[Opinion―研究の現場から]

本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)

第8回 研究における自己主張とリーダーシップ

「実験医学2011年2月号掲載」

もしあなたが「将来はプロの研究者になろう」と決心した若い大学院生なら,あなたはその将来のキャリアで,自分の考えを他者に対して主張すべき機会にたびたび出会うだろう.日常的には,研究の進め方に対する自分の意見が上司のそれと合わなければ,あなたは自分がなぜそう考えるのかを彼あるいは彼女に説明しなければならないし,キャリアの節目となる奨学金や就職のインタビューでは,あなたは自分の研究のビジョンを面接官に正しく理解してもらわなくてはならない.日本語の「自己主張」という言葉には,何やら「わがまま」のようなニュアンスがあるけれども,その意味するところは「自分の心に動くことを躊躇なく表現する」ということ以上のものではない.

「自己主張」の一番難しい点は,実は「どのようにして主張すべき自己をしっかりと確立するか」というところにあるように思う.私見ではおそらく「自己」を確立するのに一番良い方法は,外国で何年か暮らしてみることだと思うが,さまざまな事情によりそれがかなわなければ,とりあえずは読書という手段がある.私が将来の研究テーマに迷っていた大学院修了当時に読んだ夏目漱石の『私の個人主義』では,漱石が英文学研究のために渡ったロンドンで,どのように「自己が主で,他は賓である」という「自己本位」の境地に達したかが記されていて,読みながらずいぶんと励まされた.また,サンフランシスコでの研究生活で無性に日本語が読みたくなったとき,私は,東洋と西洋の間で偉大な仕事を遺した日本人,例えば作曲家の武満徹や禅学者の鈴木大拙の著作を読んで,自分が日本人として科学をすることの意味について納得のいく思いがした.若いとき,自己を確立しようと苦悩したのはあなただけではない.過去の偉大な人たちだって,そうだったのである.

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研究者になることを決心したあなたは,いずれは自分の研究室をもちたいと考えているかもしれない.複数の人々からなる研究チームの運営に必要なリーダーシップも,自己の確立と密接にかかわった能力である.日本では研究者を対象としたリーダーシップ養成プログラムというのはあまり聞かないが,私がカリフォルニア大学サンフランシスコ校で受講して有益だったものに“Scientific Leadership and Laboratory Management Course”というポスドクと若いファカルティーのためのコースがあった (Hede, K.:Science, 318:993-995, 2007).これは参加者全員がコース履修前にMBTI(Myers-Briggs Type Indicator)という性格診断を受けて自分の心理的傾向を理解した後に,2日間の集中講義とグループディスカッションを通して,自分の性格にあったリーダーシップスタイルや,異なる性格をもつ他者へのコミュニケーションの方法などを,研究室運営という状況に沿って学んでいくというユニークな内容のものであった.このようなコースを若い研究者に対して提供するという動きは,アメリカの大学や学会だけでなく,近年はヨーロッパにおいても浸透しつつある(Aschwanden, C.:Cell, 132:911-913, 2008).優れたリーダーシップと他者への共感能力は,まず自分という人間をよく知り,そして自分と他者が違うパーソナリティをもった人間であるとの認識のうえに,はじめて成り立つものと考える.

佐藤正晃(理化学研究所脳科学総合研究センター)

※実験医学2011年2月号より転載