場で用いられているCAR-T細胞の標的となっている抗原,CD19およびBCMAはともに分化抗原であり,正常のB細胞あるいは形質細胞にも発現がみられる.したがって,これらのCAR-T細胞を用いることにより,腫瘍細胞だけでなく,その正常カウンターパートである正常B細胞や形質細胞も排除される.B細胞あるいは形質細胞の欠損は致死的ではなく,免疫グロブリン製剤の補充により生命を維持することが可能である.そのため,これらの分化抗原は治療標的となりうる.

しかしながら,完全欠損しても致死的とはならない正常細胞はほとんどないため,他のがん種においては,標的となりうる適当な分化抗原が見つからない.例えば,急性骨髄性白血病の正常カウンターパートである骨髄系造血前駆細胞に発現する分化抗原であるCD33を標的とした場合,骨髄系造血前駆細胞が完全に排除されると好中球,単球がない状態が遷延することとなり致死的である6).そのため,固形がんを含め,B細胞系血液がん以外のがん種においては,正常細胞にはほとんど発現せずがん細胞に特異的に発現する,がん特異的抗原を標的とすることが必要となる.しかしながら,抗体医薬に比べCAR-T細胞は感度が非常に高く,正常細胞における標的抗原の少しの発現が致死的なon target off tumor toxicityの原因となる.例えば,抗体医薬の標的として汎用されているHER2に対するCAR-T細胞が試されてきたが,いまだに実用化には至っていない7).そのため,よりがん特異性の高い “真のがん特異的抗原” 単離の試みは世界中でなされ,GD2 8)9),Claudin18.2 10)など,いくつかの有望な抗原も同定されつつある.また,通常のトランスクリプトーム解析では同定できない,がん特異的なタンパク質の高次構造や翻訳後修飾を標的とすることも試みられている(紀田・保仙の稿).前述のGD2もその一つである.あるいは,CARとは異なるが,HLAとがん抗原由来のペプチドの複合体を認識するT細胞受容体(TCR)を用いることにより,細胞内に存在するがん特異的抗原を標的とするTCR-T細胞の開発もさかんに進められている(村田・平野の稿).

CAR-T細胞著効後に再発してしまう人がいるのはなぜか?

多くの患者において,CD19あるいはBCMA CAR-T細胞療法は著効し,一時的には完全寛解の状態が得られる.しかし,治癒する患者はその一部で,再発するケースも多い.そこには腫瘍側の要因とCAR-T細胞側の要因が考えられる.

❶ 腫瘍側の要因

がん細胞がCAR-T細胞の攻撃を逃れるための最も簡単な方法は,標的抗原の発現を失う,あるいはその発現を低下させるということである.実際,CD19 CAR-T細胞投与後に再発する腫瘍では,CD19の発現喪失,あるいは低下がみられる.BCMA CAR-T細胞の投与後に再発する多発性骨髄腫細胞においても同様である.抗原発現の完全喪失はgeneticな異常で起こることが報告されている11).一方,geneticな異常はなくとも抗原の発現レベルが低下したクローンがCAR-T細胞の攻撃を逃れるということもあり,少なくともその一部に関してはCARに結合した標的抗原が,CAR-T細胞内に取り込まれてしまう “trogocytosis” という現象により説明できることが報告されている12).これらの問題に対抗するため,複数の抗原を標的とするtandem CARの開発が進められている.例えばCD19とCD22の両方を感知することのできるCAR-T細胞は,たとえ,腫瘍細胞においてCD19が欠損しても,CD22を標的として腫瘍細胞を攻撃できる13)

❷ CAR-T細胞側の要因

腫瘍における標的抗原の発現が保たれたまま再発する場合も多く,その場合,再発の原因は明らかにCAR-T細胞側の要因である.CD19 CAR-T細胞療法を受けた後,長期に寛解を維持した症例では,CAR-T細胞が,投与直後によく増幅(expand),投与後長期にわたって体内に残存し続ける(persist)ことが明らかになっている14).そのため,特に後者つまりCAR-T細胞のlong persistenceを達成するための研究がさかんに行われている.in vivoでのlong persistenceと継続する抗腫瘍効果を有することが示されているstem cell memory,あるいはcentral memoryタイプのCAR-T細胞を増幅するための研究が行われている.また,疲弊したCAR-T細胞では,CARにより抗原刺激が入っても,サイトカインの分泌や,細胞傷害活性を発揮せず,TIM3,LAG3などのいわゆる疲弊マーカーを発現している.そこで,反復抗原刺激を受けても疲弊しにくいCAR-T細胞の開発が進められている.これらの目的のために,CARの細胞内領域の改変によりT細胞の細胞内シグナルを改変することや,CARとともにさまざまな分子を共発現させる,あるいはゲノム編集により特定の分子を欠損させることが行われている(籠谷の稿).また,興味深い方法として,iPS細胞化することを通じて,T細胞を若返らせることも試みられている(安藤の稿).

どうして固形がんに対するCAR-T細胞の開発は難しいか?

当然のことながら固形がんに対してもCAR-T細胞が開発できないかと考えられ,世界中でさまざまなものが開発されている.特に,遺伝子変異の数(tumor mutation burden)が少なく,免疫原性が低いと考えられるがん種においては,ネオアンチゲン(がん細胞特異的な遺伝子変異に由来する抗原)に対する抗原特異的がん免疫反応が生理的に起こりにくいので,単一(あるいは少数)の抗原を標的とするCAR-T細胞療法は魅力的な免疫療法である.最近になり,脳腫瘍や神経芽腫に対するGD2 CAR-T細胞や,胃がんに対するClaudin18.2 CAR-T細胞等,臨床効果が報告されるものも出つつあり,光明はみられる.しかしながら,全体的には,まだまだ血液がんに対するものと比べるとその効果は不十分である.固形がんに対するCAR-T細胞の開発に難渋している理由は,前に述べたがん特異的標的抗原の欠如の他に,大きく2つがあげられる(図2).


❶ CAR-T細胞のがん局所への遊走浸潤が不十分である

白血病や悪性リンパ腫あるいは多発性骨髄腫のような血液がんの場合,CAR-T細胞は血液中,あるいはリンパ液中を循環している間に容易にがん細胞と出会うことができる.一方,固形がんの場合には,腫瘍が存在する局所へと,CAR-T細胞は遊走,浸潤していかなければがん細胞と出会えない.通常の免疫反応においては,病原体や組織損傷などを自然免疫細胞が感知し,炎症を惹起することにより産生されるケモカイン,サイトカインが,T細胞の局所への遊走,浸潤を促進するが,多くのがん免疫反応では十分な炎症が惹起されず,それらのステップが円滑に進行しない.これらを解決するためCAR-T細胞にさまざまな免疫活性化分子を共発現させることにより,免疫細胞浸潤の少ない “cold tumor” を “hot tumor” に変えることが試みられている(佐古田・玉田の稿).さらに,脳腫瘍の場合には,CAR-T細胞の髄腔内への投与を行うことにより,遊走の問題を物理的に解決してしまおうという試みも行われており,臨床効果につながっている.

❷ 免疫抑制性腫瘍微小環境

CAR-T細胞が何とか腫瘍局所に遊走し,浸潤しえたとしても,腫瘍局所にはさらなる障害が待ち受けている.それが,腫瘍微小環境による免疫抑制である.よく知られているものとして,制御性T細胞(Treg),骨髄由来抑制細胞(MDSC)などの抑制性免疫細胞やそれらが分泌するTGF-βやIL-10などの免疫抑制性のサイトカインがある.また,膵がんなど一部のがんでは,組織の線維化が強く,物理的にCAR-T細胞の浸潤を抑制している場合も多い.CAR-T細胞にさまざまな分子を共発現させることにより,腫瘍微小環境を改良しようという試みは広く行われている(佐古田・玉田の稿).

新たな試み

CAR-T細胞あるいは細胞医薬の高いポテンシャルをもっと医学の進歩に活かすことを考え,さまざまな新しい取り組みが行われている.

❶ 非腫瘍性疾患に対するCAR-T細胞の応用

CAR-T細胞は単にがんの排除に用いるだけでなく,pathologicalな細胞を除く方法として,さまざまな疾患の治療に応用可能である.一つは自己抗体を産生するB細胞系の異常が病態の中心をなす自己免疫疾患への応用である.すでに重症の全身性エリテマトーデス患者に対するCD19 CAR-T細胞療法の臨床試験の有望な結果が報告された.さらに,免疫系以外の細胞にもpathologicalな細胞に特異的な細胞表面抗原があれば,CAR-T細胞の応用は可能である.その代表的な例は,FAPを標的としたCAR-T細胞による心臓線維化の治療で,すでにマウスではその有効性が示され,現在ヒトでの応用に向けて進められている(木村の稿).

❷ 合成生物学を応用したデザイナー細胞医薬

CAR-T細胞は,細胞を医薬として用いることのすばらしさを如実に示した.当然T細胞だけが免疫細胞ではないし,免疫細胞だけが細胞ではない.そこで,さまざまな細胞に遺伝子改変(デザイン)を加えて作製した遺伝子改変細胞を治療に用いることが,今後さらに広まっていくと考えられる.また,合成生物学の発展に伴い,細胞外からのさまざまなシグナルを,自在に変換して細胞内に伝える人工受容体の開発がどんどん進んでいる.その代表例の一つがsynNotch(synthetic Notch receptor)で,実際これを用いて,がん抗原に反応して,IL-2を分泌し,腫瘍局所でのがん免疫反応を促進する働きをもつ細胞が開発された15).今後,さまざまな機能をもった “デザイナー細胞” を作製し,治療に用いる時代が到来すると期待される(戸田の稿).

 おわりに

CAR-T細胞は,血液内科ではすでに一般診療となりつつある.一方,固形がんに対するCAR-T細胞はまだまだ開発途上であり,さらにはさまざまなデザイナー細胞の開発はこれからの課題である.CAR-T細胞あるいは細胞医薬という,bench to bedside/bedside to bench研究が行いやすい分野に,さまざまな分野の研究者が興味をもっていただき,各自の研究成果をもってこの分野に参入されることを望んでいる.

文献

  • Maude SL, et al:N Engl J Med, 371:1507-1517, doi:10.1056/NEJMoa1407222(2014)
  • Neelapu SS, et al:N Engl J Med, 377:2531-2544, doi:10.1056/NEJMoa1707447(2017)
  • Munshi NC, et al:N Engl J Med, 384:705-716, doi:10.1056/NEJMoa2024850(2021)
  • Berdeja JG, et al:Lancet, 398:314-324, doi:10.1016/S0140-6736(21)00933-8(2021)
  • Giavridis T, et al:Nat Med, 24:731-738, doi:10.1038/s41591-018-0041-7(2018)
  • Kim MY, et al:Cell, 173:1439-1453.e19, doi:10.1016/j.cell.2018.05.013(2018)
  • Morgan RA, et al:Mol Ther, 18:843-851, doi:10.1038/mt.2010.24(2010)
  • Quintarelli C, et al:N Engl J Med, 388:2303-2304, doi:10.1056/NEJMc2305296(2023)
  • Majzner RG, et al:Nature, 603:934-941, doi:10.1038/s41586-022-04489-4(2022)
  • Qi C, et al:Nat Med, 28:1189-1198, doi:10.1038/s41591-022-01800-8(2022)
  • Samur MK, et al:Nat Commun, 12:868, doi:10.1038/s41467-021-21177-5(2021)
  • Hamieh M, et al:Nature, 568:112-116, doi:10.1038/s41586-019-1054-1(2019)
  • Spiegel JY, et al:Nat Med, 27:1419-1431, doi:10.1038/s41591-021-01436-0(2021)
  • Fraietta JA, et al:Nat Med, 24:563-571, doi:10.1038/s41591-018-0010-1(2018)
  • Allen GM, et al:Science, 378:eaba1624, doi:10.1126/science.aba1624(2022)

本記事のDOI:10.18958/7371-00001-0000623-00

著者プロフィール

保仙直毅:1994年大阪大学医学部卒業.第3内科(岸本忠三教授)において,血液内科の臨床に従事.大学院(杉山治夫教授)修了後,Stanford大学Irving Weissmanの研究室に留学し,Scienceの面白さに魅了された.2020年より大阪大学医学部血液・腫瘍内科教授として,血液がんに対するCAR-T細胞の研究と臨床を行き来しながらphysician scientistのやりがいを改めて感じている.


CAR-T細胞との衝撃の出会い

私はかつて,多発性骨髄腫細胞株に対するモノクローナル抗体を大量に作製して,その中から実際の患者由来骨髄腫細胞に特異的に結合する抗体がスクリーニングするということを続けていました.そして,ようやく活性型構造のインテグリンβ7を認識する抗体が骨髄腫細胞に高い特異性をもって結合することを見出しました.ところがその抗体には全く抗骨髄腫効果がなく,ああこれで研究もそろそろ終わりだなと思っていました.ちょうどその頃(2013〜’14年頃だったと思います)にCAR-T細胞というものがあるというのを耳にして,論文に掲載されていたシークエンス情報をもとに見様見真似でCAR-T細胞をつくってみました.そして,年末にマウスを用いた治療実験を行いました.年が明けて,あまり期待していなかったのですが,大学院生と一緒にマウスを解析してみたところ,明らかに治療効果があり感激しました.その日のことはありありと覚えています.(保仙直毅)

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