実験医学:特集1:新・がん免疫サイクル 局所免疫応答の鍵を握るTLSの正体/特集2:簡便化と高速化が進む シングルセルRNA-seq技術
実験医学 2025年5月号 Vol.43 No.8

特集1:新・がん免疫サイクル 局所免疫応答の鍵を握るTLSの正体/特集2:簡便化と高速化が進む シングルセルRNA-seq技術

  • 鳥越俊彦,笹川洋平/編
  • 2025年04月18日発行
  • B5判
  • 138ページ
  • ISBN 978-4-7581-2591-8
  • 2,530(本体2,300円+税)
  • 在庫:あり

概論

特集1 概論

アップデートされた「新・がん免疫サイクル」における局所免疫応答について
Immunostimulation of tumor microenvironment in the updated cancer-immunity cycle

鳥越俊彦
Toshihiko Torigoe:札幌医科大学医学部病理学第一講座

2013年に発表されたがん免疫サイクルは,がんに対する免疫応答を7つのステップに単純化してわかりやすく解説した図として示され,これまでがん免疫の研究者やがん治療に携わる多くの臨床医の理解を助けてきた.2023年には,10年ぶりにアップデートされ,腫瘍局所におけるサブサイクルが加えられた.サブサイクルの意義は,樹状細胞(dendritic cells:DC)によるCD8エフェクターT細胞の維持と再活性化にあり,免疫チェックポイント阻害療法(immune checkpoint blockade:ICB)の新たな作用点としても注目されている.がん免疫においてはCD4T細胞とB細胞も重要な役割を果たすが,これらの免疫細胞が密に相互作用して炎症局所に形成されるリンパ様構造は三次リンパ様構造(tertiary lymphoid structure:TLS)とよばれ,サブサイクルを反映する病理組織である.がん免疫応答を包括的に理解し,新たなバイオマーカーや治療法を開発するためには,TLSを含む腫瘍局所免疫応答の解明が重要である.

掲載誌の目次を見る
キーワード 樹状細胞,三次リンパ様構造,腫瘍微小環境,免疫チェックポイント阻害剤

 はじめに

2013年に発表された初版のがん免疫サイクルは,細胞傷害性T細胞がどのような機序でがん抗原を記憶し,どのようなルートで腫瘍組織に到達してがん細胞を傷害するかを,7つのステップに分けて説明している1).しかし,実際のがん免疫応答はそれほど単純なものではなく,DCやCD8T細胞の他にCD4ヘルパーT細胞やB細胞も重要な役割を果たしており,それらを包括的に理解する必要がある.近年,遺伝子解析技術の進歩によって,腫瘍微小環境における免疫細胞の分化と局在がシングルセルレベルで解析できるようになり,新たな知見が集積しつつある.本稿では,2023年にアップデートされた新・がん免疫サイクルについて紹介し2),特に腫瘍局所におけるがん免疫応答のしくみと意義について解説する.

がん免疫サイクルとがん免疫形質(immunotype)

一般に,がん組織の病理像は発生起源の細胞・組織の種類によって大きく異なるが,免疫細胞との関係性に着目すると,がん種を越えて,immune desert type(免疫砂漠型),immune excluded type(免疫排除型),immune inflamed type(免疫炎症型)の3タイプに分類される.Mellmanらはこれを“immunotype”と命名しているが2),本稿では「免疫形質」と訳すことにする.この免疫形質は,初版のがん免疫サイクルの各ステップ障害とよく相関しているため,がん免疫療法の作用機序や治療抵抗性のメカニズムを考えるうえで,きわめて有用である(図1).まず,がん免疫サイクルのステップ①〜③に障害があると,免疫系はがん抗原情報を記憶することができないため,T細胞ががん組織を通過してしまい,immune desert typeの形質を呈すことになる.ステップ④〜⑤に障害があると抗原記憶T細胞は血管から腫瘍組織に侵入できないため,やはりimmune desert typeの形質を呈すことになる.T細胞が血管から腫瘍組織に侵入できたとしても,ステップ⑤の後半に障害があり,腫瘍間質にとどまって腫瘍胞巣内に浸潤することができない状態は,immune excluded typeとよばれる.ステップ⑥まで進むことができると,T細胞は細胞傷害活性を発揮できる状態となるが,最後のステップ⑦においてPD-L1のような免疫チェックポイント分子の発現があると抑制がかかるため,T細胞とがん細胞が対峙した状態であるimmune inflamed typeの形質を呈すことになる(図1).したがって,がんの病理組織像を観察してがん免疫形質を判断することができれば,がん免疫サイクルのどのステップに障害があるのかをある程度推測できるというわけである.組織にT細胞が多数浸潤している腫瘍はhot tumor(浸潤が少ない腫瘍はcold tumor)とよばれるが,hot tumorのなかにはimmune excluded typeとimmune inflamed typeが含まれており,ICBが単剤で効果を発揮できるのは,immune inflamed typeだけである.このように,がん免疫形質はhot tumorかcold tumorのような単純な分類よりも,がん免疫サイクルに則した治療感受性を反映する.

しかし,immune inflamed typeであるにもかかわらず,ICBの効果がないがんがあることも事実である.Meradらは,immune inflamed typeの肝細胞がん(HCC)を解析し,ICB応答性のがん組織にはDCとCD4T細胞とCD8T細胞のクラスター“Triads”が多く存在し(図2),CD8エフェクターT細胞が多いことを見出した3).すなわち,腫瘍微小環境におけるDCとCD4T細胞の相互作用によって,CD8T細胞のエフェクター細胞への分化が促進され,これがICB反応性の抗腫瘍活性を発揮すること,逆にDCとCD4T細胞が少ない環境ではCD8T細胞の終末疲弊T細胞(terminally exhausted T細胞)への分化が促進され,ICB抵抗性となることが示された.

アップデートされた新・がん免疫サイクル

初版のがん免疫サイクルにおいて,DCの役割はステップ②(樹状細胞の成熟と抗原提示),そしてステップ③(ナイーブT細胞の活性化)に限定されていた1).しかし,腫瘍微小環境における成熟DCの存在とTriadsの役割が解明された結果,Mellmanらによってがん免疫サイクルは図2のようにアップデートされた2).すなわち,腫瘍微小環境内にはがん免疫サイクルのサブサイクルが存在し,成熟DCとCD4T細胞の働きによって,CD8幹細胞様メモリーT細胞(stem cell-like memory T細胞:Tscm)が維持される.Tscm細胞というのは,転写因子TCF1のメモリーT細胞で,別名疲弊前駆細胞(precursor exhausted T細胞:Tpex)ともよばれ,適切な微小環境のもとで自己複製能,長期生存能,高い増殖能,およびエフェクター細胞への分化能を示す抗原記憶細胞である.ICBに反応して高い細胞傷害活性を発揮するエフェクター様疲弊T細胞(effector like exhausted T細胞:Tex)の供給源となっていることが知られている4)

また,Meradらは,DCのなかでも成熟制御性樹状細胞(mature regulatory DC:mregDC)が最も重要で,このDCと相互作用するCD4T細胞としてCXCL13T細胞を報告している3).これらDCとCD4T細胞が少ない環境においては,ICBの存在下で細胞傷害活性を不可逆的に失ったterminally exhausted T細胞への分化が進行する結果,ICB不応答性となる.

従来,抗PD-1抗体はPD-1を発現する疲弊T細胞に作用して,その疲弊を解除することが作用機序であると考えられていたが,terminally exhausted T細胞に対しては無効であることから,アップデートされた理論においては,抗PD-1抗体の作用機序はがん免疫サイクルのサブサイクルを活性化することにあると考えられる.

新・がん免疫サブサイクルとTLS

新・がん免疫サブサイクルにおいて重要な役割を果たすCD4T細胞が産生するCXCL13はCXCR5の濾胞性ヘルパーT細胞(follicular helper T:Tfh)やB細胞を局所にリクルートするケモカインであり,TLS形成のイニシエーターとして機能する5).CXCL13とともに適切な微小環境が整えば,局所に濾胞性樹状細胞(follicular DC)や高内皮細静脈(high endothelial venule:HEV)が誘導され,TLSが形成されると考えられる.TLSの形成はICBの抗腫瘍効果と相関することが知られており,その機序の解明が進みつつある6).また,TLSの形成はICBによる免疫関連有害事象(irAE)を発症した臓器の組織にも認められることがあり7),ICBの抗腫瘍効果とirAEの発症には共通のメカニズムが関与している傍証となっている.また,ヒト検体を用いた解析において,腫瘍組織のCXCL13細胞の位置やCXCL13の発現レベルはICBの抗腫瘍効果と相関するという報告がある一方で8)9),血清中のCXCL13レベルがirAEの発症リスクと相関するという報告もある7).TLSにはDC,CD8T細胞,CD4T細胞,B細胞,HEVなど,さまざまな細胞が含まれており10),TLSの構造と各細胞間の相互作用を知ることは,がん免疫サブサイクルと局所免疫応答の理解につながると思われる.

 おわりに―本特集の内容

本特集では,腫瘍局所の免疫応答の理解と制御に向けてTLSに焦点を当て,7人のエキスパートに最新情報をご提供いただく.TLSの構造と構成細胞(平岡の稿),腫瘍微小環境におけるTLSの意義(二宮・冨樫の稿),がん局所におけるヘルパーT細胞の役割(金関の稿),炎症組織におけるTLS形成機序(好川・柳田の稿),irAE標的臓器におけるTLS形成機序(塚本の稿),免疫療法バイオマーカー(林らの稿),そして新規がん免疫療法への応用(濵西の稿)である.本特集号が,がん治療を専門とする臨床医,研究医,がん創薬研究者の皆さんのお役に立てることを祈念する.

Pathology-based Medicineの重要性

分子医学が格段に進歩した現在においても,ほとんどのがん確定診断は病理医の顕微鏡観察によって行われます.ベテランの病理医は,形態観察によってドライバー遺伝子の変異を見抜くことができるといわれます.HE染色の病理組織には,それだけ多くの情報が詰まっているのです.近年,Spatial Biology解析技術が進歩して,細胞の位置情報や細胞と細胞の位置関係の重要性が注目されるようになりましたが,これこそまさに病理医が組織を観察して取り出してきた情報の一端です.三次リンパ様構造のように形態観察から得られる貴重な情報は無数にあります.Pathology-based Medicine(PBM)とは,形態観察だけでなく,免疫細胞の位置情報,ゲノム変異情報,タンパク質発現情報など,病理組織から得られるすべての情報をもとに,患者ごとに異なる最適治療法を決定する次世代医療です.AIを搭載したDigital Pathologyの推進によって,PBMの時代が到来すると信じています.(鳥越俊彦)

文献

  • Chen DS & Mellman I:Immunity, 39:1-10, doi:10.1016/j.immuni.2013.07.012(2013)
  • Mellman I, et al:Immunity, 56:2188-2205, doi:10.1016/j.immuni.2023.09.011(2023)
  • Magen A, et al:Nat Med, 29:1389-1399, doi:10.1038/s41591-023-02345-0(2023)
  • Tian W, et al:Front Immunol, 14:1198551, doi:10.3389/fimmu.2023.1198551(2023)
  • Ukita M, et al:JCI Insight, 7:e157215, doi:10.1172/jci.insight.157215(2022)
  • Vanhersecke L, et al:Nat Cancer, 2:794-802, doi:10.1038/s43018-021-00232-6(2021)
  • Tsukamoto H, et al:Proc Natl Acad Sci U S A, 119:e2205378119, doi:10.1073/pnas.2205378119(2022)
  • Vahidian F, et al:Cancers (Basel), 16:708, doi:10.3390/cancers16040708(2024)
  • Litchfield K, et al:Cell, 184:596-614.e14, doi:10.1016/j.cell.2021.01.002(2021)
  • Hu C, et al:Gastroenterology, 166:1069-1084, doi:10.1053/j.gastro.2023.10.022(2024)

本記事のDOI:10.18958/7721-00001-0001902-00

著者プロフィール

鳥越俊彦:防衛医科大学校を卒業後,札幌医科大学病理学第一講座菊地浩吉教授に弟子入りし,以来40年間にわたって免疫病理学の研究に従事.途中3年間,米国ペンシルバニア大学とLa Jolla Cancer Research Foundation(Dr. John C. Reed)へ留学し,帰国後は細胞ストレス応答とがん免疫応答をテーマとして研究を継続.10年前に佐藤昇志教授から講座を引き継ぎ,病理学を基盤としたがん医療の実現をめざして情報発信を行っている.

もっと詳しくみる
実験医学:特集1:新・がん免疫サイクル 局所免疫応答の鍵を握るTLSの正体/特集2:簡便化と高速化が進む シングルセルRNA-seq技術
実験医学 2025年5月号 Vol.43 No.8

特集1:新・がん免疫サイクル 局所免疫応答の鍵を握るTLSの正体/特集2:簡便化と高速化が進む シングルセルRNA-seq技術

  • 鳥越俊彦,笹川洋平/編
  • 2,530(本体2,300円+税)
  • 在庫:あり
サイドメニュー開く