[Opinion―研究の現場から]

本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)

第20回 iGEM参加から感じた日本の学問の現状

「実験医学2012年2月号掲載」

iGEM(international Genetically Engineered Machine)という合成生物学の国際大会をご存じだろうか.過去の本コーナー(2010年12月号)でも紹介されたことがあるのだが,2011年度のiGEMに東京大学チームのメンバーとして参加した立場から,この大会に参加して感じたことを述べようと思う.

iGEMとは,BioBrick(http://biobricks.org)として管理されている遺伝子パーツを組合わせ,それを大腸菌や酵母といった微生物に導入することで,独自の生物学的デバイスをつくりあげ,その機能やアイデアを競う,という趣旨の大会である.しばしば「生物版ロボコン」といわれる.参加資格は原則学部生で,専攻分野は問わない.2004年にMIT(Massachusetts Institute of Technology)で初大会が開催されて以来,年々参加校が増し,2011年から世界を3つの地域に分けて予選を行い,その後本戦をMITで行うという形になった.

2011年のiGEM東大チームはbioremediation(微生物による環境汚染の回復)を効率よく行うため,(1)大腸菌をsubstrate(重金属イオンや重油等を想定)に対し集まらせる,(2)集合した大腸菌が逃げないよう留まらせる,というプロジェクトを掲げ,研究を行った.具体的内容についてはiGEM東大チームの公式HP(http://igem-ut.net/)をご覧いただきたい.結論からいうと,東大チームは香港におけるアジア大会予選にて銀メダルを授賞したものの,本大会出場権を得ることはできなかった.プロジェクトの新規性やインパクトの点に不足があったことが原因の1つかと思われた.47校中,日本チームのエントリー数は10チームと中国に次ぐ多さであった一方,アジア代表18校として選出された日本チームはわずか3チームであった.日本チームは相対的に成果が得られなかったといえる.

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大会中に感じたこととして,日本の学部生と中国や韓国の学部生との違いに英語でのコミュニケーション力,プレゼン力が挙げられる.中国や韓国の学生は発音が不得手な者も概して非常に流暢に,堂々と話す.一方,日本人はいわば謙虚さが仇となり積極的に会話せず,日本人だけでコミュニティをつくりあげる傾向を感じた.そしてそもそも英語での会話がままならない人が多い.今回のアジア予選で,日本の英語教育の穴を痛感させられた.文法や筆記はよくできる.でも聞けない,話せない.これでは,世界とわたりあうことができない.

今でこそ日本人のノーベル賞受賞といった,日本のトップレベルの科学水準の高さは伺えるが,今後の日本の科学を担う若手研究者にもう少し目を向けていただきたい.研究費の縮小,教育カリキュラムの改変といった学問に対する消極性は,日本の未来の科学力の縮退を招くことになるのでは,と危惧している.

また広報活動のなかで,日本では合成生物学の認知度が低く,民間企業からの理解が得られにくいので,資金調達や物資支援が難しい印象をうけた.一方,中国,その他にアメリカやイギリス等では大学や一般企業からの支援が充実しているらしく,研究環境も非常に整っているとのことである.iGEMでの研究から発展してNature,Scienceといった著名な学術誌に論文掲載された例もいくつかある.日本が合成生物学という学問分野を先導するためには,もう少し世間からの認知と,学問の内容に関する理解が必要であろう.2011年の大会が終わった今後も,iGEM東大チームは出場の経験をもとに合成生物学のおもしろさを社会に発信してゆきたい.

最後になったが,今回のiGEM 2011大会に参加するにあたって,研究室を利用させてくださった東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻の濡木理教授,ならびに私たちの研究に賛同し支援をしてくださった企業の方々に多大なる感謝の意を表して筆を擱こう.

宮地大輝(東京大学理学部化学科/iGEM東大チーム2011)

※実験医学2012年2月号より転載

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