[Opinion―研究の現場から]

本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)

第38回 科学と“法”の交差点―無関心に潜むリスク

「実験医学2013年8月号掲載」

社会活動は研究者が使命感でやるものから,法律上の「義務」になりつつある.その流れについて科学者(理)と法学者(法)が語った――

理:最近,研究成果を社会に還元する「アウトリーチ活動」が大事ってよく聞くよね.でも,みんなが積極的かというと……

法:大切だと思うけど,やりたがらない人も多いのかな?

理:そうね.少なくとも理系では,研究以外の活動はあまり評価されなくて,結局は論文だから.がんばって一般展示しても,研究する時間が減るだけとか.

法:積極的な人ももちろん多いけど,個人的な使命感に頼ってばかりでは広がらないね.

理:「税金で研究してるんだから当然」というのも聞くけど,何を根拠に「当然」と言っているのかわからない研究者が多いよ.

法:それではお説教にしか聞こえないかもね.

理:成果を社会に還元しないといけないって法律でもあるなら納得するけど,どうなの?

法:それがね,あるんですよ.

理:……え?

法:学校教育法にずばっと書いてるね.教育基本法と違って,あまり話題にならない法律だけど.たとえば「大学の目的」にはこう書いてある.「大学は……その成果を広く社会に提供することにより,社会の発展に寄与するものとする」.これはアウトリーチなどの社会活動が大学の義務と定めている.

理:へえ…… ってことはアウトリーチなんて時間の無駄だから絶対しない! っていう研究者がいたら,それは法律違反?

法:いや,これは大学の義務で,大学教員の直接の義務ではないの.でもこれを根拠に大学は教員に職務命令できるし,従わなかったら処分の対象にもなる.

理:守らなかったら逮捕とかあるの? 法律怖いよ!

法:罰則はないから,いきなりの逮捕はないけどさ……

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理:アウトリーチやる気ゼロの大学があったら,大学に罰が下る? 補助金減額とか?

法:そういう不利益はいろいろあるかも.それに,研究だけでやっていける大学なんていまどきない.どこも学生や資金集めに必死だから,社会と交流しないと.

理:でもさ,大学に言われてイヤイヤやる仕事だったら,押し付け合いになっちゃわない? それも少し違う気がする.

法:だから国はちょっと強硬姿勢に転じて,2011年の第4期科学技術基本計画では,「一定額以上の国の研究資金を得た研究者に対し,研究活動の内容や成果について国民との対話を行う活動を積極的に行うよう求める」という政府方針が出された.これだと研究者個人がまさに「名指し」されてる.学校教育法より踏み込んでるね.なので,ちゃんとしない研究者がいたら研究費獲得で不利になるし,へたしたら不正行為にもなりうる.

理:え,政府方針って何?

法:これで役所は動くので,実際は法律と同じぐらいの力がある.日本はそういう行政の力が強い.あと,これをもとに法律も整備されていくからね.

理:法的な方向性が明らかになった今後は,社会活動の評価基準も明確になっていくのかな.

法:そういう動きに目を向けないでいたら「違法」になるかもしれない時代が来つつあると.

理:でも,分野や研究ごとの特性を考慮せずにアウトリーチが一律に義務になることには違和感があるなぁ.知らないうちに科学者への義務ばかりが増えていかないように,科学側からも働きかけないといけないね.

法:そうね,現状をよく知り,ルール作りに主体的にかかわることも社会的責任のあり方かな.

――科学研究の営みも社会の中で行われている以上「法」から逃れることはできない.科学を社会に開かれた存在にすると同時に,科学者の特性を適切に守り科学を発展させるためには,「法」への視点も不可欠になりつつある.

吉良貴之(宇都宮共和大学・法哲学),香川璃奈(元 慶應義塾大学医学部)

※実験医学2013年8月号より転載