本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)
科学雑誌Scienceを発行しているAAAS,臨床医学の最高峰雑誌NEJM.どちらもMedical Illustratorを専属で抱えていることを皆さんはご存じだろうか.Medical Illustratorとは,サイエンスのなかでも医学を専門に扱う画家.医学生とともに解剖学や生理学を学び,人体臓器やあるいは分子レベルの世界を,確かな知識に基づいた正確性を最大限尊重しながらアートとしても優れた作品に作り上げる.上記雑誌をはじめ,北米発の専門書にすばらしい絵が多数掲載されているのを読者の方々もしばしば見かけると思うが,その背後にはサイエンスとアートの二刀流の持ち主の存在がある.医学に限っていえば,例えば全米No. 1の病院を抱えるJohns Hopkins 大学では医学部に併設してMedical Illustrator教育の学部があり,今年,学部誕生100周年を迎えた.私は大学5年生の冬に日本人としてはじめてJohns Hopkins大学のこの学部に短期留学をしたが,学生時代から一流科学雑誌の表紙や博物館の展示用イラストを手掛けるなど,日本では想像できないほどハイレベルな実践教育がなされていた.
日本はどうだろうか.最近「科学コミュニケーション」や「アウトリーチ活動」などという言葉が流行っているが,実際にコンテンツをつくれる人間はどれほどいるだろうか.「百聞は一見にしかず」とはよくいうが,言葉だけで科学の楽しさや本質を伝えるのには限界がある.ある分野で権威ある科学者も,他の分野に関しては素人同然だ.共同研究創立シンポジウムなどで異分野のテーマの講演中に頭を垂れている研究者を見かけることも少なくない.青バックに黄色い文字という,日本人にお決まりのスライドにはうんざりだ.患者が明日受ける手術の説明や,仕分けや予算折衝で役人に研究の重要性を説明する際にも文章だけで押し通すことは不可能に近い.
しかし,だからといって日本人の研究者が悪いわけではない.彼らは研究のプロであってコンテンツ制作のプロではない.それよりも,北米のMedical Illustratorのように,研究結果を研究者と同じレベルで理解し,一流のコンテンツに仕上げることができるプロ集団を育てることが日本でも急務ではないだろうか.最近では日本人のノーベル賞受賞も増えた.例えばiPS細胞やカップリング反応など,日本が誇る技術を世界に発信するための確かなコンテンツを制作できる人材を今すぐにでも育てるべきではないだろうか.
ただ,人材を育てても雇用先がまだほとんどないという日本独自の問題もある.北米では上記のような出版社はもちろん,著名な大学や政府省庁,大病院などがMedical IllustratorやScience Illustratorを常に欲しており,彼らは引く手あまたである.一方,日本ではまだ彼らを雇うような文化が存在しない.時折画家に専門的な絵を依頼することがあっても,画家側からするとびっくりするくらい低価格であり,著作権などの権利関係の知識・意識もまだまだ低い.一流雑誌の挿絵を描いてもインパクトファクター加算はなく,現状では一般の人々には喜ばれても大学に残れる道とは正反対の道を歩むことになる.
しかし,私はそれでも「サイエンスCGクリエーター」の道を突き進みたい.だって,「科学っておもしろい!」と一人でも多くの方に感じて欲しいから!
瀬尾拡史(サイエンスCGクリエーター/東京大学医学部附属病院初期研修医)
※実験医学2011年12月号より転載