[Opinion―研究の現場から]

本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)

第5回 優れた研究室とは―信頼関係を育てるために

「実験医学2010年11月号掲載」

他の人に不快感を与える性的言動(セクシャルハラスメント)や,指導者の立場を利用した嫌がらせ(アカデミックハラスメント)を防止することは,よりよい教育・研究環境の維持に不可欠である.しかし,大学でのハラスメント問題は未だに後を絶たない.本稿では,具体的なハラスメント防止案について,実際に研究室で生活をする学生の視点から切り込んでみたい.

以下は実際にあった事例である.あるとき一大学で,教授のハラスメントが原因とされ,1つの研究室が閉鎖となった.学生は他の研究室への異動を余儀なくされ,テーマの変更を強いられた.教授は自ら職を辞した.

どうしてこのような事態になったのだろうか.特に,これから研究室をもつ可能性のある若手研究者には一緒に考えていただきたい.われわれは,多くのハラスメント問題が発生・悪化する要因の1つは,透明性に欠ける研究室運営にあると考えている.内部の人間関係が見えにくい研究室環境は,1)被害者と加害者が1対1になる空間をつくりやすく,ハラスメントが起こる場を生み出しやすい,2)直接的な上下・利害関係のために,ハラスメントに気づいていても研究室内の人間が指摘できない,という2つの問題を助長する.われわれは,これらの問題を軽減させる打開策として,研究室外部との人的な交流を増やすことを提案したい.

ここでは,その実際の取り組みの例を紹介する.京都大学の物質-細胞統合システム拠点(iCeMS)では,1つの部屋に複数の研究室の人間(教授から学生まで)が机を並べている.このような環境が導入されれば,研究室内の人間関係を見る目が増え,さらに研究室内外の意見交換が促進される.他の研究室と部屋を共有することには研究情報の保護の観点から難色を示す方もいるかもしれないが,対策として取り組めることは多い.例えば,共用パソコンのセキュリティの管理を強めることや,実験結果の載った資料の取り扱いについての共通ルールを設けることが考えられる.このように,必要な対策を十分に立てたうえで,研究室環境の透明性を高めるための方法を探ってみてはどうだろうか.

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先にあげた例は,研究室外の人間とのかかわりをハラスメント防止に役立てようとしたものである.しかし同時に,研究室内の人間一人ひとりが良好なコミュニケーションを保つために努力すべきであることはいうまでもない.あなたが所属する研究室の人間関係が良好な場合は,他の研究室の仲間とお互いの研究室の環境を語り,参考になる点を比較していただきたい.不幸にもいま,研究室内の人間関係でストレスを感じている場合は,外部の第三者に相談することも有効な手段となる.学内に相談所を設けている大学も多いし,外部団体を利用する方法もある.例えば特定非営利活動法人「アカデミックハラスメントをなくすネットワーク」では,ハラスメントに悩む人のための相談を受け付けている.こうした第三者に相談することで問題点が整理され,対処方法が見えてくるかもしれない.また,専門分野ごとに活動を行っている「若手の会」は,合宿型の勉強会・交流会である「夏の学校」を開いているところが多い(「生化学若い研究者の会 生命科学夏の学校」の紹介は2011年1月号にて掲載予定).このような場で直接的な上下・利害関係のない仲間に相談することで,率直なアドバイスが得られることもあるだろう.

研究室内でのハラスメントは,被害を受ける人はもちろんのこと,研究室全体,ひいては大学全体にも被害を出しかねない.将来に向けた改善案を視野に入れつつ,現在の研究室の人間関係は良好であるか,今一度振り返っていただきたい.研究の成果はもちろん,研究室内の良好な信頼関係が「優れた研究室」の条件になる時代をめざすべきである.

清水隆平,関田啓佑(生化学若い研究者の会 キュベット委員会)

※実験医学2010年11月号より転載

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