[Opinion―研究の現場から]

本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)

第24回 博士院生が考えるアカデミアか企業かの選択

「実験医学2012年6月号掲載」

ポスドク問題や事業仕分けによる研究費削減など,昨今の大学研究者が対面する状況を考えると,私に限らず現在博士課程に在籍している方々は,自分の将来像を明確に描くことが難しく,卒業後の進路をどうしようかと悩んでいる方が多いだろう.研究者として生きていくことを覚悟して博士課程に進んだのだから,いけるところまでチャレンジしてみたいという気持ちがある一方で,大学にはポストがほとんどなくチャレンジした結果,ろくな収入も得られないで路頭に迷うのではないかという不安もある.企業の研究職も狭き門であり,一度ポスドクになってしまうとそれだけ就職の難易度も上がる.チャレンジしたいが尻込みしてしまうという心境は,われわれの世代の誰しもにあるものではないかと思う.私は最終的に製薬企業の研究職という道を選択したが,こうした悩みをもつ同世代の博士学生の皆さんの参考になればと思い,博士卒業を前にして筆を執り私が進路選択に際して考えたことを述べたい.

私は大学在籍当時より,がんを治す方法を開発したいという希望をもち,博士進学を心に決めていた.幸い研究環境にたいへん恵まれ,修士課程在籍時に一報,博士課程二年次にも一報の論文を書きあげ,細胞生物学,分子生物学分野の博士課程学生としては十分な成果を上げた.このままポスドクとして国内あるいは海外で一旗揚げ,アカデミックポジションを得るか,企業の研究職に就職するか,十分に考える時間があり,その分悩むことになった.

単純化してそれぞれの長所と短所を挙げれば,大学では比較的自由に研究をすることができ,世界を相手に個人の能力を発揮して名声を得られる一方,収入が安定しない.企業であれば研究の自由度は落ち,大きな組織の歯車として組み込まれる形になるが,収入面での不安はない.それぞれ良い面も悪い面もあるため,簡単には決断できなかった.そこで,そもそも自分が何のための科学を目指したのかということに,立ち戻って考えることにした.

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私は,がんをこの世からなくしたいという思いから研究者を志した.すなわち,自分のためでなく,人類の幸福のための科学を目指したはずだった.しかし,われわれ大学で研究するものは,本当に人類の幸福のために研究できているか? という疑問が沸き起こった.もちろん,人類の幸福のため尽力され,成果を挙げられている先生方もいることは知っている.だが,あくまでこれは個人的な意見であるが,われわれ若い世代を含めた大多数は,論文を書き成果と名声を上げることに注力せざるを得ない状況にいるように思えた.科学の世界にさえ競争原理が取り込まれ,いかに先んじるかが重視され,成果に応じて限られたポストに就けるかどうかが決まっているからだ.これは,自分の思っている道とは少し違った.企業との選択を悩んだときに,数名の先生方から「君なら研究者としてやっていける」と言っていただき,それはとても嬉しく,ありがたく思った.しかし,自分のなかでは「研究者としてやっていきたい」よりも「がんの治療法を開発したい」という気持ちの方が強かった.大学は,世界を相手に個人の力を存分に発揮できる点ではとても魅力的だ.しかし,私の希望は製薬企業の研究職の方にマッチしていると思ったのである.

われわれ日本の大学院生は日々の実験に追われ,周りの状況に振り回され,落ち着いて考えをめぐらせられなくなりがちである.しかし,博士課程卒業を前にして顧みると,進路の選択に際し最も重要なのは,状況に合わせて身の振り方を決めるのではなく,自分のなかの根源的な動機を熟考し,それに素直に応じることだという,しごく当たり前の結論に至った.その結果選んだ道が大学であれ,企業であれ,自分の思う道を突き進めばよい.

吉濱陽平(東京大学農学生命科学研究科/横浜市立大学医学研究科)

※実験医学2012年6月号より転載