[Opinion―研究の現場から]

本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)

第36回 日米比較!working motherはどっちが楽?

「実験医学2013年6月号掲載」

「申し訳ありません,子どもが病気でして…」「最近休みに入った女性が多くて職場の人繰りが厳しくてねぇ」「小さいのに預けっぱなしじゃかわいそう」子どもを育てつつ仕事をする女性なら,こんな会話の中に身を置いて苦しい思いをしたことが一度ならずあるのではないでしょうか.

私は日本で9年間皮膚科医として仕事をした後,3年半前に夫の留学を追って渡米しました.先に夫をアメリカへ送り出し,当直の度に2人の子どもの処遇に困りつつ,いらいら仕事をしていた私に,留学経験のある先輩が「アメリカは子育てしながら仕事しやすいよ」と声をかけてくださいました.実際こちらでの私のボスは2人の子どもをもつ女性ですし,臨床現場にも研究現場にもフルタイムで仕事を続ける教授クラスの子持ち女性が大勢います.そんな彼女たちが学校行事や子どもの病気のために遅刻・早退することがしばしばあります.また,家族の都合から職場に子どもを連れてくる人もよく見受けられ,男性の上司の部屋をノックしたら子どもが飛び出してきたこともあります.最初こちらに来たころ,この子どもと母親に対する寛容さに感激したものでした.

しかし,しばらくして,別の面が見えるようになってきました.出産前日まで出勤し,出産2週後から復帰して全く同じペースで仕事を再開した隣のラボの女性,産後職場復帰してから早く帰宅する代わりに毎朝5時半に出勤して業務をこなす同僚,子どもの就寝後再出勤するボス,アメリカの母親の方が楽,とは言い切れません.

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少し調べてみると,アメリカでは,子持ちの女性に対する制度上のサポートが日本と比較して充実しているわけではないようです.例えば産休のような法的義務をもつ制度はなく,ある程度大きな企業でFamily and Medical Leave Actというサポートが女性に認められている程度です.もちろんこの間は無給です.また,保育園の月謝は日本の公立保育園の4~5倍と信じがたいほど高額ですし,6時半には閉園します.ベビーシッターを雇うなど,子ども関係の支出が自分の給料を上回りかねないという心配は,かえって日本より深刻です.また,女性の仕事に対する意識もずいぶん違います.育休,時短勤務などは一般的でなく,男女を問わず子どもの有無を問わず,給料と仕事内容が釣り合わないと判断されれば解雇も容赦ない社会,「子どもが理由で今日の仕事ができない」ということはあっても,「子どもが理由で全体的に仕事量が減る」ということは許されません.

それでも,私はアメリカの方を心地よく感じます.これは社会的背景の違いなのでしょうか.日本には,子持ちの女性が働くことに対して否定的な気持ちが男性のみならず女性の中にもあると思います.また,母親としてのプレッシャーの大きさも日本とアメリカでは全く異なります.例えば子どものお弁当ですが,ピーナッツバターサンドにリンゴ丸ごと1個,など,実に合理的(?)です.また,学校の送り迎えや学校行事に父親:母親=1:2位の比率で父親が参加します.アメリカでは,母親として要求される質に対する寛容さ,父親の家庭業務への参加しやすさが,仕事の場以外での母親に対する圧力を軽減しているように私には映ります.そして,家庭業務だけでなく,家計への責任も夫婦で役割分担する,という非常に公平な考えが浸透しているようにも思います.

アメリカと日本のシステム,どちらが社会全体にとって良いのか私にはわかりません.父は外で母は内という役割分担も理にかなっていると思います.ただ,職場で全く甘えのない潔いアメリカのworking motherは,私にとって実に学ぶべきことの多い姿です.子どもを理由に仕事をセーブしつつ今までと同じ職を確保できればなぁ,という中途半端で甘い考えが日本での私を迷走させていた気がする今日このごろです.

渡辺 玲(ブリガム・アンド・ウィメンズ病院)

※実験医学2013年6月号より転載